13話
「そこに誰かいるんですか?」
アタシは背後から声が聞こえたが、見つかりたくはなかったから、答えることが出来なかった。
「あれ? あなたは……」
「いぃ!!」
大丈夫、ここには何年も来ていないし、絶対にばれる事は無い。
ここは落ち着いて何にも無かったように振る舞えばいいだけの事。
アタシは自分にそう言い聞かせる事にした。
そして意を決してゆっくりと振り向く。
そこには、小柄な男の子がアタシの後ろに立っていた。
髪は茶色で見た目は子供だが耳が少し尖っており、おそらくハーフエルフだろう。
(何も怖くない、何も怖くない……)
「もしかして噂のチェスカさんですか?」
(バレてるぅぅぅぅ)
何でどうしてかは分からないが落ち着け、まだ聞かれているだけ、本人かどうかなんて分かるはずが――。
「ケイトさんがいつも言っていましたよ。 綺麗なブロンドの髪をした褐色の美人だって」
「いやぁ~ それほどでも…… あ!」
言ってしまった。
あぁこんなところでまずいことにバレてしまった。
もうどうする事も出来ないから素直に認めるしかなかった。
「ケイトの事、知ってるのか?」
「えぇ、僕もここに良く来ますから」
「そっか、妹と仲良くしてくれてありがとな」
「ケイトさんの事は……」
「あぁ、まぁ色々あったがな」
気まずい空気が流れたが、アタシにはやるべきことが沢山ある。
こんな所で感傷に浸っている場合ではない。
自分の魔法と同時進行で依頼を解決しなければいけないのだ。
気を取り直して情報収集に努める事にした。
「この村の歴史について調べたいんだけど」
「歴史……ですか。 それだったら、村の新聞をまとめたやつが、奥の資料室に置いてありましたよ」
「ありがとな。 ところでさ、あんた名前は?」
「リブロ・ヴァローミっていいます」
「アタシはチェスカ・キャラハン。 よろしくな」
アタシは奥の資料室に向かい、ドアを開ける。
カビ臭いにおいが鼻を通るが、ここに何らかの手掛かりがあるかもしれないと思って探し回る。
村の新聞とは、祭りの案内や領主の言葉などなど、この村の情報が色々と書かれた宣伝紙だ。
村の歴史なんかも少し載っていた気がする。
たかが1枚の紙きれだが、数年となると膨大な数になる事は言うまでもなかった。
(こんなのどうすりゃいいんだよ……)
嫌気が刺すがそこはケイトの為、閉館時間まで調べる事にする。
「つ、疲れたぁ~」
あれから数時間も村の新聞を読む事になった。
どれもこれも似たような内容ばかりだ。
村で今月は誰の所に赤ん坊が生まれたとか収穫がどうとか、全くどうでもいい事ばかり書いてある。
でも、ギャロンさんの娘であるミランダの事になると、それはもう一面記事となり、そこにはありとあらゆる娘愛に溢れていた。
ヒントは村長が知っているという事だけでこれだけなら『あの子があのモンスターの娘なのか』となるが、どうもしっくりこなかった。
他に情報がないか探していると……。
「あれ? 村の噂情報って懐かしいな」
村の噂情報とは、村で聞かれた噂をそのまま書かれていた記事だ。
村のトレンドや怖い話、様々なジャンルの話が、毎月書かれていた。
懐かしい気持ちにかられ、ついつい読みふけってしまう。
(さて次の記事はっと…… あれ?)
その噂のページだけ、乱暴に破り取られていた。
どこかの馬鹿が新聞を乱暴に扱ったのだろう。
なにせ、古い記事だから破れやすい。
読んでいる時も、いくつか虫食いの跡があったぐらいだ。
破れていてもおかしくは無いのかもしれない。
「しゃあねぇな、次の記事…… あれ?」
数ページ読み進めたところで、記事は突然終わってしまった。
そこには『「村の噂情報」は終了し、今月から「この人に聞いてみた」に変更します』と書かれている。
(結局、くたびれもうけかぁ)
そこへリブロがやって来た。
「チェスカさん、閉館時間ですよ」
「あぁ、もうそんな時間?」
「はい、ぼくは片付けがあるので残りますが」
「一つ聞きたいんだけど、この破れたページって何が書いてあった?」
アタシは村の噂話の破れたページをリブロに見せる。
彼はう~んと首をかしげ、思い出そうとしていた。
「まぁ古い記事ですからね。 一応、思い出してみますが……」
「あぁ、頼む」
礼を言い、アタシは家路につくことにした。
思っていたほど収穫はなかった事に少し焦りを感じるが、どうする事も出来ない。
ただ情報を集め、整理する。
今できる事をやるしかない。
スカートのポケットに手を入れると、手に何かが当たった。
「あれ、これって……」
ポケットに入っていたのはあの悪魔からもらった箱だ。
あの時は吸えなかったから……。
アタシはタバコを再び吸う事に、罪悪感はあったが、あの味が何となく癖になっていたことも、また事実だった。
箱を開けると香ばしく、開けて時間がたっているにもかかわらず、いい香りがした。
1本取り出し、口にくわえる。
誰もいない事を確認し、魔法で火をつける。
指先から燃える小さな火を先端に灯し、吸い口から吸い込むと煙が肺へと送られ、それをゆっくりと吐き出す。
煙は風に揺れてユラユラと空に舞い上がり、オレンジ色の小さな光がタバコを吸う度、チリチリと音が聞こえた。
気がまぎれたのか少し落ち着き、大きな石に腰掛け、アタシはタバコをゆっくりと味わう。
一口吸うたび、落ち着いて今日読んだ魔法学の内容を思い出した。
(今ならできそうな気がする)
石を拾いゆっくりとそれを握った。
目を閉じ、魔導書を呼び出す。
アタシは今日読んだ本の内容を反芻し、質量、材質、大きさ、形を思い浮かべる。
すると、手に持った石が温かくなり、やがて石は2つの小さな鉛球に変換された。
その瞬間、あの魔導書の弾丸のページに文字が浮かび、新たに項目が書き込まれる。
『弾丸レベル1』
「で、出来た……」
鉛球を見つめると嬉しさがこみ上げてきた。
(これでやっとアタシの魔法が使える)
なかなか進展しない状況での一つの小さな成果は、格別に嬉しかった。
タバコを吸い口から吐き出す。
煙がゆらゆらと空を舞った。