40話
「どこに行くつもり?」
「食後の運動…… あと、そのメモちゃんと処分しとけよ。 またややこしい事になるぞ」
「分かってますわ」と蔓を出しメモとメモ帳を引きちぎり、粉々にした。
アタシを見て、にっこり笑う表情を見て、背筋が少し寒くなるのを感じる。
『この事を誰かに話すと、あなたもこうなりますわよ』と警告が込められているような気がした。
「喋らねぇよ」と言うと「あら、分かってますわよ」とニコニコしているところが余計に怖かった。
そそくさと部屋を出て、しばらく歩くと他のメイド達がアタシを見ると目をそらし、ヒソヒソと陰で何かを言っているのが小賢しいけど、いちいち相手にするのも、面倒と思うが釈然としない。
ドンッと何かにぶつかるとカトゥラだと気が付いた。
アタシに顔を見せようとせず「どうした?」と声を掛け、顔を覗き込むと、目は赤く腫れ、今にもまた涙が溢れそうな様子を見てただ事ではないことを悟り、訳を聞く。「アンチリアが出て行くって……」その瞬間、彼女の小さな瞳から溢れんばかりの大粒の涙が零れ落ちる。
アタシは服の袖でそっと優しく拭いながら、彼女の頭を撫でてやる。
「その事はお嬢様には話したのか?」
「まだぁ」
「じゃあ、直ぐに話してこい。 アタシが足止めするから」
「うん!」
パタパタと部屋に走って行くのを見て、アタシも走り出す。
適当なメイドを見つけたので話を聞こうと声を掛けるが、知らないと言われるか無視を決め込まれ、何度か続いた後、一人をとっ捕まえ、手を後ろに捻り上げ、聞き出すことにした。
「な、なにするのよ!?」
「何するのよじゃねぇよ。 揃いもそろってくだらねぇ事しやがって、いい加減頭に来てんだよ」
「そ、そんなの私には関係ないじゃない」
「アンチリアはどこ行ったって聞いてるだけじゃねぇか」
「し、知らないわよ」
アタシは腕を上にギリギリと捻り、さらなる痛みへ誘うと、ようやく相手は話す気になり、どうやら少し前に大きな荷物を持っていたとの事だった。
アタシが手を離すと膝から床に崩れ、最後にありがとうと右手で握手をすると、相手は腕の痛みで何とも言えない表情となっていた。
廊下を走りながら窓を見ると、門に向かう荷物を持った人影を見つけ、慌てて2階の窓を開け、飛び降りる。
着地には成功したがビリビリと痺れる足を落ち着かせ、全力で追いかける。
近くなるにつれ、メイド服の後ろ姿が見えてきた。
「おい、ちょっと待てよ」
「見送りですか?」
「違ぇよ。 何で出て行くんだよ?」
「あぁ、その事ですか…… あなたも知っての通り、私はこの家に…… いえ、お嬢様方に対して裏切り行為をしました。 出て行くのは当然の事です」
アンチリアの目はその事が、当然というかの如く、淡々としており、何処か他人事のように言ってのけた事にアタシは怒りが湧いていた。
落ち着くようにタバコに火を点け、軽く吸い込む。
「アンタはそれでいいさ、でも残されたカトゥラはどうするんだよ」
「あの子は強い子です。 お嬢様の下で暮らしていけるはずです」
「姪っ子なんだろあの子」
さっきまで淡々としていた目が急に見開き、「どうしてそれを!」と驚く。
あの時、メモ帳に隠されていたもう一つのメモの存在を改めて話す。
その中に書かれていたことは、没落した貴族の母親の子が奴隷市に出されていることを知った母親の妹が、それを助ける為に情報を売ったことも書かれていた。
あの時のギャロンの話から、おそらくそれはアンチリアの事で確定だった。
もちろん対価はそれだけではなかったことも……
「これ以上、誰かに知られる訳にはいきません」
「だったら、どうするんだよ?」
手の内はバレてるけど…… やるしかないと右手に魔力を集中する。




