第11話:モフモフと出会う魔王様
「いつまでもそんなところに居ないで、近くに来ないか?」
未来と亮を冒険者ギルドに送り届けたあと、自宅に戻った俺はこちらを伺う侵入者に声を掛ける。
すぐに気配が遠ざかるのが分かる。
正体はエルフじゃなくて、獣人だった。
前の世界では獣人といえば、魔族に多かったけど。
話したことないから、こっちの分類までは分からない。
どんなに上手に隠れても、茂みから尻尾が出てたり耳が生えてたり。
肝心なところで、詰めが甘い。
というか……見た感じ、10歳くらいの男の子と5歳くらいの女の子だった。
何度か声を掛けてはいるが、なかなか姿を現してはくれない。
俺達3人が夜になってそれぞれの部屋で眠ると、本殿の床下に入り込んで眠っているのは知っている。
一応囲いの中は、獣の類や害意のあるものは入れないようにしてあるからな。
安全地帯であることは、理解しているのだろう。
俺はいつも、未来や亮よりも早く起きる。
1つは習慣ということもあるが、獣人の子らに気を遣っている部分もある。
起きたら本殿から見える浜縁に出る。
それから大きく伸びをして、「よしっ!」と気合を入れて本殿に向かう。
そうすると、獣人の子らは反対側から外に出て家の囲いの付近の茂みに隠れる。
彼等がいつも向かう茂みには、実の付ける植物を多めに増やしておいた。
そういう気分だった。
別に、彼等が食べるためとか。
そんな事は考えてないぞ?
家の周囲を周る、朝の散歩も日課になりつつある。
うっかりものの俺はときたま浴衣の袖から、食べ物を落として気付かずに行ってしまうこともあるが。
何故か落とした食べ物がどこかに消える。
何故だろう?
「あの建物なんですか?」
「いや、外を散歩しているときにふと休憩できる場所があったらいいなと」
暫くすると、庭の一角に壁と屋根だけの建物を作った。
中には藁が敷いてある。
亮が目ざとくみつけて、尋ねてきたが。
適当に誤魔化す。
最近は夜になると、そこに獣人の子らが寝泊まりするようになった。
それでも、姿を現してはくれない。
暫くはそんな日々を送っていた。
未来と亮も、最低ランクのFランクからEランクへの昇格も果たした頃。
ついにその時がやってきた。
亮と未来を送って戻ってくると、本殿に上がる階段に足を掛けると同時に茂みから影が飛び出してくる。
そちらに目をやると、薄汚れた服を着た子供が。
痩せ細っては居ないが、不安げな瞳を揺らしてこちらを見上げながら地面に這いつくばる。
「どうした?」
俺が声を掛けてやると、ビクッと肩を震わせて視線を地面に落とす。
暫くどう答えようか逡巡していたようだが、ようやく覚悟を決めたのか。
瞳に強い光を宿して、こちらを見上げてくる。
そんな覚悟なんてしなくて良いように、なるべく優しく声を掛けてやったのに。
「は……初めてお会いした方に頼むようなことじゃないと思うけど……妹を! 妹を助けてください!」
それだけ言い切った少年が頭を深く下げる。
その視線の下の石畳にポツリ、ポツリと雫が落ち色を変えていく。
妹に何かあったらしい。
「妹さんが居るところまで、何があったのか話しながら案内しなさい」
俺は上がりかけた階段から足を下ろすと、踵を返して少年の横を通り過ぎる。
彼はハッとした表情を浮かべてこちらを見ると、すぐに立ち上がって後ろを歩き始める。
いや、案内して欲しいんだけど?
「君が前を歩いて案内しなさい。妹さんに何かあったのかい?」
振り返って声を掛けると、目を合わさないようにしつつ小さく頷いた少年が俺の前を歩き始める。
「3日前から元気が無いなと思って……食欲も無くて、何も食べなくなって。で、今日になって苦しそうに呼吸するだけで、目も開けてくれなくなったんです。妹に何かあったら俺……」
続きは嗚咽に変わった。
病気か何かだろうか?
目の前を歩く少年の狼のような耳はペタリと頭に引っ付いていて、尻尾も垂れ下がっている。
本当に心配しているのが伝わってくる。
人よりも分かりやすく。
俺はそんな彼の横に立つと、頭に手を置く。
「見てみないと分からないけど、きっと大丈夫。私がなんとかしてあげるから」
彼は頭を下げたまま、涙を袖で拭うと力強く歩き始める。
俺が彼等のために作り出した建物の中に、妹は寝ているらしい。
勝手に使ってごめんなさいと言われたが、今はそんな事は気にしなくて良いと答えておく。
そもそも、彼等の為に作ったものではあるし。
建物に入ると、荒い息遣いが聞こえる。
部屋の隅に藁が集められ、そこに寝かされている少女。
額にびっしりと玉のような汗を掻いていて、相当な熱を出しているのが見ただけで分かる。
「いつから?」
「一昨日はまだ大丈夫だと思いましたが、昨日は起きては寝ての繰り返しで」
「なんで、すぐ来ないんだ」
俺が溜息を吐くと、少年が肩を落としてさらに小さくなる。
「だって、勝手に入ったのを見逃して貰ってるうえに、これ以上迷惑を掛けられないと思って」
「そうか。見逃して貰っていることは分かっていたんだな」
取りあえず問答はそれくらいにして、少女の額に手を当てる。
そして、治癒の魔法を掛けていく。
なんの病気かは分からないけど、とにかく身体の機能をすべて正常に戻せば大丈夫だろう。
そう考えて、片っ端から身体を治していく。
赤みを帯びていた顔が徐々に肌の色を取り戻し、呼吸も落ち着いて来る。
手拭で汗を拭ってやると、魔法でコップと水を用意して少女に飲ませる。
「んっ……ここは?」
すぐに目を覚ました少女がキョトンとした表情を浮かべ周囲を見渡し、俺と目が合う。
「ひっ! お兄ちゃん!」
それから飛び上がると、後ろに下がろうとして壁にぶつかる。
まあ、壁際に寝かされていたからそうなるわな。
向きを変えて頭を押さえて蹲ってブルブル震える姿を見せられると、流石に少し凹む。
「すいません……ルナ! 俺はここに居るから! この人が助けてくれたんだ」
「お兄ちゃん? ひいっ!」
少年の声に反応したルナと呼ばれた少女が慌てて振り返って、俺とまた目があって悲鳴をあげて後ろを向く。
流石にかなり凹む。
そんなに怖いかな、俺。
「すいません、助けて頂いたのに」
「いや、さっきまで熱で浮かされていたんだ。混乱しているのだろう」
ようやくコンタクトが取れたと思ったのに、少女に怯えられてばかりの俺はガックリと肩を落として立ち上がると部屋から出る。
後ろで少年とルナが何やら会話をしているが。
俺はルナに見た目で怖がられたのがショック過ぎて、ちょっと離れでお茶でも飲んで自分を見つめ直そうかと歩を早める。
そこに慌てた様子で2人が飛び込んできて俺の前に回り込むと、その場に平伏する。
「この度は妹を助けてくれて、本当にありがとうございます」
「ありがとうございます」
少年に続いて、ルナも深く頭を下げてくれる。
良いんだ。
君が元気になったらそれで。
ペットでも飼おうかな。
「あのお礼がしたいのですが……僕たちお金も何もなくて」
「わたしも! わたしもたすけてもらったから、おれいしたいです」
2人が助けたことに対してお礼をしてくれるらしい。
がお礼はしたいが、お礼をするための先立つものが無いと。
そんなことは気にしなくても良いが。
気にしなくても良いが、このことを気にして建物から出られるとそれはそれで心配だし。
またこんなことがあってもらっても困る。
今回は病気自体も大したことなく、危ない状態ではあったがなんとかなった。
でも間に合わなかったらと思うと、そんな心配をして過ごすのも心臓に悪い。
「だったら、ここで働いて恩を返すと良い」
「ここで?」
「おしごと?」
俺の言葉に2人が首を傾げる。
「ほら、この家を管理するものが居ないから、庭も落ち葉が落ちているし部屋の埃を払うのも大変なんだ」
嘘だ。
魔法を使えば一瞬で片付けられる。
出来ればそういったことまで魔法に頼りたくはないが、手が足りないから仕方ないと諦めている部分もあった。
この子達がやってくれるなら、それにこしたことはない。
手が届かないところは、魔法でやるしかないが。
「やります! 俺をここで働かせてください!」
「わたしもがんばります!」
俺の言葉に2人が力強く答えてくれる。
本当は建前で別に働かなくても良いけど、この2人が返って気を遣いそうだ。
だから、働くということにして住んでもらうことにした。
治療費は金貨1枚。
日当は2人で銀貨1枚にした。
治療費10万円に対して、日当1000円。
条件を決めるのに、物凄く難航した。
日当が安すぎるとか、治療費が高すぎるとかじゃない。
好待遇過ぎると、なかなか受け入れて貰えなかったのだ。
治療費が安すぎること、そして日当の1000円はこの世界でもかなり酷い給料だけども、子供の貰う金額としては破格だと。
しかも、3食家付きだ。
10歳の子ならともかく、5歳の子が一日働いたからといって3食も食べられるほどかせげないと。
というか、1日2食でも良い方で貧しいところだと1日1食どころか食べられない日もあるらしい。
そういうところもあるかもしれないが、ここでは1日3食が普通だと言って納得させた。
元々仕事というよりもお手伝いという意味合いが強いし。
2人はこの森に済む獣人の集落を抜け出してきたらしい。
戻る気は無いと言っていた。
何があったかは、敢えて聞いていない。
聞いて欲しかったら、自分達から話すだろうし。
2人は狼人族という獣人で、灰色の耳と尻尾が特徴的な可愛らしい子だ。
髪の色は真ん中が紺色で、サイドが濃い灰色。
兄の名前はルキアというらしい。
今年10歳になったと。
そして妹の名前はルナ。
今年5歳になる。
獣人族は種族単位で大体同じ月に子供を産むらしく、彼等の種族の出産ブームは春先にあたるらしい。
まあ、発情期の関係とかだろう。
そして翌年の年明けに全員が同時に1つ歳をとると。
だから誕生日は共通らしい。
分かり易くて、とても良い文化だと思う。
誕生日ケーキが兄妹で纏められるのは可哀想かもしてないが。
全ての家庭がそうなら、気にならないだろう。
……誕生日どころか、ケーキなんて知らない?
食べたこともない?
誕生日は村をあげてのお祭り騒ぎ。
でも親も祖父母も、皆誕生日だから誰かが特別扱いを受ける事は無い。
そうか……そうだよね。
それは寂しい。
と思うのは、俺が普通の人間だからだろう。
***
「お帰りなさいませ、旦那様……?」
亮と未来を連れて帰って来た俺を見た、ルキアが固まる。
「おじいさんはだれ?」
そうか、屋敷に居た時は30代くらいの見た目になってたから分からないのか。
ルナがキョロキョロと俺の姿を探しているのを見て、思わずクスリとした笑みがこぼれる。
「ああ、俺だ」
老化のスキルを解くと、2人が面白いくらいに驚いてくれた。
でも、見た目をころころと変えていたら、今後もこういったことが起きそうだな。
歳相応の姿となると、1000歳越えだからよぼよぼの爺さんか魔族の姿じゃないとあれだし。
なるべく老化のスキルを使っていた方がいいかもしれない。
「ほら、2人とも挨拶を」
俺に促されて、ルキアとルナが未来と亮に向き合う。
「亮様、未来様。本日より、ここでお仕事をさせてもらうルキアです」
「ルナです!」
不安そうに耳を垂れて2人の反応を伺うルキアとルナ。
対する未来はというと。
「か……」
か?
「か……」
か?
「可愛い! 可愛いすぎるんだけど! なにこれなにこれ? キャー! 本物? その耳と尻尾本物?
どうしよう、本物! 可愛い! 可愛過ぎるんだけど!」
テンションの上がり過ぎた未来が、俺の背中をバシバシと叩いて来る。
やめろ……痛くはないが、気分的に地味に痛い。
お前、レベル上がって普通の女の子よりも少し、力は強いんだからな?
「とうとう声を掛けることが出来たんですね」
「ああ、ちょっとあってな」
亮が嬉しそうに俺を見上げている。
「亮知ってたの? いつから? いつから知ってたの? てか、なんなのこの子たち、もー! 可愛すぎる」
亮とのやりとりを耳聡く聞いた未来が、詰め寄って来たかと思うとすぐに振り返って胸の前で手を組んでくねくねしている。
ちょっと気持ち悪い。
亮も微妙なものを見るような視線を送っている。
ルキアとルナは……ドン引きだ。
止める間もなく未来が2人に飛びつき、まとめて抱きしめてほっぺをすりすりしている。
「うう、これもおしごと……がまんがまん」
ルナ、それは違う。
お仕事じゃないから、断ってもいいぞ?




