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【93】ポンザレとザーグ、ワシオ



「うぁっ!」



ガキィィンッ



金と銀の光が交差して火花が散り、金属のぶつかり合う鋭い音が鳴る。



「おい!前に出すぎるな!」


「は、はいーっ!」



ポンザレは、目の前で止まった、いやザーグが止めてくれた

槍の穂先を見つめながら、震えた声で返事をした。


その槍を持つのはミドルランの領主であり、『ヤクゥの手』の一人であり、

そして当代随一、最強の武人と評されるワシオだった。

高い上背に、広い肩幅と分厚い胸板を持ち、全身に銀色の軽鎧を着けている。

大きな鷲鼻と、ギロリと光る目もあわせて圧倒的な雰囲気を、

ワシオはその身から放っていた。



ザーグのフォローでポンザレの命が救われたのは、戦いが始まって、

すでに二度目で、ポンザレはワシオに全く届かない自らに

内心で悔し涙を流していた。


それを見透かしたように、ワシオがつまらなさそうに吐き出す。



「ポンザレ、経験が圧倒的に足りないな。」


「う…。」


「おい、ポンザレ、気にすんな。足りないのは事実だがな、

どっちにしろ、お前は槍を振るうしかできねえんだ。

そして今、お前は俺と一緒に戦ってるんだろうが。二人で一緒に倒すぞ。」


「は、はい!」


「やれやれ。本気でそう思っているのか?」


「いくぞっ!」



ザーグとポンザレは示し合わせたわけでもなく、

落ちていた小石を拾いながらワシオの顔に向けて、同時に投げつけた。


ワシオは、小石を避けようとも、視線をやることすらしない。

槍の穂先をポンザレに向けたまま、ザーグが踏み込んでも、

その剣が届かない位置まで軽い足取りで下がる。

ポンザレに向けた穂先は、握りを緩くして槍の柄を滑らせているようで、

ワシオが下がったにも関わらず、全く動いていない。

槍だからこそできる技のひとつだ。そして長さの違いこそあれど、

同じ槍使いだからこそ、その技量の高さと安定感が、

ポンザレはいやというほど理解できた。



「っち。…本当にむかつくな。隙がねえ」


「さぁ、次はどうする?」


「ポンザレ!お前は右、俺は左だ!」



そう言いながらザーグは、ワシオに向けて右から飛び掛かり、

遅れることなくポンザレが交差するように左から攻撃を加えようとする。

ザーグの体を死角にして、短槍を突き出す連携攻撃だ。


ワシオはわずかに眉を上げたが、濡れ槍をザーグの足に突き出して、

そのまま上へと跳ねあげる。〔魔器〕濡れ槍は、大人二人分ほどの長さの、

槍としては一般的な部類のものだが、穂先の形状が独特だった。

穂は、中ほどから左右にも刃が突き出た十字の形をしている。

突きだけでなく、薙ぎ、払い、そして槍を引くときの動作全てが攻撃につながる

恐ろしい武器だった。


ゆえに、ザーグは足を止め、下からの斬撃を避けざるをえなかった

その隙にワシオは、距離を詰めて回り込むと、ポンザレに強烈な前蹴りを放った。

ポンザレの体が跳ね飛ばされて、石畳で何度も跳ねる。



「がっ!!ぐぅうっ!」


「言っただろう。経験が足りないと。」






キィンッ


ガキンッ



ワシオとザーグの斬り合いが続く。

最強の武人と言われるだけあって、ワシオ凄まじい強さを持っていた。

遠間であっても、近くであっても槍の穂が、柄が、石突がザーグを襲った。

突きだけでなく、長柄のしなりを利用した斬撃も巧みで、

ザーグは防御だけで精神を削られた。


ザーグの黄金爆裂剣は、剣の刃から爆発の衝撃波を出せる。

地面に刺して爆裂させれば、大量の土砂や石礫いしつぶて

飛ばすこともできる。さらには、少し前に合成した炎の魔剣と同じように、

炎を空中に噴き出すこともできるようになっていた。


だがザーグが何かをしようとすると、その行動の起こりを

全て槍で潰されてしまっていた。


ガキンッ


今も、炎を吹き出し始めた黄金爆裂剣の振りを、濡れ槍の十字型の刃が

しっかりと押さえたところだった。


「くそっ!またかっ!」


「ふぅ…、危ないな、その剣は。君と同じで、なかなかの曲者だな、ザーグ。」



戦いには極度の集中を必要とする。

それが実力のある相手であれば尚更で、それゆえ戦いでは、

ある程度攻防が行われると、両者は距離をとって息を整える必要がある。


ザーグとワシオも、互いに相手を見つめながら息を整えていた。

体を休ませつつも、頭の中で想像しては打ち消しながら、次の攻防を組み立てる。

そうしていたところに、跳ね飛ばされていたポンザレが戻ってきた。



「ワシオさ…ワシオ、あなたの槍はすごく強くてきれいです。

それなのに、なぜ…どうして、あなたは『ヤクゥの手』なんかに

なったんですかっ!それだけ、力もあって!」



「ポンザレ、君はそればかりだな。ふん、少しだけ話してやろう。」

私の槍が強くてきれいだと言ったな。」


「はい…。すごく練習を重ねて、積みあげて…おいらも槍だから、

それがわかります。」



実際、ワシオに経験不足と言われたポンザレの技量は低くない。

どころか槍を使う冒険者の中では、ポンザレの強さは上から十番内に

入るほどの腕前になっている。日々、丁寧に訓練を重ね、

幾つもの実戦を積み、ポンザレはその強さを手にした。

だからこそ、その技を見て、ワシオもまた努力を重ね、強くなったのだと思った。



「そこが間違えている。ポンザレ。私は努力などしていない。

私は、幼い頃から何でもできた。どんなことでもだ。誰よりも上手くだ。

絵を描く、音楽を奏でる。あらゆる武器で戦う。少しやれば、どれもすぐに

一流、一流以上に達した。人の心を掴み、動かす。私に心酔させる。

どんなことでも簡単だった。」


「…。」


「初めは領主の息子として生まれた自分としては当然だと思っていたよ。

だから、私は自分に与えられたことを全うしようとしていた。」


「…そのまま、続けていればよかったじゃねえか。」


「私がつまらないのだ。誰よりもできる。何でもできる。

人は私の思った通りに動く。だが私が力を尽くした先に何がある?」


「みんな、あなたを信じて生きているんです!一生懸命生きているんです!」


「そうだな、皆一生懸命に生きている。だから何だ?

それは私を楽しませてくれることなのか?」


「じ、自分がつまらないから、『ヤクゥの手』になったんですかっ?」


「何か違うものを見れるかも知れないと思ったのだ。

だから十数年前、私を殺しに来た『ヤクゥの手』の暗殺者を捉えたときに、

いろいろと聞き出して、仲間になった。当時は、今ほど達観できていなかったからな、

少しの間は新鮮だった。だが…、やがてつまらなくなった。」


「自分の、自分だけの事情で、人を不幸にして!たくさん殺して!

あ、あなたは最悪です!おいら、…もう本当に許せないです!」


「そうか、ならばどうする?ポンザレ、今君がそこにたっているのは、

ザーグの助けがあったのと、何より私が君を生かしているからだ。」


ザーグに二度助けられた。

だがそれ以外は、槍の穂先ではなく、柄や石突き、

ワシオ自身の蹴りなどで攻撃をされていたことに気がついた。

手加減をされていたのだ。二対一の状況で。


「…。」


「シュラザッハほど、楽しむ気持ちはないがな。何か私の予想外のことを

見せてくれるのではないかと、少し期待してしまうのもしょうがないだろう。

ポンザレ、君はザーグのパーティにおける特異点だ。君がいたから、

ザーグは今、私の前に立っている。癒しの力だったり、〔魔器〕を強くしたりと、

報告は聞いているが…、いまひとつ君の力が分からない。

君は魔法を使うのか?君は何をもっている?その槍につけた麻痺の〔魔器〕だけではない、

君のもつものを私に見せるんだ。」







ザーグとポンザレ、ワシオの攻防は続く。



「う…。」



突然、ザーグが片膝をついた。


ワシオは、ポンザレには多少の手心を加えているものの、

殺してしまったら、それはそれでしょうがないくらいの気持ちのようで、

その攻撃は鋭く重かった。



技を満足に出すことも出来ない中、ポンザレが致命傷を負わないように

ワシオの動きをけん制しつつも、自分に向けられた攻撃をさばく。

さばきながらも、致命の一撃を狙って繰り出しては避けられ、防御される。

ザーグは死線の上を踊り続けていたが、ついに限界が来た。


ザーグの体には、いつの間にか幾つもの浅い切り傷ができ、

そこからとめどなく血が流れ落ちて、服にも赤黒い染みを作っていた。

足元には血だまりができている。


これが〔魔器〕濡れ槍の恐ろしい効果だった。

少しでも傷をつければ、そこから血を流し続ける。



「ふん、ついに限界がきたか。しかし、ザーグ、君は素晴らしかった。

私がいなければ、君が最強と言われていただろうな。今の君のような戦い方を

できる人間は他にいないだろう。」


「ぐ…。」


「私は、ミドルランの街で、多くの冒険者、武芸者と戦ってきた。

時には、高位の冒険者に適当な罪をでっちあげ、無罪放免を餌として戦った。

そして、見えるようになった。人の動き…意識の動き、無意識の動きだ。

人は、戦いの中で、自身の持つ技、経験、精神の引き出しを開ける。

それらの引き出しが開くたびに、私は少しだけ楽しかった。」


「…。」


「ザーグ、君は私が知っている中で一番引き出しが多く、

何をするか本当にわからない、退屈を忘れさせてくれる相手だった。

もっとも君はそれを感じてか、私と積極的に戦わないようになった。」


「…あ、あぁ…、あんたの目はいやな目だったから…な…。」


「だが君の引き出しももう尽きたな。私にはわかる。

ポンザレ、君が何か見せてくれるかと思ったが、ここまでのようだ。

これで、幕引きだ。」



ワシオの手元がぶれ、

十字の頭を持った銀色のヘビがザーグへと伸びた。




ギィンッ



薄金と銀の光が交差して火花が散り、金属のぶつかり合う鋭い音が鳴る。


ザーグの喉元で、濡れ槍の穂先が止められていた。

短槍の石突きに取り付けられたサソリ針が、

十字槍の突き出た刃をしっかりと押さえている。



「ふー…、ふー…。…ダメです!ザーグさんは殺させません!」


「今のをよく防いだと思う。だが、もう、どうしようもないだろう。」


「ふー…、おいらが!おいらが!ザーグさんを…守るんですっ!」


「なら、こい。ポンザレ、君から先に殺そう。」


「うぉおおおおおおーーーっ!!」



ポンザレは短槍を持って突っ込んだ。

どう見てもやけになったとしか思えない行動だった。

ポンザレ自身にも何か勝算があったわけではない。

頭の中は、ザーグは殺させない、守るという想いでいっぱいだった。



ワシオは何も動じない。正面から迫るポンザレに向けて、

手元を最小限の力で動かし、濡れ槍を繰り出した。

ポンザレが頭を下げたところに、水平になった十字の穂先が通り過ぎる。

ワシオは勝利を確信して、濡れ槍を半回転させ引き戻した。

垂直になった十字の刃がポンザレの後頭部へと向かう。


その頭が真っ二つに斬り裂かれようとした瞬間、

左手の指輪が緑色に光り、ポンザレの脳裏に鋭く声が響いた。




“転びなさいっ!”




考えずに体が反射的に動いていた。

身を投げ出すようにして、転ぶ途中で続けて声が響く。



“槍から手を離しなさい!”




戦っている最中に自分の武器から手を離すなど愚かの極みだ。

ザーグからも何度も言われ、何度も怒られてきた。

だがポンザレは頭の中の声を信じ、手を放した。



ピー!ピヨーピーッ!



ポンザレの腰につけられた、小鳥の鈴も軽やかに鳴いた。




ワシオの顔がゆがむ。

転んで必殺の一撃を躱されたこと、なぜわざと短槍を手放したのか

さらには、あまりにもこの場に不釣り合いな小鳥の声。

一瞬ではあったが、ワシオは戸惑いを覚え、次の動きが遅れた。

この一瞬がワシオの命取りだった。



ポンザレの手を離れた短槍は、地面に落ちずに、

そのまま前へと突き出され、脛当てのないワシオの太腿を刺した。

短槍を握っていたのは、ポンザレの腰に巻いてあった薄灰色の襟巻だ。

いつもは、自ら動いてポンザレを守ってきた襟巻だが、

この戦いではこれまで一度も動いていなかった。

短槍の石突に取り付けられ、ワシオを刺したのは〔魔器〕サソリ針。


ワシオは大きな目をさらに見開きながら、ポンザレを見る。



「な、なんだ…それは…」



サソリ針の効果が表れ、ワシオの口が途中で止まる。

そのワシオを見返しながら、ポンザレは知らずにつぶやいていた。



「あぁ…、皆…おいらと一緒に戦ってくれていたんですね…。」







ワシオの動きが止まると、

血まみれで動かなくなっていたザーグが目を開けた。


ザーグは片膝をついた状態から起き上がり、剣を水平に構えると、

普通に歩くような、自然で動きでワシオへと近づいた。

黄金剣の切っ先が、金属の鎧と音をたてることもなく、ワシオの胸に吸い込まれる。



「げはぁっ!」



口から大量の血を吐き、ワシオは立ったまま絶命した。

先程まで場に満ちていた圧倒的な気配は嘘のように消えてなくなり、

息苦しさも消える。



「ポ…ポンザレ。」


「ザーグさんっ!大丈夫ですかっ!」


「はぁ…はぁ…ポンザレ、お前…よくやったな。強くなったなぁ…。」



ザーグは粗い息を吐き出しながら、ポンザレに微笑んだ。



「ザ、ザーグさんのおかげです!そして、おいらと一緒に戦ってくれた

皆のおかげです!」



ポンザレはザーグが無事だったことの嬉し涙を流しながら微笑み返す。



「ふぅ…、ちと疲れたな。座らせてもらうぜ。」


「そ、そのまま寝てくださいっ!す、すぐ治療します!」


「あぁ、頼む…。」



治療しながら、ポンザレはザーグの命が助かったことに改めて安堵し、

助けてくれた〔魔器〕達に何度も何度も、心の中でお礼を呟いた。




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