101話
夜、閉店と共にアタシは一人、弾丸の制作を開始する。
鉛と銅の塊に手をかざし、弾丸のレシピを頭の中の魔導書から読み取る。
すると魔法陣が形成され、金属の塊が混ざり、大小の弾丸へと形を変えていく。
「ふぅこんなもんか」
終わる頃には疲労感から椅子に座り、出来上がった弾丸を見る。
アタシは小さな達成感に表情が緩くなる。
弾丸をバッグに片付け、タバコに火を着け一息つく。
冷めきったコーヒーはお世辞にも美味しくは無いが、口に含む分にはちょうど良かった。
ふと、アタシは仕事中に冒険者達の噂で聞いた事を思い出していた。
よくある話で、トロールの討伐依を受けた若い男女のパーティーが帰って来なかったらしく、「女は凌辱、男は殺されてるだろう」 何て客の男達が話していた。
この酒場で働いていたらよく聞く話。
根も葉もない噂や下品な話なんて今更だったが気になって聞き耳を立てていた。
改めて自分も失敗すれば、どんな目に合うのかなんて理解できている。
人の尊厳なんて高等な考えは、ここでは何の役にも立たない。
失敗したら死ぬか奴隷で一生を終えるかだ。
(最も自分がその時、正常な意思を持っていればだけど……)
次の日、アタシは朝からギルドに向う。
セシールに会い、アタシに渡した紙について聞きたかったからだ。
「セシールは居るか?」
不愛想な顔で「今日は別件でいません」 とだけ言い、男は書類の整理に戻る。
用がある事を言うが知らぬ存ぜぬで話にならず。
「たとえ知っていても、君の様な薄汚い底辺冒険者には教える事は無い」 とまで言われ、頭にきたアタシは受付から胸倉をつかみ引き寄せる。
「女だからって泣き寝入りして、王子様の助けを待つとでも思ってんのか?」
「な、何だよ。 女の癖に――」
「いいか、アタシはセシールに用があって来たんだ。 職員なら仕事しろよ」
「いい加減にしろ。 そこの女もさっさと退け」
後ろから邪魔だとアタシを押し退け、前に来た屈強な冒険者。
剣士だろうか(文句があるのか?) とでも言いたげにアタシを睨み付ける。
「おい、今、アタシがこいつと話してたんだろ!」
「受付相手に威張るしか出来ない、低ランク者の癖に何言ってるんだ?」
「こいつがアタシの事を――」
「まぁまぁ、ラル。 それだけ啖呵を切っておられるんだ。 ランクは当然、トパーズ以上なんですよね。 お嬢さん」
「そ、それは……」
アタシは何も言い返せなかった。
この世界ではギルドのランクが全てでランクが上な分だけ大きな顔が出来る。
アタシはその事をこの2年間で嫌と言うほど分かっていたはずだ。
「低ランクの癖に粋がってんじゃねぇよ。 まぁ、後方支援ならって考えたんだがごめんなぁ やっぱり空きはねぇわ」
「かわいそうだって、ラル」
パーティーの男女が格下を見る目でアタシを笑う。
女の一人は去り際にさりげなく、かき上げられた髪から見えたイヤリングから、冒険者の証が見える。
不快だが言っている事は間違っていないと嚥下を下げ、アタシはその場から離れ、食堂でタバコを吸う事にした。
いつもならこんな事でイライラする事は無いが、今日に限ってはなかなか納まる事が無かった。
コーヒーも3杯目に突入し、新しいタバコに火をつけた時、受付の方から怒号が聞こえ、辺りが騒がしくなる。
怒号の方に目を向けると、さっきの受付の男が冒険者達に詰め寄られている様子が見えた。
受付の顔をヘラつかせ、対応する態度に苛立ったんだろうと眺める。
「どぉ言う事だ。 トロールの討伐ぐらい俺達にだって――」
「低能な受付の君に教えておいてあげよう。 確かに僕たちは他国から此方に来たばかりだがランクに関しては問題ないはずなんだけど?」
「で、でもこちらの依頼が」
「そんな金にならない依頼は雑魚にでも任せて、このトロールの討伐の依頼を――」
グラウに聞いた話、ギルドの依頼にも色々あって特に貧困者からの依頼が問題視されている。
金のない貧困者は教会などを通じて依頼される事が多い。
それ故に報酬が少なく、僅かな賃金が国より支払われるのが殆ど。
事と次第で自体が悪化した事で国が賃金を上乗せする形でやっとその重い腰を上げる冒険者や人によっては受付職員と冒険者が結託してワザと隠して値段が上がるのを待つような事もあるらしい。
武功を挙げれば、国からのスカウトや直接の依頼を目指す冒険者には、低賃金の依頼なんてやりたくない事は明白だった。
(感謝では腹は膨れないもんなぁ……)
「こんなところで何をしているの? あぁ、ランクが低いから散々小ばかにされた挙句、不貞腐れって所かしら」