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【88】ポンザレとかけひきと再会



「ビリームさんっ!!!」


「おお!ポンザレ少年!会いたかったですよ!おや、少し背が伸びましたか?

おまけに少し痩せ…てはいないですね!ハハハッ!」


「うぅ、ビリームさん!ビリームさん!」


いまだ戦場であることを忘れて、ポンザレは目を潤ませて泣きかける。



「感動の再会の途中ですまないがね。少し、いいかな?」



声をかけてきたのは、ミドルランの領主ワシオだった。

背は高く、胸板も厚い。大きな鉤鼻が特徴だが、

それ以上に目から、全身から、沸き立つ圧力が凄まじかった。

同じ人間とは思えない、圧倒的な存在としか言いようのない人間だった。



「ポンザレ君だったね。説明をしてもらおう。そこの大男、そいつは、

リバスターの魔剣の三兄弟のドボギだ。岩の塊のような土の魔剣を持って、

我が陣に飛び込んできた。私の名前を連呼し、私の部下を大勢打ち倒してくれた。

私の、ミドルランの敵だ。」


敵だというセリフのあたりで、武器を構えた周囲の人間達がうなずく。

ワシオを守るのが使命の、ミドルランの精鋭達で、

ドボギの襲撃の直後のため、皆目が血走っている。


「そこの女。隠れるように動いていたが、ドボギと一緒に入ってきた。

幸いドボギはビリームが倒してくれたが、その前はドボギに指示を出していた

とも聞いている。つまり、私の敵だな?」



ワシオは自身の愛槍で〔魔器〕である濡れ槍の穂先をニコに向ける。

ニコは目を大きく見開いたまま、ワシオに飲まれていた。

これから数舜の内に、自分の終わりが来る…、それを痺れた頭で

ぼんやりと思うことしかできなかった。


気がつくと、ポンザレはニコをかばうように、その前に立っていた。

ぬらりと怪しく光を反射する穂先と、その持ち手であるワシオから

押し寄せてくる重く、苦しい、そして鋭い迫力に、背骨が氷柱にでも

なったかのようだった。全身から噴き出す汗が、瞬時に冷えていく。



「ポンザレ君、君がそう動くということは、君達はリバスターの側についていて、

私達を襲いに来た、そういうことでいいのかな?」


「ワシオさん、それは、」


「ビリーム、私は今、ポンザレ君に聞いている。君にではない。さぁ、答えたまえ。」


ポンザレは必死に頭を働かせた。歯の根が合わず、

言葉を出そうとすることができない。

口は極度の重圧で勝手にもぐもぐと高速で動く。

ゆっくり三を数えるほどの時間が立ち、ワシオが苛立ち始めたとき、

もぐもぐが止まった。


「おお、お、おいらは…ミ、ミドルランのて、敵ではありません!

お、おいらの敵は、人間を恐怖に落とし入れる…わ、悪い獣です!」


その場にいた大勢の人達は、ぶるぶると震える少年が、

恐怖と緊張のあまり変なことを口走っただけだと考えた。

だがこの場で、その意味を正確に理解した人間がいた。

言葉を発したポンザレ本人、ニコ、ビリーム、そしてワシオだ。


「ふむ…質問に答えていないが…ミドルランの敵ではないと。

今の君の発言は、軽口な誰かの受け売りというところかな?」


当然、軽口の誰かは、『ヤクゥの手』の銀髪の男シュラザッハのことを

指している。ワシオは、シュラザッハから聞いたのか、確認をしてきたのだ。


シュラザッハが言っていたことが事実だと、

ワシオは『ヤクゥの手』の人間なのだと理解したポンザレは、

複雑な顔をせざるをえなかった。

慕われている領主が人々の敵であるという絶望、疑問、怒り、

犠牲になった人達のことを思い湧きおこる悔しさ、悲しさ…、

そういったものがごちゃまぜになって、浮かんでくる。


「どうして…」


その呟きを無視して、ワシオは続ける。


「だが、その説明だけでは、納得できないのだが?」


ポンザレは少しだけ飛びかけた思考を戻す。

ワシオが敵であり、目の前におり、そして状況は切迫している。

ポンザレはさらに言葉を重ねた。



「ザ、ザーグさんと、マルトーさんが!二人が、残りのきょ、兄弟と

戦っています。すぐに勝って、こ、ここに、来ます!」


「なぜだい?なぜ、三兄弟と戦う?」


「お、おいら達は、リバスターのこ、この三兄弟のやり方が、

すごく、ひ、ひどくて、すぐ止めないといけないと思いました。

そ、そもそも街を通りかかっただけなのに、お、脅されて、

仕方なくここに来てしまいました。でも、あまりにも酷かったので、

ザーグさんとマルトーさんが、た、戦ってくれています!」


「そうか。ザーグも来ているのか!そして…脅されて、ハハッ、

脅されて、仕方なく戦争に参加したと。ハハハッ!」


ワシオの笑い声で、周囲の緊張が少し和らいだ。

同時に、ザーグの名前と、そのザーグが三兄弟の二人と

戦っているという情報に、どこかホッとしたような空気が流れる。


不死者、竜殺しの二つ名と共にザーグの名は、広く知られている。

また、合わせてその人柄も伝わっている。冒険に命を懸けた求道者であり、

仲間と共に幾多の困難を打ち破り、決して弱いものから何かを奪ったり、

理由もなく暴力を振るような人間ではない。その姿は、正しい冒険者であり、

人格者であるとも広く伝わっていた。当の本人が聞いたら、

舌打ちして酒杯をあおりそうな内容だ。



ミドルランとリバスターの戦争は、非は明らかにリバスターにあった。


もともとミドルランは、近くに温かい湯の湧く泉があるだけの街だった。

二十数年以上前に、まだ少年だったワシオが父に強く進言し、

その泉を整備し、さらに街の何ヵ所かを深く掘って、第二、第三の泉、

温泉を作った。そして温泉を中心に高級な宿を建設し、湯治客を

他の街から招くための様々な策を打ち出した。

これが大当たりし、ミドルランは他の街から、金と人を呼ぶ街へと発展した。


その隣街であるリバスターは、それがとにかくおもしろくない。

単なるミドルランへの通過点でしかなく、金も人もあまり集まらない。

つねにミドルランを敵視して、張り合おうとして失敗して、

ことあるごとに嫌がらせを行っていた。


今回の戦争は、魔剣を手に入れた三兄弟がリーダーになったことにより、

リバスターの抱えていた不満が爆発したことが一番の原因だ。

その裏でシュラザッハによる街の人間の洗脳をはじめとする

工作活動も功を奏している。


正しい冒険者として評判の、そして鬼のような強さを持つザーグが、

非のあるリバスター側についていない、どころか、やっかいだった敵と

戦ってくれている、そのことにミドルランの兵士達は安心したのだ。



「だが…、ポンザレ君、そこの女が、ここにいることに関しては、

どう説明するのかな?」


「そ、それは…」


「それは?」


「いいいいい、行き違いです!た、たんなる行き違いです!」


もはやポンザレにも自分が何を言っているかわかっていない。


「…ハハ!ハハハハハッ!!い、行き違いか!」


「は、はい、い、行き違いです。」


「ハハハハハッ…、いやぁ、面白かったよ。ポンザレ君。

でも、その答えじゃだめだ。」



ワシオは目を細くして、腰を落とし濡れ槍を構えた。

その姿にポンザレはぞくりと震える。


ガシャリ。ガシャリ。


ビリームがポンザレの数歩横に立つ。


「では、私はこちら側ですね。」


「ビリーム、君はミドルランとして戦うという契約をしたはずだが?」


「えぇ、確かにしましたが、それはザーグやマルトー、ポンザレと会うまでの

間とさせてもらうとの契約ですよ。ですので、もう契約は終わりました。」


「そうか、残念だよ。」


濡れ槍の穂先が、獲物を狙う蛇のように左右にゆらりゆらりと揺れ始めた。





「おうい、待ってくれ!通してくれ!」


人混みをかきわけて、ザーグが中央の場に躍り出た。

後ろにはマルトーも続いている。


「ザーグさん、無事だったんですね!」


「当たり前だろ。」


そう答えるザーグは、髪の一部が焦げてチリチリになっており、

全身土まみれで、ひどい恰好だった。腰には自分のものではない二振りの剣を、

布と革紐で結びつけてある。


「で、これはどういう状況…おぉ!おぉ?ビリームかっ!!」


「本当だ!ビリームだっ!驚いたねぇ!!あんた!

なんで、こんなところにいるんだい!」


「ポンザレ少年がいたので、すぐ会えると思っていましたが、

いやぁ、ザーグ!マルトー!懐かしいですね!いやいや、嬉しい限りです!」


「あぁ…、またこの流れか。それは後にしてくれるかな。」


「む、ワシオさん。」


ザーグがワシオに向き合うと同時に、腰を落とし剣に手をかける。

ワシオは構えを解いていないからだ。


「はしょって説明するが、君のところのポンザレ君が、そこの女は

仲間だと言う。だが、そこの女は三兄弟のドボギを連れてきた。

私の部下もずいぶんやられている。事情を聞いたところ、ポンザレ君は、

女が来たのは、単なる行き違いであったという。それで合っているかな?」


正面からワシオを見据えながら、ザーグは大きな声で答えた。


「…あぁ、間違いない、たんなる行き違いだ。その証拠に俺とマルトーは

三兄弟の上の二人を倒してきた。向こうに死体が転がってる。

後で確認してくれ。」


おぉ!とミドルランの兵士達の歓声が上がる中、

ワシオとザーグがにらみあう。無言のうちに、両者は意思を疎通させ…、

やがて二人は同時に構えを解いた。


「わかった、行き違いだ。」


「あぁ、わかってくれて感謝する。ワシオさん。」


「そうだな、土産に、その魔剣でも置いていかないか?」


「全部はだめだ。そこに転がっている土の魔剣だけで、良しとしてくれ。」


「ドボギ?ですか、その男を倒したのは私なので、私に権利があると

思うのですが…、まぁ構いません。それでお願いします。」


「ふん…それで君達はどうする?」


「このまま、出ていくさ。どちらの陣にも肩入れしないのは約束する。

ただし、襲ってきたら無力化する。」


「いいだろう。まだ戦争も続いている。では、出ていってくれ。」


「よし、ビリーム、ポンザレ、マルトー、ニコ、話はついた。行くぞ。」


ザーグ達は何も言わずに、早歩きでその場を離れていった。





「ワシオさま…!兄弟の残りが、向こうで倒されていました!」


「ワシオさま!リバスター軍は、すでに崩壊状態にあり、

リバスターに逃げ始めておりますっ!」


兵士達が矢継ぎ早に上げてくる報告の波が収まったところで、

ワシオは指揮台の上に乗り、一際大きく声を張り上げた。


「皆、我らミドルランは、これより残兵どもを掃討しながら、

リバスターへ攻め込む!!リバスターでは、女子供でも容赦はするな!

彼らは二十年以上も我が街への恨みを積み上げ、今日の凶行へと及んだ。

リバスターの街の全ての人間が、我らへの憎しみを募らせている…。」


ここでワシオは少し言葉につまらせた。鎧の胸を掻きむしるように、

両手を開いて閉じ、髪を振り乱す。それは胸に重いものを抱える人間が

苦悩する姿だった。普段見せたことのないワシオの様子に周囲の人間は、

戸惑いながら、声を上げずに見守るだけだった。


「私は…私は本来、このような命令をしたくない!だが!…だが!

それでも命令しなければならない!そうしないと…そうしなければ!

皆の家族に、友人に、街の仲間達が危険に晒されるからだっ!

恨みを…、長い間恨みを持って生きてきた人間は…生き延びれば、

確実に復讐者となる。今ここで!禍根を断たねばいけないのだ!

ゆえに…、ゆえに私は!私が負う責任として!領主である身として!

皆に命令する!リバスターの全ての人間を殲滅せよっ!!」


間があって、その場にいた全員が声を上げ、地面を打ち鳴らした。

もはや冷静な者はいなかった。戦争という非日常の中で、

熱と狂気にやられていた。街を、家族を守るため、

敬愛する領主と苦悩を分かち合うため、ミドルランの兵士達は鬼となった。


「「「おおぉぉおおおーーーっ!!!ワシオさまのために!!」」」


「「「ワシオさまのためにっ!」」」


「「「ミドルランのためにっ!」」」


「「「ミドルランのために!!」」」


ミドルランの兵士達は、口々に街とワシオの名前を叫びながら、

逃げる敵を追いかけて背中から斬りつけていき、

そしてリバスターへと攻め込んでいった。





戦場を離れて、近くの森の中へと入ったザーグ達は、

ひらけた場所で、腰を下ろし休んでいた。もちろん警戒は解いていない。


「あぁ、くそっ、疲れたぜ!」


「まったくだよ。」


答えるマルトーは、弓を片手に大の字で寝転がっている。


「皆さん、すみません…、動き方を失敗しました。」


申し訳なさそうに、ニコが頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「いや、そもそも、ニコが三男を引き離してくれないと

俺達が兄弟を倒せなかった。」


「そうだよ。それに、あの三男についていかないと誘導できなかったんだろう?」


「結果的になんとかなって、よかったですー。」


「…すみません。でも、助かったのが奇跡です…。」


ポンザレの間の抜けた声で、ようやく緊張もほどけたようで、

ニコはホゥと息を吐き出す。と同時に、濃い疲労の色が顔に浮かび上がり、

顔色は真白になった。今すぐにでも倒れそうな状態だった。


ワシオは領主というだけでなく、ミドルランで一番強い武人でもある。

その殺気を正面から受けて、気を失わなかっただけでも、

ニコはよく耐えていた。


「ご挨拶が遅れました。手短に。あなたがニコさんですね。私はビリームです。」


「はい、ビリームさん、知っています。直接会ってはいませんでしたが、

お頭からいつも聞いていましたし、街にいる時に何度もお見かけしています。」


「それは、それは。ニコさん、ザーグ達の力になっていただき、

ありがとうございます。」


「いえ、それは私こそ…。」


「ではポンザレ少年?」


後ろでニコのために横になるスペースを作っていたポンザレに、

ビリームが声をかける。ていねいに、襟巻を折りたたんで枕まで作ってある。


「はいー。ニコさん、ここで少し横になってくださいー。」


「ありがとう…、ポン君。すみません、少しだけ休ませてもらいますね。」





「しかしビリーム、よく出てこれたな。足は?」


「えぇ、ポンザレ少年の助言通り、みなぎる力の鎧の脚を、義足に改造しました。

最初はかなり苦労しましたが、今では昔通り、いえ、もしかすると

昔以上に動くことができるようになっています。」


ゴンゴンとビリームは自分の左足を叩く。

太ももから下を覆った白銀の脚鎧は、森の中の柔らかい光を受けて、

優しく光っていた。


「その義足は、メイスと腕当てをつけていないとダメなんですか?」


ビリームは白いメイスを持ち、腕には白銀の腕当てをつけている。

どちらも、〔魔器〕みなぎる力の鎧からできている。

超重量のメイスは、鎧の胴を圧縮して製作したもので、普通の人間では

おいそれと振り回せるものではない。そこに鎧の腕当てを加えたことで、

ビリームはまるで棒きれのようにメイスを振り回すことができる。

メイスと腕当てはセットで〔魔器〕だ。



「いえ、ポンザレ少年、動きは鈍いですが、メイスがなくても、

日常生活に支障がない程度では動かせます。

もっとも重さがかなりありますので、ゆっくりとした動きにはなりますが。」


「腕当てとメイスがあったら?」


「今までの腕当ての時だけよりも力は上がりましたね。」


「すごい!ビリームさん、今までよりも強くなったんですか!?」


「えぇ。自分でも驚きですがね。」


「おもしろいもんだねぇ。じゃあ、もう片方の脚とか、腰とか、肩当てとか

その辺も着てみたら、もっとすごいことになるんじゃないかい?」


「そう思って、試しはしてみたのですが…、残念ながら

そうはいかなかったようです。」


「ただ、まぁ、充分以上に動けるので、壺の報告を聞いている内に、

居ても立っても居られなくなりまして。」


「家族の方は…?」


「実は妻の方から、言ってきたくらいです。あんたしかできないことがあるなら、

言ってやりなと。店は私が守っておくからと。」


「店?」


「はい。リハビリを兼ねて、そして皆の居場所として、小さいですが

酒場を作りましてね。『竜の台所』という名前なのですが、街の人からは、

武道酒場と呼ばれています。ハハハッ」


「武道酒場!なんだか、かっこいいですーー!」


「荒くれ達しか来そうにないけど大丈夫なのかい?それ。」


「ええ、酒場の一部を修練場にしておりまして。そこで熟練者が、

新米や教えを乞うものに教えるという仕組みになっています。

皆、言いつけを守ってよくしてくれていますよ。」


「ハハ…ハハハハ!…ビリーム、すごいな。お前ならではの店だな。」


「フフッ、我ながら、そう思いますよ。」


「ビリーム。」


「何でしょう、ザーグ。」


「よく…戻ってくれた。」


「ええ。」


ザーグとビリームは、腕をガツンとあわせた。

ポンザレはその姿が、嬉し泣きをせずにはいられなかった。





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