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【94】ポンザレと二人の男



この世のどこでもない白い空間。


銀色の髪を緑色に反射しながら、ポンザレの指輪の精霊である

エルノアが浮かんでいる。


「それでは、二人とも良いですね?」


エルノアは、目の前に跪いた二人の男に尋ねる。



「納得したとはいえないが、選択肢としてもないのも事実だしな。

それに、今まで以上の使い手は、もう出てこないってのもわかってる。

まぁ、潮時ってやつだな。いいぜ。」



青髪の青年が答える。

手足が長く痩せた男だった。端正な顔立ちをしているが、目の下の濃い隈が

不健康そうに見え、青髪は濡れたように怪しく光を反射していた。

口調は粗いが、エルノアを見返す瞳に陰はない。




続いて口を開いたのは、白く光る鎧を身に纏った壮年の男だった。

薄い茶色の口ひげを揺らしながら目を細め、まぶしいものを見るかのように

エルノアに答えた。



「旧きものよ。偉大な魔力を持つ指輪よ。あなたの言う危機は、

目前にあることが、私にも感じ取れる。何より、あのどろりとした臭い気は、

間違いなく私が過去に斬った獣だ。あの時は倒し切れなかった。」


「ええ。その獣が今、多くの人々を喰らおうとしています。」


「あなたには及ばぬが、私も長きにわたり人を見てきた。

〔魔器〕は、人にとってどう在るべきか考え続けていた。

私が出した答えは、“〔魔器〕と人は共にあるもの”だ。

自身の力を開放し喜びを感じる、使われることなく放置され悔しさを重ねる…、

どちらであれ、人がいてこその話だ。人そのものが失われては、

我ら〔魔器〕も意味がないものになる。」



「ですが、先に伝えた通り、獣を退治するのはポンザレが望めば…の話です。

ポンザレが逃げるというなら私は、それでいいと思っています。」



「無論、それならそれで構わない。それはまた違った形の希望となるだろう。

そう…希望なのだな。希望に、わが身を預けていいと思ったのだ。」



「わかりました。二人の気持ちを無駄にはしません。」



エルノアは強く頷いた。







「マルトーさんっ、ごめんなさい!!おいら、どうしても治せないですっ!!」



ポンザレが両目から大粒の涙をこぼしながら俯く。

マルトーはそんなポンザレの様子に軽くため息をつき、

ポンザレの背中をパンと平手で強く叩いた。


「ばかだね、あんた。あんたが泣くことじゃないだろ!

そもそも目なんか生えるわけないじゃないか。」


「でも…、でもっ!」


「ポンザレ、例えばあんたが怪我をしていて、あたしがうまく治せなかったして。

それであたしが謝ったら、あんたはどう思うんだい?なんて言うんだい?」


「それは、気にしないでくださいって…あ…でも…。」


「同じだよ。無くなっちまったものは、しょうがないよ。それでもあんたが、

治療してくれたから、血も止まって傷はふさがったし、痛みもなくなったんだ。

ありがとうね。」


不服そうなポンザレの背中をさらに強くパンと叩いて、マルトーは笑う。


「あんただってボロボロじゃないか。さぁ、とにかく、

何か食べてから休もうじゃないか。さっきからいい香りがしてて、

もう耐えられないんだよ。」



ザーグ達は、廃墟となった王都の民家の中にいた。

それぞれの戦いを終えた皆は、街の広場で全員生きて再会を果たした。

応急処置した後、傷ついた体をひきずるように民家に入って、

ようやく体を休めていた。


百年以上も放置されていたわりに、家の中はほこりなどもあまりなく綺麗だった。

さすがに食べ物などはなかったが、横になれるベッドや毛布などがあり、

最低限の警戒だけ済む空間が確保できたのは大きかった。

傷を負っていないビリームとニコが、それぞれ見張りと料理を行っている。



「はい、できましたよーっ!ニコ特製の滋養強壮麦スープです!」



先程から薄く漂っていた香りが、ニコが持ち込んだ鍋と共に濃くなった。

塩漬け肉と乾燥野菜を煮込んだだけのスープだが、冒険者が良く使う

ハーブもふんだんに入っており、傷つき、精神をすり減らしたザーグ達には、

なにものにも代えがたい魅惑的な香りだった。


「携帯食料も砕いて入れましたから、少しはお腹に溜まると思いますよー。」


「私達が乗ってきた補給隊の竜車に残っていた山羊のチーズ。

あれも、少し持っていますから入れてしまいましょう。刻みますから

ちょっと待ってください。」


窓から外を見張っていたビリームが加わり、懐から取り出したチーズを

ナイフで刻みはじめた。ニコがよそった木の器に、チーズが落ちると、

甘みと深みが加わった香りが部屋の中を満たした。


「あ、じゃあ、お、おいらも魔力をこめますー!」


さらにポンザレが器に手をかざして魔力を込め始める。


「ポンザレ、魔力はまだ大丈夫なのか?俺達の治療でもずっと使っていただろう?」


「はいー、か、身体は疲れてるんですが、なぜだか魔力は大丈夫なんですー。

おいら、自分でも魔力がどのくらいあるかとか、よくわからないですー。」


「お前、すごいな…。薬師ギルドのやつらが聞いたら大金積んで迎えにくるぞ。」


「おいらは冒険者ですー。」


頬を膨らましながらポンザレはムッとした様子で答える。


「あぁ、そうだな。じゃあ、悪いが頼むぜ。お前に魔力を

込めてもらった料理は、傷の治りが早いのもそうだが、無性に美味くてな。」


「へへっ、じゃあちょっと待っててくださいー。」



本来、魔力はそれ単体で何かをできるものではない。

何かに魔力を込めた場合は、その物体の効果を延長したり、

底上げする働きを持つ。剣に込めれば切れ味が増し、

傷薬に込めれば回復が早くなる。だが込められた魔力は徐々に抜けて、

すぐにその効果を失い、また生物相手に魔力を込めることもできない。


魔力が発散せずにとどまり続け、特殊な効果を発揮するように

作られた道具が、〔魔器〕と呼ばれる。


通常、魔力を込めた食べ物は、そのものの持つ働き、つまり栄養などが

強化される状態になるが、それでもザーグが言うほど美味しさが増したり、

ましてや傷の治りが目に見えて早くなるなどということはない。


これは魔力の糸でつながった指輪の膨大な魔力を引き出せる

ポンザレにしかできないことであり、さらには、ポンザレの“早く良くなりますように”

“美味しくなりますよう”という想いが込められた結果だ。

ポンザレが魔力を込めた食事は、消費型の〔魔器〕ともいうべき

破格の性能を秘めている。


「…ありがとな。」


そこまで凄いものになっているとは露ほども思わず、

ぶつぶつ言いながらポンザレは魔力を込める背中を見ながら、

改めて自分達がポンザレによって救われ、進めていることを思い、

ザーグは小さな声で呟いた。







「さぁ、皆さん、いろいろと思うこともあると思いますが、

まずは目を閉じて横になりましょう。今は何より休息が必要です。」


食べ終えた器を床に置き、ビリームが皆に声を掛けた。



「あぁ、そうだね。正直疲れたね。」


「見張りは私とニコで交替でしておきます。っと…。」


王都に着いてから定期的に起こる地鳴りが、皆の足元から響く。

地鳴りの間隔はどんどんと短くなっている。


「これがあるからには、どうしても休みづらいかもしれませんがね。」


「悪いな、さすがにきつい。すまねえがまかせるぜ。起きたら、

この後どうするかを、また話し合おう。」


「あたしも休ませてもらうよ。ビリーム、恩にきるよ。」


「すみませんー、お、おいらも横になりますー…。」


「えぇ、何かあったらすぐ起こしますので。ニコ、あなたも横になってください。

後で起こします。」


「ありがとうございます。じゃあ、私も先に横にならせてもらいますね。」



横になったポンザレは、限界が来ていたのか

一瞬で意識を失うように眠りについた。







ポンザレは何もない白い空間で目を覚ました。

目の前には絶世の美女であり、ポンザレにだけ優しく微笑みかけてくれる

エルノアが浮かんでいる。


ポンザレは、この空間を夢として認識しており、

現実世界では思い出すことはない。だが夢の中として記憶は続いている。

ポンザレは、何度もこの空間に来ては、エルノアをはじめ、

サソリ針の精のニルト、小鳥の鈴の精スティラ、襟巻の精ウィルマと

親交を深めていた。



白い空間で目を開け、エルノアの微笑みを見たとき、ポンザレは、いつもの夢だと思った。

今まで、この空間において、“いつもの夢”という認識を持ったことはなく、

それはポンザレが現在、半覚醒状態であることを表していた。

だがポンザレは、自分自身のそういう状態に気づいてはいない。


「エルノアさん、こんばんは?こんにちは?ですー!」


ポンザレが元気よく声を掛けると、

エルノアは涼やかに微笑みながら返事をする。


「ポンザレ、よく…がんばりましたね。よく…生き延びました。」


エルノアは覚えていないことを承知の上で、

数刻前に濡れ槍の使い手ワシオとの死闘に打ち勝ったことを誉めた。

普段であれば、ポンザレの答えは、「なんのことだか、よくわかんないですけど…

へへ、ありがとうございます-」などとなるところだ。

この日のポンザレの返事は少し違った。



「えへへ、みんなが助けてくれたからですー。ありがとうございますー。」



口を、もぐりと動かして満面の笑みで答えるポンザレ。

だがエルノアは、次にするべき話に意識をさかれており、

ポンザレ返し方が変わっていたことに気がつかなかった。



「ポンザレ、今日はあなたに会ってもらいたい人がいます。二人とも、ここへ。」


エルノアの声と共に二人の男がポンザレの目の前にスゥと現れる。




濡れた青髪の男は、推し測るような目でポンザレをじろじろと見て言い放った。


「へぇ。実際に見てみると、なんか、こうお前…丸いな!」




鎧を着た薄い茶髭の男は、面白がるように目を細めていたが、

音もなく近寄ってくると、ポンザレの肩に手をあてさすった。


「ふむ…、よく鍛えられている。そう思わぬか?槍の。」


「あぁ、俺達の力だけに頼る、もっと甘いやつかと思っていたが、

まぁ、これなら認めてもいいだろう。他に選択肢がないと言っても、

やっぱり気持ちの問題はあるからな。」



「ええっと…新しい仲間の人達でしょうかー?お、おいら、

お二人の名前を考えますかー?」



ここでようやく上がったポンザレの声に、二人は顔を見合わせ大きな声で笑った。



「フ、ハハ、ハハハハ、そうか俺も名をもらえるのか、ハハハッ」


「名かっ!ハハハ、数百年振りになるだろうか、再び名をもらうというのも悪くない…ハハハ!」



人に使われる〔魔器〕にとって、使い手から名を与えられるということは特別なことだ。

そもそも人間は〔魔器〕に人格があることを知らず、意思疎通されることがほとんどないためだ。

その状態で、使い手が名前を付けてもそれは〔魔器〕には届かない。

数え切れぬほど〔魔器〕を使い、武器防具であれば、共に何度も死線をくぐりぬけ、

互いの結びつきが深くなったその末に、使い手が〔魔器〕の人格に気づいて、

意思を交わして、初めて名がつけられる。



ところがポンザレはそういったことを抜きにして、

いとも簡単に「名前をつけましょうか」などと発する。

それが二人には新鮮で面白かった。

自分達と会話をしているということがどれだけすごいのかを自覚していない。

自分達はポンザレに持たれたことすらないというのに。

だがポンザレの素直な眼差しは気持ちが良く、二人は目の前の少年は、

特別な存在なのだと認めた。



「ふむ、ポンザレ。私達には名前はつけなくて良い。

つけられても困ってしまうな。別れがたくなる。」



「え、お別れになっちゃんですかーっ?」



「あぁ、お別れだ。そして選別として、お前に力を貸そう、いや渡そう。

俺達の力は相当強い。その力で、お前の道を進みな。」



泣きそうに眉をしかめるポンザレの顔を見て、二人はまた笑った。


「ハハッ、そんな顔すんな。せいぜい役に立ってやるからな。」


「そうだ。笑ってくれ。希望は笑顔でなくてはな。」


「は、はい、おいら笑いますっ。」



「エルノアさん、いいぜ、俺達はもう充分だ。」


「わかりました。二人に感謝します。」


「じゃあな、ポンザレ。」


「ポンザレ。楽しかった。ありがとう。」



二人はそのまま薄くなり消えていった。消えていく最後まで二人は笑顔だった。

ポンザレも目尻に涙をためつつも、最後まで笑顔を消さなかった。



しばらく間があき、エルノアが静かにポンザレに語りかけた。


「さぁ、ポンザレ。これからあなたにやってもらいたいことを伝えます。」




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