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【74】ポンザレと四ツ目の魔物


インフォレの街を目指して、ザーグ達は再び街道にいた。

バザールの街グラゾーで、ゆっくりとできた皆の顔は疲れもとれ、

気合に満ちている。


「結局、インフォレのことは、はっきりしなかったな。」


「そうですねぇ、病気が流行っているという話の割に、

インフォレからの商人や旅の人で、具合を悪くした人も

いないようでしたし。でも、街を行き来する人は、

極端に減っているようですね。」


「…ゲトブシーの治安も悪かったし、私達のゲトブリバや他の街に

起こっていることを考えれば、全体的に落ちているのだと思う。」


街道沿いのいずれの街も、ある程度は自給自足できているが、

物資や人の交流により流れができ、活気が生まれる。

そのため、どの街も最低でも両隣とは友好を結び、

互いの農産物や工芸品などを交易している。


「商人の行き来や交易が減れば、街はどん詰まっていくからな。

情報も物も入ってこねえ状態が続くと、住民に不満も溜まっていく。

すでに治安の悪いところなんかは、領主がよっぽどうまくやらねえ限り、

暴動なんかが置きても不思議はねえ。」


「『汚泥の輩』は、そういうところまで考えてやっているのかねえ。

本当に…最悪な連中だよ。」


「どうしてそんなに酷いことばかりできるのでしょうかー。

おいらはどう考えてもわからないんですー。」


「…そう。…私もわからない。そもそも、多くの街に争いや

不安をまき散らして、彼らが得るものは何?」


「奴らの先にある目的が何なのかを知ることができたら、

先回りして動くこともできそうなんだがな。」


「次やつらが出てきたら、殺さずに生け捕りにしたいところだね。」


「そうだな。まぁ、できれば…だな。奴らは手強い。」


「…無理は禁物。」


「あぁ、わかってる。」


今まで戦ってきた『汚泥の輩』のいずれもが、

強敵であったことを思い出しながら、

ザーグは口をへの字に曲げて答えた。





「…何かくる!っ間に合わない!皆っ、竜車から降りてっ!」


翌日の昼過ぎ、竜車の中にいたミラが唐突に叫んだ。

武器を掴んで、皆が竜車の外に飛び出した瞬間に、

衝撃と共に、竜車が爆発したかのように砕け散った。


バモォォォオッ!


荷竜の悲痛な叫び声と共に、

周囲には竜車の残骸が舞い飛ぶ。


「なんだいっ!?何が起きたんだいっ!」


「竜車がっ!粉々にーっ!なっちゃいましたーっ!」


転がり出たザーグ達が、顔を上げると

そこにいたのは、奇妙な生き物だった。


荷竜ほどの大きな体には、黒い鱗がびっしりと付いており、

光を艶やかに反射している。

丸太のような四本の太い脚と、黒くひび割れた大きなひづめ。

首は短くほとんど胴体と一緒になっており、巨大で平らな頭が

乗っかっている。頭頂部は、巨大なこぶで盛り上がっている。

こぶの下側に黄色く濁った目が正面を向いて二つ、

顔の側面側にも二つ付いている。


「なんだ、こいつはっ!?」


「それぞれっ!距離を取って離れて!固まるなっ!こいつは、四ツ目だよ!」


マルトーに従い、皆がそれぞれ距離をおいて離れる。

四ツ目と呼ばれた魔物は、ザーグ達の少し先で、竜車の残骸を踏みしめて

こちらの様子を伺っていた。



「こいつは、硬い頭で、突っ込んできて、家なんかを、

バラバラにしちまう草原の魔物だよっ。四つの目で、

隙がない上に、でかいくせに小回りがきくからねっ!

動きを止めちゃだめだよっ!」



四ツ目は、ほとんど予備動作もなく、猛烈な勢いで突進してきた。

ザーグが大きく横に転がって避け、すぐに体を起こす。

避けられたのを理解した四ツ目は、ひづめを立てて、

地面を抉りながら、体の向きを無理やり変えると、

勢いを変えずに再び突っ込んできた。


「くっ!こいつっ!」


二度目の突進を、ザーグは大きくステップを踏んで避けるが、

その額に冷や汗が浮かぶ。


「避けるだけで、いっぱいだっ!おい、マルトー!

お前これを倒したことがあるんだなっ!?」


「四ツ目は、しつこい魔物なんだ!狙いをつけたら、

何回も襲ってくるから、草原にいたときは、落とし穴にかけて焼いたよっ!」


「くそっ!聞いても意味なかったっ!」


ザーグの嘆き声と同時に、マルトーの愛弓ナシートリーフによって

放たれた矢が、四ツ目の背中に二本刺さる。だが四ツ目が、

煩わしそうに体をぶるぶると振るわせると、矢はぽとりと落ちた。


「っ!?うそだろっ?この弓で刺さらないのかいっ!?」


「…これならどう!?」


左手の中指に指輪をつけたミラが、左拳を正拳突きのように

突き出すと、光の線が矢のように飛んだ。


ジュンッ


光が四ツ目に届いた瞬間に、その胴体に

小指の爪ほどの大きさの穴が開く。


ガボォォォォオオオオォォッ!


さすがに体に穴が開いたのは痛かったのか、

四ツ目は猛烈に暴れ始め、濁った黄色い目に入る動くものに、

片っ端から突っ込み始めた。


もうもうと上がる土煙の中、ニコが、ミラが、ザーグが、マルトーが

でたらめに突進してくる四ツ目を回避するのに専念する。


「マルトー、関節か目を狙えるかっ!?」


「難しいよっ!はっきり見えない!」


「くそっ!とりあえず、インフォレ側に少しずつ下がるぞ!

少しでもやりすごせるのなら、逃げるっ!」



ピーヨ!ピーヨ!ピーヨ!



そこで聞こえてきたのは、ポンザレの小鳥の鈴の警告音だった。

その音に気づいた皆が見ると、土煙の中、

ポンザレと思われる影が足を止め、何やらごそごそしていた。


「…ポンザレッ!足を止めるなっ!」


「今、サソリ針を槍に取り付けて…っ」


言い終えないうちに、ポンザレに四ツ目の影が重なった。


「ぐあっ!?」


「「「ポンザレッ!!!」」」





ザーグ達は、目の前に起きている出来事を信じきれずにいた。

四ツ目は、狂ったように暴れている。

肩を地面に押し当て、ひっくり返り、大きく跳ね、全速で走って急停止し、

その動きは目で追えないほどの速さだ。


その四ツ目の行動は全て、

背中に乗ったポンザレを振り落とすためのものだった。


「うわぁぁあああ~~あ~~~っ!!!」


「ポンザレッ!」


ポンザレは必死で、暴れる四ツ目にしがみついている。

激しく動く四ツ目にあっという間に振り落とされるはずが、

ポンザレがいまだ四ツ目から離れずにいられる理由は

…襟巻だった。


襟巻は、ポンザレの腰や肩をするすると器用に動いて、

四ツ目が変える体勢に対応して、ポンザレを動かしていた。


肩を押し当てるように横向きに寝転がったときは、

ポンザレの体を反対側まで、ズズッと動かしている。

大きく跳ねたときは、吹っ飛びかけたポンザレを腰の剣帯と

四ツ目の前足を両端でつないで、元の位置に戻していた。


でたらめな早さの激しい動きの中で、

襟巻だけがまるで夢の産物であるかのように

うねうねと妙になめらかに動いていた。


「なんだ…あれは…」


「…すごい。」


「襟巻が…自分で動いてポンザレを助けてるよ…」


「ポン君!すごいですー!」


「た、助けてくだ、さい~~っおいら、どうすればいいですかーっ!」


「おぉっ!…すまん、今行くぞっ!」


地面に目を向けたザーグは、

サソリ針を取り付けたポンザレの短槍を拾い上げる。


「ポンザレに集中してる今なら…そらっ!」


ザーグは、体を開き、サソリ槍をなるべく長いリーチとなるように

片手で構える。ちょうど細剣で突きを打つときの構えだ。

そのまま、大きく二歩踏み込んで、サソリ槍を四ツ目に突きこむ。

四ツ目は動きを止めた、その姿勢のまま横向きに倒れ込み、

ポンザレもずるりと滑り落ちた。


座り込んで目を回しているポンザレの体の周りを、

うねうねと襟巻が動いている。

やがて襟巻は、ここが自分の居場所だと言わんばかりに

ポンザレの首にしゅるりと巻き付いて、動かなくなった。


その様子を少し眺めた後、ザーグは黄金爆裂剣を抜くと、

四ツ目の太い首を断って、とどめを刺した。


「はぁ…、めんどくさい魔物だったぜ。」


「竜者もバラバラになっちゃいましたね。」


「くそっ、なんだって、いつもいつも、こういう目に会うんだ…。」


「あたしら草原の部族でも一年に一回会うかどうかだし、

そもそも草原の真ん中でしか出ないもんだと思っていたんだけどねぇ。

…しかも、体が異様に硬いし、訳がわからないよ。」


「おい…、マルトー、こいつの落とした首のところ、これなんだと思う?」


ザーグが剣の先で、切断された首の断面をさす。

魔物の気道と思われる黒い穴からは、

灰色と茶色が混ざったような濃い色の液体が、

ごぼごぼと流れ出ていた。

同時に、周囲に生き物を腐らせたような悪臭が漂う。


「うっ…、酷い臭いだねっ!まるで、汚泥の沼の臭いを、

濃くしたような……。」


マルトーが呟きながら、無言になる。


「ここでも、汚泥か…。」


「…この魔物も、『汚泥の輩』の仕業?」


「たぶん、いや、間違いなくそうだろうな。

街道を行く竜車を、この魔物で襲わせていたんだろう。」


四ツ目の死体を見る皆の顔が、苦いものになる。

その空気を払うかのように、ポンザレが服の汚れを

はたきながら立ち上がった。


「すみません、お待たせしましたー。おいら、もう大丈夫ですー。」


「よし!いつまでもここにいても、しょうがねえ。

俺は荷竜の一部を解体して、持っていけるだけの肉にする。

ポンザレ、お前も手伝え。他は、散らばった荷物の回収と、

竜車の残骸で荷物を引っ張れるようなものだけ組んでおいてくれ。

板とロープだけでいい。」


ザーグ達は、出発の準備を整えると、振り返ることなくその場を後にした。






「…と、いうことが、今日起きたんですー。」


焚火を前に、ポンザレが小さい壺に向かって、

一生懸命に語りかける。


「ザーグさん、この壺に報告をするのって、皆で順番にしませんかー?」


「いや、ポンザレ、似合っているぞ。お前にまかせた。」


「ポン君、恥ずかしいの?」


「いえ、もう恥ずかしくはないんですけど、

ずっと一人で喋っているだけなので、なんか、こう寂しくなるんですー。」


口をもぐもぐさせて、抗議するポンザレの様子を見ながら

岩にもたれたマルトーが笑う。


「あははっ、確かに、ちょっとおかしな寂しい人みたいに見えるね。」


「…マルトーさん、そう思うなら一緒に壺に話してほしいですー。」


「いやっ、あたしは遠慮するよ。壺になんか話さないよっ!」


「そんなに、嫌がらなくてもいいじゃないですかー…。」


「…でも、壺が無事でよかった。」


「あぁ、本当だな。お、そうだ、俺からも言っとくか。

ポンザレ、壺の口をこっちに向けてくれ。」


ポンザレが、壺の口をザーグの方に向ける。


「あーマグニア、聞こえているかどうかわからねえが、

もし聞こえていたら、聞こえているという旨の連絡をよこしてくれ。

だいたい、その街の一番高い宿に泊まっていると思う。

あと、話の内容は、お前からビリームにも伝えてくれると助かる。

他、誰か、何か言うことはないか?」


「…マルトー、伝えることはない?」


「は?はんっ!あたしがマグニアに伝えることなんか、

なにもないよっ!」


「…何か言えばいいのに。」


「ないったら、ないんだよっ。」


ミラは苦笑浮かべながら、ポンザレとニコに視線をやる。


「おいらは、また明日も喋るので、大丈夫ですー。」


「はーい、ニコです!マグニア―のお頭―。元気ですかー?

私、街にいる時よりも断然楽しくやれてますー!

うらやましいですかー?お頭も、お仕事がんばってくださいねー。

おやすみなさーい。」


「よし、じゃあポンザレ、壺の口を布で縛って、

また仕舞っておいてくれ。お前はもう休んでいいぞ。」


「はいー、わかりましたー。」


ポンザレは、夜空を見上げて横になった。


(綺麗な星だなぁ…。あぁ…、今日も大変だったなぁー。

…でも、皆に、そして、おいら襟巻にも、サソリ針にも、

〔魔器〕の皆にも助けてもらえました…。ありがとうです…。)


ポンザレは、首の襟巻をさすると、眠りへと落ちていった。

意識を失う寸前、どこからか「気にしなくていいのですよ」と

声が聞こえた気がした。




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