117話
第117話には、女性キャラクターの身体的現実を描く描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
安堵して地面に座り込む。ポケットから煙草を取りだし、アタシはタバコに火をつけ一服しようとした時「あなた、まだ終わってないわ」とエルフの女性に引っ張り立たされる。
そうだ終わってなんかなかった。「そうだった。アタシは――」アタシは走ろうとした時、急に力が抜けて膝をつく。「あなた無茶をし過ぎよ。お姉さんに任せて大人しくしなさい」と笑顔で抱えられ、洞窟を走り抜ける。洞窟から出ると空は明るく、朝日が昇る前の空のまどろみが綺麗に見えた。
「じゃあ、少し我慢してね。野良犬さん」彼女がそう言うと一瞬、ソニックラビットの幻影が見えたと思ったら、一気に引っ張られるような動きを感じる。そして声を出す暇も無く森を駆け抜けて行く。
アタシの身体はいよいよ限界で特に腹部の痛みだけではなく、ズキンズキンという波打つような強い痛み。加えて身体を動かすとガンガンとさらに頭に響く。
あまりにもひどい頭痛に「ウゥップ」と胃から内容物が込み上げ嘔吐する。
「え!?あなた大丈夫?」と言われても答える事が出来ずに項垂れるしかなかった。
「ギルドまでもう少しだから、仲間が何とかしてくれるわ」と励まされる。
ただ、飛んだり跳ねたり、森を走り抜ける勢いが嘔吐の原因の一つとはとても言えない。
早くギルドに到着する事を祈った。
やっとの思いでギルドに到着した時には日が高く、アタシはそのまま医務室に運ばれる。医務室でセシールから「あなた達!無茶をするのもいい加減にしてください。こんな忙しい時に!」と激怒される。「あと、痛いんだったらこれを飲みなさい」と丸薬を渡される。飲むのに躊躇していると「飲まないと口に押し込むわよ」なんて言われたので慌てて飲み込む。エルフの女性に抱えられ、ベッドに寝かされる。「た、助けてくれて感謝している」とアタシが言うと「いいわ、それにタフな娘に出会えて一緒に戦えたんですもの。言う事ないわ」とクールな見た目からは考えられない程、まぶしい笑顔で彼女は答えた。
「じゃあ、私、そろそろ用事があるから行くわね。会えてよかった」と部屋から出る彼女に聞きたい事があった。
「なんでアタシを助けた? 人から頼まれたからってお人好しなのもいいとこなのに――」彼女は振り返りアタシを見つめる。「そうね。お人好しでもいいわ。あなたは命が助かった。私はあなたと戦う事が出来た。これで充分じゃないかしら?じゃあね」彼女は手を振り部屋を出る。彼女の答えに呆気に取られていた。
(それって、戦闘狂なだけなんじゃ……)と細かいツッコミは後にして「あ、そうだ。あんた名前は? アタシはブロンディ」と慌てて自己紹介をする。「すっかり忘れてたわ、私はディアナ。ディアナ・アマゾナっていうの。いつかまた会えたらいいわね。ブロンディ」と手を振りながら、ディアナは部屋を出た。しばらくしてタバコを吸いながら無事に帰ってきた安堵感。それと薬の効果か痛みが和らいでいる。
横を見ると枕頭台にメモで「使え」と書かれた包みをめくると束になった布と下着。そして説明書だった。
ぬるりとした生暖かい感触にアタシは急いでトイレに駆け込む。赤黒い血液の様子を見て憂鬱になる。アタシは誰かが用意してくれた下着と布を使う為に説明書を読みながら、下着に綺麗に取り付ける。誰かはわからないがこの用意はありがたかった。
(毎月、これがあるからな……)と部屋に戻り、タバコを吸いながら説明書を読んでいると、この下着に張り付けた布が、血液吸収と無臭化の効果が付属され、血液の臭いが軽減される仕組みになると書かれていた。
取りつけが終わり、コーヒーでも飲もうかと考えていると何やら騒がしい声が聞こえ、アタシは部屋には戻らず、声のした方に廊下を歩いて行く。
人集りを見るとゲインが衛兵に捕らえられ、必死に弁明する姿が見えた。近づいてみると「セシールってめぇ裏切りやがったな!」とすごい剣幕でゲインがセシールを睨み付け罵声を浴びせる様子が見えた。
(な、何が起こってるんだ?) 「おい、なんであいつ(ゲイン)が捕まってんだよ」アタシは近くにいた奴に聞いてみる。「知らねぇのか?ハウンドウルフから遺骸を違法に取引して私腹を肥やしてたんだってよ」話を聞いているうちに分かったのは特に問題となったのは膀胱の密売でを違法な薬物の精製に使っていてそれがバレて捕まったらしい。アタシはいい気味だと思っていた。でも肝心な奴が捕まっていない事を考えると気が気ではなかった。
「な、何で俺が犯人だと気が付いた!」セシールを威嚇するように睨みつける。
「まず、このギルドの地下に大量の液体が保管されていました。そして、投棄されたと思われるハウンドウルフの死骸がトロールの巣穴から大量に見つかりました」ゲインが怖くないのかセシールは気にしない素振りで淡々と答えていた。
「そして証拠はダークハウンドの死骸です。あそこに重要な証拠が残っていました。それはある冒険者の魔法によって倒された痕跡です。この魔法は他では絶対に存在しない聞いた事の無い魔法でした」セシールは落ち着いた様子で淡々と話していた。
「その魔法って何なんだよ!」苛立つゲインはセシールはアタシの方を見て「それはブロンディの魔法です。魔物の体内から彼女の魔法の痕跡が発見されました」セシールがポケットから取り出した証拠をゲインに見せつけた。
「これはあなたの魔法よねブロンディ?それに、討伐したダークハウンドを奪われたっていてたわね」アタシは彼女から急にそれを見せられ、驚いたが確かに形が変形してひしゃげていたがアタシの魔法で作られた弾丸だった。
「た、確かに、それはアタシの弾丸だ」
「ゲイン、観念してください。あなたがそれを使って何をしていたのかは全て把握しています!」
「畜生!こうなったら!」衛生兵を殴り飛ばし、衛生兵の剣を奪い取り、セシールに切りかかる。「この身体、戦闘には不慣れなのよね」と言いながらセシールは軽やかに宙を舞い、横一線をかわし、側頭部を蹴る。しかし、足を掴まれ、そのまま投げ飛ばされたが見事に着地する。「やっぱり、威力が足りないわね」と肩の埃を払う仕草をする。
セシールとゲインの男女としての体格差や筋力の差は明らか。
それでも受付嬢がここまで戦えることにアタシは驚く。
「所詮、女なんてこの程度!」ゲインが振りかぶり、剣を縦に振り下ろすが右に避け、手の甲で素早く目の辺りを軽く当て、左のフックが腹部をえぐる。
セシールは軽々と斬撃を避ける度にカウターの蹴りや打撃がゲインに当てられていく。「ごのぉ、てめぇ本物のセシールじゃねぇな!」と鼻を押さえ怒鳴る。
「ふぅぅぅぅぅ」深く呼吸し、息を吐き出す様子は彼女が密かに蓄えた力が、限界へと達しようとしていることを暗示している様だった。
「そろそろ決着を付けようかしら」低く囁かれた声に、「死ねぇぇぇぇぇ!」ゲインはまずいと思い剣を振り上げる。その瞬間、セシールの身体が膨張し、白い肌は深緑色の肌になる。身体が脈打ちだし、服が盛り上がる筋肉に耐えきれなくなり裂け腕や身体がみるみる太くなり、盛り上がる筋肉に耐えきれず裂け、引き裂かれた布片が宙に舞う。
特徴的な耳と鼻。口の端から小さな牙が見える。
腕はみるみるうちに太くなり、華奢だった肩は力強く広がった。細かった指先から太くなり、握り締めた拳はまるで鉄塊のように分厚く変化する。
女性らしい丸みを帯びていた腰回りも、しなやかさを保ちながらも強靭な筋肉に支えられる形に変わった。
目の前にいたのは、さっきまでの華奢な女性ではなかった。
巨大な女性オーク。それが、彼女の真の姿だったのだ。