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【83】ポンザレと魔法の鏡



ザーグは鏡を見ていた。

灰色の枠の、ザーグと背丈と同じくらいの大きな姿見だ。

盗難防止のためか、壁に枠ごと埋め込んで固定されている。

鏡の前、数歩の所には線が一本描かれており、

ザーグはその線を踏まないように立っていた。


鏡に映った自分の姿が、霧のように消え、

そこに愛する女性の姿が浮かんできたのを見て、

ザーグは思わずつぶやいた。。


「ミラ…。」


鏡に映るミラは、何も言わずに、薄く微笑んでいた。





「追慕の鏡?」


「あぁ、またの名を、想われ鏡ともいう。なんだ、お前さんら、

鏡を見に来たんじゃなかったのか?」


ゲトロドの街を出発して数日後、ザーグ達は道中何事もなく

隣のマウランジへと到着していた。


ゲトロドは、いたって特徴のない街だった。

隣のリバスターが戦争間近ということもあり、

街に出入りする人間は、極端に少なく、宿もガラガラで

宿の主人は手厚く迎えてくれた。

名物といった料理もなく、ザーグ達は少しがっかりしたが、

ボリュームはそこそこあり、おまけにサービスで二品もおまけしてくれた。

そのため、ザーグ達は食事をとりながら、情報取集を兼ねて

主人と話していた。


「その鏡は、有名なのか?」


「あぁ、あんた達は、ニアレイから来たんだったな。

さすがに、円環街道の反対側の街までは、知られちゃいねえか。

しかし、この物騒なご時世に商売修行だなんて、坊ちゃんも

のんびりしてるというか。そして、とにかく、あんた達は凄腕だってことか。」


ザーグ達は、いまだ大店の息子ポンザレと、

その護衛とお付きの者ということにしており、さらには出身地も

わざと最も遠いニアレイということにしている。


「追慕の鏡は、金を払えば誰でも利用できる〔魔器〕なんだ。

壁に全身大の鏡が埋め込まれていてな、その鏡には

自分のことを一番思ってくれている、慕ってくれている人が映るんだ。」


「なんだ、それ。」


「ここはもちろん、この近隣の街では有名なんだ。

本当に自分を慕ってくれている人が誰なのかわかるもんだから人気なんだ。

それで破局する恋人も大勢いるが、『運命の人がわかった!』

『恋が成就した!』なんて言って、幸せになったって奴らも多い。

何を隠そう、俺も数年前に嫁さんを…」


主人は熱く語り終えると、開いた皿を持って厨房に下がっていった。


「皆、明日、その鏡を見にいくよ!」


「はい、賛成です!絶対に見に行きましょう!」


マルトーとニコが興奮した様子で宣言する。


「俺はそんなのに高い金払いたくねえ。お前らで行ってくれば…」


「ザーグ、あんたも行くんだよ。そろそろミラの顔も見ておきな。」


「おい、俺は…」


「行くんだよ。いいね!?」


「わ、わかった。」


マルトーの迫力に押されザーグは、思わずうなずいた。





鏡は、街の中心部にある領主の館の隣の建物にあった。

石積みの頑丈そうな小屋で、小屋の入り口の横には衛兵が二人立っている。

その建物に続く人の列ができている。若い男女が多いのかと思いきや、

身なりの良い中年の男女が一番多いのは、少なくない使用料のせいだろうと

推測できた。


街を出入りする人間が減っているからなのか、行列もそこまで長くなかったため、

すぐにザーグ達の順番がまわってきた。


ザーグが小屋に入ると、中は小部屋になっていた。

入口の向かい側の壁には、もう一つ扉があって、その両脇にも

衛兵が立っている。


「よし、武器の類は全て預かる。持っているか?」


「持ってねえ。」


予め聞いていたザーグは、小屋に入る前にポンザレに武器を預けていた。

ザーグが小屋を出た後で、今度はポンザレの荷物を預かる算段だ。


「時間はそこの水時計が落ちるまで。床に引かれた線を少しでも越したら、

衛兵が入って止める。あぁ、大丈夫だ、衛兵は、隣の部屋から線しか見ていない。

そもそも鏡の前に立つ人間にしか、鏡は見えないようにできている。」


「わかった。」


「では、使用料1000シルを払ってくれ。」


「あぁ!?1000シルゥ!?」


ザーグは目をむいた。

普通の生活であれば、1000シルもあれば、ニ~三ヵ月は優に暮らせる。

ちらりと脇にある水時計を見れば、おそらくはゆっくり数えても

二百あるかどうかくらいの時間だろう。それに1000シルも払う。


「どうする?こちらは、別に構わん。」


これで払わずに出ようものなら、マルトー達に何を言われるかわからない。

金がないわけでもない。少しの間葛藤すると、ザーグはしぶしぶ金を支払った。

一般の人間も、頑張れば払えない1000シルという金額設定が、

余計に憎らしく思えて、金を渡すザーグの頬はヒクヒクと動いた。





目の前に浮かんだ、薄く微笑むミラを見て、

ザーグの目にわずかに涙が浮かぶ。

1000シル支払った憤りは、ミラの姿が現れた瞬間霧散した。



「あぁ…ミラ。」


呼び掛けても答えを返すでも、何か反応があるわけでもない。

それでもザーグは呼び掛けずにはいられなかった。

少しして、昂った感情が落ち着き冷静になってくると、

ザーグは鏡の中をミラを、残り時間いっぱい見つめ続けた。

ゴンゴンと扉がノックされ、時間が来たことを告げる。


「ミラ…、帰るから、もう少しだけ待っててくれな。」


ザーグは呟いて部屋を出ると、

小屋の列の一番前に待っていたポンザレと交代する。


「ザーグさん、どうでしたかー?」


「あぁ…。まぁな。」


ザーグは鼻の頭を指で掻くと、ポンザレから武器と荷物を戻してもらい、

そのままポンザレの武器なども預かった。


「なんだか、ザーグさん、少しすっきりしたような顔をしていますー。」


ポンザレがもぐりとしながら、嬉しそうに言ってくるのを、

ザーグは「うるせぇ、早く入れ」と小屋の中に押し込んだ。





先ほどと同じように部屋の中に入ったポンザレは、

鏡に現れた女性の姿を凝視していた。

ポンザレの知らない人物だった。


背丈は、ポンザレと同じくらいで、女性としてはやや高めだ。

絹のような銀髪がわずかに揺れて、若草色に光を反射している。

見事なプロポーションを強調する、ぴったりとしたドレスは、

緑の濃淡が巧みに組み合わされており、艶っぽくも上品な雰囲気で

女性によく似合っていた。整った顔立ちと目じりがわずかに下がった、

大きな目。深緑色の瞳の輝きは強く、それでいて圧迫感はなく

深い知性の光を宿している。



ポンザレの心臓は早鐘のように鳴り、

口の中はどんどん乾いていくため、もぐもぐも加速する。


(き、綺麗ですー。おおお、おいらに笑いかけてくれてますーっ!)


「…あ、あなたは誰ですかー!?」


上手く回らない舌でなんとか質問をするポンザレだが、

女性は鏡の中で、微笑みを浮かべるだけで

返事はもちろん、何の反応もない。


ポンザレは頬を赤らめながら、ただただ女性を見ていた。



少しして鏡の中の映像に変化が起きた。

女性の緑のドレスの腰元あたり、赤い色がちらりと見えたと思ったら、

鏡の中に、女の子がひょこりと現れた。


燃えるような赤い髪に、黒いワンピースを着た、年齢も十にもならないくらいの

幼い少女だった。生意気そうなつり目が、おもしろいものを見るかのように

ポンザレを見ている。「にしし」とでも聞こえてきそうなほど、にんまりと笑っている。


「え、二人目?き、君は誰で……っ!?」


目を白黒させるポンザレだが、続いて三人目が、

赤い髪の女の子とは反対側から現れて、

完全に口が開きっぱなしになった。


三人目は、全身灰色の少女だった。濃い灰色のワンピースに、

白く長い手足が伸びている。薄灰色のストレートの長い髪の上、

頭には小さくとがった三角の獣耳がついている。

少女は黒い瞳で、ポンザレを興味深そうにじっと見つめている。


「…三人も出てきちゃいましたー…。ど、どうして…」


さらには、「ぴーぴよぴー♪」と、どこからか聞こえたような気がすると、

いつのまにか青い小鳥が、楽しそうに鏡の中を飛び回っていた。


「え?…ええ?えぇーーーー!?」


扉がノックされるまで、

ポンザレは混乱から脱することができなかった。






「で、皆さん、鏡はどうでした?」



「まぁ、思っていたよりは良かったな。」


「当然、映ったのはミラ姐さんですよね?」


「当たり前だろ。まぁ、今のミラかどうかはわからねえが、

やっぱり顔見れるのは嬉しいもんだな。」


ザーグは、どこか爽やかな様子でニコに答えた。


「ニコ、お前はどうだったんだ?」


「ひどいんですよ!私、誰も映らなかったんですよ!

高いお金も払ったのに!」


「あー…そうか。そういうこともあるのか。…まぁ、そのなんだ、

今まだいないってだけで、その、すぐにでも出てくるだろう。」


「大丈夫ですよ、ザーグさん。私別に落ち込んでないですよ。

出てきてほしい人はいないでもなかったですけど、まぁ、そんな都合よく

出てきたりもしないですからねー。」


ニコは、ちらりと、苦虫を噛み潰したような渋い顔のマルトーに

視線を送ると、そのまま続けて質問した。


「で、マルトーさんは、鏡はどうでしたか?」


「あぁぁあああああ!」


「マ、マルトーさん!?」


「あたしの鏡には、あの馬鹿が映ったんだよ!ニヤニヤニヤニヤ、

笑いやがって、鏡の中でもタバコ咥えてやがって!なんだってんだい!」


「あー、マグニアのお頭出てきたんですね。」


「なんかさ!もっと!こう!あたしの今まで知らない、

すごいかっこいい男が出て来やしないかと!そう思ったんだよ!

人の夢を壊しに、あいつは出てきたんだよ!」


そう言って、ぐいと酒杯をあおり、盛大に息を吐き出した。


「ちょっと、こっち!お代わりをおくれ!同じやつでいいよ!」


「マ、マルトーさん、飲みすぎないようにしてくださいねー。」


皆は苦笑いや、気の毒そうな顔をそれぞれ浮かべると、

それ以上、荒ぶるマルトーに触れないようにした。


「では、お待たせしました!それで?ポン君はどうだったんですか!?」


口を開けて呆けた顔をしたかと思うと、頬を赤らめニヤニヤし、

きりっと顔を締めたと思うと、また呆ける…をこれまで繰り返していたポンザレを、

最後の順番と決めていたニコは、目を輝かせながら聞いた。


「えー、は、はい、お、おいらは…」


「おいらは…?」


「すごい綺麗な女の人が出てきました。おいらの知らない人ですー。」


ほぅとポンザレがため息をつく。


「おぉ、やったじゃねえか、ポンザレ!なんだよ、誰なんだろうな?

詳しく聞かせてくれ。」


「はい、まず銀色の髪で、優しそうなお姉さんで、微笑んでいて、

おいらのことをじっと見つめてくれて…」


「今、まずって言ったのか?まずってどういうことだ?」


「はい、実は全部で三人いたんですー。」


「三人ーーっ!?」


それからポンザレは、鏡で見た全てについて話し切るまで

部屋に戻してもらえなかった。





ポンザレの尋問が終わり、皆が宿屋の部屋に戻った後、

ザーグは一人食堂で飲んでいた。鏡以外は、大した特徴のない街だったが、

酒は美味かった。普段飲むのは、穀物を発酵させた後、

薬草とはちみつを加えた苦甘い味のものだったが、

何かしらの果実を加えているのか酸味が加わったことで、

味が多層的になっており、爽やかな後味がある。



ザーグは、塩漬けした竜肉を薄くスライスした竜ハムを丸めて

口に放り込みながら、一つ前のゲトロドの街の領主アルゴシアスに

言われたことを思い出していた。


---------------------


『ザーグ、君は確かに凄腕の冒険者で、私が見てきた中でも

誰よりも生きること、生き抜くことに貪欲だ。だが、それでも君は若い。』


アルゴシアスが、椅子の背に深く持たれながら息を吐く。


『何が言いたい?』


『君はこれからも冒険者を続けていくのだろうが、冒険者というものは、

長く続けられるものではない。その理由は、単純に危険がつきものだ、

ということではない。生き死にのかかった刺激がないと、

人生がつまらなくなり冒険者をやめられなくなることにある。違うかね?』


『そうだろうな。より危険な依頼に手を出して…、そして、

どこかで野たれ死んで、街から姿を消す。そういう冒険者は多い。

一流と呼ばれた冒険者で、無事に引退をしている奴はほんとんどいない。』


『そして、それが私の言いたいことだ。『ヤクゥの手』と縁ができたことで、

君は常人では経験できぬほどの戦いを繰り返してきた。

そして生き延びてきた。』


『あぁ。』


『私が見るに、君は今、生き死にのかかった刺激の中毒になるかどうかの

瀬戸際のように思える。いやもしかしたら、既になっているのかもしれん。』


『そんなことは…』


『全くないと…言えるかね?〔魔器〕を持ち、仲間達と協力して

幾多の困難を乗り越えてきた。『ヤクゥの手』を関わる前からも、

誰もが実力を認める冒険者をやっていた。骨の髄まで冒険者が

沁みついているとも言えそうなものだが。』


『…。』


ザーグは、否定の言葉を続けることができなかった。

心の奥底でアルゴシアスの言うことを肯定していた。


『私は、孫達を亡くした。孫達はまだ若く、先には未来があった。

君も私から見れば、あの子達と同世代の若者だ。だからこそ、

言わせてほしい。ザーグ、『その先の夢』を作ってくれ。』


『その先の夢…?』


『君達が『ヤクゥの手』を倒した、その先の夢だ。冒険者ではなく、

君や仲間の生き死にではない、異なる刺激を感じられる夢だ。

それを考えることが、君に必要だと思う。』


『よく…わからないな。』


『今は、私の言葉を覚えていてくれればいいと思う。』


---------------------



いつの間にか、つまみは無くなり、杯も空になっていた。

ザーグはお代わりを頼むと、壁の蝋燭の光を見ながらぼそりと呟いた。


「先の夢…か。」






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