35話
「アンチリアどうして?」
「申し訳ありませんお嬢様、出来ればそのまま動かないでください。 ウインドスラッシュ!」
風邪の刃が激しさを増して蔓の壁を切り裂いていく。
切り裂かれる度にミシミシと音が鳴り、持ってあと数発と考えられるが、この状態でどうしたもんか……
「狙いは何だよ!」
「あなたは知りすぎました。 早々に始末する必要がありますので」
「泣けるぜ!」
風が止む一瞬のスキを突いて、メイド長に発砲するが風の力が強く、弾丸が相手に届く前に失速し、さらには弾丸が切り刻まれた。
「何とかなんねぇのかよ!」
「無理だ」
「なんでだよ。 仮にも上級の種族だろ!」
「私にも寿命がある。 もうあまり、力が残されてはいない…… だから、最後に娘たちに会いたかったのよ」
「「お母様……」」
「じゃあ、なんで生贄なんて必要だったんだよ」
「この子たちに会う為にも生きる必要があったからよ」
「ったく、泣けるぜ」
ついに壁が切り裂かれ、気が付くともう後が無くなってしまった。
風の残りがアタシの体を切り裂き、腕を伝い、血がポタポタと地面に落ちる。
メイド長はナイフを構え、まるで獲物を狙う獣の様にアタシに狙いを定める。
とてもじゃないが避ける事が不可能に思えた。
このまま、妹を救うことなく死ぬのか……
メイド長がアタシに向かってナイフを振り下ろし、胸を貫こうとした瞬間、何か固い物が当たったかのような大きな音がした。
目を開けるとメイド服の下から金属の鉄板に大きな傷がついているのが見える。
「グエル、ありがとよ!」
「チッ! 仕込み服でしかた」
「逃すか!」
チャンスは逃すまいと弾丸を装填し、後退するメイド長に向けて発砲する。
よく狙わなかったが運よく、弾丸がメイド長の足をかすり負傷させる。
地に足を付けるも傷が深く、膝をつく形となった。
「さぁどうするギャロンさん、このまま見逃すかそれとも――」
「えぇぇい、役立たずのメイドが! あの子がどうなってもいいのか?」
「あの子?!」
ギャロンさんの言葉に血を流しながら、メイド長が再び立ち上がり、ナイフを構える。
傷の痛みを必死にこらえ、アタシに再度、攻撃をしようと魔力をナイフに込め始めた。
「お父様、まさかカトゥラちゃんを――」
「人質だよ。 この魔石の腕輪に呪文を込めるとすぐさま発動し、苦しみの中であの子は死ぬ事となる」
「この外道が!」
「何とでも言うといいさ、 目的のためなら手段を択ばないそれにアンチリアも私の共犯だ。 あの新聞記者を始末したのは彼女だからな!」
「何だって!?」
それから話されたのは驚くべき真相だった。
ジャモルト・ギジャを殺したのはメイド長で、カトゥラを買い取る為の口利きを条件にこの家の秘密を売り、さらにジャモルトがギャロンを脅したと言うのだった。
その後、真相が発覚し、メイド長は贖罪の為にジャモルトを殺害し、取材の手帳を見つけさせようとしたのだった。
「じゃあ、あの新聞が1枚、抜けていたのは――」
「あの、三流記者が…… 金を渋ったら、あんな記事を書きやがって! まぁ代償は高くついたみたいだがね。 さぁアンチリア、チェスカを殺せ!」
「……わかりました」
(弾の数はあと3発…… あんな腕輪の魔石を1発で破壊するなんて……)
何かないか、必死に考える。
ナイフがアタシの頬をかすめ、血が頬をつたう。
生身の部分を狙い、アタシを確実に殺す気で向かって来ている。
アタシも恐怖を必死で我慢し、何とかギリギリでナイフをかわすが、このままスタミナ切れでアタシが負ける事は確実だ。
「もらいます!」
(しまった!)
とっさに左に避けるが、激痛が濁流の如く、右腕から全身に伝えられ、叫び声が洞窟に響く。
切られた傷口から痛みと血が流れ、服を染めていく。
熱く、脈打つ傷口を左手で押さえるがあまり効果はなかった。
壁にもたれ、ここにきて疲れが出始めたのか床に座る。
ゆっくりと歩いてくるメイド長が持つナイフが、淡い光に照らされ、アタシの最後を彩る様に見えた。




