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【90】ポンザレと泥の中の王都



「うぉおおおおおっーーーーっ!!」


気合と共に、紅と金の混じった光が走り、巨大な爆発が起こる。

爆炎で、無数の泥人形の影が吹き飛び、飛び散った手足が

バラバラと落ちてくる。



「ふぅんっ!」


ドンッという衝撃と同時に、

大通りから広場に押し寄せていた泥人形の波が砕け散る。




「おいら、あまりやることないですー。」


「そうだねぇ。数が多すぎるし、矢がもったいないよ。それに、何より、

嬉しそうに跳ねまわってるしね。」


「ふっはははー!」


「そぉら!どぉら!ふぅん!!」


新しい〔魔器〕の威力を気兼ねなく試せる機会とあって、

ザーグははしゃいでいた。剣の一振り一振りが新鮮で、気持ちが良かった。

ビリームも戦争に一時的に参加していたものの、新しく得た自分の力を試せず、

どこか鬱屈とした気持ちを持っていたようで、ザーグと同じく高揚した気分で

走り続けていた。



王都に入る前に、「さすがに数で来られるとまずいか、今回は潜入だ」などと、

言っていたが、結局押し寄せる大量の敵を、正面から叩くことになっていた。

そして、それでも一向に問題のない展開となっていた。


「あ、少し漏れたのがこっちきますので、おいらいきますねー。」


「まかせたよー。」



ポンザレは、かすみ槍を持って、ザーグ達の打ち漏らした

数体の泥人形へと向かう。マルトーはその背中と、その向こうに広がる王城、

そして周囲の建物を見やりながら、ため息をついた。



「はぁ、せっかくこんな面白そうな場所に来たのに、結局こうなるんだねぇ。」





「おぉ…これはすごいな…」


「こんなものが、埋まっていたんだねぇ…」


ザーグ達の目の前に広がっているのは、

泥でできたと思われる広大なドーム状の空間だった。

かつてこの地に栄えた王国の王都、数万人が暮らしていたと思われる街一つが、

まるまると収まっている。


灯りは何もないはずなのに、薄暗い程度ですんでいるのは、

おそらく壁全体が弱く発光しているためであろう。

地上で濃く漂っていた、汚泥の匂いはなぜかそこまで強くはなく、

それもあってか、ザーグ達は純粋に目の前の景色を楽しむことができた。


「あれが、王城でしょうかー?」


ポンザレの指し示す先には、その空間の中央にそびえる城が建っていた。

今まで見てきたどの街の建築物よりも高く、巨大だった。

何本かの塔が並ぶ中で、中央に真っ白な塔は一際高く伸びており、

その塔の上の方は天井である泥の中に埋もれている。


「こういう景色が見れるのは冒険者冥利につきるねぇ。

あぁ、お宝探しもできればしたいねぇ。なんか…、心躍る、グッときて、

バシッとしたものがいたる所にありそうなんだけどねぇ。」


「ポン君、マルトーさんの表現がいまいちわかりません。」


「大丈夫です、ニコさん。おいら達も、よくわからないです。

ちなみに、そうやってマルトーさんが手に入れたもので、

本当によかったものは、おいら見たことありませんー。」


「ちょっと、ひどい言い草じゃないか!」


その時、短い地鳴りがして、地面が揺れた。

皆は軽く腰を落として警戒態勢をとるが、地震は二呼吸ほどの短い時間で

すぐに止まった。


「なんだか、いやな揺れでしたね。」


「そうだな。ふむ、マルトーの言う通り、いろいろ発掘していきたいところだが、

まずは用事をすまさねえとな。」


「ラムゼイでしたっけ?やっぱり怪しそうなのは…」


「そうだな、まずはあの城を目指すか。」



ザーグ達は、警戒しながらも街の大通りを進んでいく。

生き物の気配は全くなく、物音ひとつしない。

静寂が圧となって、自分達の立てる音さえも殺しているように、

ポンザレには思えた。


「静かすぎますね。」


「不自然だ。魔物の気配すらもない。」


「そうだ、私、これ使ってみます!」


ニコが懐から、白い革の眼帯を取り出した。

ミラから借り受けた〔魔器〕、壁越しであろうが、生命の炎そのものを

黒い空間に見せる眼帯だ。ニコは斥候ではないが、以前にミラに

眼帯の使い方を軽く教わっていたこともあった。


「ミラさんほど上手く使えませんし、ずっとつけていることはできませんが…、

ちょっと待ってくださいね。」


しばらくニコは眉をひそめたり、方々を伺うような動作をしていた。


「どうだい?」


「皆さんの言う通り、生命の気配は本当にないですね。…あ、今、

この通りのずっと先に小さい反応が現れました。一つ。動かないですね。」


「よし、このまま向かおう。罠なら食い破る。」


ザーグ達は、通りが十字に交差したところにできた、大きな広場に出た。

祭りや何かの見世物、国からの発令などが行われる際に使われる広場で、

どこの街にもこういった場所は何ヵ所か作られているものだが、王都の広場だけあって、その広さはザーグ達の街ゲトブリバなどのものとは比べ物にならなかった。


その広場の中央に、ベンチが一つ置かれており、そこに青灰色の肌をした、

杖を手にした老人が座っていた。



「そこで止まってくれんかのう。」


十歩の距離まで近づいていたザーグ達は、足を止める。


「そこで各々、くるりとまわってくれんか?よく見せて欲しいんじゃ。」


誰も従うものはいない。

止まったのも、何かしらの罠があることを警戒しただけのことだ。


「いい顔じゃのう…ほれぼれするわい。あぁ、会いたかったんじゃよ!

ザーグよ、そのお仲間よ、来てくれて、礼を言うぞい。」


「あんたは?」


「おうおう、これはすまんかった!わしはラムゼイ。

聖泥の七杯の一人じゃよ。軽口からも聞いとるじゃろ?」


重病人、もしくは死人としか言いようのない青灰色の顔の中で

ラムゼイの目だけは強く生き生きと光っていた。



「おぬしらはのう、ものすごい逸材なんじゃよ!奇跡なんじゃよ!

あぁ、本物を目にすると、なんというんじゃ…お主達の生命量は

凄まじいのう!いや、見事じゃ!ホホッ嬉しいのう、嬉しいのう!」


「あぁ、あんたがそうか。…泥人形を作ったな?」


「泥人形だけじゃないぞい!でかいのも作ったぞい!

泥奴隷も作っておるし、いろんなものを日々研究して作っとるんじゃよ!」


「なんで、そんなことを…って聞くだけ無駄か。」


「そうじゃのう。大いなる主のお目覚めのためじゃな。

もう聞いておるじゃろ?」


「あぁ。で?そのヤクゥとやらも、あの城にいるのか?」


「…ふぅむ、想像していたよりも不遜で、不敬がすぎる人間じゃのう。

せめて様をつけるくらいできんのか?」


「うるせぇよ。質問に答えろ。」


「答える気はないのう、自分で見に行けばいいじゃろうっ!!」


ラムゼイの姿がセリフの最後と共にぶれ、石畳に矢がガツンと突き刺さる。

見ると、ラムゼイはベンチごと、大きくジャンプして空に舞い、後方で着地した。

ベンチはよく見ると妙にゴツゴツとした節がついており、

どうも泥人形のように動くらしかった。


ガッシャガッシャと連続でベンチがジャンプして奥へと逃げていく。

冗談みたいな光景に、間を取られ続く対処の遅れたザーグ達に、

ラムゼイの声だけが響いてきた。


「まぁ、いいわい、お前さんらも捕まえて、わしの最高級作品にしてやるぞい。

さぁ、いけ!わしの作品達よ!」


合図と同時にどこに隠れていたのか、多くの泥人形が裏路地や家の中から

溢れ出てきて通りを埋め、押し寄せてきた。



こうして王都での戦いは始まったのだった。






ザーグとビリームが蹴散らしていく泥人形の中には

以前に双子の兄弟の時に襲ってきた大型のものや、

操られている元冒険者の死体のようなものも混ざっていたが、

ザーグ達には何の関係もなかった。


ただただ、目の前の泥人形達を粉砕し、

広場のあちらこちらに泥の小山を積み上げていくだけだった。



「ビリーム!疲れたか!?」


「いえ、私は全く。そちらはどうですか?」


「もちろん、大丈夫だ。さて、山づくりもようやく落ち着いてきたか。」


「えぇ、打ち止めでしょうか?」



「くぁーーー!やっぱり、おぬしらは手ごわいのう!」


どこからともなくラムゼイの声が響く。


「やはり、わしが出んとあかんのう。では、いくぞい!」


民家を派手に壊して現れたのは、大人五人分ほどの高さの、

大きな泥人形だった。今までの泥人形よりも格段に大きい。

全身に白い鎧をつけていたが、それはよく見ると人間の骨を組み合わせて

作られたおぞましいものだった。胸の部分には穴が開いており、

中にラムゼイが入っている。泥人形の頭部には、蜘蛛か何かのように、

無機質な幾つもの目のようなものがついている。

長い両手には巨大な剣とメイスを握っているが、これも骨製だ。


「これはのう、わしが中に入っていることでどんな状況下でも

的確に動き、確実に敵を葬ることができるようになっておるんじゃ。

攻撃、防御、速度ともに歴代の全ての作品を遥かに凌駕する

最高傑作、その名も『大骨』じゃ!さぁ…、心してかかってくるんじゃぞ!」



ズシン、ズシンと大骨が動き始める。巨体の割に、滑らかで、

無駄のない動きは今まで戦ってきた泥人形と全く違うことを現しており、

ザーグ達は互いに注意するように頷き合う。


ラムゼイは、大骨を広場の中央へと進ませて止めた。


「なんじゃ、もう着いたのか。早いのう。」



ザーグ達の歩いてきた大通りの真ん中に、槍を持った一人の人物が立っていた。



「やぁ、ザーグ。会いたかったよ。」


鉤鼻と目に強烈な光を宿したワシオがにこやかに微笑みかける。


「…ワシオ。」




「ふふ~ん、ふふ~~~ふ~ん♪」


空から下手くそな鼻歌が響いてくる。

見上げると、そこには空中に立っているシュラザッハがいた。



「やぁ、お待たせー。僕だよ!」


「軽口…」


「えぇ…、シュラザッハって、ちゃんと名前で呼んでよぉ。」





「シュラザッハ。」


「なんだい、ワシオ?」


「君はなぜ、ザーグ達をこちらによこした?リバスターで始末する予定だったはずだ。」


「命のきらめきかなー。」


「意味の分からないことを…。自分の趣味よりも、やることを優先すべきなのでは?」


「いいじゃないー。大いなる主がお出になられたら、

全て飲み込んで終わるんだ。僕は、輝いているのを見たいんだ。

輝きが最後に一層激しくなるのを愛でたいんだ。飲み込んで一瞬で終わるなんて、

もったいないじゃないか。…それに、ワシオだってザーグ達殺してないじゃん。」


「君のわがままのおかげで、私の最終的な詰めが失敗するところだった。

だからやむなく、無傷で通すしかなかった。」


「あららー、ごめんね。仕上げの方は?」


「リバスターの住人は結局、半分だけ殺した。

全て殺すと大いなる主の食べる分がなくなる。

だが、おかげで憎悪や悲しみが、渦巻く熱い“皿”になった。」


「ワシオはここにきてよかったのかいー?」


「あぁ、顔を切り刻まれた私の身代わりの死体を置いてきた。

暗殺者役の死体もおいてあるし、その懐には、ミドルランの中に

裏切り者がいるという旨の密告状も潜ませてある。犯人捜しで、

最高に荒れているだろう。何せ敬愛している領主が、戦争に勝って

街に戻ってきたその日に殺されるのだから。ハハハハッ!」


「あなたは…」


「ん?」


「なんてことをするんですか!…あなたは、皆のことを何にも考えないんですかっ!

ひ、ひどずぎますっ!」


「いや、何とも思わない。あぁ、感謝はしてるよ。思う通りに動いてくれて有難いとね。」


悔し涙を浮かべて睨むポンザレに、怪訝な目をむけて

ワシオは平然と答えた。



「ぬっ…。」


またしても地面が揺れる。

ザーグ達が王都に着いてから、何度も起きており

心なしか感覚も短くなってきているように思えた。



「だいぶ間隔も縮まっているのう。さぁ、どうする?やるんじゃろ?」




「じゃあマルトー、僕達は場所を変えようか、僕を殺してくれるんだろう?」


「あぁ、そうだよ。シュラザッハ、あんたを殺してやるよ。」


「ふふっ楽しみだな!じゃあ、行こう。ついてきて!」


「皆、ちょっと行ってくるよ。…負けるんじゃないよ!」


無言で頷くザーグ達と一通り目を合わせると、マルトーは

嬉しそうにステップで空中を歩くシュラザッハの後を追った。





「ザーグ、僕は君と…そうだなポンザレくんも指名しよう。

昔から君のことは、やっかいで面倒な人間だと思っていたからね。

そこで私を睨んでいるポンザレ君も、私からすると幾つもの計画を狂わせてきた

要の人間だからね。あぁ、そうだ、別に拒否しても構わないよ。その場合は、

ラムゼイと一緒に君達と戦うことになるが、初めは、そこの女とポンザレ君だけを、

執拗に狙うことにしよう。」


「俺とビリームが、それを許すと?」


「私相手に、しのぎきる自信があるかい?ラムゼイのあれも、強いぞ?」


「…くそっ」


ザーグはラムゼイの大骨に目をやる。滑らかな動きに加え、本人のいう通り、

防御力まで上がっているとなると、今までのようには倒せないだろう。

続いて、ビリームと目が合う。

視線だけで意思を疎通させ、互いに頷き合った。


「ポンザレ、一緒に戦ってくれるか?」


「はい、もちろんです。ザーグさん、おいら達は勝ちます。」


「あぁ。」






「じゃあ、わしの相手は大きいのとお嬢ちゃんか。大きいのも、なかなか強いし、

力や攻撃力は一番じゃと聞いておるからのう。大骨の相手にふさわしいとも

言えるのう。そのメイスで、大骨を砕けるかどうか、試してみるがよい。」


「なめられたものですね。お相手しましょう。ニコ、いきますよ。」


「はい、がんばります!」




こうして最後の戦いの火ぶたが切って落とされた。




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