23話
アタシが目を覚ますと昨日、宿泊した部屋のベッドに寝かされていた。
身体の痛みはまだあるが、動けないほどではなく、起き上がって窓を見ると外は暗くなっていた。
どれだけ寝ていたかはわからないがともかく生きている事は確かだ。
身体の汚れは綺麗に拭き取られ、傷には包帯が巻かれていた。
(包帯からほのかにいい香りがする)
傷に塗られた薬の匂いだろうか薬とは思えない花のような香りがした。
匂いに気を取られているとガチャッと扉が開く音に振り向くと心配そうに見つめるミラがそこにいた。
「よう!」
「ようじゃないわ いったい何があったの?」
「ゴロツキに絡まれただけ」
そう…… ただゴロツキに絡まれただけ
ミラにこう話しているが、実際の所はそう思わなければ、今にもあの時の恐怖が思い出されるからだった。
相手にはどんな風に映っていたのか。
服を破き、胸元が見え、凌辱の限りを尽くそうとする男の眼。
思い出しただけでも心臓がバクバクと激しく動き、頭は記憶を忘れようと必死になっていた。
「ハア…… ハア……」
「ごめんなさい、わたくしの配慮が足りなかったようですわ。 辛い思いをされたのよね」
「な、なんて事はないさ、こんなアタシだって魅力があるってことだろ。 少なくとも女に見られてるって初めて知った」
背一杯の強がりを言い。机に置かれた箱の中からタバコを取り出し、火を点けようとした時、パンッと柔らかい何かがアタシの頬をたたいた。
音と共に頬から、微かな痛みを感じ、何があったのか一瞬分からなかったけどミラがやったことは理解できた。
落ちたタバコを床から拾い、咥え直して彼女を見ると、さっきまでのアタシを心配していた顔ではなく、険しい顔で胸倉をつかんで引き寄せてきた。
「な、何だよ」
「1度しか言わないからよく聞きなさい……」
「服を離せって!」
両手で離そうとするが服を掴んだ手は力強いがどこか震えている様に感じた。
なんでなのかはアタシにはまるで分らず。
どうしてミラが怒っているのか、なぜ叩かれたのかは理解できなかった。
「もう少し、御自分の事を心配をされたらどうですの! あの姿で帰ってきたら何があったかなんて想像できますわ。 帰って来られたから良かったものの、何かあったらご家族が悲しみますわよ!」
「家族? 居るとしたらケイト、ただ一人だ。 アタシの事、何にも知らないくせに偉そうなこと言ってんじゃねーよ。 アタシはいいんだよ。 ケイトの為なら――」
「そんなボロボロの姿で迎えられたケイトさんが、どう思うか考えたことはございますの!? わたくしは嫌ですわ……」
「その減らず口、黙らせて――」
ミラの胸倉を掴み返したところで、扉の音と共に誰かに後ろから相手の両腕がアタシの両腕をロックし羽交い絞めにされる。
「てめぇ!」
「アンチリアおやめなさい!」
「しかし、お嬢様!」
「いいの、放してちょうだい」
双方、胸倉から手を放すとアタシの拘束も離された。
メイド長はミラに駆け寄り、言葉を交わしている。
アタシは苛立ちを抑えるためにタバコに火を点け煙を身体に取り込む。
メイド長が何か言いたそうに見ているけど無視してタバコを吸うことにした。
「ごめんなさい、あなたの事――」
「お嬢様が謝る必要はございません」
「いいえ、何も知らない私が踏み込みすぎたからよ」
そう言われてアタシもメイド長も何も言えなかった。
ミラはアタシを心配して言ってくれたことに少しうれしく思う。
同性に心配されるなんて…… しかも年齢の近い彼女に言われるなんて思っても見なかったからだ。
それは協力者だからなのか分からないが気持ちは素直に受けとっても罰は当たらないと思う事にした。
「アンチリア、遅くに悪いけどお茶を用意してくれるかしら?」
「えぇ」
「ブロンディはコーヒーでいいかしら?」
「あ、あぁ」
「じゃあアンチリア、頼むわね」
「……かしこまりました」
メイド長が出ていくとミラと二人っきりになり、さっきの事もあってどこか気まずかった。
椅子に座り、短くなったタバコを小瓶に入れ、どう会話をしたらいいのかと考えているとミラも丸いテーブルを挟んで向いに座った。
「急に手を出した事は謝りますわ」
「アタシもカッとなって悪かった。 アタシの事心配してくれてんだろ」
「協力者を失うのは嫌ですわ」
「友人としてじゃなく?」
「皮肉はあまり好きじゃありませんわ。 でももし友人としての振る舞いを希望されるならお願いすることね」
「フフッ」
「おかしいことを言ったかしら?」
「何でもない」




