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【75】ポンザレとインフォレの街


ズズー… ズズー…


荷物を載せた板を、ロープで引きながら、

ポンザレ達は街道を歩いていた。

道の左右は高い木々の乱立する深い森となっている。


「ザーグさん、インフォレまでは…後どのくらいなんでしょうかー?」


「うーん、もう二日歩いているからな。今日の午後あたりには

着くと思うぞ。」


「あぁ~!面倒くさいったらありゃしないよ!

竜車が魔物に壊されるなんて、ついてないったらありゃしないっ!」


「…マルトー、また言ってる。」


「でも、誰も怪我がなかったのは、不幸中の幸いでしたね!」


ニコが微笑みながらとりなすが、マルトーの機嫌は治らない。


「そうだけどね。荷物も多いし、魔物は襲ってくるし、あたしは疲れたよ。」


ザーグ達は、インフォレの街に病気が流行っている可能性を考えて、

竜車には多めに水や食料を積んでいた。最悪インフォレの街に入らずに

素通りしてもいいようにという考えだった。


だが、新しい竜車を手に入れるため、インフォレに寄らざるを得なくなった。

それでも、街の滞在は最小限で済ませられるようにと考え、

無事な水や食料は可能な限り、持っていくことにしたのだった。

現在、荷物は二つに分けて、斥候であるミラ以外の四人で

順番に引きずっている。


ズズー…ズズー…


「おいら、インフォレについて大丈夫だったら、美味しいもの食べます!」


「あぁ、そうだね。インフォレは、森の中の街だからね。

食べものは森で採れるものを中心にした、豪勢なものが多いよ。

そうだね、森リスの串焼きあたりは、かなり美味いよ。」


「それは…、おいしそうですー。」


「…やっかいごとが起きないように、祈るしかないな。」


ポンザレが、口をもぐりとさせるのを見ながら、

ザーグは小さくため息をついた。





太陽が中天をだいぶ過ぎ、日も傾きかけた頃

ザーグ達はようやく、インフォレにたどり着いた。

やる気のない衛兵による簡単な検閲を受けて、街に入る。


森を切り拓いて作られたインフォレの街は、丸太で組んだ城壁に

植物の蔓が這った緑の小山のような街だった。

城壁の中を、街道がそのまま通る形でメイン通りとなっており、

その左右を商店や宿屋が立ち並ぶ。


メイン通りは通常は、旅人や商店の呼び込む声などで

賑わっているものだが、インフォレは驚くほど静かだった。

個々には会話などが行われているが、声を張るものもなく

とにかく活気がない。


「あたしの記憶だと、こんなに静かな街じゃなかったけどねぇ。

ここも、もっと騒がしい、大声が響き合う通りだったはずだよ。」


「病気が流行っているという噂でしたが、

皆さん普通に動いていますね。」


「…皆、少しぼんやりとしてる感じで、元気がない。」


「さっきの衛兵さんも、なんだか適当な対応でしたー。」


「だが、街には入れて、買い物や食事ができそうなのは、正直助かったな。」


「…………うちの宿はいかがですかー。金の竜亭ですー…。」


「…………旅人の方は、まとめて案内しますー…。」


「…………インフォレの名物、森リスの串焼きどうすかー…。」


左右から呼び込みの声がかかるが、かけられた声はどれも妙な間があり、

元気もない、ぼそぼそと呟くだけの小さいものばかりだった。

暗い呼び込みに引きずられないようにか、ザーグは振り返ると

声のトーンを少し上げて、皆に宣言した。


「よし!とりあえず衛兵に聞いた宿に入るぞ。

とにかく、部屋に入って休みてえ。どうするかは、ま、その後だ。」


荷物を引きずりながら、歩き続けてきたどの顔にも、

疲労の色が濃く浮かんでいた。皆は黙って頷くと、足を前に出した。






翌日の夕方、ザーグ達は一日動いた成果を報告しあっていた。


「うーん、この街の人間はなんだ。病気…なのか?」


「…立っているし、動いているし、生活している。でもおかしい。」


「あれですねぇ、例えば親しい人が亡くなったりしたときに、

生活していて、受け答えもするけど、心がそこにない感じ…、

そういうのに近いですね。」


「あぁ、その例えはわかるね。…そう、心が、活きる力みたいなのが

抜け落ちている感じだね。」


「とっても不自然ですー。」


「全くだ。…よし、まずは、ニコから話してくれ。」


「はい。私は、犯罪者ギルドに行ってきました。

行ってきたんですが…なんというかですね、私の魔法のかかりが

弱いようでして、いまいち成果が出ていません。」


「言うことをきかせられないのかい?」


「うーん、かかりはするんですが、心の中に入っていかないというか、

魔法の入った感触が弱いんです。犯罪者ギルドの頭に会ったんですが、

質問をしてもほとんど無言で返される状態でした。どうしましょうか?

明日一緒に行ってみますか?」


「その犯罪者ギルドの連中も、街の連中と同じなのか?」


「はい、皆一様に生気がありません。」


「情報は欲しいが、まともに話もできなさそうだな。

犯罪者ギルドは止めよう。ポンザレ、マルトー、竜車の方はどうだ?」


「はい、竜車を売ってくれる商人は見つかりましたー。

でも整備と、荷竜の手配で数日はかかると言われていますー。」


「わかった、明日も行って急がせろ。最悪、次の街まで持てばいい。」


「わかりましたー。」


「俺とミラは、街の様子を一通り見てきたが、

住民はどこの地区も同じだ。病気っていう線もまだあるが…、

病気じゃないとするなら、何かの〔魔器〕によって、

影響を受けている…、そういう可能性もあるな。」


「〔魔器〕!?一つの街をまるごと、どうにかしちまうなんて、

そんなことできるのかい?ポンザレ。」


「おいらに聞かれてもわからないですー。」


「なんだい、あんたはうちの〔魔器〕担当だろ?」


「別に担当になったわけではないですがー。」


「…どうする?何が原因か、探る?」


ザーグは目を閉じ、顎に手を当てて考える。


「…まともに人と話もできない、こんな様子ではな…、

原因を探るにも骨が折れそうだ。それに今のところ、

俺達に、影響があるわけでもない。最初の計画通り、

ここをとにかく早く出たいと思う。どうだ?」


「あぁ、それでいいと思うよ。」


「私も賛成です。」


「…わかった。」


「…お、おいらも、わかりましたー。」


ポンザレは何か言いたそうではあったが、

少しの間をおいて賛成した。


ザーグ達は冒険者であり、正義の味方ではない。

依頼もされず、自分達が何かをされたのではない上で、

自ら火中に飛び込むことはない。

皆、心の中では、街の住人には申し訳ないと思うが、

それでも自分達の身をまず考えなければならない。


「………お待たせしました。インフォレ特製の森の恵みのフルコースです…。」


ちょうど話を終えたところで、生気のない無表情の給仕が、

湯気の立つ料理を次々と運んでくる。


「よし、話はここまでだ。せめて、飯ぐらいは豪勢に食っておくぞ。」


「はい、お腹すきました!食べましょうー!」



刻んだ山菜と香草を入れたオムレツ、茸と青菜の芋の塩炒め、

脂ののった森リスの串焼き、肥えた山鳥の一羽蒸し、

竜骨と茸のスープ、カタツムリのオイル揚げ、山の果実で作られた

甘酸っぱいソースのたっぷりかかった肉竜ステーキ…

生気のない街の住民が作ったにはしては、食事は見栄えと香りがよく、

その味は、ポンザレの想像を遥かに越えて美味しいものだった。





「マルトーさん、大丈夫ですか?」


最初に気づいたのはポンザレだった。


「……ん?大丈夫だよ?なんでだい?」


「なんか、マルトーさん、少し…ぼぅっとしてるというか、

受け答えに間がありますー。」


「…そうかい?…そうだね。……今気づいたよ。」


「体調悪いんですか?」


「…いや、そんなことないけどね。……なんだろうね、

疲れがたまってるのかね。」


「ミラ、お前は大丈夫か?」


「……大丈夫、いえ私も少し、……頭が少しまわらない感じがする。」


「ニコさんは、大丈夫ですか?」


「私は、大丈夫です。大丈夫ですよね?」


「はい、大丈夫みたいです。ザーグさんはどうですか?」


「俺も問題ない。」


「マルトーさん、ミラさん、熱はないですかー?

おいら、どうしよう、何か薬でも、魔力を込めて渡しましょうか?」


「……うーん、薬はいらないよ。…体もきちんと動くし、

頭も働いているんだけどねぇ。…一応、今日は大事をとって休ませておくれ。」


「あぁ、もちろんだ。まだ、疲れも残っているだろう。

ここに来るまで無理してきてるからな。今日はしっかり休もう。」


「……あぁ、じゃあ、また夕方に降りてくるよ。」


休みが必要なときにしっかりと体を休めるのも、冒険者のすべきことである。

マルトーとミラは、額に手を当て、首をひねりながら、部屋に戻っていった。


「ポン君は、大丈夫みたいですね。」


「おいらは平気ですー。でも、ちょっと不安ですー。」


「後で、念のため薬師のところに行くか。たぶん疲れだとは思うがな。

まさか、街の連中みたいになっちまったりはしねえと思うがな…。」


「そうですね!一緒にいきましょうー。」


その日の夕方に再び集まった皆だったが、

結局二人の様子はあまり変わらず、食事を終えると、

すぐに皆は部屋に下がって休むことになった。


ザーグ達は、トップクラスの実力をもつ冒険者だ。

警戒を怠ることなく、身に迫る危険を察知して動く。

事実、インフォレの街に入るまでは、十分に警戒をしていた。

だが街の住民も普通に生活をしていることと、道中の疲れからか、

ザーグ達の意識は、少し緩んでいた。


つまり、ザーグ達は油断をしていた。





「おい、マルトー!」


「………なんだい、そんな声を荒げなくても…聞こえているよ。」


「ミラさんも、大丈夫ですか!?」


「…………特に問題はないけど、どうして?」


翌朝、さらに具合が悪くなった二人を見て、ザーグ達は愕然としていた。

昨日までは自覚できていた、間の遅れも本人達はわからなくなっている。

本人達は、大丈夫だ、体調も変わらないというが、

明らかに昨日よりも反応が鈍くなっており、

街の住民達と同じ状態になりつつある。

ザーグは、ニコに一緒についているように頼みつつ、二人を部屋に戻した。


「くそっ!なんでだ!どういうことだ!」


「二人とも、街の人達と一緒になってきてるように見えます…。」


「だが!なぜ、俺達は何ともない?何!?何が原因だ?」


ぬめりとした、見えない膜が足元から這い上がってくるような、

言いようのない不安を感じてポンザレはぶるりと震える。


「くそっポンザレ、今日も行って、竜車の用意を急がせてくれ。

商人達は、街から離れれれば具合も戻っているからな、

俺達も少しでも早く出る。」


ザーグがそう言いながら、

水の入った木杯を手に持ち、ぐいと煽る。


ピヨーピヨー…


突然、ポンザレの腰に付けた小鳥の鈴が、小さく鳴いた。

木杯を持ったザーグの手を見て、ポンザレが突然固まる。


「おい、ポンザレ?どうした、まさかお前も…。」


「い、いえ!違います!…あの、ザーグさん、指輪…。」


「指輪?ん?…この毒抜きの……毒?……おい、もしかして、

ミラ達の様子がおかしいのは毒か!?」


「わ、わかりませんが、皆のところに行きましょう!」





「やられたね…毒だったのかい…」


マルトーが口の端をゆがめながら、

ミラの指にはまった黒い石のついた大ぶりの指輪を見ている。


指輪が、紫の光を帯び始めると、ミラの顔からは

明らかに何かが抜けた気配がして、生気が戻ってきた。


「…気分がすっきりした。」


「あぁ、よかったです、本当に良かったですー。」


ポンザレが半泣きになりながら、何度も繰り返す。


「…ありがとうポンザレ、ザーグ、ニコも。」


「でも、毒抜きの指輪を持っているザーグさんはわかりますが、

どうして私とポン君には効かなかったのでしょう?」


「うーん、もしかするとなんですが、おいらとニコさんは

魔力を持っているから、かもしれないですー。」


「え?そうすると、この毒は、普通の毒じゃないってことなのかな?

魔力の…毒みたいなもの?」


「おいらも、実はよくわかならいです。でも、とにかく二人が治ってよかったですー。」


「あぁ。本当にな。ありがとな、ポンザレ。

とにかく、この街の食い物、飲み物は口にするのは止めよう。

後二日もすれば、街を出れる。それまでの我慢だ。」


「ザーグ、ここの水源は、街の中にあったよね?」


「あぁ、森の中で見つかった泉を通るように街道と街が作られたはずだ。

確か街の奥の方に、まだその泉があるはずだ。」


「これはさぁ、間違いなく水だと思うんだよねえ。水は料理にも使うしね。

そして、この毒は時間が経つと抜けていく種類のものだ。

街から離れた商人達は、普通だったからね。もっとも…、魔力の毒なんて、

見たことも聞いたこともないから、正確にはわからないけどね。」


冒険者は魔物を狩るのに毒を使うこともあるため、

その効果や使い方に関して想像ができる。

一つ手前のグラゾーで会った商人達の中に、

インフォレの住人と同じ症状になっているものはいなかった。



マルトーの全身から、じわりと怒気が立ち上がる。

ポンザレは唾をごくりと飲んで、つい下を向いてしまった。


「あたしはさぁ、許せないんだよ…あたしを、ミラを、

そして、ここの人達をこんなにした奴を。もう…、許せないよ。」


「…私も、許せない。」


「だからさ、街を出る前に、原因を取り除いておきたいんだよ。

できれば、その仕込んだ奴らとも会いたいところだね。」


「そうだな…、実は俺もムカついていた。わかった…、泉に向かうぞ。」



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