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【79】ポンザレ、ミラとの別れ


『汚泥の輩』の暗殺者達との戦いから、既に二十日が過ぎていた。

汚れた水は元に戻り、街には活気が戻っている。

住民は、自分達の意識が曖昧であったことは、なんとなく覚えていたが、

それが何故なのか?そしてなぜ解決したのかなどは知らぬままに、

汗を流しながら日々を過ごしていた。



その日、ザーグ達は宿屋の一室に集まっていた。

ミラの回復は相当早く、本人もだいぶ動けるようになっていたが、

心配しすぎるザーグ・ポンザレ連合軍によって、強制的にベッドにおかれている。

今は半身を起こした姿勢で壁にもたれていた。


「改めて、集まってもらってすまねえな。ミラ、どうする?俺から言うか?」


「…ううん、私から、言う。…皆聞いてほしい。」


「なんでしょうかー?」


「…私は、ここから先は皆と一緒にいけない。…もう少しここで休んだら、

私はゲトブリバに帰る。」


「え…え?なんでですかー?だって、もう怪我もほとんど治って…」


「…ポンザレ。」


「ご飯だって普通に食べますし、いつも、ベッドから出て動こうとして…」


「ポンザレ、おやめ。きちんと話を聞くんだよ。」


腕組みをしたマルトーが、やや低めの声でポンザレを止める。


「ふぅ。うすうす、そんなことじゃないかって思ってたけどね。」


「…うん。…やっぱりマルトーも気づいていたね。

…傷は治ったけど…体の奥から力が湧いてこない、いえ、

力がひどく薄くて、気を張れない。」


ミラの言う体の奥からの力とは、生命力そのものともいえる。

冒険者は、様々な依頼をこなす。

薬草採取や手紙の配達のような簡単なものもあれば、

魔物討伐や借金の取り立て、商人の護衛などの危険なものも多い。

依頼がうまくこなせるようになると、紹介される依頼の難度も上がっていき、

本人が冒険者を止めるか、死ぬまで、その流れは続く。


一定以上の難度の依頼をこなし、一日一日を生きのびる内に、

次第に、冒険者は胸の内からは自信と生命力が溢れ出してくる。

その生命力こそが、冒険者達の強さ、しぶとさ、したたかさの源である。


その力が湧いてこないとミラは言った。

ポンザレは冒険者となって三年ほどだが、どこの冒険者よりも、

危険と隣り合わせで密度の濃い日々を過ごしてきた。

だからこそ、ミラのその説明が理解できてしまった。


「で、でも!…すぐに、治って、体の奥からぶわーっとまた、

出てくるようになりますー!」


「…ふふ、ポンザレはやさしいね。」


「で、二人で決めたってことで、いいんだろ?」


マルトーが、ミラとそしてザーグに目を移しながら確認する。


「あぁ。二人できちんと話し合った。」


「…えぇ。しばらくは、“待つ女”にでもなってみる。」


「そうかい、そう決めたんなら、しょうがないね。」


「…でも、皆に身勝手なお願いがある。」


「いいよ。」

「わかりましたー。」

「はい、大丈夫です、ミラ姐さん。」


内容を聞きもせずに皆が了承する。

その息の合いっぷりに微笑むミラの目の端に涙が浮かんだ。


「…ありがとう。皆、絶対死なないで。…そして、ザーグを死なせないで。」


「おい、ミラ、それは…」


「何当たり前のこと言ってんだい。誰も死なせないに決まってるじゃないか。」

「大丈夫です、おいらに、まかせてくださいー!」

「ミラ姐さん、私もがんばります!」


「…ありがとう。…本当に。」


ミラは下を向いて、何度も礼をつぶやいた。





翌日の昼過ぎに、宿にポンザレを訪ねてきたものがいた。

宿の従業員に呼ばれて、ポンザレは首を傾げながら階段を下りた。

横にはニコとマルトーがついている。


「あ、ヒルゴさんじゃないですかー!」


ポンザレよりも先に、ニコが反応した。


「おぉ。ニコ、久しぶりですね。あなたがポンザレさんですね。

私はヒルゴと申します。巡回商人です。」


「ニコさんの知り合いですかー?なんで、おいらのこと知ってるんでしょうかー?」


「私はマグニアの手のものです。いろいろと言付かっています。

ザーグさんの名前で泊まられているかわからなかったので、

わかりやすいポンザレさんの特徴を先に伝えたのです。」


「わかりましたー、今ザーグさんも呼んできますー!」


少しして、食堂の隅のテーブルでザーグ達は、

ヒルゴからゲトブリバの最近の様子を聞いていた。


「ほう、ゲトブリバは、もうそんなに復興しているのか?」


「はい、ビリームさんが精力的に動いて、冒険者達をうまくまとめています。」


「そうか、ビリームがか…。」


「足は、大丈夫なんでしょうかー?」


「例の、みなぎる力の鎧の足を、鍛冶屋のバンゴ親方が、

四苦八苦しながら改造しまして、今では、ビリームさんは普通に歩いています。」


「あぁ…!よかったですー!」


「また復興は、ザーグさんがつないだ両隣の街、アバサイド、ニアレイからの

物資や人の支援も入っています。」


「別に俺は、つないでなんかいないぞ。もとから交友はあったろう。」


「結果的にその交友を強くしたのはザーグさんです。

ニアレイの冒険者達も大勢押しかけてきて手伝ってくれましたし、

アバサイドは領主と、有志の商人数人から食料や物資の提供が行われました。」


「商人?」


「ザーグさんには『透明の強盗団』に殺された父親の仇を

とってくれた恩がある、と商人達を率いてきた若者は言っていましたね。」


「あぁ…アバサイドであった若い商人だったか。」


街から街へと渡る神出鬼没の強盗団『透明の強盗団』を、

ザーグ達はゲトブリバで討伐したことがある。

その強盗団に身内を殺されたものは多く、

アバサイドの街であった若い商人もその一人だった。


「そうか。…そういうのは、うん、ありがたいな。」


ザーグは鼻の頭を掻いた。

自分達のしてきたことが、どこかでつながって返ってくる。

誰かのためにと思ってやったことではなかったが、

当時がんばっていたことが、結果的に誰かのためになっていた。

それはザーグ達の胸に温かく染み込んだ。


「ザーグさん、マグニアの親方より伝言があります。」


「あぁ、聞かせてくれ。」


「はい、なるべく、そのままの感じで喋れと言われていますので、

失礼して、ごほん。『おう、ザーグ、元気か?壺の報告は、毎晩

ちゃんと聞いてるぜ。ハハッ、相変わらず、苦労背負いこんで、

酷い目にあってるみてえだな?死ぬなよ、死んだら俺が儲からねえ。』」


「また、ひでえ出だしだな…。」


ザーグは思わず呟く。

マグニアの伝言の壺の報告とは、ザーグ達が以前に入手した

親子壺という〔魔器〕で、小さな壺に話しかけた内容が、

遠く離れた場所の大きな壺で聞けるというものだった。

今はポンザレが毎晩の決まった時間に、起こったことや得た情報などを

繰り返しつぶやいて報告している。


「私もそう思います。続けます。『小僧、そもそもなんでお前しか

喋らねえんだ。あとな、せめて喋るなら、もうちょっと楽しそうに報告しろ。

ニコ元気にやってるか?ひどい扱いをされたら帰ってきていいぞ。

マルトー、俺は、お前の声を一番聞きたいんだ。せめて!

十日に一度は、マルトーが報告してくれ。お前の声を聞かせてくれ!

本当に頼む、お願いだ!なぁ、頼む!』」


ヒルゴによるマグニアの真似が終わり、静寂が訪れる。


「ヒルゴさん、マグニア親分の真似がうますぎて、ドン引きです。」


「えぇ。自分でも思います。そして私が皆さんへの伝言役になったのは、

たぶんこの物真似ができるからです。」


「相変わらず、しょうもない男だね。」


「ヒ、ヒルゴさん、お、お疲れさまですー。」


「まぁ、とりあえず、状況はわかった、助かるぜ。」


「それと、ザーグさん、『次の街ゲトロドでは、必ず領主のところへ行け。

先触れも出しておいた。たぶん、何かしらお前の力になってくれるだろう。』

とのことです。」


「わかった。それと、ヒルゴ。この後は、ゲトブリバに戻るのか?」


「はい、あなた達に会えたら戻ってくるように言われています。」


「じゃあ、ちょっと頼みがある。」


「なんでしょうか?言ってください。」





二日後、宿屋の前にはザーグ達が荷物を持って集まっていた。

街を真一文字に横切る街道には、それぞれの方向を向いた竜車が

二台止まっている。


そのうちの一台、ゲトブリバの方向を向いた竜車には、ヒルゴとミラが、

もう一台逆の方向へと向かう竜車にはザーグ達が荷物を積み込んでいく。



「ニーサさん、ゲトブリバに着いたらゆっくり休んでくださいー。」


「ありがとう…ポンザレ、あ、あなたも無事に帰ってくるのよ。」


荷台を覗き込んで手を振るポンザレに、ニーサは手を振り返した。


「ヒルゴさん、ニーサさんは、まだあんまり調子も戻ってないですー。

ゆっくり戻ってあげてくださいー。」


「わかりましたよ、ポンザレさん。」


「…皆。ゲトブリバで待ってる。」


「あぁ、しばらくしたら帰るからな。」


「ミラさん、いってきますー。」


「ミラ姐さん、私も壺の報告しますから聞いてくださいね!」


「いってくるよ。ちゃちゃっと終わらせてくるさ。

帰ったら一杯、いや一晩つきあいな。ポンザレ、あんたもだよ。」


「え…あ、は、はいー。わかりましたー。」



困り顔で迷惑そうに答えるポンザレに、マルトーが拳骨を落とすと、

皆は声をあげて笑い、高く晴れた青空に、その声が吸い込まれていく。


「よし、じゃあ、出発するか!」


ゴドンと竜車が進み始める。

前を向くどの顔も、口元は引き締まり、目に強い光が宿っている。

後ろを振り返るものは誰もいなかった。



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