悪夢
「い、いやぁーーー!!」
首都圏から離れたとある地方都市、そこに隣接する町にて女性の悲鳴が上がった。いや、女性だけでは無い。老若男女、町に居る人達がある存在達から逃げ惑っている。
それは雄叫びを上げながらその手に有る凶器で、あるモノはその醜く太い腕による暴力で――或いは火を吐き、凍て付く冷気を放ち、暴風を巻き起こし木々を、建物を、地面を――人々の命を破壊していく。
暴れまわっているのは漫画やゲームに出てくるような化け物。
それも一体だけではなく、多種多様な怪物達が暴虐の限りを尽くしている。その内の赤黒い個体が火の球を吐き出し近くの建物に直撃する。直後、鼓膜を破らんばかりの爆音が響き同時に強烈な熱風が吹き荒れ、その勢いに一人の少年が吹き飛ばされ地面を転がる。
「……うぅ」
少年は痛みに呻きながら顔を上げる。目の前の景色が現実のものと思えず思考ができない。疑問と困惑しか浮かんでこない頭を無理矢理に働かせる為に起き上がり現状を認識しようとする。
「――――」
起き上がった少年は現状を確認する為に周りを見渡す。先程まで賑わっていた町は無く、建物は瓦礫と化し、大通りを歩いていた人達は逃げ惑い、化け物から逃げ切れなかった人達はその身を肉片と血に変えられる。
「――っ!!」
余りの光景に強烈な吐き気と意識を失いそうになる程の眩暈を引き起こし思わず膝を着く。
しかし、意識を朦朧とさせながらも少年は立ち上がった。足元は覚束ないがそれでも歩き出す。逃げなければ死ぬ。それが解るからこそ震える足を必死で動かす。何よりも。
「――はあ、はあ。父さん、母さん……」
逸れた家族の安否、その事が頭を過ぎり気絶する訳にはいかなくなった。怖くない訳が無い。だが、家族を知らぬ内に失う事の方がより恐ろしく考えたくない。だから歩く。いや、走り出す。恐怖で動き難い体を自分の家へと向かわせる。
目的地に辿り着き目に映ったのは炎に呑まれている我が家だった。
一般家庭の一軒家としては大きめの二階建ての家。二階は個別の部屋が有り、一階には家族団欒して過ごしたダイニングが有ったのに、全て炎に呑みこまれていた。
その光景に絶句し膝を着く。絶望のあまり目の前が暗くなっていく、その時。
「――――」
近くで呻き声が聞こえる。その声に少年は目に光を取り戻す。立ち上がり周りを見渡し声の居所を探る。
「せ……星司」
「!? と、父さん!」
自身の名を呼ばれた少年――星司は近くに有った瓦礫の山に近づく。そこには下半身が瓦礫に埋もれて動けなくなった男性がいた。星司の父親だ。それに気付き走り寄るが父親の状況に青ざめる。
「す、すぐに助けるから!」
そう言って父親の体に乗っている瓦礫を退かそうと踏ん張るが、子供の力ではびくともしない。
「――くそっ!」
それでも諦めきれない星司は何度も瓦礫を退かそうと努力し続ける。だが、それは父の手によって止められた。
「……星司……済まない」
「父さん?」
父の突然の謝罪に困惑する。しかし、その次の言葉にその困惑も吹き飛んだ。
「……あっちに……母さん達が」
「え!?」
父の震える指が示した方向には瓦礫の山しか見えない。だが達と言った以上、自身の家族が瓦礫の下にいるという事だろう。
「母さん!」
すぐに駆けより声を掛けるが意識が無いのかあるいは別の理由か母からの返事は返ってこない。
代わりに聞こえてきたのは赤子の泣き声だった。
「――!」
その声が聞こえる場所を探るとちょうど子供が通れそうな隙間が開いていた。星司はすぐに隙間に入っていく。
そこには赤ん坊を瓦礫から守る様に抱き抱える母親の姿があった。
「母さん!」
「……星司?」
星司の呼びかけに意識を取り戻した母の姿に安心した様に息を吐く。
「お父さんは?」
「父さんも生きてる!」
父の無事に母も安堵の溜息を吐く。
「そう、良かった……」
「でも足が瓦礫の下に……それに母さんも……」
母も身動きが取れなくなっている。母を助けなければと思いはするが、子供故にどうすればいいのか解らない星司。その様子に母は――
「私の事は気にしないで」
「でも――」
「それよりも桜花を安全な処に連れて行って」
抱えていた赤子――桜花の安全を確保してほしい。迷っている星司にそう頼む母の顔は有無を言わせない迫力があった。自身の身の安全よりも子供の命を優先する母親の強い意志に星司は黙って頷いた。
母から布に包まれた桜花を受け取る。母が守ってくれたおかげか無傷の桜花は元気に泣き続けている。母は何も言わない。ただ、その目は「行きなさい」と告げている様に星司には見えた。それでも星司はすぐに動けなかった。「母さんを置いて行っていいのか?」と迷いを吹っ切れずにいた。
「――大丈夫」
星司を安心させるためか母は優しい声色で話しかけてきた。
「星司は桜花を避難させてから助けを呼べばいいのよ」
自分と桜花だけ逃げる事に躊躇っていた星司に何をすればいいのかを教える。星司は先程と違い迷いの晴れた顔で頷く。母を助ける方法がわかった以上、ここに何時までも残っているわけにはいかないと星司は迷うことなく瓦礫の外へと出ていった。「急げば母さんを助けられる」そう自分に言い聞かせて。
「星司」
瓦礫の下から出てきた星司は呼びかけられて父の方に振り向く。体力を消費しないためか、星司が瓦礫の下に入る前と同じ状態から全く動いてない父の口から言葉が紡がれる。
「……桜花は、無事か?」
「うん」
「母さん、は?」
「動けないみたいだけど『大丈夫』だって」
「……そうか」
「……父さんは?」
「…………」
父は星司の問いに対して何も言わない。黙って回答を待っていると絞り出す様な声で父は返答する。
「……大丈夫だ。だから……先に桜花と、避難しなさい」
その答えに納得は行かないものを感じるが桜花の事も有る為に父の言う通りに行動し始める。両親から聞かされていた防災グッズが入ったリュックが近くに落ちているのを見つけてそれを背負い桜花を両手で抱え直す。
その途中にある事に気付き父に聞こうと振り向くと――
「父――」
突如、近くで爆発が起き獣の様な咆哮が響き渡る。化け物が近づいて来ている様だ。
「星司! 逃げろ!」
父の言葉に応える様に桜花を抱えて走り出した直後、自身が居た場所の近くで爆発が起きる。それによって発生した突風に飛ばされかけるが妹がいる事に気付き、咄嗟に桜花を守る様に自身の体で包む形で屈む。
「なにが――」
爆風が止み父の方に振り向くとそこは、炎以外、何も見えなくなっていた。
「あ、あ……うわぁあああああああああああああ――!!」




