【87】ポンザレと魔剣の三兄弟
魔剣を持ったドボギの耳に、ニコの声が心地よく入ってくる。
「ドボギさん、お兄さん二人を助けたいですよね?」
「うん、俺ぇ、兄ちゃん達を助けたい!」
「あの先にいる、ワシオという槍を使う敵は、お兄さん達でも叶わないくらい
強いんです。このまま行ったら、お兄さん達も、殺されてしまうかもしれません。」
「いやだぁ、それはいやだぁ!」
「はい、だからドボギさんが、先に行ってやっつけちゃいましょう。
ドボギさんならできますよ!そしたらお兄さん達も、よくやったって
誉めてくれますよ!」
「わかった!俺ぇ、行くよ!」
ドスドスと走り始めたドボギの横に、ニコがつく。
人を操る自分の魔法はきちんと効いているので、
一人で行かせてもよかったが、ドボギはどうにも頭が足りないようで、
状況に応じて修正指示を出すつもりだった。
「おい!ドボギ!どうした!?どこに行く!?」
「ドボギ!とまれ!陣形が崩れる!」
「俺ぇ、兄ちゃん達を助けるんだぁ!」
「あぁ?てめえ何言ってんだ!?おい!待て!」
走り去るドボギの背中と、その横にいる小柄な女を見たブリストが叫ぶ。
「兄貴!あの女だ。ザーグの仲間だ!あいつが何かやったに違いねぇ!」
「ちっ!俺達の距離を開けたのがまずかったか!」
三兄弟は、ホルゴウとブリストの二人が前に進み、
後ろをドボギが警戒するという三角形の陣形を組んでいた。
ただ、魔剣を振り回すために、三人の位置が離れていたため、
今回ドボギが走り出したのを止められなかった。
「ブリスト、追うぞ!あいつ一人じゃ駄目だ!俺達は三兄弟だっ!」
「あぁ、あの女もぶっ殺してやる!」
走りだそうと踏み出した二人の足元に、勢いよく矢が突き立った。
「おっと、待ってくれ。」
「てめぇ…。」
ホルゴウとブリストが、矢の飛んできた方を睨みつける。
そこにザーグとマルトー、ポンザレが立っていた。
◇
雷の魔剣を持つブリストの前に、ポンザレとマルトーが歩いてくる。
マルトーは愛弓ナシートリーフを軽くつがえている。
「ポンザレ、あんた、ニコを追いかけな。」
「え、でも、マルトーさん、おいらも戦います!」
「こんなの、あたしだけでどうとでもできるよ。信じられないのかい?」
「いえ、信じていますー。でも…」
「場合によっちゃ、ニコの方が大変になるかもしれないんだ、
行っておくれ。」
「わ、わかりましたー。」
走りだそうとしたポンザレを狙って、魔剣を突く構えを見せたブリストに、
マルトーが軽く矢を放った。本気でないとはいえ当たれば絶命必死の矢を
ブリストは簡単に避けてみせると、ねめつけるようにマルトーを睨んだ。
「こんなのとは、ずいぶんな言い草だな、女。…マルトーだったな。
流星弓だったか。てめぇ、自分がどうなるか、わかってんだろうなぁ?」
「ふん、どうなるんだい?」
「俺ら三兄弟はな、壊し屋と呼ばれている。依頼があれば、
いや、なくても何でも壊すからな。」
「それで?」
「俺にも、拷問官っていう二つ名があるんだ。俺はな、女でも男でも、
子どもでも大人でも拷問するのが好きなんだ。拷問つっても聞きたいことが
あるわけじゃねえんだ。俺は悲鳴が好きなんだ。ハハッ!」
顔をしかめるマルトーにブリストは続ける。
「マルトー、とりあえずお前は、動けなくするだけにしておいてやる。
俺の雷は、そのくらい簡単にできるんだ。この戦争が終わったら、
気のすむまでお前も拷問してやるよ。あぁ…楽しそうだ!」
「…気持ち悪いねえ。なんで、あたしの相手は気持ち悪い奴ばかりなのかねぇ。
あぁ、やっぱりポンザレに相手してもらえば良かったかもしれないねえ。」
「今さら遅ぇよ!オラッ!」
ブリストが突き出した魔剣の先に雷が落ちる。
雷はマルトーのいた場所に正確に落ち、地面を抉っていたが、
マルトーは大きく横に飛び回避すると同時に矢を放っていた。
「うぉっ!」
ブリストは胸の前で矢を叩き斬ると同時に再び突きを放つ。
それから互いに数手、雷と矢の応酬が続いた。
「…あんた、けっこう強いんだねえ。」
「はん、お前もよく避けるな。しかも避けながら、よく俺を狙えるもんだな。」
マルトーの愛弓ナシートリーフは〔魔器〕で、少ない力で弦を引ける上に、
大弓以上の威力の矢を射ることができる。だがそれだけでは、
一流の使い手を倒すことはできない。一流は、矢に反応できるからだ。
必殺技としてマルトーは放った矢を曲げることができるが、
これも一度見せると警戒され二度目の成功率は格段に下がる。
マルトーが想像していたよりも、ブリストの腕前は一流だった。
認識を改めて、マルトーはいかに勝つかを計算し続ける。
「マルトーよぉ。お前、まだ手を隠しもってんだろ?」
「それはあんたもだろ?」
「あぁ、そうだ。じゃあ、見せてやるぜ!」
ブリストは雷を落とすのに、突きしか用いなかったが、
今は魔剣を腰だめに構えている。ブリストの体から、
パリパリと紫色の小さな放電が起こり始める。
今までの攻撃と異なる、高威力、そして広範囲の攻撃を
繰り出そうとしているのがマルトーにも分かった。
「これは、まずいね!やっ!」
マルトーは、二本、矢を放ったが、どの矢もブリストの体の前で、
放電にとらえられ、ぽとりと落ちた。
「あせんなよ。もうちょっと待ってろ。この技、溜めが必要なんだよ。
あぁ、そうだ、もう拷問は諦めてる。殺しちまうのは残念だが、
あのバカを追わなくちゃいけねえしな。」
紫の光が反射した瞳に、愉悦の色を込めてブリストが笑う。
マルトーは目を閉じて大きく息を吸い込みながら、
弓を胸の前ではなく、胸と腰の前くらいで横にして浅く構えた。
肺いっぱいに空気を吸い込むと、目を開き、
腰の後ろの矢筒から流れるような動作で矢を抜き、射る。
射る。
射る。
射る。
休むことなく矢が飛び続ける。
マルトーは、一呼吸に三本の矢を射ることが
できるが、相手が動かない的であれば、
無呼吸でもっと多くの矢を放てる。
普通はこんなことはやらない。どう考えても矢の無駄だし、
相手は動くからだ。だがマルトーの直感が、この方法をとらせた。
一定の力で弦を引いて放つという弓の構造上、早撃ちにも限度があるが、
少ない力で矢を放てる〔魔器〕ナシートリーフだからこそできる技でもあった。
放たれた三十本近くの矢のほとんどは、放電によって落とされたが
蓄えていた力を削ぐことに成功したようで、ブリストの体から起こっていた
放電が無くなっていた。
「て、てめえ、俺の溜めを解除しやがったのか…!?」
「そして、これが最後の矢だよっ!」
マルトーの放った最後の矢が、低めの位置、ブリストの腰のあたりにせまる。
技を解除されたとはいえ、もともと矢には反応できている。
払おうと魔剣を振り下ろした瞬間、矢は軌道を変えて、上向きに跳ね上がり
ブリストの顎に下から突き刺さった。
後頭部から矢じりが突き出ており、ブリストは目と鼻から血を流して倒れた。
「く、くそぉ、あ、兄貴、ドボ…ギ…」
「はぁ。弓使いに矢を全部使わせるとはね。冷や汗もんだったよ。」
マルトーはブリストを少しの間見下ろしていたが、
すぐに周囲の地面から使える矢を拾い始めた。
◇
ザーグと三兄弟の長男ホルゴウが対峙している。
「ドボギに、弟に、何をした!?」
「さあてな。」
「そもそも、てめえ、なんで、俺達兄弟の邪魔をする?
てめえにとっても、美味しい話だろうが。戦争だぜ?戦いだ。
俺らは強者だ。好きなだけ斬れるんだぜ?金も名誉も手に入れ放題だ。」
「言っておくが、俺は戦争は嫌いだ。昔、二回ほど参加したことがあるがな。
勝っても負けても、ろくなもんじゃなかった。そもそもな、人を斬るのは
好きじゃねえんだ。」
「あぁ!?なら、何でてめえは冒険者なんかやってんだ?」
「俺が冒険者やってるのは…刺激だな。あぁ、刺激があるからだ。
知らないことを知る、見たことのないものを見つける、
今まで体験したことないことを体験する。刺激的なんだ。全部が。
確かに、人を斬らざるを得ないときもあるがな。」
「ちっ…、綺麗ごと抜かしやがって。もっともらしいこと言ったって、
結局は金だ。名声だ。人を斬ることも、そこにつながってるんだ。
不死者、竜殺しのザーグ。何度も噂を聞いて、どんなやつかと思っていたが、
単なる腰抜けじゃねえか。ゲハハ、腰抜けは死ぬしかねえな。ここは戦場だ。」
「あぁ、同感だ。ここは戦場だ。そろそろ、お前の品のねえ面も見飽きてきた。」
「てめぇ、死んどけ!」
ホルゴウが、魔剣を横なぎに一振りすると、
巨大な火炎がその延長上に噴射された。
大きく後ろに跳んで、十分な距離をとって避けたザーグだったが、
それでも顔に熱波が押し寄せ、髪の毛の先も少し焦げる。
ホルゴウが歩きながら左右に剣を振り、
そのたびに火炎のカーテンが空間を埋める。
ザーグが左右に回り込もうとしても、ホルゴウは体の向きを変えて
火炎を放射し、隙を見せない。
「ゲハハ、てめえの自慢の黄金爆裂剣も、こうなっちゃ何もできねえな。」
対するザーグは、悔しがる様子も見せずに剣をだらりと下げたままでいた。
「例え、矢で射ってこようが、ナイフを投げようが、この炎で俺には届かねえぜ。
ゲハハ、すぐに焼き尽くしてやる!」
「なぁ、ホルゴウ。お前、〔魔器〕と戦ったことあるか?」
「あぁ?」
「〔魔器〕と戦うとき、俺は発想力が大事だと思ってる。」
「何を言ってやがる?気でも触れたか?」
「こういうことだよっ!!」
ザーグは黄金爆裂剣を大地へと深く突き刺して、柄を両手で握ると
救い上げるように、地面を爆裂させた。爆発して巻き上げられた大量の土砂が
ホルゴウへと飛んでいく。
「なっ!?」
ホルゴウが土砂を見て剣を振るが、炎では土砂は防げない。
目を細めて、狭くなったホウゴウの視界は、炎の赤と土砂の茶色で覆われている。
その視界が、そのまま斜めとなり、気が付くとホルゴウは倒れていた。
「グハッグハッ…ペッ、ペッ、何が…。くそっ、足が…。
!?…うぉぉ、俺の足がぁっ!!くそおっ!!」
ホルゴウの右足は脛の途中で斬られて無くなっていた。
右腕に衝撃があり、手をついて状態を起こしかけていたホルゴウの体が、
再び地面に倒れる。見ると剣を持ったままの右手が、少し先に転がっていた。
「ぐぁぁっ!!…、俺の手がぁぁぁぁっ!」
薄れてきた土煙の中、ホルゴウのすぐ隣に立っていたのは、
土まみれのザーグだった。
ザーグは、土砂を巻き上げると同時に、ホルゴウに向けて走っていた。
剣の振り始めは、火炎の量が少ないことも把握しており、
ホルゴウが右から剣を振ることも読んでいた。
ザーグはホルゴウの右側を、地面すれすれに走り抜けながら、
その右足を斬り飛ばしたのだ。
「ぐ…くそ、くそっくそっーーーっ!」
「じゃあな。」
ホルゴウの胸に剣を刺して止めを刺すと、
ザーグは全身に降りかかった土を払った。
「また、随分派手にやったねえ。」
「あぁ。そっちも終わったか。」
「もうちょっとスマートにやりなよ、ひどい有様じゃないか。」
「他に思いつかなかったんでな。」
「じゃあ、ポンザレとニコを追いかけるよ。」
「あぁ。」
◇
「ワシオ様を守れぇーーっ!」
「あいつを近寄らせるなーっ!」
「あああああぁぁぁーーーっ!邪魔だぁぁ!」
ドボギが剣を振るたびに、押し寄せるミドルランの兵士たちが
右へ、左へと飛ばされていく。ドボギの剣は〔魔器〕だ。
もともとは小剣だったものが、魔剣の効果で、剣全体に岩がまとわりつき
ゴツゴツした巨大な岩の剣と化していた。長さは大男であるドボギの倍ほどにも
なっている。それでいて、ドボギは軽くぶんぶんと振り回している。
「兄ちゃん達は、俺が守るんだぁー!」
その兄達が、後方ですでに物言わぬ塊になっていることは、
当然知らない。
「ドボギさん!ワシオにたどり着くまで、敵の兵士に集中しては
駄目ですよ!振り回して、投げ飛ばすだけでいいんですよ!」
「わかってるよぉお~!」
そして、ドボギとニコは、ついにミドルランの陣まで辿り着いた。
◇
ポンザレは、人をかき分け、さばき、転がしながら
ミドルランの陣を目指していた。かすみ槍は、穂先のカバーを取り付けたまま、
反対側の石突のところにサソリ針をとりつけてある。
少しでも強そうな相手が襲ってきたときは、遠慮なくサソリ針で突き刺して、
片っ端から麻痺させていた。
「すぐ痺れはとれますから、なんとか生き延びてくださいー。」
申し訳なさそうな顔で、麻痺させた兵士の横を通り抜けていく。
どれだけ自分が追い詰められたとしてもポンザレは、相手を殺すことができない。
それでもポンザレはザーグ達といたかった。冒険者をやめたくなかった。
だから相手を麻痺させ、無力化する。それがポンザレの戦い方だった。
ミドルランの陣まで後少しというところまで来たポンザレの耳に、
ガッシャガッシャと聞きなれない音が響いてくる。
ミドルラン、リバスターの両軍ともに、着ているのは厚手の布の服や
せいぜいが皮鎧などで、金属の鎧を着ているものは少ない。
また着けていても、胴体や腰回り、兜までであって、足や腕にまで金属鎧を
着ている者はほとんどいなかった。
ミドルランの陣のあたりから聞こえてくるその音は、
金属鎧の歩く音に聞こえた。しかも、ガシャ…ガッシャ…ガシャと、
音と音に少しの間が空いていた。それが、人々の上げる怒号と罵声の
合間に鳴っている。
なんだろう?と不思議に思いながらも、
ポンザレはミドルランの陣にたどり着き、陣幕をくぐって中へと飛び込んだ。
と同時に、ドゴンと凄まじい音が鳴り、ポンザレの目の前で、
頭から盛大に血を吹き出しながらドボギが倒れた。
隣を見るとニコが、焦ったような顔をしている。
その視線の先をポンザレは見た。
両手と片足だけを白銀の金属鎧をつけた短髪の大男だった。
その手に持っているのは、不格好な丸まった金属の塊を付けた白いメイス。
男は、ふぅと息を吐き出しながら、下を向いていた顔を上げた。
懐かしい顔だった。鼻がツンとなって、目に涙が浮かんだ。
ポンザレは、大声で叫んだ。
「ビリームさんっ!!!」