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【91】ビリームとニコ、ラムゼイ



骨製の巨大なメイスと剣をかいくぐって、

ビリームが手にしたメイスを泥人形の脛に打ち当てる。


ガグギィィィンッ…


硬質な音が響き、二歩飛びさすったビリームが

攻撃した箇所を見て息を吐く。


「…あの攻撃でも、ひびだけですか。」


「ほれ、しかも回復しとるぞい。ホッホホ。」


大人五人ほどの高さの巨大な泥人形・大骨は、白い骨製の鎧を

余すところなく身に着けている。四本の脚の上には、太めの胴体がのっており、

そこから長めの腕が伸びる。腕には同じく骨製の凶悪な形状をしたメイスと

剣を持っている。大骨の胸部の穴には、死人色の肌をしたラムゼイが

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


「さぁ、次はどうするんじゃ?はよ、見せい。」


「その余裕が気に入りませんが…これならどうでしょうっ!ふっ!」


鋭く息を吐いて、ビリームが脛の少し上、膝の関節に向けてメイスを振った。

ビリームのメイスは超重量の上、〔魔器〕によって使用者の力も大幅に

増幅されている。

メイスは本来、相手の骨や頭を叩き割る鈍器として使用するものだが、

ビリームが超高速でメイスを振った場合は、当たった部分を抉り飛ばす

恐ろしい武器となる。


ザボッ!サボッ!


メイスの二往復で、大骨の膝の大半が穴をあけ、動きが一瞬がくりと止まるが、

引きずり気味の調子の悪い足をカバーするかのように他の三本が動き、

そうこうしている内に、足も回復してしまった。


「なかなか骨が折れますね…。」


「ホホ、大骨は強いぞい。お主らのような強い〔魔器〕使いと

戦って圧倒できるようにわしが作ったんじゃからのう。

つまり、大骨の骨を折るなんてことは、不可能だということじゃ!」


「さて…。」


ビリームは、睨むように大骨を見上げると、メイスを構えなおした。





メイスによる攻撃は幾度も行われるも、期待した効果は上がらず、

ビリームの顔色は徐々に悪くなっていった。顔にも余裕の色はなく、

確実に追い込まれ始めていた。


大骨は四脚、二腕の大きな泥人形だが、ラムゼイが最高傑作というだけあり

非常によく動いた。人間ではないため、間接は逆にも回り、攻撃する腕も伸びてくる。

メイスと剣も時々形状が変化して間合いも掴みづらくなっていた。


胸にラムゼイが入っているため、弱点が剥き出しなはずだが、

その位置は高く、普通に攻撃するだけでは届かない。

おまけに腕のどちらかは常に胸をカバーできるように動いている。


そんな絶望的とも思えるような戦いの中で、相手の攻撃をかすらせることなく

対処できているのはビリームの天性の戦闘センスによるものだった。


ビリームは、動きながら考えを巡らせ続ける。

左足の義足に力をこめて、自らを砲弾と化す、ビリーム最大の技であれば

通用するだろうと思っているが、一回しかチャンスはないだろう。

だが、その時が来ない。



一方で、ニコはたまに、ちょっかい程度の攻撃を仕掛け、

ラムゼイの意識をそらすくらいがせいぜいで、それ以上のことはできていなかった。


ニコは、自分の強みと弱みを正確に把握している。

対人相手である程度戦えるが、それも一流どまりで超一流には敵わない。

ましてや相手が化け物であれば、自分の出る番はなかった。

せいぜいが、牽制程度に攻撃を加え、ラムゼイの気をそらせ

ビリームが追い込まれないようにする程度だった。



だが…、ニコは見ていた。



戦いを、ではない。ラムゼイを見ていた。

攻撃をかわしては、戦闘から下がり、ひたすら…観ていた。





ニコはスラムで生まれた。親が誰かもわからない。

気が付いた時には、数えで六つか七つ程度の、同じ年頃の子供たちと

集まって暮らしていた。

ニコは目端が利き、人を乗せるのが上手かった。

スラムを少し出たところで、小金を持っていそうな人間に声をかけ、

時に同情を引き、時に気持ちよく乗せて、小遣いや食料をせしめて

仲間に配り日々を暮らしていた。


目端の利いた子供がいるという話は、

すぐにスラムのボス、マグニアの知る所となり、ニコは捕まった。

結果、マグニアはニコを気に入り、彼女に教育と戦う術を与え、

その能力を伸ばさせた。


そうこうする内に、ニコに人に言うことを聞かせることのできる魔法が芽生えた。


それからマグニアの教育が厳しくなった。

マグニアが教えたのは、とにかく人を観ることだった

あらゆる人の癖…、例えば顔を触る場所や頻度、目線、言動、

そういったものをまず見抜く訓練をひたすらさせられた。

人の感情が表で、裏でどう動くか、人が何が好きで、何を不快に思うか、

どう反応を返すのか、様々な人を観察させ、その観察を検証させ、報告させた。

あわせて、魔法も何がどの程度できるのか実験を繰り返し行われた。

ただ、ニコが魔法を自分のためにだけ使おうとするのは制限され、

教育をうけたニコも、それを当たり前に受け入れた。


そういった訓練の末、よりうまく人を魔法にかけることができるようになった。

ニコの魔法は人を観ることから始まる。


そして…、ニコは口を開いた。



「ラムゼイさん、質問があるのですが、いいですか?」


「なんじゃ、小娘。ずっと黙っておるかと思ったら急に。

まぁ、余裕もあるし答えられるものに関しては、答えてやってもいいぞい。」


ラムゼイが嫌な顔もせず答えた。

泥人形の手足は、ラムゼイの表情と関係なく、

ビリームを襲い、動き続けている。


「ヤクゥが目が覚めた後の話ですが、」


「様くらいつけるべきじゃがな。…それで?」



ブンッと巨大な剣が空気を裂き、その下をビリームが転がりながら避ける。


「ニコ、あなたは、何を悠長にっ!?」



ビリームを無視して、ニコは続けた。


「あなた達が作っている、それぞれの街の惨状。あなた達は料理の皿に、

例えていましたが…。それを順にヤクゥは食べていくのですよね?」


「そうじゃ、そのためにわしらは動いておったからの。」


「ヤクゥは、街を、人間を全て食べちゃうんでしょうか?

全部食べたら、もう食べるものなくなっちゃっいますよね。」


「ほっ、戦いの最中だというのに、そんなことを考えておったのか。」


「私、どうしてだろう?と思ったら解決していかないと気が済まないんです。」


「ふむ…それは、わしも分かるぞい。」


「でも、その疑問を考えているうちに、次の疑問がわいてきて

大変なんですけどね。だから、いつも悩んで、いつも考えてしまいます。」


「ほほう。…小娘、お主、研究者向きの性格をしておるのう。」


「で、どうなんでしょうか?」


「すべては大いなる主の御心のままにじゃな。実際は…最後に少し…

皿の一つか二つは残されて、また眠りにつかれるじゃろうがな。」


「あぁ、やっぱりそうなんですね!疑問が解けるっていいですね!


ラムゼイは孫を見る老人かのように、表情を和らげてニコを見る。

だが死人色の顔の皺だらけの老人の貌は、出来の悪い呪われた人形の

ようにしか見えない。


「それで、次にまた人間が増えたら、ヤクゥは目覚めるということですね。」


「そうじゃ。前回もそうじゃった。」


「この王都の話ですか?」


「うむ。前回は、ヤクゥ様は王都で満足された。

あの頃は、王都が一番人口も多く豊かで、それ以外の街はどれも

貧相なもんじゃったからの。」


「そして、それぞれの街で、再び人間は増えて。」


「うむ。百年ほどかかったが、ようやく整ったんじゃ。

まぁ、正直、今回は増やすまでに時間がもっとかかるじゃろうな。」



「そうなんですね。また新たに疑問は湧いてきますね。

いえ、疑問というよりは、組み立てとでも言えばいいのかな……。」



ニコは少し離れたところで腕組みをして、

目をくるくると回して考える素振りを見せた。



「そうか!…では、ラムゼイさん!…こういうのはどうでしょう?」



ニコは思い切りよく飛び込んでくると、

縦振りのメイスをするりと避けて、ビリームの前に立った。


「ニコ、危ないですよ!何を!?」


ニコはビリームに手を添えた。


「ビリームさん!」


「何でしょうか?」


「動きを止めてください!」


「な!…!?…ぬぅ!!?ぐ…く……わかりました。」



ビリームは腰を落としメイスを構えたままの恰好で、硬直した。



「そのまま、片膝をついて待機しなさい!」


ビリームはひざをつく。

その顔には脂汗が吹き出し、血管が浮かび上がっている。



「おぉ、なんじゃ!?小娘、それは何の能力じゃ!?」


「はい、これは私の魔法です。私の魔法は、人に言うことを聞かせられます。」


「そんな魔法は長く生きてきたが、初めて聞いたのう。

いや、小娘、お主なかなかおもしろいのう!」


「さて。ラムゼイさん提案があります。」


「なんじゃ?」


「はい、私はまだ死にたくありません。絶え間なく湧き続ける疑問を、

解き続けたいですし、もっともっと知りたいんです。

もっともっと求めたいんです。そして私には、今お見せした魔法があります。」


「ふむむ、わかってきたぞ。」


ラムゼイはにやりと笑い、ニコもそれに笑顔で返す。


「私を生かして、ヤクゥが再び眠りについた後の世界、

そこを仕切らせてください。そうしたら、私のこの魔法で、

人間をたくさん増やして見せます。」


「ほっほ。…ふむ、そうじゃのう、人間は放っておいても増えるのは確かじゃが、

小娘がいれば、管理はしやすくなるのは確かじゃのう。」


「はい、自分で言うのも何ですが、いい買い物だと思いますよ。

この男の動きを止めたのも、その証明のためですし。

とりあえず、この男はお好きになさってください。

できれば一気につぶすことをお勧めします。」


ビリームは目を見開いたままニコを睨みつける。


「ビリームさん、ごめんなさい。私はやっぱり自分が一番大事なんです。

ポン君やザーグさん、ミラ姐さん、マルトーさんにも、よくしてもらったけど

これでお別れですね。それでは。」


ニコは数歩下がって、頭を小さく下げた。





ズシン。


大骨が地面を揺らして、ビリームの前に立つ。

無数の白い骨を合わせて作られた全身の鎧は、

周囲の光をぼんやりと反射し、出来の悪い悪夢のようだった。


「残念じゃったの、ビリームとやら。これも運命じゃ。

そこの小娘は、頭がいい。お主は足りなかった、そういうことじゃ。」


大骨が、左右の手に持ったメイスと剣をあわせると、

それは一つに合体して巨大なのこぎりのような形に変化した。

その武器を両手でゆっくりと振りかぶる。


その動きが頂点に達したとき、ビリームが顔を上げ、凶悪に笑った。


「ニコ、上出来でした。」



ドンッ!!!


次の瞬間、ビリームの姿が消えると同時に、

足元の地面がすり鉢状にへこみ、大骨の背中が爆発した。

ラムゼイの入っていた胸は大穴が空き、

穴越しに空中に飛び上がったビリームが見える。


大骨はガシャリとそのまま崩れ落ち、

同時にニ十歩ほど先でもビリームが地面に着地する。



ニコの足元に、ビチャリと落ちてきたのは、半壊したラムゼイの頭だった。

目の光は消えつつあるが、その瞳はニコを見あげている。


「なぜ?って顔してますね。私達は頭がよくて、あなたが足りなかった。

それだけです。」


数秒して、ラムゼイの目の光が完全に消える。

ニコは石畳に腰を落として、大きく息を吐きだした。


「はぁ~~~~~っ……。」


「ニコ、お疲れさまでした。」


全身、泥やラムゼイの破片など被って汚れたビリームがやってくる。


「ビリームさん…よかった…。私の魔法が効いてしまわなくて、

本当によかったです…。」


ニコの魔法は、効果を知っている人間にはかからない。

ビリームには事前に知らせていたし、自分の魔法は今までに散々検証を

繰り返してきていたが、それでも…と思うとニコはずっと気が気ではなかった。

声が震えるのをよく抑えたと自分で自分を誉めたいくらいだった。


「本当に、助かりました。よく隙を作ってくれましたね。」


「ビリームさんの技、すごかったです。倒せてよかったです。」


「しかし…、ニコの演技には焦らされました。

本当に向こう側に着いてしまったのかと、心配になりました。」


「ビリームさんこそです!もしかしたら、本当に動けないのかと思って…、

私…本当に不安でした…。」


座り込んだニコの目は少し涙ぐんでいた。

その目を見つめて、ビリームは無言で頷くと手を差し出す。

ニコはその手をとり、笑顔で立ち上がった。




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