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【84】ポンザレとシュラザッハ



「…わかった。お前らの後についていこう。」



ザーグは、手を上に上げて降参の意を表した。


現在サーグ達を、囲んでいるのは一般の街の人々だった。

老若男女関係なく数十人が集まり、手には鍬や鎌、木の槍、

包丁などをそれぞれ持っている。

薄く赤みをさした人々の目は、血走っており、正気とは思えなかった。





ザーグ達は、鏡の〔魔器〕のあった街マウランジを出た後、

街道を進んでいた。目指す街リバスターは、隣のミドルランと戦争状態にある。

リバスターに入ることを止めてはどうかという意見も出たが、

竜車で進んでいることと、商人のお坊ちゃんとその護衛という体裁を

とっていることもあり、ザーグ達はそのまま進んだ。

街の様子だけ見たら、ザーグ達はそのまま街道を使わずミドルランまで

抜ける予定でいた。竜車と御者は、ゲトロドで領主のアルゴシアスが

手配してくれたものであったため、そのままゲトロドに帰すつもりでいた。



ところが、リバスターの少し手前で、急拵えの柵で作られた関所があった。

竜車を止め、商人とその護衛だと伝える間に、わらわらと人が集まってきた。

しかも口々に「竜殺しザーグだ!待っていた!」「これで、さらに勝ちは決まった!」

「ザーグ達を迎えるように言われた」「街までついてきてくれ」

「抵抗したら全員で止めろと言われている」と声を上げ、武器や農具を握りしめる。


多少の怪我をさせるのは承知の上で、なんとか切り抜けようと

考えていたザーグだったが、包囲を破るには子どもや老人も

斬らねばならず抵抗はやめた。


竜車は数十人に囲まれたまま街道をゆっくりと進む。

自分のすぐ横にいる、木の槍を構えた子どもを見ながら

ザーグは舌打ちをした。


「…嫌なやり方をする奴だ。…腹が立つぜ。」





「ゲハハ!あんたが竜殺し、不死者、黄金剣のザーグかっ!

噂には聞いているぜぇ!あとは流星弓のマルトー、おぅ噂通りのいい女だ、

それに小デブのポンザレだな。武道教官ビリームと、

鷹の目ミラはいねえようだなぁ。あと一人は…知らない奴だな。

だがなかなかの上玉だな。ゲハハ」


「…お前は誰だ?」


「いいねぇ、肝が据わってる。ゲハハ、三剣兄弟の長兄、ホルゴウだ。

炎剣を使う。」


「俺は次兄の雷剣ブリストだ。」


「お、おれはぁ、土剣のドボギだぁ。弟だぁ。」


三兄弟は、にやにやと顔を醜く歪めながら、無遠慮に

ザーグ達を上から下までじろじろと見る。

その視線や言動は、あまりに品がなく、他者を軽んじて生きているのが

当たり前の人間のみが持つものだった。

ザーグは、三兄弟の目線や仕草などから、彼らが冒険者で、

かつ対人に特化して荒事をこなしてきた人間だと分析していた。


「ザーグ、俺達のことを知っているか?んん?」


「いや、知らねえ。」



間髪入れずに答えたザーグの答えに、ホルゴウは一瞬鼻白んだが、

大物を演じるように、わざとたっぷりと間をとって口を開いた。


「……ゲハ、しょうがねえ。まだお前らの街までは噂は広がってないだろうからな。

俺達三兄弟は、このリバスターの街の冒険者だった。」


「だった?」


「あぁ、そうだ冒険者だったのは過去の話だ。だが俺達は成り上がった。

リバスターの英雄になぁ!」


「…。」


「ゲハ、知りたいか!?教えてやろう!俺達は、二ヵ月ほど前にな、

ある依頼で汚泥の沼に行った。そしたらな、俺達の前に、

馬鹿みたいにでかい魔物が出てきやがった!三日三晩の激闘の末に、

俺達はそいつをぶっ倒した!本当にやばかった。十回くらい死んでも

不思議はねえくらい壮絶な戦いだった。ゲハハ、だが最後に立っていたのは

俺達だった!そして、その魔物の中から出てきたのが、

三振りの〔魔器〕の剣…そうだ、俺達の魔剣だ!」


三兄弟は同じ動作で、腰に下げた長めの片手剣に手をやる。


「…。」


「剣を手にしたとき、…俺達は使命を理解した。そうだ、俺達は

リバスターを救う。そのための力を得た!つまり英雄だ。ゲハハ。

うざってえミドルランの金持ち連中を打倒する。そして俺達は、

このリバスターを起点に全ての街を治める!ゲハハ!ゲハハ!」


「ホルゴウ兄、俺達三兄弟、どこまでも一緒だ!」


「兄ちゃん達、おれぇ、がんばるよ!」


「おう!おう!弟達よ!嬉しいぞ!俺達はやるぞ!ゲハハ!」


少しして、三兄弟だけの盛り上がりが収まったのを見計らって

ザーグが声をかける。


「…それで?俺に何の用だ?」


「おぉ、すまねえ。ま、なんだ、そんなにつれなくするなよ。

ぶっちゃけて言うと、あんたらには、俺達について、一緒に戦ってもらいてえ。

街の皆もそれを望んでいる?だろう!?皆!?」


大声でホルゴウが周囲に声を掛けると、一言も会話を発していなかった

周囲の二百人以上の人間が血走った目で「そうだ!そうだ!」と叫びはじめ、

手にした武器や農具で地面を打ち鳴らした。



「これを断るってことは出来ねえだろう?なぁ?ゲハハ。」



「…ニコ、あんたの魔法いけるかい?」


「ごめんなさい、相手の体に触れないと魔法がかけられません。」


後ろで交わされる囁き声がザーグの耳にも入る。

ニコの魔法は、体に手を触れ名前を呼び返事をした相手を従わせるものだ。

だが、この場を切り抜けることはできなさそうだった。


「…ザーグさん。」


ポンザレが、唾をごくりと飲み込みながら不安そうな声を出す。


「…そうだな。ホルゴウ、今の戦況を聞かせてくれ。」


「ん?あぁ、俺達は約二千、ミドルラン側が千五百ってところだな。

あいつらは、ちょっと先の街道横の草原まで出てきて、布陣してる。

数回、小競り合いをしてるが、今のところは全部うちが勝ってる。

そうだな、本格的にぶちあたるのは…明日か、明後日だと見てる。

…あぁーー、そうか!あれだな?お前らも乗るなら勝ち戦に

乗りたいってことだろ?だから聞いたんだな?ゲハハ。

気持ちはわかる。そして安心してくれ。勝ったら、ミドルランの街から

好きなだけ金や財宝をぶん獲れる。ゲハハ!」


「…。」


「で、どうするんだ?俺らとしては、向こうに着かれても困るんだ。

っていうか、悩むことでもねえだろ?儲かるチャンスが目の前にきてんだ!

ゲハハハハ!」


「‥はぁ、わかった。あんた等につかせてもらおう。」


「ゲハハ!それが賢明だ!よし、俺達は一回陣にもどる。

わざわざ、このために竜車を飛ばして来たんだ。だがそうだな、

あんた等は今日だけは宿屋で疲れを癒して、明日一番に陣に来てくれ。」





「ザーグさん、こっそり逃げましょう~っ。」


「あぁ、そのつもりだ。だが今じゃねえな。」


眉を八の字にして、重い息を吐くポンザレに

ザーグは少し笑いながら答えた。

ポンザレ達は、今案内された宿屋の部屋の中にいた。


「どうするつもりだい?」


「今、この宿屋は街の奴らがみっちり囲んでる。傷つけずに逃げるのは

しんどい…というか無理だろうな。だから、明日戦争が始まったら、

俺達はなんとか戦場の端に向かって、そこから逃げる。」

「竜車はどうしましょうかー?」


「すでに御者はゲトロドに向かって発たせた。外の奴らは、

俺たち以外は用がないらしいな。」


「よかったですー。あぁでも、おいらも一緒に街から出たかったですー。」


「あぁ、全くだね。面倒くさいことになったもんだよ。」


「街の人達は、あれは何かに操られているんでしょうか?

インフォレの人達は、あの泥の毒を飲まされて反応が鈍くなって

半分意識がないような生活をしていましたけど、それに近い感じがします。

なんか、とっても嫌な感じです。」


ニコの発言を受けて、ザーグが答えた。


「うむ、俺もそれが気になってる。問題は操られた連中が、

誰の命令を聞いているかだ。街の人間、それも子供を混ぜて、

俺達を従わせようとする…こんなむかつくやり口を、あの三馬鹿兄弟が

命令するようには、どうも思えねえ。あいつらはもっと単純に、力、

暴力で解決するタイプだ。もう一人いるはずだ。」


「その人間が、『ヤクゥの手』でしょうか?」


「たぶんな。あとな、三馬鹿兄弟の手に入れた魔剣。

それもおそらく『ヤクゥの手』が仕組んだものだろうな。」


「タイミング良すぎるからね。街が戦争を起こそうかというタイミングで、

街の冒険者が強力な三振りの魔剣を手に入れ、リーダーになる。

出来すぎだね。」


「む…?」


その時、ミシミシと階段を踏む音がわずかに聞こえ、

ザーグ達は会話を止めた。やがてゴンゴンとノックがされ、

扉の向こうから「ザーグさんに会いたいという方が下に来ております」

と声がする。


「ふん、どうやら、向こうから来たようだぞ。」





「やぁ!ザーグ、マルトーにおデブちゃん!久しぶり!

おや、そっちの娘さんは会うのは初めてだね!はじめまして!」


階段を下りた先は宿屋の食堂になっていたが、

中央に残された一つ以外は、テーブルやイスは隅に置かれていた。

四方の壁には何も言わずにザーグ達を見つめる街の住民達が

大勢並んでいる。


テーブルの脇に、数人の子ども達に囲まれた銀髪の青年が立っていた。

整いすぎた容姿と青白い肌の色で、まるで不気味な人形のような

生気のない気味の悪い青年だった。


「あれ?反応なし?僕だよ!シュラザッハだよ!」


「…てめえ。」


「いやいやいや!僕、戦う気なんかないよ!だから、剣から手を離してよ。

でないとさ…」


シュラザッハは左右にいた子供抱えるように自分に寄せる。

ザーグは、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出すと、

剣の柄に添えた手を離した。


「シュラザッハさんは、な、何をしにきたのでしょうかー。」


「おぉ、おデブちゃん、ちゃんと声出すんだね。名前はえっと…」


「ポンザレです…。」


「ポンザレ君だね。そっか、君だったね。」


「何がでしょうか?」


「んー、ザーグ達、皆が生き延びてきた理由。」


「おいらではないです、ザーグさんも、マルトーさんも、ビリームさんも、

ミラさんも、皆、皆が強いからですっ!」


「ふふー、一生懸命だね。命輝いているね!いいね!」


「おい…、それで、お前は何をしに来たんだ?」


「君達とお話をしにきたんだよー。そろそろ、君達も詳しいこと知りたいでしょ?

さぁ、座ってよ。今、美味しい食事も出させるからさー。」


「…。」


「あ、今から出る食事には、泥とか入っていないから安心して!

さぁ、座ってよ!」


シュラザッハは子ども達を脇と後ろに立たせたまま、椅子に座る。

ザーグ達もやむなく、テーブルの向かいの椅子に腰を下ろした。





「むぅー…乾杯って雰囲気でもなさそうだね…うーん残念だなぁ。

でもいいや、まずは一人だけだけど。かんぱ~~いっ!」


テーブルの上には、湯気をあげる山ほどの料理と、

酒の入った木杯が並ぶが、ザーグ達は誰も手をつけない。


「なんだよー。誰も食べないのかいー?ほら、ポンザレ君、

君とかその体型なんだから食べるのとか好きでしょー?

ほら、この子竜のももステーキとか、香辛草と岩塩で丁寧に焼いてて、

本当においしいと思うよ?」


「なら、シュラザッハさんだけで食べてくださいー。」


「おい、ポンザレ、こんな奴に、さんなんてつけるな。」


「あ…はい。」


「固いなぁ。せっかくだからもっと柔らかくなって、話をしようよー。

マルトーもどう?食べないの?」


「人の名前を呼び捨てにするんじゃないよっ。」


「なら、やっぱり僕にも、さんは付けて呼んでほしいなぁー。」


「くっそ、本当に…、本当に、むかつく奴だ!

今回のもてめえの差し金だろう!」


「うん、そうだね。だって、僕、君達と話をしたかったしー。

こうでもしないと君達は僕と話をしないかなって思ったんだ。」


「で、何を話すんだっ?」


「なんでもだよー。」


「なんでも?」


「うん、なんでも。聞きたいこと何でも答えてあげるよ。」


ザーグは少しの間、動きが止まった。

自分達を、いや自分達のみならず多くの人々を巻き添えにしてきた、

憎い敵が目の前にいる。ビリームの脚は失われた。ミラも重傷でいまだに傷は

癒えない。多くの人々が死んだ。目の前にいるのは、その元凶である敵の一人だ。

殺したい!倒したい!顔の真ん中を拳で思いきり、殴りつけたい!そういう思いが、

心の奥底から湧き上がり続けている。

その反面、敵の全容もいまだ掴み切れていない今、

どこまで信用できるかは分からないとはいえ、その情報を得ることができる。

しかも何でも答えると言う。


何を聞けばいい?何から聞けばいい?

そう考えながらも、殺意は湧き続ける。


ザーグに心の整理の時間を与えたのは、マルトーの質問だった。


「シュラザッハ、あんた、あたしの矢が刺さったはずだ。

なぜ死んでないんだい?手首だってとばしたよ。」


「あぁ、そうか、それだね。君の腕前はすごかったよ!長いこと生きてるけど、

あそこまでやられたのは初めてだったよー。僕は、そうだな。君達人間と、

命の構造…というか、生きているって言ったけど、生きてはいないね。」


「…質問に答えていないね。」


「あぁ、ごめん。そうだね、僕はまず君達と同じという意味では、

人間ではない。だから体が壊れても、ラムゼイに頼めば治してくれるんだ。」


「ラムゼイ?」


「うん。僕の仲間の博士だよ。泥人形を作った本人。

汚泥の沼、かつての王都にいて日夜、研究とか泥の怪物とかを作っているよ。」


「ふーん…、どうすれば、あんたを殺せるんだい?」


「…。」


「どうしたんだい?なんでも答えるって言ったのはあんただよ。」


「…いや、いいねー!僕を殺してくれるんだね!?…頼むよマルトー。

あぁ、嬉しい。そうだね。僕は、頭と、心臓だね。ここを両方やられると

動けなくなるね。意識は消えないけどね。人間ではないから。

でも、その意識がない間に燃やしてくれれば、もう復活はできないだろうね。」


「よく、わかったよ。あんたは必ずあたしが殺してあげるよ。」


「おい、今、殺すんじゃだめなのか?死にたいんだろう?」


「ザーグ、君はわかっていないよ。そうだね、この料理あるでしょ?

美味しそうなんだけど、僕、何食べても味がしないんだ。

でも一応活動を続けるためには何か食べないといけないんだ。

味もしないから、そこに楽しみはないよね。ぼくの楽しみはね、

自分の使命を全うすることではなくてさ、命の煌めきを、輝きを

見ることなんだ。その果てに僕が打ち倒されてなくなるのなら、

それは、僕にとって最高の輝きを見れたってことになると思うんだ。

だから僕もただ倒されるんじゃなくて、精一杯抵抗するよ。」


「シュラザッハさ…あ、あなたの目的はなんなのでしょうかー?

どうして、皆をこんなにひどい目にあわせられるのでしょうか!?」


「うん、ポンザレ君、そうだね。それが僕の使命だからだ。」


「使命ってのは何だ。お前ら『ヤクゥの手』は何をしたい?」


「へぇ、その名前を知ってるんだ。ずいぶん前に止めた言い方なんだけど。

まぁいいや、僕の、僕達の使命を教えてあげるよ。」


少しの溜めを作って、シュラザッハの整った唇が動いた。


「僕達は料理人なんだ。」


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