その2
入社後の配属が決まった時、幹人の部署には新入社員が二人配属された。一人は幹人、もう一人は浜岡徹だった。
初めて顔を合わせたときに幹人は、あ、きっと浜岡に対して自分は劣等感を抱くことはないと直感した。
学生のときはもっとあからさまだった。けれど、年を重ねるにつれて、自分の内心を態度に表さない術を人は覚えていく。幹人は最大限の愛想と敬意を払っていると思えるような、それでいて同期相手に仲良くしたいという態度を崩さなかった。
対する浜岡徹は表情に乏しい、どこかつかめない相手だった。
「浜岡は××大だったんだな、きっと何回かすれ違ってただろうな」
幹人と徹は同じ県の出身だった。話をしてみると、大学のキャンパスも近かった。もし大学が同じだったとしても、徹と友人になることはまずなかっただろうと幹人は思った。
浜岡は垢抜けない印象の男だった。眠そうな目と、いつもどこかがはねている髪。しわの寄った服を平気で来ていた。きっと彼女もいないだろうと思って、興味はあったけれど、恋愛絡みの話をするのは止めていた。
徹は機械工学科の出身で、図面や設計、車の話は詳しいけれど、それ以外のことにはとんと興味を持たない相手だった。それと、アニメの話になるとちょっとだけ饒舌になるところも、幹人の劣等感を煽る可能性がない要素のひとつだった。
仕事を始めると、幹人の予感は確信に変わった。徹はいつも上司や先輩から長い話を受けており、遠くから見ているだけでもうまく仕事が進んでいないのは明らかだった。
お昼休みになると、幹人と徹はほとんど毎日、食堂の同じ席に座った。上司からのご高説を受けた後の徹は、いつも以上に表情に乏しく、今にも退職届を机に残して会社からいなくなってしまうんじゃないかと思えた。
もしそういう相談を受けたら、幹人はきっと徹を熱い言葉で説得しただろう。幹人の精神安定剤がひとつ減ってしまう。
「会社員は現代の奴隷だよなあ」
徹のつぶやきは、自分の無能力を棚に上げているに過ぎないと幹人は思っていた。徹には、大学で学んだはずの構造力学の知識さえあやふやなところがあった。幹人の大学は、徹と比べて偏差値も知名度もちょっとだけ高い。
もしも自分が徹の立場だったら、幹人みたいな立場の相手と毎日一緒にいるなんて耐えられないかもしれない。会社になんてもう来られなくなっていたかもしれない。
「浜岡は凄いよ。あれだけ言われたら、俺だったら耐えられなくなってるかもしれない」
「忍耐力と持続力だけはあるみたいだ」
徹は自分のことをちゃんと認識している。そこだけは救いだなと、魚の切り身をつつき、話を聞きながらもぼんやりそんなことを幹人は考えていた。
トレイを片付けながら、会社は現代の奴隷、という言葉を思い出していた。徹はこうも言った。
「一日の三分の二以上の時間を自分のために使えない人たちは、皆奴隷だよ」