【71】ポンザレとニコの魔法
「おらぁ、このゲトブシーの犯罪者ギルドの頭のボルドギン様だ。
情報を買いたいってのはおめえか。名前は何ていうんだ?」
くたびれたソファに足を広げて座った大男が横柄に尋ねる。
対するザーグは、机を挟んで向かい側、数歩の距離に立ち、
その左後ろにニコが、さらにその後ろに他のメンバーが控えている。
ボルドギンの後ろには用心棒らしき屈強な男が二人立っている。
「あぁ、俺はズバーグという。」
ザーグ以外のメンバーは顔をそむけて、
ばれないように笑いをこらえる。
「ほ~ん…ふん、おめえ、それなりに腕は立ちそうだな。
商談が終わったら、おめえに仕事を振ってやってもいいぜ。」
「ありがとよ。だが、まずは商談だ。」
「おうよ。それで?どんな情報が欲しいんだ?あぁ、情報によって
金額は違う。とりあえず何が知りたいか言ってみろ。」
「そうだな、知りたいのは、まず、この街でどういう〔魔器〕があるか、
またはあったか。噂話でもいい。」
「〔魔器〕の話だと?なんだ、おめえら、そういうのを狙ってるのか?
そうだな…当然表に出てくる情報じゃねえからな。3万シルは貰おうか。」
ポンザレは思わず目をむいた。
3万シルは、優に三年以上は、ゆとりを持って暮らせる大金だ。
一流の冒険者パーティだけが受けられる高難度の依頼の報酬が、
3~4万シルであることを考えれば、あまりにも吹っ掛けた金額だった。
ボルドギンは口元を二ヤニヤと歪めながら、ザーグを見た。
交渉において、情報を持っている自分が上位にあると確信し、
無茶を振って相手がどう反応するかを見ている。
「ふむ…じゃあ、このくらいでいいか。全部で3シルだ。」
ザーグは皮袋を取り出して、革袋から硬貨を三枚取り出して、
机の上に置いた。
「あん?…おい、なんだ、おめえ、バカにし…「“ボルドギンさん”!」」
ボルドギンが凄みを出して、ザーグを睨んだ所で、
いつもよりも鋭いニコの声が被さる。
「あぁ?」
「“ボルドギンさん、昨日言ってましたよね!?
お金は出された額を、そのまま受け取るって。”」
「………。」
「“言ってましたよね?”」
後ろにいて、ニコの顔が見えないにも関わらず、
厚い二重の眠たげにも見えるその目が、大きく開かれて、
得体の知れない不思議な力を発しているような感覚をおぼえて、
ポンザレはぶるっと震えた。
「…言ったような気が…あぁ、言った。よし、情報量は、その金額でいい。」
後ろの護衛は、ぎょっとした様子でボルドギンを見る。
もちろんザーグ達も表に出さないだけで、驚いていた。
「…じゃあ、話してくれ。」
「あぁ、〔魔器〕は、この街には全部で三つある。
一つ目は、領主が持つ忘れる羊皮紙。撒いて一日放置しておけば
書いたものが消えてて何度でもかける羊皮紙だ。
二つ目は、最近は街にはいねえようだが、冒険者ドブリの持つ旋風の大斧。
大きく振ることで、切れ味がどんどん増していくという話だ。三つめは…、
詳細はよくわからねえ。名前だけは伝わっている。
親子壺というものだそうだ。」
いきなり詳細不明になる三つ目の〔魔器〕に
ザーグがピンときた。
「親子壺?それは、あんたらが持っているのか?」
「あぁ、おめえ、何の根拠が…」
「“ボルドギンさん、昨日、言ってましたよね?
包み隠さず、全部、正直に話す”って!」
「………あぁ、言った。しょうがねえ、特別に話してやる。
親子壺ってのは俺達の持つ〔魔器〕でな、極秘のブツだ。
大きい壺は親、同じ形の小さい壺が子供で、子供の壺が聞いた音とかを
親の壺でいつでも聞けるってもんだ。俺達が同時に隊商や商店を
襲撃をするときに使ってる。後は、商家の応接間の隅に仕込んでおいたりだ。
便利なんだぜ。おい…、これは本当に秘密だからな。」
「それは…すげえな。ちょっと待ってくれ。おい、ニコ。」
「なんです?」
ザーグはニコに、誰にも聞こえないほどの小さい声で、
ひそひそを話をする。若干引き気味の顔をしたニコが後ろに下がると
ザーグが口を開いた。
「ボルドギン、ものは相談だが、その〔魔器〕、俺に50ギルで
売ってくれねえか?」
「てめぇ、調子にのってんじゃねえぞっ!?」
「“ボルドギンさん、私と約束しましたよね?
できうる限り最大限、このズバーグさんの役に立つって!”」
赤や青や紫に目まぐるしく顔色を変えるボルドギンに、
さらにニコが一歩前に出て詰め寄る。
後ろに控える屈強な護衛が、さすがに見かねたのか、
「お頭、さすがに…それはまずくねえですか?」と、ボルドギンに囁く。
そこに、ニコの声が被さる。
「“私と!約束!しましたよね!?その〔魔器〕は、売ってくれると!”」
「……う……あぁ…ぐぅ…あ…あぁ、確かに…約束…した。
…おい、あれを持ってこい!」
「お頭っ!」
「…うるせぇ、俺に恥かかす気かっ!てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
「す、すいやせん…今、持ってきやす…。」
少しして、護衛が持ってきたのは、口がせまく胴がふくらんだ、
どこにでもある形の二つの壺だった。こげ茶色の表面には、
ぐるぐると渦巻きが掘られており、いつまでも見続けていたくなる
不思議な雰囲気を発している。二つの壺は全く同じデザインだが、
サイズだけが違った。大きい方は、ザーグの肘から手首ほどの長さで、
小さい方はその半分だ。
「ほう、これは…なんというか、いい雰囲気でてるな。
距離は、結構長くても聞こえるのか?」
「おう、一度、子供壺を隣町において試してみたが、
どうも時間差はなく聞こえていたようだ。しょうがねえ、
それを………売って……やるから、せいぜい大事にしやがれ。」
ボルドギンの顔色は、いまだに変わり続けており、
額には汗も浮いている。
「ズバーグさん、そろそろ出ないと…。」
ニコがザーグの耳元でささやく。
「ボルドギン、今日は良い取引ができた。礼を言うぜ、ありがとうな。
また欲しい情報があったら寄らせてもらうぜ。」
「…あぁ、また来い。」
こうしてザーグ達は、情報だけでなく、
〔魔器〕まで手に入れて、犯罪者ギルドを出てきたのだった。
◇
「ニコ!すごいねぇ!あれが、あんたの魔法かい!?」
戻ってきた宿屋の食堂で、笑顔のマルトーがニコの肩をバシバシ叩く。
ニコは顔を少ししかめながら答えた。
「はい、私の魔法は…、“人”です。」
「何でも言うことをきかせられるんですかー?すごすぎますー!」
ポンザレも興奮した様子で、口をもぐもぐとさせる。
「んー、ポン君、何でもってわけじゃないんですよー。
ということで、私の魔法について全部お伝えしますね。
皆さんだって、私がいることで、いつ自分がその魔法に
かけられるんじゃないかって、少しは不安もあると思うんです。」
ザーグとミラは、その可能性を考えていたようで
二人の顔は、宿屋に入っても笑顔にはなっておらず、
それを当然ニコも察していた。
「まずですね、私の魔法は、人にいうことをきかせられる魔法です。
ですが命令では相手の心に反発力を生むので、
言い方は工夫しています。また、殺しや、本人の心から嫌がることを、
無理にさせることはできません。さっきの壺を売る話は、ギリギリでした。
むりやり強めに、魔法をかぶせたので…たぶん今頃は解けてしまって、
向こうは大変なことになっていると思います。」
「そりゃ、ほとんど無敵の魔法じゃないか…」
「あぁ、マグニアが隠し玉だといった理由がよくわかるぜ。」
「全然、無敵じゃないですよー!私けっこう危ない目にあってます!
例えば、最初からこちらの声が届かない、ちょっと頭があれな、
おかしい人には通じません。あと、この魔法は、効果を知っている人には、
非常に効きにくくなります。もう皆さんは、かからないと思います。」
「それでも、すごいもんだよ!」
「一度かかると数日はかかり続けますが、徐々に薄くなって、
そのうち、魔法はきれます。二回目はほとんど効かなくなります。」
「…魔法をどうやってかけるかも聞いていい?」
「もちろんです。ポン君、手を出して!」
「なんでしょうー?」
ポンザレが手を出すと、ニコはそのふっくらとしつつも、芯の硬い手を
きゅっと握った。ポンザレはニコの手の柔らかさに、ドキリとする。
「ポンザレ君」
「はいー。」
「はい!以上が魔法がかかる条件です。相手の体に触れて、
名前を読んで、相手が返事をすると、もうかかります。」
「…なるほど、理解した。ありがとうニコ。」
ミラは軽く微笑むと、礼を言った。
それを受けたニコも花の咲くような笑顔になった。
「ニコ、条件がそろったなら、試しにポンザレに、
今何か言ってみてくれ。」
「んー…かかりませんよ。全部話しましたし。」
「いえ、おいらも、いいですー、大丈夫ですー!」
「まぁ、でも一応…そうですねえ、“ポンザレ君、私は信じてるの、
あなたは、これからずっと…お肉を食べないって”」
「うえっ!?…ニコさん、それは、ひどいですー!」
ポンザレの正直な慌てぶりに皆が笑う。
もちろんポンザレに魔法はかからなかった。
◇
「しかし、ニコのおかげで思わぬいい買い物ができたな。」
「…少しだけ、あのボルドギンが可哀そうに…思わない。、
今まで悪いこと、さんざんしてるから、しょうがない。」
「金額はともかく、一応買い取っているしね。」
「ザーグさん、あの親子壺、どうして欲しいと思ったんですかー?」
「ポンザレ、あの壺、使ってみてどう思った?」
「離れた部屋の音や声が全部聞こえてて、面白かったですー。」
宿屋に戻ってきてから、ザーグ達は、壺の効果を確かめていた。
「ポンザレ、考えてみろ。あの親子壺が、隣町と言わず、
仮にゲトブリバまで聞こえたらどうだ?一方通行とはいえ、
こちらがどんな情報を得たのかを、手紙で数十日もかけることなく
伝えることができるんだぞ?」
「あぁ!そういうことですね!あぁ、たしかに!
おいら達の無事とかもビリームさんや、マグニアさんにも
伝えられますー!ザーグさんすごいですー!」
「お、おう、まぁな。」
「で、ザーグ、その壺はどうするんだい?」
「あぁ、子供壺は俺達で持つ。普段は蓋をして、なるべく音が
入らないようにする。その上で、親壺を、そうだな、マグニアに送ろう。
で、ゲトブリバに着いた頃を見計らって、毎晩、夜の決まった時間に、
俺達の得た情報を壺に語ってやろう。」
「…ゲトブリバまでの距離を伝わっているかどうかの確認は?」
「マグニアから、俺達あてに連絡入れさせよう。壺が届いてから、
俺達を追って連絡が届くのはだいぶ先になるだろうけどな。
それまでは、届いたことを信じて、壺に話すしかないな。」
「じゃあ、ここの宿屋で送る手配しておこうかね。こんだけ荒れた街で、
用心棒やとって営業してるくらい、しっかりしてるんだ。
そこらの商店に頼むより、まだ安心できるだろうさ。」
「あのー…、皆さん?」
「なんだい、ニコ?」
「はい、先ほどもお伝えしましたが、今ごろ頃犯罪者ギルドの方では
魔法もとけてる頃合いです。もしかすると、いえ、高い確率で
犯罪者ギルドの襲撃もあると思うので、早めに街を出た方がいいと思うんです。」
「あぁ、そうだな。まぁ、さすがにこの宿にまで襲撃はしてこないと思うが、
念のため、今夜は交替で見張りをしておこう。
明日になったら街を出るぞ。」
「…私は後で、宿屋に保存食や水を買えるように話をしとく。
お金はかかるけど、しょうがない。ポンザレ、積み込みをお願い。」
「はい、まかせてくださいー!」
「よし、では先に腹ごしらえをしておくか。」
◇
翌日、ザーグ達は竜車に乗り込み、宿屋を出発した。
御者台にはミラが、幌の上にはマルトーが胡坐をかいて
座っている。
「…宿屋から、つけてきている。隠れてるけど、気配を全く消せてない。…八人。」
「ザーグさん、どうしましょうー?」
「ポンザレ、お前は出てくるな。今のお前は坊ちゃまだからな。
もし竜車の中にまで踏み込んでくることがあったらどうにかしろ。」
「わかりましたー。」
「ニコは戦えるな?前に出れるか?」
「はい、大丈夫です。」
「よし、この様子だと街中で襲ってくるな。正面はミラ、右が俺、
左がニコ、マルトーは上から弓持ってるやつや、
おかしな動きをしたやつがいたら、頼む。」
「ザーグさん?」
「なんだ、ポンザレ。」
「その隊形だと、後ろから竜車に乗り込んできませんか?」
「そうだな。がんばれ。」
「…。」
ザーグ達はポンザレを残して竜車から出ると
配置について、竜車をゆっくりと進めた。
◇
竜車が少し進むと、通りの真ん中でボルドギンが真っ赤な顔で
仁王立ちしていた。
「ズバァァァグググゥゥゥッ!!!」
怒りくるったその声に、ザーグ達は思わず、ぶはっと噴き出す。
「てめぇ、何が!おかしい!!」
「いや、すまねえ、すまねぇ。で、ボルドギン、一体何の用だ。
そんなに大勢引き連れて。」
「ふざけんじゃねぞ!てめぇが、昨日俺から持っていったものを
返しやがれ!」
「おいおいおい、人聞き悪いこと言うなよ。あれはお前が、
俺に売ったものだろうが。」
「てめぇら、一体俺に何しやがったっ!」
「何もしてねえよ。情報とブツをお前は売った。
俺達は買った。それだけだ。」
「うるせえ!てめぇを殺して取り返す。殺した後のてめぇの首を、
さらし者にして、俺になめた態度をとったら、どうなるかを
思い知らせてやる!」
「わかったわかった。ほら、かかってこい、もう面倒くせぇ。」
「てめえらぁ!かかれっ!」
号令と同時に、いつの間にか馬車を取り囲むようにいた、
三十人ほどの人間が襲い掛かってくる。
と同時に、マルトーの強弓が二人を串刺しにし、
ミラの短弓も一人の胸に突きたつ。
間を置かずにさらに三人、同じ目にあう。
ザーグの戦いかたはいつもと変わらない。
目の前に来た数人の襲撃者の真ん中に、
ごろりと転がり込んで剣を振る。最初の一振りで二人分の脚が飛ぶ。
立ちあがって、ドスドスと左右に剣を二回突きこむと、あっという間に
四人が戦闘不能になっていた。
「痛ぇよぉ、うぁあ、俺の脚がぁ…」
脛から先を失い、血を撒いて転がる仲間の悲惨な光景に、
襲撃者たちは、それ以上ザーグに仕掛けられず、立ちすくんでいた。
「さてと…?」
ザーグは位置を変えて、ニコの様子を確認した。
ニコは流れるように襲撃者の間を、動いていた。
腰の短剣を二本、逆手に構えている。
襲撃者の繰り出す剣や棍棒をするりと避けると、
短剣を半回転させて手首を軽く斬りつける。
ガチャリと武器を取り落とした襲撃者は、
無事な手で、斬られた手首を押さえて、呻いている。
落ちた武器を拾おうとしても、うまく拾えないようで
手首からはだらだらと血が流れ続けている。
「おう、筋切りか…いい動きしてるな。」
筋切りは、手首などの腱を切ることで相手の戦闘力を奪うものだ。
力などが無くても、相手を無力化できる戦い方だが、
それを行うためには、近接戦闘のセンスと度胸が必要になる。
また鎧をしっかりと着込んだ相手には相性が悪く、
魔物を相手にするには心もとない。
それでもニコは既に三人もの襲撃者を戦闘不能にしていた。
「うらぁああ!てめえら!どけっ!その女は俺が殺す!」
「お、出てきたな。」
竜車の正面にいた、ボルドギンが、ニコの側に向かっていた。
◇
「竜車の中に、たしかデブがいるはずだ!」
「おらぁ!」
竜車の後ろ側には、襲撃者が二人まわっていた。
うち一人が、手をかけて飛び乗りかけるが、そのままの姿で
固まって地面に落ちる。もう一人が訝し気に荷台の中をのぞくが、
その額にもポンザレのサソリ槍が刺さる。
「ふぅ…。」
ポンザレは、頬を膨らましてため息をついた。
◇
「女ぁ!おめえは俺が殺してやる!」
「あ、ボルドギンさんだ。」
ニコの前にやってきたボルドギンは、革鎧に革の腕当て、手袋、
腰当てに脛当てまで着けていた。手には片手剣と片手盾を装備しており、
その足運びを見ると、それなりに腕は立ちそうな様子だった。
「ニコ、射るかい?」
マルトーが竜車の幌の上から声かける。
「いえ、大丈夫だと思います!」
「でもやばくなったら、勝手にやるよ。」
「はい!ありがとうございます!」
構えたニコは、スキップでもするかのように、
トトンとボルドギンとの間合いを詰めた。
「だえりゃっ!」
ボルドギンの鋭い突きを、半身を回して避けながら、
繰り出したニコの右手の短剣が、片手盾にはばまれる。
だがニコは二刀流だ。弾かれた右手と片手盾の下で、
ニコの左手は平行に動いている。
ボルドギンの突き・振り下ろし・なぎ払いの連続攻撃を、
危なげなく避けながら、ニコの両手は、
まるで奇妙なダンスを踊っているかのように動き続けた。
ガラン
地面にボルドギンの片手盾が落ちる。
バサッ
腰当てが落ちる。
「おぉー、やるなぁ!おらー、ボルドギン、がんばれー!」
ザーグが嬉しそうに囃し立てる。
ニコは、革鎧や盾などの装備を留めている革紐の部分を、
正確に切っていた。肩当ては垂れ下がり、革鎧は緩んでずれて、
腕当ても地面に落ちる。
「てっめぇぇぇl!」
腕当ての取れたボルドギンの肘に、短剣が吸い込むように刺さり、
引き抜かれると、片手盾を失ったボルドギンの左手はだらりと下がった。
「くっそぉおお!死ねえぇ!」
それでもボルドギンは執念で、右手の剣を振り下ろす。
「せいっ!」
ボルドギンの斬撃は、最後の力を振り絞ったのか、
鋭く重たいものだったが、ニコは、両手の短剣を同時に使って、
斜め下にはじき落とす。ガィンと金属質の高い音が響いた後、
左右の短剣は、そのまま一回ずつ美しい半円を空に描いた。
カシャン
数歩下がって、構えなおしたニコの前の地面には、
ボルドギンの剣と、それを握るはずの指が二本落ちていた。
「うぐぅ、くそぉ、くそぉ、殺す!絶対にお前を殺してやる。
何をしてでも、殺してやる…。くそぉおお!」
ボルドギンは、膝をついた状態で、ニコを睨み続ける。
竜車を周り込んできたザーグが、
ボルドギンの後ろに立ち、ニコに声をかけた。
「ニコ、どうする?どっちでもいいぞ。俺がやってもいい。」
声をかけたのは、ザーグなりの優しさだった。
敵対するものを生かして終わらせると、後の災いの種となる。
そのため、ほとんどの冒険者は戦いとなった時は、
最後にしっかりと、とどめを刺す。
だが、ポンザレによって、ザーグ達の心境は変化していた。
ザーグ達は、ひたむきで一生懸命な、日々成長していくポンザレが好きだった。
そこにある伸びる命の輝きがまぶしく、気持ちよかった。
そのポンザレが、命のやり取りにおいて、
悩んだ末に出した答えは、相手を殺さない戦いだった。
ザーグ達自身は、変わらず殺しはする。
だが、ポンザレが殺さない選択をしたことによって、
もしパーティや自分に危険が迫ったとしても、それを受けとめて、
何とでもしてやろう、とも考えている。
そして、ザーグは、ニコに対しても、同じ選択肢をあたえた。
「いえ、私がやります。ありがとうございます。」
ザーグの目を見返して、ニコは返事をすると、
前に出てボルドギンの喉を斬った。
血を噴き出しながら、ボルドギンの体が前に倒れる。
騒動が起きてから、多少の時間は立っているが
荒れたこの街では、衛兵も出てくる様子はない。
「よし、じゃあ、行くか。」
ザーグ達は、竜車に乗り込むと、ゲトブシーの街を後にした。