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【86】ポンザレと戦争



この世のどこにもない白い、〔魔器〕達だけの空間。

そこに、ポンザレの〔魔器〕の精霊達が集っていた。


「エルノア姉さま…?」


赤い髪に黒いワンピースを着た、サソリ針の精霊であるニルトが、

不安げにエルノアを見る。声を掛けられたエルノアは、

伏せていた長いまつ毛を上げると、ニルトを見返した。

その美しい瞳には強い意志の光が宿っている。


「あの銀髪の男の話で、ポンザレ達が、私達が、

今まで戦ってきた相手の正体が分かりました。…ニルト、ウィルマ、スティラ、

私はその相手を何としてでも、ポンザレと共に倒したいと思っています。」


「はい!もちろんです!あたしも、やります!」


「ピーピピーッ!」


ニルトが片手をあげ、エルノアの肩の上にとまっている青い小鳥の

スティラも翼をパシパシとうって答える。


「ウィルマはー?」


ニルトの呼びかけに、今まで下を向いていた、

全身灰色で獣耳を持った少女のウィルマが顔を上げた


「エルノア殿、我は…その敵である悪獣ヤクゥを知っている。」


「そうなのですか?」


「あぁ、我はもともと、全ての火を払うマントだった。何者かによって

引き裂かれ、残った襟巻…それが我だ。それは以前に話したと思う。」


ウィルマ以外の三人が首を縦にふる。


「そのマントであったとき、我を使っていたのは、バウキルワ。

我はそのバウキルワと共に、悪獣ヤクゥと戦った。記憶も断片的で、

なぜか今まで思い出せなかった。だが、あの銀髪の男を、

英雄のなれの果てを見て、思い出した。」


「ヤクゥとはどういった存在なのでしょう?あなたはどう感じましたか?」


「あれは…、例えるなら、形を変える穴だった。獣のような姿をしていたが、

常に体の表側が蠢いていて、時折、蟲のようなものが這ったり、

苦痛に歪む人の顔が浮かんでは消えていた。人間は、その悪獣の姿に

恐怖を感じていたが、その顔が急に無表情になると、その場で倒れていった。

…今となってわかるが、そのときに人の魂を吸っていたのだな。

その吸い込んだ時にだけ、その穴が震えて、歓喜の波が見えた。」


「…。」


「英雄は震えながら、泣きそうな、笑いそうな顔をしながら、

そのおぞましい姿に耐えていたよ。身に着けた我々〔魔器〕に、

何度も『お前たちが頼りだ、頼む』と何度も言っていた。

そこからは、あの男が言っていた通りだ。我と他の〔魔器〕達と英雄は、

悪獣を倒した。」


「ウィルマが引き裂かれてしまったのは、いつなのですか?」


「わからない。戦いが終わった後、しばらくして我は、宝物庫のような

ところに他の〔魔器〕と共に置かれた。そしてそこに、入ってきた何者かによって

我は引き裂かれ、我はその後、どこかに捨てられた。」


「うぅ…ウィルマもつらかったんだね…」


「ピーピピー…。」


ニルトが目の端に涙を浮かべながら、ウィルマに抱き着く。

〔魔器〕達は、道具として意識がある以上、人の役に立つことを

何よりもの喜びとする。反面、人に使われずに長い間放置されたり、

捨てられたりすることは、〔魔器〕にとっては非常につらいこととなる。

そしてこの場にいる〔魔器〕達は、程度の差こそ違え、

皆がその思いを味わってきている。


「何をしてでも与えられた自分の役割を全うしたい…、その気持ちは、

私にもわかる気がします。…その役割を探し続けている私からすれば、

そこまでの強い思いを持てること自体、羨ましいとさえ感じます。

…ですが、その為に、使い手ではなく、己の意志で人を殺めるのは、

それは〔魔器〕ではありません。人を殺めないと自分が消えるというのなら、

何も言わずに消えていくべきなのです。」


使い手の意志で人を殺すのは、しょうがない。だが、使い手もいないのに、

人を殺めるのは、道具としての器を持つ〔魔器〕からすれば、

想像すらできないことであり、それができるものはもはや〔魔器〕ではない。

自然エルノアの口調もきついものになっていた。

「そうだ。…我も、我も何としてでも、悪獣を倒したい。」


「えぇ、そうですね。皆で力を合わせてがんばりましょう。」



三人と一羽は目を見合わせて、力を込めて頷きあった。

皆が意志を確認しあったところで、ニルトが大声を上げる。


「あ!そうだ、今日、もう一つ言おうと思っていたんです!

エルノア姉さま!あたし、最近ポンザレをなんだか、

いつもより近くに感じる気がするんです!」


「む、ニルト殿もか。実は我もだ。」


「ピーピピ!」


「先日、鏡の街で、ポンザレが私達の姿を見ましたね。

間違いなく、その影響でしょう。」


「え?あれで、あたし達のこと、ばれちゃったんですか!?」


「ポンザレが、我ら〔魔器〕のことを気が付いた…、

そういうことなのだろうか?」


「あの〔魔器〕の鏡は、本当に、想い人を映すわけではありません。

人は、本人が気づかぬ間に多くのことを取り込み、判断しています。

あの鏡は、その無意識の中から、自分の好きな人間ではなく、自分と合い、

自分に好意を寄せてくれている人間を映し出します。」


「それであたし達が映ったんですね!」


「ポンザレは鏡によって、私達が存在することを認識しました。

私達が〔魔器〕だとまでは…まだ思っていないのでしょうが、

少なくとも認識した分だけ結びつきは深くなったのでしょう。」


「ふむ…それでか。うん、確かに。ならできそうか…。」


「何かありますか?ウィルマ。」


「あぁ、エルノア殿。我は元がマントで、使い手の身を守るのが、

我の役割だ。だが、今の我は襟巻だ。どうもポンザレを近くで

感じるようになってから、彼の身を守ること以外でも動ける気がするのだ。」


「えーすごい!いいな!ウィルマ、守るだけじゃなくて、

自分から戦えるの!?」


「試してみないとわからないのだが…。」


「それは、本当に、本当に素晴らしいですね!ウィルマ、どこまで動けるか、

ポンザレに知られないように、少しずつ試してみてください。

私達もウィルマと共に何ができるかを考えてみましょう。」


「あぁ、わかった!」


「それでは、またここで。そうですね、次は久しぶりにポンザレも呼びましょう。」


「賛成ー!ではエルノア姉さま、ウィルマ、スティラまたね!」


「あぁ、また。」


「ピピーピー!」


〔魔器〕達はそれぞれ決意を新たに、白い空間から姿を消した。





雄叫びが上がり、ガキリと金属がぶつかりあう音が響く。

どうと身体が地面に倒れる音に続いて、呻き声と悲鳴と鳴き声がこだまする。

土煙が舞い、鉄と汗と体臭と、臓物と糞尿の臭いが、いたる所から立ちあがる。


空はどこまで青く高い。

血を吐いて横たわった兵士の光を失った瞳が、その青を映し出している。



「ポンザレ!マルトー!ニコ!俺から絶対に離れるな!」


「はい!しっかりついています!」


ザーグ達は戦場の只中にいた。

斬りかかってくる衛兵や冒険者達を、時に転がし、時に手足を突いて、

ひたすらさばいていく。ザーグ達の技量が遥かに高いこともあり、

戦闘力を削ぐだけで、まだ誰の命も奪ってはいない。


ザーグ達が前線についてすぐに、リバスターとミドルランの全面戦争の

火ぶたがきられた。陣形などもなく、両軍ともに駆け出して、

そのままぶつかった。リバスター二千人とミドルラン千五百人の

あわせて三千五百人もの人間が、草原で入り乱れて戦っている。


始末のわるいことに、両軍ともに何かの目印をつけているわけでもないので、

戦場は混乱の極みにあった。誰もが殺気立ち、誰かを襲うが、

その相手が敵か味方かもわかっていない最悪な状況に陥っていた。

唯一の人の動きができて、流れているのは両陣営の長がいる場所だけだった。

すなわちミドルランの領主ワシオのいるであろう人の集まっている場所と、

そこ目指して突き進んでいるリバスターの三兄弟の場所だ。


「ゲハハ、このまま突き進むぞ!兄弟よ!」


「あぁ、兄貴、俺らこそが最強だ!」


「待ってくれよぉ、兄ちゃんーー!」


炎の剣を持つ髭面の長兄ホルゴウは、炎の魔剣を左右に振りながら進んでいく。

魔剣が振られるたび、左右に炎でできた巨大な剣が振られ、

敵味方関係なく大勢の人間が燃やされて倒れていく。


その隣で、雷の魔剣を持った次兄ブリストが、剣を突く動作をすると、

その先に青白い雷がビシャリと落ち、周囲の人間を打ち倒す。


正面を向いた兄達と背中を合わせるように、一人こちらを向いているのは、

三男のドボギで、剣をでたらめに振り回しながら近づく人間を斬り捨てていた。


「っち、あいつら、やっぱりろくなもんじゃねえな。」


三兄弟を見て、ザーグが舌打ちをする。

サーグの見立て通り、三兄弟は荒事、それも対人専門の冒険者だったようで、

人に対しての攻撃に一切の躊躇がなかった。しかも常に一人が後方を警戒し、

近寄る人間を片っ端から斬っていく様は、普段から人の裏切りを警戒しており、

三兄弟以外の人間を欠片も信用していないことを表していた。



「ワシオさまに近づけさせるなぁー!」


「ワシオ様をお守りしろー!」


ミドルラン陣営から、何度も多くの衛兵が押し寄せるが、その度に

三兄弟の周りに焼け焦げ、斬られた死体が山のように積まれていく。


「ザーグ!やっぱり、軽口の言った通りぽいねぇっ!」


「ワシオだな!」


「そうだよ!賢くて強くて人望もある、それが売りのあの領主様が、

こんな無駄な戦いをするのは、どう考えてもおかしいよ!」


「たしかになっ!魔剣相手でも、弓兵全部で射かけりゃいいはずだ。

わざわざ自分の兵を突っ込ませる必要もない。」


「お互い、ただぶつかって戦っているだけなのも、

おかしいと思いますーっ!おいら、こういうのって、

陣形とか組んで、もっとしっかり動くんだと思ってましたー。」


「わざと両軍の区別がつかないようにしてるんでしょうねっ!」


「少しでも犠牲を出させるためか…ワシオも『ヤクゥの手』なのは

間違いないだろうなっ!」


大声で喋りながらも、ザーグ達は手を、足を止めない。

襲い掛かってきたものは一人も殺すことなく無力化している。

倒れた相手が、その後も生きていられるかどうかまでは保証はできなかったが、

『ヤクゥの手』により引き起こされた戦争に、完全にはまりたくなかったのだ。

だが注意して殺さないようにしているため、ザーグ達の進みは襲い。


「ザーグさん!どうしましょうー!?」


多くの人々が倒れているとはいえ、まだまだ戦場に人は多く

混沌として、果てがない状態だった。


ザーグは、顎で三兄弟を指して、声を張り上げた。


「戦場をこっそり抜けようと思っていたがな…あの兄弟だ!

俺は、あれにむかついているっ!」


「たしかにねっ!あたしも同じさ。敵味方関係なく、

ただひたすら殺して、おまけにそれを楽しんでるっ!」


「ワシオと相打ちさせるかとも考えたが…、

それまでの間に、人が死にすぎる!ポンザレ、マルトー、ニコ、

手伝ってもらっていいかっ!?ワシオはその後で考える!」


「もちろんです!ザーグさん手伝いじゃないです、

一緒にいきましょうーっ!」


「あぁ、よし!行くぞ、まず走って、あの三男のでか物から

皆で叩く!マルトー、俺達がとりつくのと同時に射殺してくれ!」


「はい!はーい!ザーグさん、皆さん!」


ニコが元気よく手を上げる。

「どうしたんだい?ニコ。」


「皆で一気に動くと、どうしても目立っちゃいます。

あの大きいのは、私に任せてください!…じゃあ、私、先に行ってきますね!」


「おい、ニコ!」


ニコはくるりと背中を向けると、人の波をするするとかき分けて、

三男の方に近づいて行く。ザーグ達は、むらがる敵を倒しながら、

慌てて後を追った。





「兄ちゃん達ぃ!俺も、敵を剣でどばぁって殺したいよぉ!」


「ドボギ!ちょっと待ってろ!すぐにお前の出番をやるからな!ゲハハ!」


「本当だよー!絶対だよー!」


「ドボギ、ちょっとしたら、俺が場所変わってやる。それまで、近づくものは

全部斬るんだぞ!」


「兄ちゃん、ありがとう。俺、全部斬るよぉ。」


三男のドボギが、気を取り直して前を向くと、

人混みの中をこちらに近づいてくる小柄な少女が見えた。

サイドで結わえた濃い茶色の髪が、その動きに合わせて

ぴょこぴょこと揺れている。

奥まった厚めの二重まぶたの少女の目は少し眠そうにも見えるが、

全体に整った顔立ちの可愛い少女だった。


どこかで見た顔だな、可愛いな、うへへ、可愛がってあげようかな、

俺の彼女にしてやろうかな、…あ、そういえば近づいてくるやつは

全部斬るんだっけ?

…と考えている間に、少女はいつのまにか、ドボギのすぐ隣に

ぴったりと貼りつくようにして立っていた。

その小さな手が剣を握るドボギの手に触れている。


「ドボギさん!?」


嬉しそうに笑いかけてくる少女の口が動き、

可愛い声で自分の名前が呼ばれる。


「おう、ウヘヘ、なんだぁ?」



返事を返した瞬間、ドボギの心は、ニコの魔法によって捕まえられた。



「ねぇ、ドボギさん、私、お願いがあるの!聞いてくれるよね!」


「あぁ、もちろんだぁ!言ってくれぇ!」



戦場の喧騒の中、

ニコはまぶしい笑顔でザーグ達に親指を立てた



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