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8話



まるで子供に諭すかのように話す彼女はあたしを子ども扱いしているのは確実なのが分った。気を紛らわせようと出されたカップに口を付け、少し飲む。紅茶のほんのりと香る風味があたしの身体の緊張を和らげる。



「で、こんな、魔物の洞窟で何をしているのかしら? 自殺っていうのはダメと思うわ」


「あ、あたしは妹を助けに……」



こんなことをしている場合じゃない、こうしている間も妹が…… 立ち上がろうとするも足が動かない!?

彼女を見るとまるで悪戯が成功したと言わんばかりにクスクスと笑っていた。

『あたしを罠にかけたの!』と怒りに任せ、罵倒するが彼女は子供の戯言の様だった。



「まぁ落ち着きなさい」



彼女の目がさっきとは印象変わる。あたしは行動は無意味だと目で警告されたような気がし、その恐怖からおとなしくすることにした。



「そうそう、妹を助けに来たのね。 順調かしら?」


「べ、別に……」


「見たところ、斧一本とそんなちんけな装備で来て…… やっぱり、自殺行為の何者ではないわね」


「これが、あたしの限界だから……」



悪魔の言うことは正解だ。

魔法も使えずにこんな装備で来ているのだ。

自殺行為と同じ意味である。

でも、同じ場所で死ねるなら……



「貴女、魔石はどうしたのかしら? もしかして無くしたの?」


「魔法は使えない……」



笑われる。愚かだとゴミを見るような目。

いつもそうだ。

この世界で魔法が使えないということはどういう事か、今まであきれるくらい味わってきた。

だから、補うために身体を鍛えてきた。強くないとあたしがこの世界で生きていくのは不可能だったから……

火傷の手の平を強く握った拳からは痛みが走る。

いつもなら、強がりも言えるが、疲れ切っていたあたしはそんな気力は無くなっていた。

彼女は『そうなの……』と言いながらあたしに近づき、優しく両手であたしの火傷の手を包み込む。思いがけない行動に痛みを忘れ、少し、動揺した。



「え!? 何を―」


「じっとしていてくれるかしら?」



悪魔の手が光り、包み込まれたあたしの手のやけどの痛みが和らいでいく。

手の平がむず痒くなると火傷の傷が回復したのか、痛みがすっかりと治まる。

包み込まれた手が離されると、火傷は後もなく、綺麗さっぱりなくなっていた。



「自分の人生や運命に抗った。 世間の評価だけじゃない、世界の価値観と戦ったのね。 いい根性してるわよ」



まさかここまで褒められるとは思っていなかった。

面と食らっていると彼女はあたしの頭に手を置き、優しくなでてくれた。

唐突な事だけど嫌悪感は無く、ただ嬉しかった。

感情が決壊し、涙が頬を伝う。

悪魔はあたしが落ち着くまで撫でてくれた。それ以上言葉を掛ける訳でもなく、ただ優しく、それは母親が泣いている赤ん坊をあやす時の様に……



「落ち着いたかしら?」


「う、うん……」


「貴女の人生、少し見せてもらうわね」


「へ!?」



悪魔の手があたしの頭に触れた瞬間、何か吸い込まれるような感覚が襲う。

あたしには悪魔に何が起こっているのか理解することはできない。

何かの魔法か不安すら感じず、されるがままになり、それはすぐに終わった。



「そうだったのね」



彼女は納得し、あたしから手を離した。

身体も動くようになり、立ち上がるが不思議と逃げるという選択肢は無く。

あたしは彼女の答えを待っていた。



「チェスカ、あたしと取引しない?」


「取引って、契約の事?」


「そうよ。チェスカ・キャラハン。 貴女は私と契約する権利を得たわ」



急なことで、何のことかサッパリ分からないと言う、表情をしていたと思う。

そんなあたしを尻目に彼女は淡々と説明を始めた。



「対価は私が指定するわ、そのかわり、貴女の願いに最大限に答えるつもりよ」



対価の指定は怖いが妹を助ける為ならどんなことだってできる。

あたしは迷うことなく承諾した。


「チェスカ、貴女の願いは何かしら?」


「妹を助けてほしい」


「分ったわ、こちらの対価は貴女が子供を産むという未来よ」



あたしは一瞬、彼女が何を言っているか分からなかった。

子供を産む未来? 悪魔が子供を産む!?

わけが分からない。

魂をとられるって言うのは本で読んだことがあるけど、こんなことは聞いた事がなかった。



「痛く……。 ないの?」


「安心しなさい。子宮を直接取るわけじゃないわ。 貴女が子供を産むという未来を私がもらうだけで痛みは無いわ」


「子供を産む未来?」


「そう、貴女は将来子供を産むわ、そうね。相手は幼馴染のグェルかしら?」


「そ、そんなわけないじゃん!」



あたしは頭を振りながら否定する。

グェルとはそんな関係じゃない。 ただの幼馴染で特別な関係なんてない。

でも少し冷静に考えたら、じゃあ、仮にあたしが産むはずだった子供は……。



「さっきの話は冗談よ。 未来がどうなるかなんてわからないわ」


「だ、だよね」


「それとあなたは今後、子供を産むという事は出来なくなるけどいいかしら」


「……え」


「未来を貰うって言うのはそういう事よ。 今なら考えを変える事も出来るわ」


「願いを変えても、対価は?」


「そうね。 変更するつもりはないわ」



子供を身籠る未来……それは大抵の女性が目指すところだ。

伴侶となる人と次世代へと種をつなげ、未来を作っていくという事。それが無くなるという事は自身の性へのアイデンティティー的なものを一つ失うという事だった。



「簡単には決める事が出来ないのは承知しているわ。 でもね。 貴女が持っていない力を手に入れるって言うのは生半可な覚悟や対価ではかなえる事が出来ないのよ」


「で、でもそんな……」


「他者の為に自らを捧げるのは素晴らしい事と思うわ…… でも貴女自身の未来まで犠牲に出来るかしら? 対価が嫌なら諦める事は出来るわよ。 諦めたって貴女には幸せになる方法があるじゃない」


確かにあたしを責めるのは継母くらいだ。それなら家を出てグェルの所に行く方法もある。

でも、母親は違えとはいえ、ケイトを見捨てる事は出来ない。 

いや、捨ててはいけない。だって家族なんだから……



「それに、あなたは自身はどうなのかしら?」


「あたし…… 自身?」


「そう、 妹を助けたところであなたはどうなるの? 犠牲になって満足なの?」


「犠牲だなんて思ってない! 妹は家族だから―」


「家族だからって、自分を犠牲にしてあなたの母親は喜ぶかしら?」


「知った口きかないで! あんたに何がわかるの?」



家族の事を考えて何が悪いのか理解できなかった。妹には未来がある。

その為に、こんな役に立たないあたしでも役に立てる。それだけが唯一の拠り所だった。



「妹の幸せとあなたの幸せは別物なのよ。 家族としての選択は正しいし、理解も出来る。 けどあなたの選択は本来、親が選択するべきだと思うわ。 あなたが願うべきことじゃない」


「悪魔のくせに! さっさと契約して対価を取ればいいじゃない」



その瞬間、首に衝撃と共にギリギリと握られる強い力を感じ、呼吸が出来なくなる。

息苦しさの中、うっすらと目を開けると悪魔の目が怒や哀しみが混ざったような眼であたしを睨みつけていた。



「下手に出ていればいい気になって、私をそこらの3流悪魔と一緒にするな! 契約とは双方の納得だけじゃない、契約者の今後が悲惨なら少なからず罪悪感を持つ悪魔もいるんだ小娘!」



悪魔から手を離され、呼吸が出来るようになったが心臓の鼓動がドクドクと脈打ち、落ち着く様子が無かった。



「じゃあ…… どうすればいいのよ。 今更、自分の事なんて考えられない」


「考えなさい、あなた自身がどうなりたいのかどうしたいのかを……」



『今更、自分の事なんか考えられない』それは事実で今までの何もかもが妹の為であたし自身の事なんて考えたことが無かった。いや、本当はあたしという存在を誰かに認めてほしかった。父親に継母に世間に……

その為に妹を利用しただけかもしれない。もし、契約して妹を助けたとしてもあたしはボロ布の様に捨てられるか継母に売られるかどっちかだろう。



「そんなのは…… 嫌だ!」



あたしは自分がやりたいことなんて分からないでも何一つ出来ていないという事は理解できる。今は分からないけど見つけられるように努力するしかない。

自身の明日の為に戦うのなら…… 今がその時だ!



「願いを変更する」


「チェスカ・キャラハン。 それは子供を産む未来を対価にするだけの価値のある願いかしら?」


「アタシは戦う自分の為に! だからアタシは力が欲しい、自分の人生を切り開くためにも、強くなる力が必要だから!」


「本当にいいのね」



もちろん、全てを納得したわけじゃない。

でもこれはチャンスだ。あたしはこの契約に賭けるしかなかった。これを逃したら、妹どころじゃない、自分自身すら救う事が出来ない。打破する可能性があるなら、対価に対してはむしろおつりが返って来るくらいだと思いたい。

アタシは黙って頷いた。



「契約成立ね。 じゃあ、上服を脱ぎなさい」


「あ、えぇ!? 服を……」


「早くしなさい、グズは嫌よ」



言われた通りに服を脱ぐと悪魔のヒヤリとした手があたしのお腹に押し当てられる。

地面には魔法陣が展開され、手から腹部へとじんわりと暖かく、少し、くすぐったい感覚がお腹から身体全体に広がっていく。

これが終ったら、すぐにでも魔法が使えるようになる。魔法が使えるようになったら、父親や継母、村の奴らにアタシの存在を認めさせれることが出来る。もう誰も簡単には馬鹿にできなくなる。

妹を助けたら、そしたら二人で学校にもう一度行こう。

卒業したら、二人でコンビを組んで冒険者になる事だって出来る。自分の人生を謳歌することが出来る。

そんな期待が胸に広がり、これから始まる輝かしい未来に比べたら、代償は安いものだ。



「あなたの幸福を祈るわ」


「あ、ありがとうございます」


「言い忘れてたんだけど」


「なに?」


「死ぬほど痛いから、覚悟しておいた方がいいわよ」


「え!?  グゥがぁッ!」



下腹部に呪印の様な物が現れ、悪魔がその手を下腹部に手を中に入れた瞬間、強烈な痛みが走る。

殴られた痛みではなく、下腹部や内臓に直接、針を刺したような痛み。

その針を抜く時、ただ針を抜くと言うより、複数の返しが付いた針を一本、一本を無理やり引き抜くといった表現が正しいのかもしれない。



「はぁ……っはぁ……」


「さぁ、一本目が抜けたわ」



アタシの事なんか気にしないと言わんばかりに淡々と作業が進められ、紫色に光る杭が1本、また1本と引き抜かれていく度々、痛みが下腹部を中心に全身を襲う。

叫び、暴れようとするが椅子から出ている蔦が腕や足を拘束し、動けない。



「いだぐじないっで!」


「あぁ言い忘れていたわ。 貴女が魔法を使えないのは強固な封印が施されてたからよ。 それを解除するんだもの、相当な痛みよね。 ほーら、また1本抜けたわ」


「ぞ、ぞんな…… れいぜいにぃぃぃぃぃぃぃ!?」


「いいわね。 その表情、悲鳴、怒号、すべてパーフェクトよ」


「な、なにbぉ 笑ってやgありゅ 変dあいyぁrぉがぁぁぁぁ!」



こんな変態にいいようにされてなるものかと叫ばないようにするが全くの無意味だった。

せめて、一矢報いてやろうと泣かないようにはするがその表情があの悪魔を余計に喜ばす事になった。


「いいわぁ、その表情。 とっても素敵ね」



「殺せぇぇぇぇぇぇぇ!!」


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