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【89】ポンザレと進化する〔魔器〕



「これから、どうしましょうー?」


口をもぐりと動かしてポンザレがザーグに聞いた。


「そうだな。…ニコ、もう動けるか?」


「はい、充分休めました。大丈夫です。」


「よし、すまないが、もうひと働きしてくれ。ポンザレとニコで、

戦場の端まで戻って、ミドルランの補給部隊から、竜車と食料を

持ってきてくれ。ニコの魔法と、警戒されにくいポンザレなら上手くいくだろう。」


「ワシオさんは…、いないでしょうかー?」


ぶるりと体を震わせてポンザレが不安げに眉を寄せる。


「ミドルランの連中のほとんどは、おそらくリバスターに攻め込んでいるだろう。

たぶん大丈夫だと思うが、危なかったら逃げてきていいぞ。」


「わかりましたー。」


「俺達は、もともと向かう予定だった王都へと向かうわけだが…、

王都は汚泥の沼のど真ん中だから、竜車は途中までしか行けねえな。

ポンザレ、大事なのは水と食料だから、そっちを優先して手に入れてきてくれ。」


「はいー、では行ってきますー。」

ポンザレとニコの後ろ姿を見ながらビリームが疑問を口にする。



「ザーグ、王都ですか?すみませんが、経緯を教えてください。

ゲトブリバを出てきたのが十五日ほど前でして、その間、壺の報告も

聞けていないのです。」


親子壺という便利な〔魔器〕をザーグ達は持っている。

子壺に話した声が、遠く離れた場所にある親壺に聞こえるというもので、

主にポンザレが毎夜、何かしらの報告を子壺に行い、ゲトブリバのマグニアが

それを聞いている。マグニアは街の犯罪者ギルドの頭であり、

ザーグの協力者で、親友でもある。

報告の内容は、マグニアを介してビリームにもされているが、当然、

二日前に軽口男シュラザッハから明かされた内容は、まだ伝わっていない。


「よし、ビリーム、ポンザレ達が戻ってくるまで、俺達が話そう。

あと…ミラの様子も教えてくれ。」


「わかっていますよ、ザーグ。」





「なるほど、ワシオも『ヤクゥの手』の一人でしたか。

ふむ…、それで全て合点がいきました。」


「あんたから見ても、おかしかったのかい?」


「ええ。ワシオは名領主です。街を治めるその手腕もですし、

戦いにおいてもです。個としての武力は天下無双、さらには

戦術面、指揮においても優れています。過去に発生した、

ミドルラン近辺の大盗賊団は、全てワシオの指揮により

壊滅しています。」


「それだけにな。」


「はい、本来のワシオであれば、こんな無様で犠牲を多く出すことが

前提のような陣を敷かないでしょう。そもそもわざわざ陣を敷くことなく、

自身を先頭とした突撃部隊をあてて、頭だけとって終わらせるはずです。

私も一応進言しましたが却下されました。」


「そん時はなんて言ってたんだい?」


「長年の雪辱を、自らの手ではらす。それがゆえの陣構えだ。

自分だけが勝つだけではない、皆が参加し、動くことに意義のある戦争だと

言っており、周囲もしきりとうなずいておりました。」


「救いようがねえな。…それをそのまま聞いちまう周りもだ。」


「それだけワシオは巧みなのでしょう。」


「何もかも全て『ヤクゥの手』の思う通りになっているのが、

本当に…気に入らねえ。」


「とはいえ、少しでもやれることをやらなければ…ですね。

仕方ありません、私達は、まずは王都にいる『ヤクゥの手』ラムゼイを

倒すことに集中しましょう。」


「そうだな。」


「しかし、そのラムゼイが泥人形を作っているとなると…泥人形軍団と

戦う可能性も出てきますね。」


「今の俺達なら、昔よりもさらにやれるとは思うが…

量で来られたらしんどいな。だから、基本は潜入だ。」


「了解しました。」


「あとな、もしかすると、王都には元凶である、ヤクゥそのものが、

いたりするかもしれねえ。正直、ぶっつぶしてえ…とは思うが、

まぁ、それが無理としても、どんな奴なのか見てはおきてえな。」


「たぶんだけど…、軽口男もまた出てくる気がするね。あたしは。

そもそも、情報を伝えてきたのも、あの男だからね。」


「あぁ、そうだな。あいつはヤクゥが目覚める前に、

俺達と決着をつけたがってるみたいだったからな。」


「どちらにせよ、厳しい道行きとなりますね。」


「あぁ。だが命までかけるつもりはねえ。危なくなったら逃げるぞ。」


「ははっ、それ、いつも言ってるね。」


「全くだ。」


三人が大きな吐息をついているところにニコが戻ってくる。


「ザーグさん、皆さん、ただいま、戻りました!」


「おう、ニコ、無事だったか?ポンザレは?」


「はい、竜車と食料を持ってきましたので、森をでたところで

ポン君が見張ってくれています。」


「わかった、助かるぜ。…よし、じゃあ行くか。」


「あ、そうです。ニコさん、その前にこれを。ミラから預かってきました。」


ビリームが懐から出したのは、白い眼帯と、

なだらかな円錐状の棘が突き出た白銀色の指輪だった。


「これは、ミラ姐さんの…。ミラ姐さんは元気なんですか!?」


「はい、もちろんです。先ほどザーグにも伝えましたが、

傷自体は癒えているようですし、体力と運動能力の回復に軽い鍛錬から

始めていました。安心してください。」


「本当によかったです…。」


「ミラから伝言もあります。『私のように使おうとしなくていい。

でも持っていてくれると役に立つ気がしたから、お願いする。

帰ってきたら返して。』とのことです。」


「…わかりました。」


眼帯と指輪を握りしめながらニコはしっかりと頷いた。





街々をつなぐ円環上の街道がある。

円環街道の何ヵ所からかは、王都につながっていた旧街道が伸びているが、

今はどの道も汚泥の沼に埋まっており進めない。

円の中は、かつては肥沃な土地で、金色の麦畑の海に囲まれた王都と

その中央にそびえる、白く輝く王城があったという。


汚泥の沼は、生ぬるい湿気を含んだ風が、ただよう腐臭をかき混ぜるだけの

荒れ果てた場所だ。百年以上前の無数の幽霊と、泥まみれの臭い魔物が

出るだけで、調査目的の冒険者以外は誰も立ち入らない。


当然、沼の中には竜車は入れない。人間でも、足を泥にとられ動けなくなる。

それどころか、いたる所にある底なし沼にはまって命を落とすこともある。

どうしても沼に入る場合は、泥板と呼ばれる専用の木の履き物を使う。


だが、今、ザーグ達の竜車は汚泥の沼の中を進んでいた。

泥に沈んだ旧街道をなぞるように、竜車の幅の分だけ泥が渇き、

道になっていた。


「…誘い込まれているようだな。」


「ですが行くしかありません。」


「はん、しょうがねえな。」


そう会話を交わすザーグの顔は、いつもより少しだけ明るかった。

もちろんビリームがそばにいるからで、

ポンザレはそれがとても嬉しく思えた。





「ポンザレ少年、少し手合わせをお願いします。」


夕方になって、竜車を止めたのは、泥の道に隣接した、

沼の中に点在する小さい丘のような場所だった。

乾いた泥ではなく、ちゃんとした地面であることに、一同は安心しつつ、

野営の準備を進めていた。


「今ですかー?」


「はい、時間はかかりません。まだ明るいうちに、皆に私の状態を

見ていただこうかと思いまして。ザーグ、皆。私は、義足になったことで、

実は強くなりました。」


「ビリームさん、それは一体…」


「それを今から証明しましょう。さぁ、ポンザレ少年、槍を構えてください。

真剣にきてくださいよ。そしてよく見ていてください。」


ポンザレは穂鞘をつけたまま、槍を構えた。

ビリームはそれを確認すると、ニ十歩ほど離れたところで

メイスを手に構えた。


「ビリームさん、それじゃ遠すぎます。」


「いいのです。では、始めましょう!」


訝しみながらポンザレが一歩を踏み出したとき、ドンッと音が聞こえた。

ポンザレは、ビリームから一瞬も目を離していなかった。

だが、時間をすっ飛ばしたかのように、いきなり目の前にビリームがいて、

続いて衝撃が来た。つかの間の浮遊感、そして再びの衝撃。


ひっくり返ったポンザレの視界は、

夕焼けの空と黒く染まった木々で埋まっていた。

そこに笑顔のビリームがぬっと現れ、手を差し出してくる。

ポンザレはその手を取りながら、立ち上がった。


「な、なにが起きたのでしょうか…。」


「今、私は、左足で踏み込みました。」


ビリームは言いながら、左足の義足をゴンゴンと拳で叩いた。


「左足は日常、戦闘時、どちらでも一切の支障なく動かせます。

そして、気合を乗せると今のように、突破力のある踏み込みもできるように

なったのです。」


「お、おいら、よく死ななかったです…。」


「今は、組みついたまま一緒にポンザレ少年と一緒に飛び、

木に当たるときも私から当たるように体勢を変えましたから。」


よく見るとそこそこの太さの木が、ぶつかった衝撃で裂けたように

へし折れている。


「あ、あ、ありがとうございますー。」


「いいえ。ちなみに組みつきではなく体当たり、そしてメイスを当てれば、

破壊力は相当なものになりますよ。しかも今のも全力ではありません。」


「…。」


ぽかんと開いたままのポンザレの口はなかなか閉じることがなかった。






翌朝、朝食として簡単に作ったスープを食べながら、

ポンザレが寝ぐせ頭のまま、興奮した面持ちでまくし立てた。


「昨日のビリームさんは、本当にすごかったです!」


「あぁ、本当にすごかったな。」


「おいら、起きて、思いついたって言うか、気づいたんです!」


「おぉ、出たな!ポンザレの“思いついた”。」


「はじめ、ビリームさんの〔魔器〕を作ったとき、腕当てとメイス以外では

〔魔器〕の力は発揮されませんでした。でも、今はビリームさんの足は、

強い力を持っています。これは、ビリームさんのすごいがんばりで、

〔魔器〕が進化したということだと思いますー。」


「がんばりと言われても照れ臭いのもありますが、〔魔器〕が進化した、

と言われれば、そうでしょうね。」


「ザーグさん、あの三兄弟の、炎と雷の剣はどうしますかー?」


「あの場に置いてくると、ろくなことにならねえと思ったから持ってはきたが…、

ぶっちゃけ邪魔なんだよな。剣なんて何本も持って戦うもんじゃねえしな。

そろそろ俺の剣で叩き切って捨てるかなと考えていたところだ。」


「それ借りていいでしょうかー?あとザーグさんの黄金爆裂剣と

マルトーさんのナシートリーフも貸してくださいー。」


「む、まぁ、いいが…、どうするんだ?」


ポンザレは、右手で炎の魔剣を持つと、その先端を、

地面に置いた抜き身の黄金爆裂剣の中ほどにあてる。

じっと剣を見つめ続けるポンザレを、ザーグ達が緊張しながら見守る。


ポンザレは頬を一度もぐりとさせると、左手を炎の魔剣の根元に添え、

そのまま剣身をなぞるようにゆっくりと下ろし始めた。

同時に、左手の指輪が優しく緑色に、それに反応するかのように

炎の魔剣が薄い赤色に輝く。


魔剣の光は、ポンザレの動きに合わせて剣先へと移動していき、

そのまま先端から黄金爆裂剣にするりと移っていった。

一際大きく、黄金剣が輝きを発し、周囲が光に包まれる。

やがて光が収まり皆が目を開けると、そこには、金色の剣身に、

緋色の炎のような濃淡の模様が加わった美しい剣があった。


「で、できちゃいましたーっ!!」


汗だくのポンザレが笑顔で剣をザーグに差し出す。


「これは…。」


ザーグは持った瞬間に、自分の剣が生まれ変わったのを理解した。

今までの爆発・衝撃の力に炎と熱の力が加わったことを感じとれた。

持っているだけで自分自身の存在を押し上げてくれるような、

凄まじい威力の剣だ。


「ポンザレ、お前…これ…すごいぞ、これは…」


ザーグがいろいろな方向から剣を見て、

軽く振ってはまた剣を見る。


「次は、マルトーさんの預かりますー。」


「あ、あたしのもかい!た、頼んだよ!」


ポンザレは同じ要領で、雷の魔剣からも光を出し、

それをマルトーの愛弓ナシートリーフへと移した。


「これは…確かにすごいね。雷の力が宿っているのを感じるよ…

なんだってんだい、あたしは、すごいの手に入れちゃったよ…。」


マルトーは愛弓を抱きしめたり、弦をはじきながら、

ぶつぶつと呟き続ける。藍色のマルトーの弓には、

水色の雷のような模様が入っており、マルトーが弦をはじくたびに、

小さく発光している。


「ザーグさんとマルトーさんだから、強い〔魔器〕に

進化できたんだと思いますー!」


「お、おう、そうか」


「ちょ、ちょっと試してみていいかい!?」


それから二人は、目を輝かせながら、

周囲に生えていた木で新しい〔魔器〕を試していった。

ドガン、バリバリと凄まじい音を響かせて、嬉しそうに走り回る二人の様子を

眺めながら、ポンザレは、ふぅと汗を拭く。


「ポンザレ少年、やはりあなたと一緒にいると楽しいですね。」


ビリームが声を掛けると、ポンザレは一瞬きょとんとしたが、

すぐに「ありがとうございますー」と照れた微笑みを浮かべた。




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