【70】ポンザレと荒れた街
新たにニコを加えたポンザレ達は、街道をゆっくりと進んでいた。
ゲトブリバから三日の場所にある隣町ニアレイは、
ザーグ達の顔が売れすぎているため、素通りした。
目指すのは、その先のゲトブシーの街だ。
さらに二日後の昼過ぎ。
街道を進んでいると、御者台にいたミラが竜車を止めた。
皆が何事かと見ると、ミラは御者台の上に立ち上がって、
片目を細めて前方を見ていた。
「…かなり先だけど、何か起きてる。盗賊が隊商を襲っているみたい。」
「どれどれ?ちょっとあたしにも見せておくれ。」
マルトーは幌の上に登り、目を細めて確認する。
「あぁ、本当だ。襲ってるのは二十数人か、
わりとでかい盗賊団だね。隊商は竜車三台、護衛の冒険者は…、
十人くらいはいそうだけど、動きは良くないね。
二人が倒れてる。あ、また一人倒された。」
「ザーグさん、助けにいきましょうー!」
「あぁ、見過ごすのも気分悪い。マルトー、竜車を進ませるが、
そのまま幌の上から射れるか?」
「楽勝だね。指示出してるやつから狙っていくよ。」
マルトーは愛弓ナシートリーフを一撫ですると、
びょうと弦を引き絞って矢を放った。
大きく曲がりながら飛んだ矢は、
後方で騒いでいる盗賊団の頭らしき男の腹に当たり、
その勢いのまま、斜め前にいた男の胸を射止めた。
続けざまに放たれた矢も、盗賊二人に突き立つ。
一瞬のうちに四人が倒されて、ようやくそれに気付いた盗賊が、
ザーグ達の竜車を指差して、慌てている。
この頃には、幌をまくって荷台の横から顔を出したポンザレや
ザーグ達にも襲撃現場が確認できた。
「なんだ、思いっきり素人じゃねえか。」
「…襲撃中なのに周りを見張っている人間もいない。」
「なんだか、連携もしてないみたいですー。」
金持ちお坊ちゃまの服を着たポンザレも答える。
「ポンザレ、お前は今、お坊ちゃんなんだから、
あまり出てくるな…、なんだ、もう逃げやがった。」
マルトーの矢がさらに一人を射止めたところで、
盗賊達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
ザーグ達が隊商に近づくと、
警護の冒険者の数名が倒れた仲間の手当をし、
残りの二人ほどが、武器を構えたまま警戒していた。
先頭の竜車の中から、ひげを蓄えた商人と、
その妻と子供であろう計五人が飛び出してきて、
ザーグ達に何度も礼を言う。
「ありがとうございます!ありがとうございます!本当に!
助かりました。あなた達が来てくれなければ、荷は奪われ、
私達も全員、殺されていました!」
ポンザレの脳裏に、盗賊の犠牲となり、
草むらに打ち捨てられた商人達の無惨な光景がよみがえる。
それは、ポンザレが、村から出て街へと向かう途中に見たものだった。
(よかった、あんなことにならなくてよかった…。)
ポンザレはふぅ~と深く息を吐きだした。
◇
幸い、冒険者もひどい怪我ではあったが、死ぬまでではなかった。
怪我人の治療の間に、マルトーは矢を回収し、
ザーグは盗賊の身ぐるみをはいで所持品を確認するが、
粗末なナイフなどのみで、使えそうなものは持っていなかった。
「改めてお礼を言わせてください。私は、この先のゲトブシーの街で
商人をしておりましたカズンと言います。どうか、皆さまのお名前を
お聞かせください。」
「こちらは、ミドルランのとある大店のご子息のポン様で、
俺達はその護衛をしている冒険者だ。」
ザーグが口の端を変に曲げながら答えた。
「あぁ、ポン様、ありがとうございました。あなたのおかげで
私達一家は助かりました。あなたの、その貫禄から、
ただものではないと思っておりましたが、大店のご子息とのこと納得です!
本当にありがとうございました!」
「「クッ…」」
カズンの言葉に、フードを被って眼帯を隠しているミラと
マルトーが顔をそむけて笑いをこらえる。
「俺は護衛の頭をしているザーグだ。よろしく頼む。」
「おぉ!もしかして…あなたは悪竜殺しのザーグさんですか!?」
周囲の冒険者も目に期待を込めてザーグを見る。
「いや、違う。実は…、あやかって名前を変えたんだ。」
「ブフッ…。」
今度は、ポンザレが笑いをこらえてむせる。
「あぁ、そ、そうなんですね。…で、ですが、相当お強い方だと
お見受けします。それにあの弓の腕前…本当に助かりました。」
マルトーは何も言わずに、手を上げるだけで応えた。
会話をするつもりはないようだ。
「よければ、幾つか聴いても構わないか?」
「はい、何でも聞いてください!」
◇
カズンは、ゲトブシーの街で、中規模の雑貨商を営んでいた。
ところが、街では有力者や領主の親戚などが、次々と不審な死をとげ、
日を追うごとに治安が悪くなっていった。
街の中での強盗も行われるようになり、衛兵も全く頼りにならない。
近隣の街に噂が流れ始め、このままでは商売も立ちいかず、
それどころか、自分達の身も危ないと感じ始めたカズンは、
行商に行かせていた竜車を戻し、従業員は金を渡して解雇した。
その後、竜車に店の商品と家財道具を詰め、同じく街を出ようとしていた
冒険者達を雇い、新しい街を目指して旅立った。
「そんなことになっているのか…。不審な死ってのは、
どういうものなんだ?」
「はい、聞いた話では、人がいてもいなくても、いきなり刺し傷ができて
気付いた時には全身毒が回って死んでいるということでした。」
ザーグは、そっと自分の刺された背中の傷をさすった。
ミラの目も険しい物になっている。
「皆さんの腕前であれば、大丈夫だと思いますが、
ゲトブシーは今、本当にひどいのです。なるべく近寄らないか、
寄っても最低限でお出になられた方がいいと思います…。」
「…わかった、俺達はゲトブシーにはあまり長居しないようにしよう。
それで?あんたらはどうするんだ?」
「はい、私達は、ニアレイに行こうかと思っておりましたが…
ゲトブシーの隣ではまだ安心もできない気がしますので、
その先のゲトブリバか、アバサイドに向かおうかと思っております。」
「そうか、ゲトブリバは少し前に魔物の大群が来て、撃退したが
その復興に今力を注いでいるそうだ。住みつくかどうかは別として、
商売にはなるだろうよ。」
「おぉ、情報、ありがとうございます!
…しかし、世の中はどうなっていくのでしょうか?
泥人形の魔物が街を襲った話もそうですし、北の方では
街同士の争いも起き始めていると聞きました。
いったい何が起こっているのでしょうか…。」
「さぁな…、俺にもわからねえ。」
ザーグ達は、カズンの隊商と共に一夜を過ごし、
翌朝、ゲトブシーを目指して出発した。
◇
さらに一日後、ザーグ達はゲトブシーの街に着いた。
積みあげた石の城壁には、大きく城門が開いており、
そこでは、衛兵が街に入ろうとする人間を検問していた。
前科のある人間は、手首に入れ墨をされる。
それはどこの街でも決められていることで、
ポンザレも初めてゲトブリバに入る時には入れ墨の有無を確認された。
ゲトブシーの街でも、両手首を示して衛兵に示して確認してもらう。
「あんたら、用が終わったら、早々に街を出た方がいいぞ。
この手首の確認だって、たいして意味なんかねえくらいだからな。」
衛兵が自嘲気味に、注意をしてくれる。
「わかった。噂は聞いている。注意してくれてありがとよ。
それと、一番高い宿屋はどこだ?」
丁寧に教えてくれた衛兵に礼を言い、
ザーグ達は宿屋へと向かった。
◇
宿屋に入ったザーグ達は、竜車を預けて荷物を降ろすと、
併設された食堂でくつろいでいた。
宿泊料は、街の宿屋の平均の五倍もしたが、
入り口には屈強な男が見張りに立ち、鎧を着込んだ冒険者数人が
宿の周囲を警護していた。
普通の街で、高い宿屋に泊っても平均の三倍がいいところなので、
その余分な分は、警護の代金ということになる。
「しかし、ここは、本当に治安が悪いねぇ。
街の中でまで襲ってくるなんて、相当だよ。」
「でも、マルトーさんの矢ですぐ逃げていきましたね。」
ニコが自然に会話に加わる。
人の機微をくみ取りながら、柔らかく話をするニコは、
既に皆と気軽に話すようになっており、受け入れられていた。
もちろん、共に戦うなどの経験をしているわけではないので、
本当の意味で仲間となるのは、これからであり、
それを皆がわかっている。
「さて、ここからどうするかだな。」
ザーグは、ぬるい果実の発酵酒を飲みながら、干物にかぶりついた。
二日ほど南下すれば海に着くこのゲトブシーの街では、
名物料理に海魚の干物が並ぶ。
「あ、それでしたら、私にまかせてください!」
「…どうするの?」
「私がマグニアのお頭に、皆さんと行くように言われたのは
こういう時のためです。ちょっと犯罪者ギルドに、渡りをつけてきます!」
いとも簡単に、危険なことを言うニコのセリフに、皆が驚く。
「ニ、ニコさん、危ないですー」
ポンザレが慌てる。
「フフ、ポン君心配してくれてるんだね。大丈夫だよ。
私、こういうの得意だからさ。」
ポンザレは現在十六歳になるが、年齢を聞いてみたところ
ニコは十八ということだったので、呼び方は“君”と“さん”になっている。
「マグニアの言っていた魔法か?」
「そうですね。フフッ、種明かしは、後ほどでお願いします。」
「ニコ、やっぱりあたしも、一緒に行こうかい?
夜にスラム、それも女の子が行くなんて、どうなんだい。」
「ありがとうございます!でも大丈夫です、おまかせください!」
自分も女であることが抜けているマルトーのセリフに、
ニコは心から嬉しそうに答えた。
◇
ニコが出ていった後に、
ザーグ達は木の杯を傾けながら話を続けていた。
「ニコは、悪くないね…腕前はどうなんだろうね?」
「うーん、足運びを見る限り、わりとやりそうではあるな。
音も少ない。」
熟達した冒険者であるかどうか、腕が立つかどうかを見極めるには、
足音を聞き、足運びを見ればよいと言われている。
普段から、警戒や素早くスムーズに動くことを意識し、
幾度も戦いの経験を積んで、武器の扱いに長けた冒険者は、
自然と足の動かし方が変わる。
ドタドタと足音をたてて歩くような冒険者は、自らの低い腕前を
宣伝しているようなものだ。
「…得物は、あの短剣?」
ニコの腰には二振りの短剣が装備されている
「そうだろうね。まぁ、何にせよ、戻ってくるまで
ここで待ってようじゃないか。」
結局ニコが戻ってきたのは、夜半をかなり過ぎてからのことだった。
皆はねぎらいの言葉をかけると、明朝に打ち合わせをすることにして、
部屋に戻り休んだ。
◇
翌日の午前中、いつもより少し遅く起きて、
食堂に集まったザーグ達は朝食を取り終えた。
「さて…、ニコ、昨晩の話を聞かせてもらっていいか?」
「はい、昨晩はスラムに行って、犯罪者ギルドの方と話をしてきました。
ただ、少し前に頭が暗殺されていまして、今は幹部だった人が
それぞれで仕切っていて、お互いに反目しあっているみたいですね。」
「また面倒くさいことになっているな。」
「私が行ってきたのは、そのグループの中でも、
一番大きいところでして、私達のことは、
情報の欲しい冒険者だと話をしてあります。」
「わかった。」
「あとですね、ここ最近のこの街の暗殺に関しても、
あわせて調べてきました。」
「…聞かせて。」
「はい、まず殺されたのはですね、衛兵の大隊長と中隊長が
たて続けに十人以上。後任が就くなり、暗殺されてまして、
衛兵を辞める人間も続出しているようです。それに、冒険者ギルド、
鍛冶ギルド、薬師ギルド、先ほど挙げた犯罪者ギルドのギルド長と
幹部もやられています。後は領主の息子、娘、弟…、
合計で二十人以上殺されています。おかげで、この街は無法地帯に
なっていますね。」
「すげえことになってんな。」
「二十人の暗殺で、街一つをここまで荒らしちまうんだね。
こんなやり方、考えたこともないよ。」
「街の人が一番かわいそうですー。」
「殺され方は、あの商人さんが言っていたように、
突然背中に刺し傷ができ、毒も塗ってあるのか、
ほとんどそのまま亡くなるというものでした。」
「俺がやられたとの同じだな。ミラ、おかしい気配とかは?」
「…一応、見てるけど、特になにも。でも用心はしたほうがいい。」
「その暗殺はまだ続いているのか?」
「いえ、二週間前までは数日に一人の割合で続いていたそうですが、
今は止んでいるようです。」
「はぁ、なんにせよ、情報収集だけ終えて、俺達はすぐに街を出よう。」
「はい、それで、ですので今日、午後になったら、
皆さん一緒にスラムに行きましょう。ポン君も、
その衣装は脱いだほうがいいですね。」
「はい、今すぐにでも脱ぎたいですー!」
ポンザレの膨らんだ頬を見て、ニコが笑う。
「それで?普通に情報を買うのでいいのか?マグニならともかく、
知らねえ街の、犯罪者ギルドだ、アホほど吹っ掛けてきそうだが…。」
「あ、はい、それでですねー、情報を買う時に、
びっくりするくらい安い金額を、伝えてください。
子供のお駄賃くらいの金額でいいですから。」
「どういうことだ?」
「はい、そこで私の魔法をお見せしますね。」
ニコの目がきらりと光った。