120話
3日後、風の勇者の証の授与式が城で行われる。早朝から馬車に乗り込んで、野道行き、石畳をガタガタ鳴らしながら大きな城門をくぐる。装飾の付いた衛兵の鎧が朝日に照らされる。衛兵はあくびをしながらアタシと目が合うと睨まれる。
アタシは王宮に到着すると中を見る余裕もなく侍女達に更衣室に押し込まれ、服を脱がされる。
「汚らしい服ね。まるで野良犬みたい」と摘まんだ服を籠の中に捨てるように落とされる。
「あのぉどれにしますか?」とまるでアタシを挑発するような目つきで下でに出る彼女がキャビネットを開く。香水の匂いが一気にアタシを包み込み、軽く咳込む。色とりどりのドレスが吊るされていたがアタシにはよくわからなかった。
「アタシがそんなのわかるように見えるか?」
侍女はため息を一つ漏らした後、侍女たちの手が素早く動き、「これでいいかしら?」と適当に選んだドレスを着せられる。深い緑の生地が身体を締め付け、裾の銀色のレースが足元で揺れる。
鏡を見ながら着せ替え人形のように思えた。ブロンドのショートヘアがドレスの襟に引っかかり、髪が引っ張られるものお構いなし。「貧相な髪ね。あたしも他の来賓の人を担当したかった」と後ろからの声に我慢できなかった。こんなところに来たくて来たわけじゃなかったからだ。
「何ならあんたらより娼婦の方がましだと思うがね」アタシは振り向いて若い侍女に向かって言うと「な、なによ!娼婦がこんなことできるわけ?」と怒りに震える侍女にアタシは胸倉を軽くつかむ。
「さぁな、でも客相手に聞こえるように堂々と嫌味は言わないがな。いいか、野良犬にちょっかいを掛けるってことは噛まれる覚悟があるって事なのは理解してるんだよな?」アタシは黙った侍女を放してドレスを纏う姿を鏡を見る。(動きにくいったらありゃしない。アタシを飾り立てて、誰の飼い犬に仕立てたいんだ?)と鏡に映る自分を睨みながら毒づく。ドレスのコルセットはアタシの身体を締め付け胸元の刺繍の風の紋様がキラキラ光るがまるで「女らしくあれ」と囁く鎖のようだ。
根無し草の野良犬は今、このドレスによって再びアタシを「飼い犬」に落とそうとしているように思えた。タバコを吸おうと口に咥え、火をつける寸前。侍女から「この部屋での喫煙はやめてください」と言われアタシは渋々、箱にしまう。
アタシは靴ブーツから踵の高い靴、昔グエルがヒールとかいう靴だと言っていた事を思い出す。歩きにくい履物に苦戦しながら何度もつまずく。そのたびに後ろからクスクスとアタシを笑う声が聞こえた。
そうして(早くしてくれます?)と言わんばかりの侍女に連れられるまま大きな扉に案内される。金箔を貼り付けた彫刻が施されていた白い大きな扉を開ける。
王宮の大広間には、何を考えているか分からない貴族やこれ見よがしに大剣を持った男、偉そうに講釈を垂れていそうな魔法学者、そして聖職者までもが集っていた。空を映したかのような瑠璃色の絨毯が玉座へと続く道を飾り、中央の広間は特に壮麗で、巨大なクリスタルのシャンデリアが天井から吊るされており、自然光を屈折させて虹のような輝きを床に落とす。両脇には銀の槍を持つ騎士たちが列をなして立っている。
広間の中央、玉座の壇上に国王ゼフィロスと王妃アリアス・ウィンドブリーズが座す。
(ん!?な、なんだ?)一瞬、貼りに刺されたような視線を感じ目を向けるとゼフィロス王だ。白髪交じりの髪に金の冠、鋭い目がアタシを値踏みしているように思えた。隣に座るのは王妃アリアス。青いドレスに銀の髪飾り、穏やかな笑みがどこか遠い。玉座の背後、ドラゴンの彫刻が翼を広げ、青い宝石が陽光に輝く。衛兵が槍を手に整列し、甲冑がカチャリと音を立てる。「汝、前へ」ゼフィロスの声が広間に響く。
アタシは進む。石畳が冷たく、貴族の視線が背中に突き刺さる。ゼフィロスが立ち上がり、銀の盤に載せられた風の勇者の証を差し出す。青い魔石が嵌った安っぽい銀の徽章、ビエントが胸に付けていたものと同じだ。「汝の功績、ダークハウンドの討伐、トロールの被害者救出を称え、風の勇者に任命する」ゼフィロスの声は重い。アタシは徽章を受け取り、冷めた目で眺める。
そして国王の側近から風の勇者の証を授与され、アタシは証を受け取る。安っぽい光沢がこの証の無意味さと重なる。 (英雄? 笑えるわ)メルさんたちの命を奪ったビエントと同じ証なんて、吐き気がする。
式の後、広間での立食パーティーに移る。長いテーブルに並ぶ銀の皿、ロースト肉の香ばしい香り。魚のハーブ焼き、キノコのクリームスープ、彩り野菜のタルト、蜜漬け果実が並ぶ。貴族や冒険者が群がり、笑い声とグラスの触れる音が響く。アタシはそんな雰囲気に乗り切れず壁に寄り、タバコをくわえるが、火を点ける前に衛兵の視線で諦める。ギルドの男が近づく。「ブロンディ、俺たちのパーティーにどうだ?」アタシはこいつを覚えている。最初に声を掛けた時アタシに対してヒーラーならじゃないならと断っていた奴だ。脂ぎった笑顔、酒で赤い鼻。アタシは首を振る。「興味ねぇ」と言うと「気取りやがって」と呟くように離れて行く。
又、別の女冒険者がドレスで微笑みかけ、「風の勇者、飲まない?」言われたが「パス」と断るとこいつもアタシの事を「ふんっ」と他の男達の輪の中に入っていく。
どの顔も、ビエントの薄ら笑いと重なる。
料理も普段のように食事を楽しむ余裕は無く、他にも色んなギルドや冒険者のメンバーに誘われたがどれも断った。
「いつもの元気はどうしたのかしら?」金色の瞳がアタシを捉え、口元に僅かな笑みがアタシに向けられる。
「え!?あ、あぁ、初めての場所で戸惑ってる」あの時の女オークが話しかけてきた。グラスに注がれたワインを片手にシンプルでフォーマルなその黒のシンプルなドレスの肩から筋肉が際立つ。そして黒髪は綺麗にハーフアップされていた。
「泣けるぜ。最初は見向きもしないで回復役や挙句に慰安扱いまでされたのに都合の良い奴らだ」
「そういうものよ。冒険者の世界だけじゃないわ」と周りを見渡しながら呆れたように話す。
アタシは授与された風の勇者の証を見つめる。それはビエントが付けていた物と同じものだったからだけじゃないがこの証は安っぽい物に見えた。
「ねぇ、それを踏まえた上で私達のギルドに来る気はないかしら?」
「あんたのギルドにか?」
「訓練だけでも受ける価値はあるわ。ディアナとは出会ったのでしょ?」ディアナと言われて、トロールの巣で助けてもらった銀髪のエルフをすぐに思い出した。
トロールとの戦闘でも圧倒的な力そしてビエントの魔法攻撃を簡単に退けていた。恐らくあのエルフがリーダーで女オークがそのメンバーとだと思った。
「あの時、彼女にはあのダンジョンのダークハウンドの死骸の回収を頼んでいたわ。利用した事は改めて謝罪するわ。あぁそれと、お詫びの品は受け取ってくれたかしら?」
「お詫びの品?」
「生理対策の用品を置いておいたはずよ。いい商品でしょ? うちのギルドで企画開発した特別製」
確かに例えば、血液の吸収率は布どころではなかった。消耗品で女性特有だから大抵のパーティーでは自費で買うのがほとんどとグラウが話していた。
そう考えるとこのギルドが何のギルドが気になって仕方がなかった。
「お詫びの品は助かった。それで、アタシを誘った理由は?」
「そぉね。ギルドが創設してまだ数年。人も資金も足りない。ここらで風の勇者が来てくれれば客寄せぐらいには活躍してくれると思っているわ。明日の早朝にはギルドに帰還するけどよければあなたもどうかしら?」
「泣けるぜ」女オークの本音を聞いて新しいタバコに火を点け、煙を肺いっぱいに吸い込み苛立つ心を誤魔化す。
(さてどうしたものか……)