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【8】ポンザレとお婆ちゃん


ポンザレが街で暮らし始めてから更に十数日がたっていた。

毎日日雇いの仕事をもらって、その賃金で食事をとり

寝るのは天井もないギルドの中庭だ。


雨が降る日は大変だった。雨の日は仕事も減る。

日雇でもお金のある人間は、通りの店に入って

ちびちびと食事をしながら雨をしのぐことができるが、

お金のない人間は吹きさらしの中庭で雨に打たれるしかなかった。


ポンザレは後者だった。雨の日は仕事もないのでお腹も空く。

ぐぅぐぅと空腹を訴えるお腹をさすりながらポンザレは、

濡れた地面に腰を降ろし壁にもたれてぼーっと雨雲を眺めるだけだった。



冒険者登録をすれば酒場の席にも座れるし、賃金も上がり

もう少しいいものが食べれる。それはわかっていたが、

ポンザレはザーグの言いつけを守って、いまだに冒険者登録は

していなかった。

今では受付のお姉さん達もポンザレには登録を勧めない。


雨の日以外は、寝る所と食べるものがあるだけで十分ありがたかった。

村にいる頃とたいして違いはない、むしろ幼い兄弟に食べ物を

わけてあげなくていい分だけ、まだ多少食べれている方だった。


たまに、いびきや歯ぎしりのない所でぐっすりと眠りたい…、

冒険者食堂で皆が食べている骨付き肉をもしゃりっとかぶりつきたい…

と思うことはあったが、そのために命の恩人のザーグの言いつけを

破ってまで冒険者になろうとは思えなかった。




ある朝。

ポンザレがいつもの通りカウンターにいくと

顔見知りになったお姉さんが、にこやかに話しかけてきた。


「ポンちゃん、おはよう。今日もお仕事ね。」


「ふすん!はい!おはようございます!お願いしますー!」


ギルドの受付のお姉さんは美人ばかりでポンザレは

いつもドキドキしてしまう。

しかも笑顔なのだ。ちょっとくらい鼻息が荒くなったってしょうがない。


「今日はね、ポンちゃんにしかできない仕事の依頼がきているの。」


「なんですか?おいらにしかできないって…?」


「ポンちゃんにやってほしいのは、お婆ちゃんの話し相手よ。」


「…お話しするだけなんですか?絶対そんなおいしい話ないですよねー?」


「だって依頼に、人がよさそうで、荒っぽくなくて、にこやかなで

静かな人って書いてあるもの。これは、どうみてもポンちゃんじゃない。」


「…いや、でもなんか怪しそうですー。やめておきますー。」


「半日仕事よ。お話しするだけよ。たぶんね…。いい人だったら

十日おきにお願いするかもって書いてあるんだけどなー。

ポンちゃんやらないなら、他の人にお願いするわね。」


半日ドブさらいをするのと、お婆ちゃんの話し相手が同額というのも、

俄かには信じられない。ポンザレは以前に、金持ちの息子の剣の練習相手!

立っているだけでOK!という依頼を受けた結果…反撃・避けるのも

禁止だったために全身青あざを作って本当に懲りた経験もあった。



「うぅー…やります。」


少しだけ悩んだ後、結局ポンザレは依頼を受けたのだった。



指定された場所に行くと、そこに建っていたのは豪勢なお屋敷だった。

気後れしつつ、ポンザレがギルドの木札を門番に見せると、

門の脇の待機室に通される。


いつもの癖で口をもぐもぐしながら待っていると、

扉がバタンッと開いて、豪華なワンピースドレスを

着た十歳くらいの女の子がやってきた。


「お婆ちゃんの話し相手になる人はあなた?」


こぼれそうなほど大きな目をぎょろりとさせて

ポンザレをジロジロと遠慮なく見る。


「あ、こんにちは、おいらは…」


「…臭い!…なんか汚い!」


女の子は大きく眉をしかめながら隣の使用人に命令する。


「ちょっと、誰かこの人洗ってきて。来てる服も取り替えて!」


使用人はポンザレの腕を掴むと、ずるずると屋敷裏へと連れていき

服をむいて素っ裸にした後、水をざぱざぱとかけては、ごしごしとこする。

全身を洗い終わると布で拭かれ、ハサミで髪を整えられ、ひげもそられた。

用意されていた襟元の開いた白っぽい厚手のシャツとズボンを

履かされると、そこには良家のお坊ちゃんにしか見えないポンザレがいた。


再び待機室に戻されると、先ほどの女の子がお菓子を頬張りながら、

じろじろとポンザレを見て言った。


「思ったよりも悪くないかも。じゃあ、お婆ちゃんの部屋に行って

午前の鐘が鳴るまでお話してきてね。ちゃんとニコニコして

笑顔でお話するのよ!」


「はいー。わかりましたー。」




使用人に連れられて入った部屋には、小柄なお婆ちゃんが椅子に座っていた。

黄色いベストに赤いスカーフを巻いて、なんとも可愛らしい。

使用人は「鐘が鳴りましたらまた参ります」と言って部屋を出て行った。


お婆ちゃんはポンザレに気が付くとこう言った。


「あら、こんにちは。あなたは誰だったかねぇ。息子の友達のビルム

だったかい?それとも孫のモオルだったかい。いや違うねぇ…あぁ!

あんたは!その体型は!…ボズだ、そうだろ?ボズ?久しぶりだねぇ。」


お婆ちゃんは少し呆けが始まっているようだった。


「さぁさ、ボズ、はい、ここに座りな。よくきたねぇ。」


「あの、お婆ちゃん、おいらはポンザレです。ボズではないですー。」


「おやそうなのかい。わかったよ。じゃあボズ、お茶を入れるからね。」


しかも人の話を聞いてくれなかった。



ポンザレは、このお婆ちゃんは本当にお話しができるのかな?と

少し不安がよぎったが、気を取り直して、まずはお婆ちゃんのお話を

聞いてみようと姿勢を正した。ポンザレは素直で優しい男なのだ。





「…こうして、その洞窟の調査から帰ってきたあたしに付けられた

あだ名が『紅サソリ』だったんだよ。」


「すごいですー!お婆ちゃんすごいですー!」


お婆ちゃんの話は、聞いてみると想像以上に面白かった。

どうもお婆ちゃんは、昔は冒険者だったらしいのだ。

こちらの話を聞いてくれない、名前を憶えてもらえない、

時々同じ話がループする点を除けば、ポンザレは楽しく会話ができていた。

主に一方的に聞くのみではあったが。


「ボズは、次はいつ旅に出るんだい?あんたは斧を振らせたらなんだって

二つにできてしまうんだ。依頼だってすぐ来るだろうさ。」


ポンザレは、ボズさんは絶対に自分みたいなぽっちゃりじゃない、

筋骨隆々で恐ろしい人間に違いない…というか、ボズさんって

何者なんだろう?と思いながら返答した。


「お婆ちゃん、依頼を受けて冒険に行ったらまた来るよ。

斧で何を真っ二つにしたかも教えるからねー。」


ポンザレは、お婆ちゃんにあわせて話をすることにした。

不器用でアドリブも弱いが、否定をしても話を聞いてくれないので、

話をあわせるしかないなと思ったのである。


ちょうどそこで昼の鐘が鳴った。

使用人がノックをして入ってきて「お時間です。こちらに。」と告げる。

ポンザレが椅子から立ち上がった所で、お婆ちゃんが言う。


「紅サソリ。」


「なに?お婆ちゃん」


「あたしのことは、あんただったら紅サソリって呼んでいいさ。」


お婆ちゃんははにかみながら、可愛い笑顔でにっこり笑った。

ポンザレはお婆ちゃん可愛いなと思いながら「またくるねー」と

返事をして扉を閉めた。




ポンザレは再び待機室にて、初めにあった目の大きな女の子と

会っていた。


「あなた名前なんて言うんだっけ?」


「ポンザレといいますー。」


「お婆ちゃん、紅サソリの話もあなたにしたんだって?」


「はい、すごい冒険者だったんですねー!」


「あれ、作り話よ。お婆ちゃん冒険者だったなんて、

お父さんだって知らないし。」


「えぇーーー!?」


「まぁ、でも紅サソリの話は私達家族とかにしかしないから、

あなたはお婆ちゃんに気に入られたんだと思うわ。」


「そうなんですかー。」


「ということで、また十日後に来てね。今日の分は4シルね。

あ、服は使用人のお古だから上げるわ。そのかわり次にくる時は、

その服を着て体をきれいにしてから来てね。」


「はいー、わかりましたー。またお願いしますー。」



こうしてポンザレは、お婆ちゃんの話し相手という仕事を定期的に行うこととなったのである。




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