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【76】ポンザレと石降りの戦い



インフォレの街の水源である泉は、

数十人が入れるほどの広さの、円形の石造りの囲いとなっており、

その中には、水がなみなみと溜まっている。

泉の中央は水が湧いて大きく盛り上っており

薄い月明かりを反射して、水面が優しく煌めいていた。


「本当に来るのでしょうかー?」


ポンザレがほとんど聞こえないほどの小さな声で呟く。


泉には、住人が水を汲めるように、浅い階段が幾つか設置されており、

その階段の影にポンザレ達は息を潜めて隠れていた。


「そうだね。泉に毒を入れに…、そろそろ来る頃だよ。」



ポンザレは気を引き締めて、泉と周囲に目を向けた。





ザーグ達は、インフォレの街の飲み水に

毒が入れられていると予想し、昼の内に泉を調べにきていた。


囲いの中に溜まった半分ほどの水位の湧水を、

何人もの住民が汲んでいる。夜に溜まった水を、

昼に住民が汲むことで街の生活が回っている。


水桶を持っているのは、ほとんどが女性で、

普通であれば、水汲みの前後で談笑でもしているのだろうが、

今は皆無口で、まぶしく輝く太陽でさえ払えないほどの

陰気な雰囲気が満ちていた。


当初、ザーグ達は、何がしらの〔魔器〕が仕掛けられているのだろうと、

泉の中や周囲を調べていた。だが、怪しいものは何もなく、

次に目をつけたのは階段にこびりついた無数の足跡だった。


「…この泥のついた靴跡はおかしい。」


「たくさん付いていますねぇ。」


「うん、変だね、街の住人でこんなに泥が着くことはないよ。通りはほとんど

石が敷かれているんだから…。しかも、この量は今日とかだけじゃないね、

だいぶ跡が薄くなってるけど、何回も、いや、というか、

おそらく毎日ここに来ているだろうね。」


「…足跡の大きさと形は、男…たぶん冒険者用の長ブーツとか。」


「水を汲みに…は、きてないですよね?」


「あぁ。午前中のこの時間で足跡がすっかり乾いているってことは、

夜中に来ているってことだ。そして夜中にわざわざ水を汲みにくるやつなんか

いないよ。それも毎日ね。」


「決まりだ。これだな。」


「毒は〔魔器〕じゃなくて、入れてるってことなんですねー。」


「…そして、時間で抜けていく毒だから毎日入れに来てる。」


「よし、二人残して一度、宿に帰る。交代しながら、

夜になったら全員で見張るぞ。」


皆が頷き、顔を見合わせた。





「来たよ…。」


月明りの中、黄色く濁った眼を薄く光らせながら

十人の冒険者風の男達が、桶を担いで行進していた。

桶の中の粘性の高そうな液体が、男達の歩みにあわせて

だぷだぷと嫌な音を立てている。


薄汚れ、乾いた泥を張り付けた男達は、

泉の階段へと並び、順番に桶の中の液体を泉に入れ始めた。


「おい、お前ら、何をやってんだ?」


階段の陰から出てきたザーグが、

抜いた剣で男達の桶を指しながら声を掛ける。


「…。」


声を掛けられた途端、男達はぴたりと動作を止め、

一言も発することなく首だけ回してザーグを見た。

黄色く濁った目に浮かぶのは、輪郭のぼやけた白い瞳。

それは生ある者の目ではなかった。


男達は、桶を地面や泉に落とすと、

腰に下げた剣を抜いて、襲い掛かってきた。


「ふんっ!問答無用か!」


目に光はなくとも、男達の斬撃は鋭かった。

脚運び、体の入れ方、剣の振り方は、

荒事に慣れた人間だけが出せる、凄みのあるものだった。


ザーグとポンザレ、そしてニコが、武器を構えて応じる。

マルトーは三人から十数歩ほどの距離をとって、弓で射る。

ミラは、マルトーよりもさらに引いた場所で、戦いには参加せず

周囲の警戒にあたっていた。


トスッ


短槍を回転させて、突き込まれた剣を外へと弾きながら、

ポンザレは男の肩へと槍の穂を突き刺した。

相手を殺しはしないが、刃を向けてくる相手には容赦はできない。

ポンザレの槍は、正確に男の肩と腕をつなげる筋肉と健を断った。

槍を抜いた穴から、濁った茶色の飛沫が上がり、男の腕がだらりと下がる。


「…。」


男は、呻き声の一つも上げずに、逆の手で剣を握りなおすと、

再び襲い掛かってきた。


「ザーグさん!この人達…!」


「あぁ!こいつらはもう死んでいる!ポンザレ、

刺しただけじゃ止まらねえぞ!手足を落とせっ!」


「うぅ…わかりました。」


ポンザレは、男達を痛ましく、そして哀れに思いながらも、

心の半分を沈めて、冷静に槍をさばいて手足を飛ばしていった。


「ニコ!お前も無理をするな!」


「はい、無理はしません!」


ニコが二本の短剣で、男達の指や手首を断っていく。

マルトーの放った二本の矢が、その隣の男の首を跳ね飛ばす。

傷口から噴き出る悪臭を放つ液体の量が減るにつれて、

男達の動きは鈍くなり、やがて動きを止めた。


男達に、連携の概念はなかったのは幸いだった。

ザーグ達は囲まれないように、互いにフォローし合いながら、

追い込まれることもなく、着実に対応していった。

少しの間に、動いている男達は半分に減っていた。



「…そこの女!逃げるなっ!」


突然、後ろにいたミラが鋭く叫び、

誰もいない通りに向かって走り始めた。


「ニコ!ミラを追ってやってくれ!!」


「はい!あ…ザーグさん、指輪を!預かっていいですか?」


「わかった、持っていけ。ミラを助けてやってくれ。」


「では!」


ニコは手渡された指輪を握り、大きく一つ頷くと走り去った。

その背中が小さくなっていくのを見ながら

ザーグが二人を鼓舞する。


「マルトー!ポンザレ!もう少しだ!すぐ片づけて、

俺達もミラを追うぞ!」



「了解です!」「まかせなっ!」


ドドドドドドドッ!!!!



意気高く応じる二人の声は、

空から降ってきた何かによる大轟音でかき消された。





周囲には拳大の岩が無数に転がっている。

泥にまみれ生を失った男達の手足は、折れ、千切れ、

頭などもつぶれて、悲惨な状態になっていた。


「ザーグさん!マルトーさん!」


「ぐっ…な、なにが起きた!?」


「痛たた…。」


ザーグとマルトーは、頭や額、腕などから血を流していたが

命に別状はないようだった。骨を折ったり、動けなくもなったりもしていない。

その二人の様子に、ひとまず安心したポンザレは、

自分が怪我一つ負っていないことに気がついた。

見ると〔魔器〕の毛皮の襟巻がうねうねと動いており、

降りそそぐ岩から、持ち主であるポンザレを守ってくれていた。


「いったい誰が…!」


顔を上げたポンザレは、そこに見知った顔の人物を見つけた。

長い茶色の髪を後頭部で結び、灰色のマントを羽織った女は、

ゲトブリバの街で魔法使いとして有名だった女性、石降りのニーサだった。


ひび割れた唇は歪み、眉間には深く皺が寄っている。

よく見れば、マントや服、手足、美しかった髪にも乾いた泥がこびりつき、

その姿はポンザレ達が先ほどまで戦っていた男達とも酷似している。


「ニーサさん?ニーサさんですか!?」


「…あ…う…。」


ニーサは言葉にならない呻き声を漏らす。


「あれは…、石降りの魔法使いか!」


「あの様子じゃ、襲ってきたこいつらと同じみたいだね。」


「ニーサさん!おいら、ポンザレです、わかりますか!?」


ニーサは、ポンザレの声に何の反応も見せない。

薄黄色く光るニーサの目が、ザーグ達の奥、家の立ち並ぶ路地に向いた。

路地からは十名の生なき冒険者の男達、つまり新手の敵が、

こちらに向かってきていた。


「よし、動くな…。おい、いけるか?」


「ふん、問題ないよっ!」


ようやく立ち上がったザーグが腕をぐるぐると回しながら問い、

弓矢を確認しながらマルトーが返す。



「ポンザレ!そっちは…、あんたが何とかおし!」



飛んでくる岩をうまくさばけるのは、ポンザレの襟巻だけだ。

自分達では、最初は岩を避けることができたとしても、

いずれ手足を折られるか、千切られてしまうだろう。

なら、まかせるしかない…、マルトー達はそう考えた。


(ポンザレは、ニーサと縁があったね…ごめんね、酷なことを

やらせてしまうね…。)



マルトーの頭に、記憶の中のニーサがよぎる。

以前、ゲトブリバの街に泥人形が襲ってきた際、

ポンザレは身を挺してニーサの命を助けた。

その後ニーサは、自分をパーティに加えろと要求してきたが、

ザーグがばっさり断ると、ポンザレを執事か弟子として

引き抜こうとした結果、ポンザレ本人からも断られた。


頬と耳を赤く染めるニーサを思い出しては、

マルトーとミラは、あんたも隅に置けないねと、

ポンザレを時々からかっていたが、本人はきょとんとして、

口をもぐもぐさせていた。



「ポンザレ…、あんたは…、無理しちゃだめだよ。体も、心もだ。

…どうしてもできないときは、あたしが代わってあげるよ。」


「…ありがとうございます。…はい。おいらやってみます。」


背を向けたポンザレが答える。

迷いの混じったその声は、少し震えていた。





ニーサは手を上げ、十数個の岩を空中へ浮かべると

ポンザレに向けて一斉に投げつけてきた。


容赦なく飛んでくる岩を、ポンザレは避けていく。

普通であれば、不規則に襲い来る十数個の石の全てを、

避けることはできないだろうが、襟巻はポンザレを一生懸命守っていた。

後頭部に当たりそうな岩の軌道を逸らし、背中に当たる岩をくるんで

勢いを殺している。


「襟巻さん…ありがとうです。」


ポンザレはつぶやきながら、少しずつ進んでいくが、

ニーサは岩を操りながら、後退しているため、

距離はなかなか縮まらない。


ポンザレは進みながらも悩んでいた。


(おいら、どうすればいいでしょうか…ニーサさんは、

あの冒険者の人達みたいに死んでしまっているのでしょうか…

もう元には戻らないんでしょうか…、でもどうして!?

なぜ、おいら達を襲って…なんで、こんなことにっ!)


「…っ!」


まとまらない考えに集中力が切れて、肩に岩があたる。

ポンザレは、思わず短槍を握りなおした。


(いけないです、集中をしないと。…あ、かすみ槍、

サソリ針に変えていません…)


曲げた首の横を、下げた肩の上を、高速の岩が通り過ぎていく。


(二ーサさんが本当に死んでいたら…サソリ針、効くんでしょうか…

もし、刺しても麻痺できなかったら、どうすればいいんでしょうか…、

おいらこれで、ニーサさんをバラバラにしなければならないんでしょうか!?)


ポンザレは今まで自分の知り合いと命を懸けて戦った経験はない。

だがニーサは、強力な魔法使いで、共に戦った仲間でもあり、

そして線の細い女性である。そのニーサに、かすみ槍を突き刺すことなど、

どうしてもできそうにない、できるイメージは湧かなかった。

やはり無理を言っても、マルトーにお願いすればよかったのではと心をよぎるが、

それもダメだとまた頭を振る。


ポンザレの思考は乱れていた。



「ぎゃっ!」



脛に岩が辺り、ポンザレは思わず叫んだ。

山オロの素材を使った脛当ては、その衝撃のほとんどを

殺してくれていたが、それでも強烈な痛みだった。


ポンザレの悲鳴が響いた途端、岩の速度が遅くなる。

見るとニーサは、頭を押さえ苦しそうに呻いていた。


「…あ…う…。」


「ニーサさん!?大丈夫ですか!?」


「ぐぅ…う…。」


「ニーサさん、おいら!ポンザレです!わかりますか!?」


「ぐ…う…ポ…がぁ…ザ…」


「ニーサさんっ!おいらっ、ニーサさんを助けますーっ!」


ポンザレは持っていた槍を捨てて、走り出した。


「ぁあ…あぁぁーーーっ!」


何かを振り切るように両手を突き出したニーサの動きに連動して、

今までの倍を超える数十個の岩が一斉に、ポンザレを襲う。


襟巻は必死に主を守っているが、かろうじて致命傷を防ぐのに精一杯で、

ドズドズと鈍い音を立てて、ポンザレのあらゆる部分に岩が当たる。


(どうすれば…いいか、わからないですけど、とにかく!

ニーサさんを押さえますっ!)


額や鼻から血を流し、あらゆる場所を赤く腫らしながら

ポンザレは走りきって、ニーサのマントを掴んだ。

その勢いのままポンザレはニーサの腕ごと抱え込むと、

地面に倒れ込んだ。


「ぐ…ぅ…」


岩を飛ばす魔法は、敵が密着した状態では使えないようで、

拘束から逃れようとニーサは激しく暴れる。

無数の岩を体に受けて、全身にギシギシと痛みを感じながらも、

ポンザレは腰のベルトからサソリ針を抜いて、ニーサに突き刺した。


「く…ぁ…ポ…が…レ…。」


ニーサの動きが、ほんの一瞬だけ止まる、

すぐにバタバタと暴れだす。


「…、サソリ針がっ!効かないですっ!」


(あぁ、おいら…)


全身を襲う痛みと出血で、ポンザレは自分の意識が遠くなり、

腕の力が弱まっていくのを感じた。


(ごめんなさい、ザーグさん、マルトーさん、皆さん、ニーサさん……。)


意識を失う寸前、腫れあがったまぶたの狭い視界の中で、

ポンザレが見たのは、ニーサの頭と体を締め上げる襟巻だった。



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