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【81】ポンザレと領主とその執事



「私がアルゴシアスだ。」


ザーグ達は今、三階にある謁見の間で、

豊かな髭を生やした眼光の鋭い、老いた領主を目の前にしていた。


「…俺が、ザーグだ。」


その視線に、ザーグが真っ向から見返すと、

アルゴシアスは目を細め、口元を緩めた。





ゲトロドの街の中央にそびえ立つ領主の館は、

頑丈な四階建ての石造りで、館というよりも小城といえるものだった。

各所に施された彫刻や、廊下にある調度品は、古い時代のもののようで、

館全体に厳かな雰囲気を出している。


ザーグ達の数歩先を歩く、ハルファルと名乗った執事は、

何を聞いても「まずは主のアルゴシアスと話をしていただきたく。」

としか答えない。


そのハルファルは、石作りの廊下を歩いているにもかかわらず、

足音がほとんどしないため、特殊な訓練を受けた手練れの人間で

あることがわかる。それが、ザーグをわずかに緊張させていた。


通された謁見の間は、左右に何本もの柱が並んだ広い部屋だった。

中央よりも奥に巨大な木製のテーブルが置かれ、

そこに領主であるアルゴシアスが座っている。


ザーグは、巨大な机が、来客を装った刺客が、

領主を襲いにくくするために置かれたものであることに気がついた。

今はいないようだが、立ち並ぶ左右の柱も、

その陰に衛兵を潜ませるのだろう。


「君が、ザーグだな。ずっと会いたいと思っていた。

まずは礼を言おう。ベルートとドーランを弔ってくれて感謝する。

できれば、彼らの最後の様子なども聞かせてもらいたい。」


「ベルートとドーラン?」


「ザーグさん、以前にうちにきた、二人組の人たちですー。

あの兄弟と戦ったときのです。」


「あぁ、あの二人組か…。」


以前にザーグ達の住む屋敷に、盗まれた〔魔器〕を探して

旅をしているという二人組が訪れたことがある。

ザーグ達が、彼らの探す扇の〔魔器〕を持っていないと告げると、

彼らはそのまま屋敷を去ったが、その後、二人組は街の傍の用水路で

死体となって発見された。二人を殺した犯人は、『汚泥の輩』の双子の兄弟で、

毒を吹き出す扇の〔魔器〕と風の魔法でザーグ達をかなり苦しめた。


ハルファルが、穴の開いた紫色の扇が載ったお盆を持って現れる。

アルゴシアスはその扇をとると、ザーグ達に見せた。


「この扇は、君達も知っている通り、〔魔器〕だった。

毒を生み出し、今まで多くの人々を殺してきた。

私は、積みあげた屍の山の上に立つ、黒く汚れた人でなしの一族の長だ。」


目元を指で強く押さえ、アルゴシアスは深くため息をついて続ける。


「私の父は、一族の歴史を、存在そのものを恥じた。

償えるようなものではないが、それでも、少しでもと、父は領主として、

領主として、より街の発展に尽力した。そして戒めとするべく、

この〔魔器〕を居間に飾り、ことあるごとに一族の歴史を私に語った。」


「…勝手なことだな。」


ザーグは小さく本音を漏らす。


「そう、勝手なことだ。そもそも父も、そして私も、この〔魔器〕を

破壊しなかった。できなかった。惜しいと思ってしまったのだ。

…だから盗まれる羽目になった。そして、一族の未来ある若者を死なせた。

私は悔やんでも悔やみきれぬ。」


老いたアルゴシアスの顔は、陰が濃くなり、

枯れはてた古木の皮のように見えた。


「…ザーグ、ベルートの、孫達のことを…、聞かせてもらえないか。」


「あぁ…。」


ザーグ達は、思い出せうる限りのことを語った。

強く印象に残った二人ではなかったが、

それでも記憶を掘り起こして、丁寧にアルゴシアスに伝えた。


「…あぁ、ありがとう。孫達のことを聞かせてくれて。」


長い沈黙の後、アルゴシアスが生気の戻った声で礼を述べ、

ザーグに頭を下げた。





「君の街、ゲトブリバの犯罪者ギルドの頭は、マグニアと言ったな。

すいぶんと前に、その使いのものが、孫達の遺品の一部と、

この扇を持ってきた。」


「あぁ。それは聞いている。…吹っ掛けられたろう?」


「あぁ、厚かましい男だったよ。使いと言っていたが、あれは、

そのマグニアとやら本人だろう?なぁ、ハルファル?」


「あの雰囲気、十中八九本人で間違いないでしょう。

私と似た臭いを感じました。」


後ろに控えていたハルファルが、一歩前に進み出る。


「あいつ、自分で来ていたのか…何やってんだ。…ん?似た臭い?」


「私、ハルファルは、アルゴシアス様の執事ですが、

このゲトロドの街の犯罪者ギルドの頭も務めております。」


「なんだと!?」


ザーグ達は、驚きを隠せなかった。街の領主の執事が、

犯罪者ギルドの頭などということは、あってはならないことだ。

そして何故か、その秘密をザーグ達に明かした。


ザーグはすぐに動けるように、椅子を引いて腰を浮かす。

後ろにいるポンザレやマルトーも、同じように警戒態勢をとった。

その様子に気づいたアルゴシアスは、慌てて弁解した。


「待て、待ってくれ。ザーグ。秘密を明かしたのは、君達に危害を

加えるためではない。この後の話をするのに必要だからだ。」



ザーグはアルゴシアスとハルファルを睨みながら

無言で続きを促す。



「…我が一族は、かつて平原に王国があった頃、王国に仕え、

この地を治めていた。百数十年以上も昔の話だ。」


「…それで?」


「その頃より、我が一族は領主の顔の裏で、

犯罪者ギルドを従えて、王国の陰の目と耳として活動していた。

我が一族には、今でも、全ての街に協力者がいて、裏表のあらゆる情報が集まる。

ゲトブリバや隣のニアレイでの戦い、君達に関する数々の噂や行動、

そういった情報も入ってくる。君達が今、街を転々と旅しているのは…、

何かを追っているのだろう?…君達が追っている敵だと思われる情報も、

持っている。」


「ふむ…?」


「だが、情報を持っているだけでは、どうしようもないのだ。

扇が盗まれたのも、そいつらの仕業なのは間違いない。

だが、口惜しいことに、私達には奴らを打ち倒す武力はない。

だから、武力を持つ君達に情報を伝えてもいいと考えている。

実際に孫達の敵をとってくれた君達だからな。だがな…。」


「…私がアルゴシアス様に、お願いをしました。

せめて、少しなりとも試してからでないと、気が済まないと。

私の部下達が命がけで、取ってきた情報ですので。」


ザーグは目を閉じて大きく息を吸うと、一気にふぅうと吐き出す。


「どうしろって言うんだ?」


「私と手合わせを願います。」





「どうして、おいらなんでしょうかー?」


木製の短槍を構えたポンザレが、眉毛を八の字にして

自信なさげに声を上げる。


「んー、順番だな。ポンザレ、もしお前が負けたら、俺がいく。」


謁見の間の大きく開いた空間で、ポンザレとハルファルが向かい合っていた。

ザーグはニヤニヤとその様子を見ながら、

椅子の上に胡坐をかいて座っている。


「ハルファルさんは、それでもいいのでしょうかー」


「ええ、構いませんよ。さっそくやりましょう。」


「あれ…?ハルファルさんは、武器は持たないんですかー?」


「私は武器を使いません。さぁ、遠慮なくいらっしゃい。」


つま先立ちになった、ハルファルは両手を胸の前で、軽く開いて構えている。

二人の間の空間に、互いの気ともいうべきものが混ざり始め、

それが一点を超えた瞬間、闘いが始まった。


「フッ!」


ぬるりと滑るように、ポンザレが突きを繰り出した。

動き出しの緩さからは想像もできないほど、鋭い突きだった。

相手が並の人間であれば、この一撃で勝敗は決していただろう。

だがハルファルは、半身を捻って軽く躱すと、伸びた短槍の柄を

掴もうと手を出した。


その動作の意味を瞬時に察したポンザレは、

短槍を力任せに下に振り、地面に穂先を派手に打ちつけると、

その反動を利用して、槍の穂を真上に大きく跳ね上げた。

しなりのある木製の柄だからこそできる技であり、

槍の扱いに長けたものでないと出せない技だ。


「おぉっ!」


下から襲ってくる穂先を、背中を向けて避けたハルファルは、

そのまま半円をかいて、凄まじい勢いの裏拳を繰り出した。


「っ!!」


上半身と首を後ろにそらして、すんでのところで回避したポンザレは、

再び短槍を構えると、額や首筋から一気に汗が噴き出してくる。

ポンザレの頬には、裏拳による真っ赤な擦過傷ができていた。


「はぁっ!…ふぅふぅっ!ハルファルさんすごいです!」


「ポンザレさん、あなたも、いいですね。よく動きます。

しかも、なかなか独創的な攻めです。いいですね!

…では。次は私からいきますよっ!」



ハルファルは、腰を低く落とし、ポンザレに体当たりを仕掛けた。

ポンザレが「早いっ!」と感じた時には、既に目の前におり、

その両手は大きく広げられている。ハルファルの体勢が低いのもあってか、

避けることもできなかった。ポンザレにできたのは短槍をわずかに動かすだけだった。


ポンザレの視界がぐるりとまわり、背中と頭に強い衝撃がくる。

一瞬意識を飛ばしかけたポンザレが目を開けると、

そこには灰色の天井と、拳を振りかぶったハルファルの上半身が見えた。


「ここまで、ですね。」


馬乗りになっていたハルファルが立ち上がり、ポンザレに手を差し出す。

汗一つかかず、息も全く切れていない。ポンザレは立ち上がるが、

礼を言うこともできず呆然としていた。


「うぅ…くやしいです。」


「がんばったな、ポンザレ、休んでろ。」


木剣を持ったザーグがポンザレの肩に手を置いてなぐさめた。





「さて、じゃあやるか。」


「はい、お待ちしておりました。やりましょう。」


「ポンザレ、よく見とけよ、例えばこうやるんだ。」


ザーグは、いつもは体の前に斜めに構えている剣を正面に構えた。

剣先は、へその当たりの高さで、地面とほぼ平行の位置にあり、

左右に惑わすように動くハルファルを追う。


ザーグは仕掛ける様子を一切見せず、剣先を向けるばかりで平然としている。

対照的にハルファルは、次第に額に汗を浮かべ苦々しい顔をしていた。


「ポンザレ、何もお前から攻めなくたっていいんだ。例えば、素手で戦う相手には、

こうやって刃先を向けるだけでも、何よりのけん制になる。

誰だって刃物は怖いからな。」


「は、はいー。」


ザーグがポンザレに講釈するのを聞いたハルファルの額に青筋が浮かび、

その雰囲気が剣呑なものにかわる。


「…あまり馬鹿にしないでいただきたいものですな。」


ふぅと軽く息を吐いたハルファルは、まるで踊りを踊るかのような

素早いステップを踏み始めた。合わせてザーグも剣を斜めに構えなおす。



二人は数歩ほどの距離で対峙していたが、

ハルファルはそれをニ歩のステップで一気に詰め、

強烈な右フックをザーグに放った。

ドガムッと人間の肉体がぶつかるには、あまりに大げさな音が響く。


ザーグは体ごと半歩踏み込んで、その攻撃を肩で受けると同時に、

木剣をハルファルの右肩に押しあてていた。二人は距離をとり、再び構える。


「相打ちですか…。私の拳はいかがでしたか?」


「左肩が痛ぇ。骨に異常はないと思うが、しびれて動きは鈍いな。

俺の剣は、入らなかったか?」


「入りました。右腕は使えないものとします。」


「相打ちねぇ…そっちの方がダメージが大きいってことにならねえか?」


「ですので、右腕をこのようにしておきます。さぁ!もう一度、あわせましょう。」


右腕をだらりと下げて嬉々とするハルファルに、ザーグは渋い顔を返す。


「俺はもう、ごめんだ。痛いのは嫌だ…おい、マルトー弓だ。

ポンザレ、ニコ、距離をあけてハルファルを囲め。

お前らの”切り札”も使うことも頭に入れておけ。」


「はい!」「わかりました!」「あぁ、まかせな。」


「…参りました!いや、これはかないません!」


疑いもなく動こうとする三人を見て、ハルファルが降参した。





「どうだった、ハルファル?」


「素晴らしいの一言に尽きます。個の強さは一番という訳ではありませんが、

状況判断、決断力、思いきり。総合力では、私が今まで見てきた中でも

最高だと断言できます。」


「ハルファルにここまで言わせるとは…。ザーグ、君は本当にすごいのだな。

奴ら相手に戦い抜いてきただけのことはある。」


「…どれもしんどい、失ったものの多い…、きつい戦いばかりだった。」


「それでも…、君は生きている。」


アルゴシアスは手元の呼び鈴を鳴らし、

人を呼ぶと人数分の食事を用意するように伝える。


「では、ザーグ。約束通り、君に私達の知る限りの情報を伝えよう。

長くなるので、簡単ではあるが食事も用意させてもらおう。

泊まるのも、この館に部屋を用意しよう。もちろん君たちがよければだ。

街の一等級の宿屋の部屋を押さえているから、そっちにいってもらってもいい。」


「心遣いに感謝する。それで…。」



「あぁ、君達が追っている相手だ。私達はそれを『ヤクゥの手』と呼んでいる。」




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