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【77】ポンザレとミラと暗殺者

(くそっ…まだついてきてやがるっ!)


紺色の空に半円の月が浮かぶ。

時折雲間に隠れながら、月明かりは街を照らし

建物の影をうっすらと斜めに伸ばしていた。


石を敷かれた通りには人っ子一人いないにも関わらず、

通りの真ん中から、ハァハァと息を吐く音と、

シタシタと柔らかい素材でできたブーツの足音だけが重なって響く。


(あの斥候の女っ!やっぱり、あたしの…マントが、効いていない!)


透明になった状態で通りを走っているのは、

『汚泥の輩』の女、サリサだった。

サリサは、幾つかの〔魔器〕を所持している。

その中でも、特に愛用し、彼女の仕事の成功率を高めているのは、

見えずのマントという、着た人間を透明にしてしまうというマントだった。


大通りを、住宅街を、入り組んだ裏路地を走り、

時に曲がって、時に隠れながら、サリサは追跡者から

必死に逃げていた。


サリサの『汚泥の輩』における、諜報員であり暗殺者だ。

諜報員はもちろんのこと、暗殺者は相手と戦う職業ではない。

気づかれないように、一方的に殺せるときにのみ殺す、

それが叶いそうにない場合は、確実に殺せる時が来るまで潜む、

それが暗殺者だ。


自分の姿が見えず、位置もバレない絶対的な優位があって

サリサは今まで幾つもの暗殺を成功させてきた。

だがミラの持つ〔魔器〕によって、自分の姿がバレている以上、

たいした戦闘力もないサリサとしては、とにかく逃げの一手しかなかった。


(…だめだ、どれだけ逃げても振り切れない。

…しょうがない、腹くくるしかないね…)


商店が立ち並ぶ通りの真ん中で、サリサは足を止める。

その瞬間に、脇腹に刺すような痛みがはしった。


「ぐっ!」


(くそっ!あたしは何の攻撃を受けたっ!?)



「…お前だけは、絶対に許さない。」


並んだ商店の隙間の暗がりから、ミラが現れる。

その指には、棘が突き出た白銀色の指輪が光っていた。


「それは!光矢の指輪っ!あの軽口男めっ!

取られたんなら、ちゃんと言えぇっ!ふざけるなっ!」


自分の体に穴を開けた物の正体を理解すると同時に、

シュラザッハへの悪態が、思わず口をつく。


「がっ!」


太腿にも穴が開いた感触がある。

見えずのマントの効果によって、サリサ自身も今の自分の状態を確認を

することができない。


「くっ!けどねっ!これでお終いだよっ!」


サリサは、首にかけた〔魔器〕の首飾りに手を触れ、その効果を発動させた。





ミラは、二つの映像をその目で合わせ見ている。

右目は〔魔器〕の眼帯が見せる、黒い空間に浮かぶ揺らいだ煙の形で、

生き物の生命そのものを視覚化してくれるものだ。壁や木などはうっすらとしか

見えないので、どこに何が隠れていようが、瞬時に見つけ出すことができる。

左目は、普通の人間と同じ視界だ。


初めて眼帯を付けたとき、ミラはその効果に驚くと同時に、

恐ろしさを覚えた。眼帯の効果があまりに便利すぎたためだ。

斥候であるミラは、自分の感覚に絶対の信頼を置いているが、

眼帯を使うほどに、それが鈍くなっていくようにすら思えた。

ゆえにミラは、眼帯は必要な時にだけ、最低限付けるようにしていた。

自分の感覚の裏付けとして、確認のためだけに使った。


だがザーグが暗殺未遂にあってから、その考えも捨てた。

自分の一番大事な人を失うわけにはいかないからだ。

それからミラは、常に眼帯を付け、二つの視界を重ね見て、

日常生活を送れるように訓練してきた。


どちらか一方を見て使用するのではない、両方同時に見て、

〔魔器〕の力を自分の感覚ごと取り込もうとしてきた。

慣れない最初の頃は、頭痛が酷く、鼻血が止まらないこともあったが、

今では二つが重なった視界が、ミラの当たり前となっている。


そのミラの視界から、暗殺者の姿が消えた。

左目の普通の視界には、透明になった相手はもともと見えていない。

右目で追っていた煙の人型も、忽然と消えてしまった。



(…何かの〔魔器〕!?まずい!)



ミラは腰から短剣を抜きながら、数歩下がって建物の壁に背中を付けた。


(…今まで逃げている最中では姿を消さなかった。

使っていれば逃げられたはず。…効果時間が短い?一回しか使えない?)



ミラは逆手に持った右手の短剣を、自分の顔の前に斜めに構える。



(…今使ったのは、決着をつけるため。…頭と首はまずい。)



指輪をはめた左手を軽く開いた状態で、胸の前に構える。



(…心臓も守る。…あいつは暗殺者で、毒の短剣を使う。)




ミラは深く深く息を吐いて、両目を閉じた。



(…こい。決着をつけたいのは、こっちも一緒。)





(殺してやるよ、女!あたしはさ、この首飾りとマントで、

数えきれないほどの人間を始末してきたんだ!)


サリサが首から下げている〔魔器〕は、目はずしの首飾りという。

効果は、十数える間、自分の存在自体を意識させないこと、

かけられた注目をはずすこと。ただし、一日に一回しか使用できない。


かぶると体が透明になる見えずのマントと言えども、

そこに人の気配はあり、足音や呼吸音も完璧に消すことはできない。


サリサが狙うのは、要人や富豪なども多く、そういった人間は腕の立つを

護衛を傍に置いている。そういう手練れに、怪しまれてしまえば

戦闘力の劣るサリサは、対象を暗殺などできない。


ザリサは、見えずのマントと目はずしの首飾りの二つをあわせて使うことで、

幾つもの暗殺を成功させてきたのだ。当然、ザーグを刺したときもそうしていた。


(うざかったこの女も、これで終わりだよっ!)


ザーグの暗殺に失敗して以降、サリサは何度かザーグを狙った。

だが、いつも誰かが傍についており、隙がなかった。

おまけに、見えていないはずのこちらを、仲間の誰かがじっと

見ていることすらあり、近づくことができなかった。


なぜ、近づけなかったか…それが今回の逃走劇で、サリサにもよくわかった。

斥候の女の〔魔器〕、右目につけた眼帯で自分の存在がバレていたのだ。

ゆえに、サリサは決着をつけることに決めた。

今ここで、斥候の女を始末すれば、後は簡単だ。


サリサは、腰から尽きぬ毒を送り込む〔魔器〕の短剣を抜くと、

一気にミラに向かって突き込んだ。




ミラは、両目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出すと、

構えた両手も含めて、全身の力を抜いていた。

あわせて、身体の表面を薄い膜が覆っているのだと意識する。

常に無意識に広げている、違和感を見つけ出す自分の領域を、

自分の皮一枚でとどめているイメージを持つ。


「…!」


左の脇腹に、極めてわずかな違和感を感じた瞬間に、

ミラは両手を斜めに突き出した。


〔魔器〕の武器は切れ味が良く鋭い。

毒の短剣は、何の抵抗もなくミラの腹へと吸い込まれていく。

ぬるりと刺し込まれる液体のような気持ちの悪い感覚を無視して、

ミラは空中に突き出した手を握り、何かを掴んだ。


「…っ!捕まえたぞ!」


掴んだ相手の部位などわからないまま、

ミラは壁を蹴って、相手を地面へと叩きつける。



「うぐっ!」



耳元で鳴った呻き声と、クヒュウと息を吐く音で、

ミラは掴んだ部分が相手の首か肩あたりだと推測をつけ、

逆手に持った右手の短剣の刃を刺し込んだ。


「ぐぁああっ!」


「…うるさい!耳障りだっ!」


短剣から手を離し、右手に掴んだマントを引きはがすと

見えなかった相手の姿がようやく見えた。

真っ赤な唇から、妙な赤茶色をした血を吐き出しながら、

下になった女が憎々し気にミラを睨む。


「ごぶっ…!く、くそっ!ぬ、ぬかったよっ!お前、これを狙ってたんだねっ」


「がふっ…うぅ…」


ミラは答える代わりに、血を吐いた。


「はっ…!…アハハ…ぐっ、で、でも、お前も、毒を喰らったんだ、

終わりだよ…ざまあみろ!」


「…私は、死なない。ぐっ…きっと…ポンザレが助けて…くれる。

ザーグとも、…互いに死なないと約束し合っている…。」


みるみる間にミラの顔色は真っ青を通り越して白くなっていく。


「…ポン…ザレ?…あの、仲間のあのデブかっ!

あのデブが…ザ、ザーグを助けたというのは本当だったの…かい…ぐっ、

…くそ、…最初に殺しておくべきは、…あいつだった…かっ!」


「…誰も…殺させない。…お前が、死ねっ!」


馬乗りになったミラは左手で拳を握ると、サリサの顔面に突きこんだ。

拳の中指にはめた光矢の指輪が、瞬間光を発してサリサの眉間に穴を開けた。


「…ザーグ。」



ミラは意識を失い、物言わぬ死体となったサリサの上に倒れ込んだ。





「おい!ポンザレ!」


バシバシと容赦なく張られる頬が熱い。


「うぅ…。」


手足に力を入れようと意識すると、途端に全身を強烈な痛みが襲す。


「ザ、ザーグさん?」


「おぉ、よかった…生きていたな。」


頭を細かく揺さぶられるなと思うと、マルトーが額に付いた血をふき取り、

頭に布を巻いてくれていた。


「マルトーさんも…。ありがとうございます。」


「まったく…ひやひやさせるんじゃないよっ。」


「は、はい…。お二人とも、無事だったんですね…。」


「あぁ、お前が石降りを、押さえてくれたからな。」


「あ、そ、そうです!ニーサさんは!?」


「お前の襟巻が完璧に抑え込んでるぞ。まだ、俺らは何もしてねえ。」


「それで、ポンザレ?石降りはどうするんだい?」


「はい、ニーサさんは、おいらの名前を、少しだけ呼ぼうとしたみたい

だったんです。だから、おいら、何とかなるんじゃなかって…。

何かできるんじゃないかって…。」


目をむけると、襟巻に頭と顔、腕をぐるりと巻かれたニーサは、

身動きもせず、ぐったりとしていた。


「ふん…まぁ、とりあえず縛りなおして、宿屋に運ぶか。」


「はい、わがまま言って…すみませんー。」


「いいさ。」


ザーグは、ポンザレの肩を優しく叩いた。





「…ミラが遅いな。ついていったニコも戻ってこない。」


心配そうにザーグが通りを見やる。

ニーサを縛りなおし、それぞれの応急処置を終えたザーグ達は

二人の帰りを待っていた。


「探しに行った方がいいでしょうかー?」


「いや、行き違いになるのもまずい。信じて待つしかないが…。

くそっ、早く帰ってこい…」


数カ月前にザーグとミラは、喧嘩をした。

喧嘩の原因は、恋人であるミラを必要以上に、

危険な目にあわせたくないと考えたザーグが、

パーティリーダーとして、ミラに与えるべき任務や役割を

与えなかったことだ。自分以外のメンバーが、

そして最愛の人間が傷ついても、共に戦えず、

傍にすら寄れないことに、ミラが怒りを爆発させたのだ。


反省をしたザーグは、それ以降は、心配をしながらも、

ミラを信用し、冷静に判断をするように心がけていた。

泥まみれの冒険者の死体達と戦っている最中に、

ミラが見えない女を走り出したときも、それを止めなかった。

ただもしものときを考え、ニコに後を追わせた。

その際に、ニコの方から指輪を貸してくれと言われたのは意外だったが、

それは事前にこういった事態を予想したミラから、指示が出ていたのであろう。


それでも、遅いと感じ、苛立ちが募ってくる。

そのとき、通りを睨むザーグの目に、走ってくるニコの姿が見えた。


「ポン君!ミラさんを助けて!急いで来てっ!」


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