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グッドラック  作者: 水野
4/9

その4

 当日の業務は散々だった。寝不足で頭が働いていない上に、幹人の頭の中はどうやってブログを運営していこうかばかり考えていた。

「大垣?」

 がらん、と、手から滑り落ちた箸がテーブルにぶつかった。くるくる回転しながら床に落下する。慌てて拾い上げて、新しい箸を取りに行った。

「お前、ひどい顔してるぞ。大丈夫なのか?」

 目の前に座る徹は心配そうな顔をしている。徹に心配されるなんて、幹人はちょっと信じられない気持ちだった。

「昨日はなかなか眠れなくってさ」

「わかるよ、そういうときあるよな、そういうときって、瞑想が結構効くぞ」

 瞑想、という単語の胡散臭さにちょっとだけ表情を変えてしまった。徹は幹人の思いを察して、すぐに言葉を続けた。

「非科学的な話じゃない。スポーツの選手だって試合前にやってる人だっているんだ。ただうまく説明しろというと難しいな……俺の話になるが、確かに、眠る前に十分くらい、自分の呼吸に集中して瞑想してるとぐっすり眠れている……気がする」

「気のせいだろ」

 幹人は笑った。徹の話には、いつもどこかおかしいところがある。徹はそれを自覚していなくて、自分がどうして笑われているのかもよく理解できていないみたいだった。

「よく眠れると仕事のパフォーマンスは確実に上がるぞ。昼休みにでもやってみればいい」

 こういう知識をどこから仕入れてくるのか。そういえば、最近の徹は昼休み、自分の席に座ってじっと目を閉じる、みたいなことをやっている。

 背筋をぴっと伸ばしていて、眠っているという感じではない。腕は体の前に置き、親指をくっつけるようにして円を作る。

 先輩に話しかけられても、徹は全く返事をしなかった。眠っていることにすれば話しかけられても返事をしなくていい、みたいな独自理論を徹は構築していそうだ、と三木は思った。

 先輩はそんな徹にももう慣れているのか、無視されたことにも気を悪くした様子はない。幹人に苦笑してさっさと歩いて行ってしまった。

「君の同期は個性的だな」

むしろちょっと楽しそうにさえ見えた。

「俺もやるかな、瞑想」

「今度、ヨガマットを持ち込んでやろうと思ってるんだ。二人でやろうぜ」

 それは遠慮したい気分だった。と、ふと思い当たった。仕事を効率的に進めるライフハック。こうやってひとつずつ、ブログのネタをためていけばいいのだ。

 ちょっと考えを変えて、徹の、つまるところちょっと変わった同期の観察レポなんかウケがいいかもしれない。

 ブログ執筆の悩みはネタに尽きる。それと、アクセス数が伸びないことだ。最低でも一年は続けないと定期読者はつかない、というのがその界隈では一般的な認識のようだ。

 退社してからの時間をブログの執筆に当てた。ネットでざっくりした知識を仕入れ、図書館や論文で関連知識をまとめて、短い記事を書いた。瞑想のやり方と効果について書いたものだ。

 同じようにして、記事になりそうなネタをいくつか書いた。

 二時間かけて一記事をあげて、アクセス数は五人。もし収益に換算しても、一円にさえならないない。

 当初、読者はほとんどつかなかった。

『大抵の人は、一カ月も立たずに止めてしまいますが、そこで踏ん張るのが大事です。毎日一記事、必ず書いてください』

 筆が止まっているとき、悩んでいるとき、幹人は『歯車ブログ』を覗いた。ちょっとずつ赤の他人の書いた記事や思想にすがりつつあるのを、一種の宗教のように感じていた。

 仕事への熱は、それに反するように冷めていく感覚があったけれど、いいこととも悪いこととも思えなかった。

 何かに取りつかれたように、幹人は毎晩パソコンに向かった。

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