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【9】ポンザレと指輪


とある日の朝。

朝の鐘が鳴る前に目覚めたポンザレは、今日の一日を考えて

にんまりと笑った。今日は十日ごとのお婆ちゃんとのお話をする日で、

この依頼はすでに三回目である。


お婆ちゃんは少し呆けてしまっている。

話は何度も繰り返され、目の前の人の名前も覚えてくれない。

何十年も昔、お婆ちゃんが冒険者だった頃の話は面白かったが、

それも家族によると作り話だということだった。

だが、例え作り話であっても、話の内容は面白く、

そしてなによりも他の日雇い仕事に比べて楽なのも正直嬉しい。

さらに前回は甘いお茶菓子が出て、それが最高だった。


ポンザレは、この依頼を受ける日の午後は仕事をせずに休日にした。

ゆえにお婆ちゃんの依頼の日は機嫌が良くなってしまうのだった。




大きく伸びをして固くなった体をパキパキ鳴らすと、

ポンザレは初回の依頼時にもらった上等な服とズボンに着替えた。


この服を着て2回目の依頼を受けた時に、

「ポンちゃん!かわいい!」とギルドのお姉さんたちが

口々に褒めてくれた。かわいいと言われるより、かっこいいと

言われたいと思いながらも、ポンザレは嬉しかった。

それ以来ポンザレは、この胸の開いた襟なしの

白いシャツに袖を通すだけで嬉しくなってしまう。


続いて、ポンザレは中庭の隅に洗い場で顔と、そして入念に手を洗った。

爪の中にまで入った汚れは落としきれなかったが、ポンザレの人生で

一番よく手を洗った。


手をゴシゴシと服でぬぐうと、ポンザレは背負い袋の底から、

薄い茶色の木の指輪を取り出した。この指輪は、街にたどり着く前に

盗賊の襲撃現場の片付けをした時に拾ったものだった。

なぜか気になって持ってきてしまったものだが、いつも日雇いの仕事で

手も服も汚れるため、指輪はつける気にならなかったのだ。



(今日のおいらは、きれいな格好、きれいなポンザレです!へへっ、

この指輪もようやくつけられるなぁ!前回はつけるのをすっかり

忘れちゃってたもんなぁ。受付のお姉さんも、お洒落で格好いい!

なんて言ってくれるかも!)


ポンザレは口をもぐもぐしながら指輪をつけようとした。


ところが指輪は、親指にも中指にも人差指にも細すぎてはまらない。

どれだけぐいぐいと入れても指輪自体が縮まったかの様に入ってくれない。

小指はブカブカすぎる。小指のブカブカ具合から考えると、

中指にも入ってもおかしくないのであるが、絶対に入らない。

残るは薬指しかないのだが、不思議なことに右手の薬指にも

指輪は入ってくれなかった。


しょうがないので、ポンザレが左手の薬指に入れると、

指輪はするっと通った上にぴったりとはまってしまい…

はずれなくなってしまった。


ポンザレは慌てた。

指輪をつけられたのはいいが、このままでは明日から指輪が

汚れてしまう。だがどれだけぐいぐい引っ張っても、

ぐりぐり回してみても外れない。


そうこうする内に、朝の鐘が鳴りポンザレは一度指輪をはずすのを諦めた。

カウンターに行きいつもの通りお婆ちゃんの話し相手の依頼を受ける。


…受付のお姉さんは指輪には全く気付いてくれなかった。




---------------------------------------------------------------


私は指輪。意思のある指輪だ。


私が意思を持ったのはもう随分と前の話だ。


数え切れないほどの明るいと暗いが交互に訪れ、

私は私の意識が固まっていくのと同時に、

それが昼と夜という時の流れを示すものだと認識した。


私は魔力の塊から生まれた。

私は、私が如何にして生まれたかを、私の周りにいた

樹海の種族や人間という生き物から学んだ。


大樹海の奥深く、樹齢千年を超える大木の最後に宿った新芽。

その新芽が枝になった時に切られ、私が作られた。

正確には私の宿るこの入れ物が作られた。

その入れ物に、樹海の種族の中でも長老と呼ばれる

長く生きた者達の持つ膨大な魔力が十数人分込められた。


多くの魔力が込められた入れ物には、やがて意識が生まれる。

生まれた意識は、その入れ物の特性を帯びて意思を持つようになる。


私が剣であれば、私はそれほど悩まずに済んだだろう。

剣は持ち主が向ける相手を滅すればいいのだ。

そのために己が内にある力、魔力を使えばいい。


私は指輪。

人の装飾具として入れ物を与えられ、

持ち主のために魔力を与える様にと作られた。


樹海の種族は、私に魔力の貯蔵庫としての役割を求めた。

何かがあった時のためにと。…だが何も起こらなかった。

どれだけの年月がすぎても何も起こらず、そして樹海の種族は

最後には私の存在すらも忘れ、いつの間にかいなくなった。


忘れ去られた私は、誰のために身の内に魔力を

貯めているのか。人の装身具である私は何をすればいいのだろう。

誰もいない樹海の奥で。

私は自身がどうあればいいのかが分からなくなった。


魔力により朽ちることも叶わぬ身。

私は住むものもいなくなった樹海の遺跡の中で長い年月、

人か獣か…私を連れだしてくれる何かを待った。


やがて私は冒険者と呼ばれる人間に拾われた。

私を包んでいた箱は朽ちてなくなり、私は人間から見れば

ただの木の指輪だった。


冒険者は私を指にはめ、火が出る様に念じたり、

幸運が訪れるように命令したり、強くなるように願ったり…

と色々と試した。

だが私は火の出し方も、幸運や強くする方法も知らない。

何もできないのだ。


諦めた冒険者は「ち、はずれかっ。だがこんなんでも多少の金にはなるか」

と言って私を連れだした。連れ出された喜びと、自分が何もできない無力感、

それらを味わいながら私はようやく人間の世界へと出てきた。


それ以来、私は人の世を流れている。



そして最近は理解していた。

私の様な木の指輪に、人は何も期待しないし、期待されても私はできない。

私は身の内に膨大な魔力を宿すが、それの扱い方は私自身にもわからない。

過去に魔力を人に与えたこともあったが、特に何が変わるでもなかった。

だから私は人間風に言うと厭世的…つまり、世界はおもしろくもない、

つまらないものだと思うようになった。


また私は、私を身に着けた人が持つ心と魂を知ることができた。

人の魂が創り出す波は、初めの頃こそ不可解で不思議で、

私はその波を受けては、おもしろいものだと好ましく思っていた。


だが私自信を震わせてくれるような波を持つ人間がいない事に

気がついてがっかりとした。

私は何らかの目的を持ち、持ち主と共振することを望んでいたのだ。


人の心も同じだった。人の漠然とした思考とその感情は私に伝わる。

だが、そのほとんどは欲と衝動から来るものが多く、私は人の持つ

自分勝手な思いに辟易として…人に対して期待を持たなくなってしまった。



…あの日、ふくよかな少年の手に持たれるまでは。


その少年の名前はポンザレと言った。

初めて少年に持たれた瞬間に、私はぞくりと震えた。

こんな事は初めてだった。


だから私は少年が指にはめてくれるのを待った。

だがどれだけ待っても少年は指に通してくれなかった。


私が知覚できる範囲ではわかったのは、少年はひどく純粋で素直な人間だった。

そして生きるのに必死で、だいたいお腹を空かしていた。

空腹という感覚は私にはわからないが、少年の寂しい感情は伝わってきた。

だが、少年は誰一人恨んでおらず、誰一人妬んでもいなかった。


私は何か少年の力にでもなれればと思いながらも

どうすることもできなかった。


そして今日のこの時が来た。少年は起きるなりそわそわして

嬉しそうな様子だった。何やらゴソゴソとした後、私を手に取った。


ついに少年の指に私がはまる時が来たのだ。

だが私はじらされてしまった分、少し意地悪をした。


左手の薬指以外には指輪を通らないようにしたのだ。

人間がこの指を、人間同士の愛情を証明する大事な指だと

認識している事は私も知っている。

実際、私が人の世を流れている折には、

左手薬指に私がはめられた事もあった。

特にそれで私が何を感じることもなかったが。



だが少年の薬指に自分がはまった瞬間、

私はこれが愚かな選択だった事を思い知った。

少年の魂の波は、予想を遥かに上回るほどの包容力があった。

波は余りに心地よく私は離れられなくなってしまった。


別にどの指でも、それは変わらないだろう。

だが一度外されて、次にまた私を指にしてくれる日は来るのだろうか?

わからない。故に私はその指をはなさなかった。


慌てる少年の感情が伝わってくる。

なんと私が汚れてしまうのを気にしているようだ。

この少年はどれだけ人がいいのだろう。

これはますます…はなす訳にはいかない。


こうして私は、ポンザレという少年の左手薬指を私の場所としたのだ。



---------------------------------------------------------------



ポンザレはその日依頼が終わってから、水や油や様々なもので

指輪をはずそうと試みたが、どれも失敗に終わった。


どうしようもないので、せめてなるべく汚さない様に、

もし汚れたら綺麗に拭いてあげようと心に誓って、

ポンザレは指輪をはずすことを完全に諦めた。


お婆ちゃんの家で、甘いお茶菓子はもらえたが、すでにお腹は空いている。

お話の依頼が終わり、木札と引き換えにもらった硬貨を握りしめ、

ポンザレは、いつもの裏路地の食堂へと向かうのだった。

いよいよ指輪がはまりました。

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