【69】ポンザレと新メンバー
ふらりと現れたマグニアは、ニヤニヤとしまりのない微笑みを
浮かべながらザーグ達の前に立った。
「なんで、あんたがここにいるんだいっ!」
「なんでって、お前…、俺の大事な人が旅立つんだ。
見送りにくるのは当たり前じゃねえか。」
「…!そ、そんなこと聞いてないよっ!」
すかさずマルトーが噛みつくが、
マグニアのねっとりとした視線に耐えきれず目を逸らす。
その耳はわずかに赤くなっている。
「…そこの資材の裏に隠れているのは、お仲間?」
マルトーのやり取りを無視して、
ミラが警戒するそぶりを隠そうともせずに、マグニアに尋ねる。
「あー、やっぱりバレちゃうのかー。彼女ちゃんすごいねぇ。
しょうがねえー、おい!ニコ!出てきていいぞ!」
マグニアがわざとらしい様子で、額に手をあてていると、
資材の山の陰から、一人の少女が現れた。
「こいつはニコだ。まぁ、こいつの紹介は後にするとして、ザーグよ。」
「なんだ?」
「まず、お前の依頼だった、隣町まで張った〔魔器〕に関する情報網、
あれは、もう解いたからな。ほれ、これが釣りだ。取っとけ。
以前に俺に持ってきた毒抜きの指輪が、やばいくらい高値で
さばけたから、その分もおまけして入れてある。」
マグニアは、ザーグに金の入った重そうな皮袋を渡した。
「…こんなにいいのか?」
「もとはお前らの金だ。気にすんな。そもそもこれから必要だろ?
遠慮なく持っていけ、終わったら無事に帰ってこい。だがなぁ…、
ザーグ、ちょっと気になってるんだが…、お前、いろんな街をまわって
敵の正体を探るって言うがな、表に出ないような情報はどうやって、
手に入れるつもりなんだ?」
「いや、普通にスラムに行って、犯罪者ギルドのやつを見つけて、
頭のところまで案内してもらって聞きに行くつもりだが?」
「かー、やっぱりかっ!お前、それは普通じゃねえよ!
まぁ、お前ならやるだろうがな。それで?その度に、
お前は危険な目に会うつもりか。」
「いや、できるだけ穏便に済ますつもりだ。」
「お前の穏便なんか全く信用できねえよ。はぁ。しょうがねえ…、
そう思って、こいつを連れてきた。ニコだ。俺が手塩にかけて育てた、
うちのギルドの隠し玉だ。こいつを連れていけ。」
「断る。」
「バカ!即効で断るんじゃねえよ。今のお前らには、
相手から情報を引き出すための力が足りねえ。
威圧とかじゃねえ、わかりやすく言うと“柔らかい力”だ。」
「足手まといだ。」
「大丈夫だ。言ったろう?手塩にかけて育てたって。
あとな…、こいつは魔法使いだ。なんの魔法かは、
本人が自分のタイミングで言うだろう。」
「信用できねえ。」
「そりゃわかるが…、それはこいつ本人じゃなく、
俺を信用することで良しとしろ。」
「信用できねえ。」
「…お前、まじで言ってんのか?」
「冗談だ、悪かったよ。わかったよ。ありがとな。
ただ、使えねえと思ったら別れてもらうぞ。」
「それは当たり前だ。戦闘になったら、こいつは放っておけ。
生きれるくらいには仕込んである。ニコ、挨拶しろ。」
マグニアの後ろの少女が一歩進み出る。
肩まである濃い茶色の髪をサイドにまとめた、小柄な少女だった。
冒険者のような恰好をしており、腰には短剣を装備している。
特徴的なのは、厚めの二重まぶたと涙袋で、
どこか眠たげに見える目だった。その目の中で、少し赤みがかった
大きな茶色の瞳が、くりくりと綺麗に光を反射する。
美人であり、可愛くもあり、そして温かいような、冷たいような…、
不思議な印象を見る人間に与える少女だった。
「私、ニコです!よろしくお願いします。」
ニコは、小さく会釈をして微笑んだ。
◇
「マグニア、じゃあな。いくぜ。」
「あぁ。そうだ、ザーグ、お前らの情報な、
解散して皆バラバラになって街を去ったって噂を流しておく。
どこかで魔獣にやられたとか、出てきた村に帰ったとか、
そういう噂も時間を置いて流すようにしておくぞ。」
「あぁ、助かるぜ。」
「もしお前らが俺に連絡つけたい時は、ビリーム宛に手紙でも
何でも送ればいい。俺とビリームのパイプはもうできてる。
そうだ、行った先で金になりそうな情報や〔魔器〕を
手に入れたら送ってくれ。」
「わかった。」
「よし、行ってこい!あぁ、マルトー!」
「なんだい?」
「帰ってきたら、結婚しような。」
「バッ!なっ!」
真っ赤になって繰り出したマルトーの平手打ちを、
マグニアは身軽にかわすと、背中を向けて笑い声と共に、
歩き去っていった。
ザーグ達は、門前の広場の端に設置された荷竜車置き場に向かう。
寝ずの番をしている衛兵に、声を掛けると領主からの指示があったらしく、
何も言わずに荷竜車を出してくれ、門を静かに開けてくれる。
御者台に座ったマルトーが、一鞭あてると竜車はごとりと動き始めた。
◇
竜車の中では、ニコとの会話が中心だった。
どんな人間かもわからないため、はじめは会話も探り合いのように
なっていたが、ニコは嫌な顔ひとつせずに受け答える。
それほど時間も経たないうちに、
ザーグ達はくだけて、ニコとの会話ができるようになっていた。
「…ということで、私達スラムの人間にとっては、ミラ姉さんは
憧れなんです。子供達も、何かお使いを頼まれた時には、
『俺、今日ミラ姉さんに使ってもらえた!小遣いももらったぜ!』って
自慢しまくりなんです。」
「…そう。なんか不思議な気分。」
今は、ミラが、いかに子供達に英雄視されているかが、
熱く語られている。スラム出身で、女性でもあるにもかかわらず、
二つ名『片目の鷹』『鋭眼』を持つ一流の冒険者になったミラの
名前を聞かない日はないという。
ニコは、ミラと同じスラムの出身で、幼い頃に両親は消え、
盗みやかっぱらいをして、日々をつないでいた。
ある日、仲間と共同で盗みを行うべく、街の中央通りで
商人の竜車を止めた。ニコが注意を引き、そのあいだに仲間が
竜車からこっそりと荷物をいただく計画だった。
ニコが虚実織り交ぜながら、必死に身の上話を語ると、
商人は同情して、金をくれた。それは、ニコにとって新鮮な体験だった。
わざわざ危険なことをしなくても、金がもらえるのだ。
それからニコは、話をして金をもらう技術を磨いた。
やがて、自分が食べる物には困らなくなったばかりか、
その技術で仲間達にも、食べ物を与えられるようになった。
そして仲間達のリーダーとなったニコは、犯罪者ギルドにも注目された。
ある日、屈強な男達に囲まれ、連れていかれたその先で、
犯罪者ギルドの頭領マグニアは、ニコを一目見るなり、
『お前は俺が面倒見よう。お前の力を、俺に使ってくれ。そのかわり、
今日みたいにおっかねえのに囲まれても生きていける術も教えてやる。』
と言った。それからニコは、マグニアのもとで一般教養、武術、
様々なことを学び、そしてマグニアのために働いている。
情感たっぷりにニコが語る半生を、
気がつけば竜車を街道の脇に止めて、
皆が聞き入っていた。
ニコの話は、確かに引き込まれるものだったが、
ザーグ達は、あえて話に夢中になるように
自らの心を、のせてもいた。
そうしないと、心にあいた穴、その穴からくる寂しさを、
意識してしまうからだ。
その穴の名はビリームといった。
これまで竜車の中にあった大きな、優しい存在感は、もうなかった。
泥人形軍団との戦いの後、骨折の治療のためビリームが、
一緒に行動しない時期もあったが、それは一時的なものだった。
けれどもビリームは、もう戻ってこない。
頭では理解しているが、竜車という狭い空間に入ってしまうと、
いやでも寂しさが増した。
それを少しでも紛らわせてくれたのが、ニコの話だった。
◇
結局その日は、竜車はそれ以上進めずに、
そのまま街道脇で野営をすることになった。
火を囲んでの食事をした後、ザーグが、思い出したように
ダボっとした、派手な柄の服を取り出して、ポンザレに手渡した。
「なんですかーこれ?なんだか高そうな服ですー。」
ポンザレは、生地の表面をサスサスと触りながら、首を傾げる。
薄紫赤と桃色の縦縞に、袖や胴体に白糸でちょっと豪華な装飾の
刺繍があてられている。非常に趣味の悪い服だった。
「ポンザレ、明日からお前はそれを着ろ。
お前の鎧は脱いでしまっておけ。それを着ておけば、
どっかの街の金持ち商人のボンボンに見える。」
「えぇーー、おいら、これ着るんですかー?
か、かっこ悪いですー…着なきゃダメですかー?」
「あぁ、ダメだ。そして、俺達は、金持ちのボンボンの
護衛って役割だ。いいな皆?」
「…ポンザレ坊ちゃん。」
ミラのつぶやきに、我慢していたマルトーが吹き出す。
「…あは、ポンザレ、いいじゃないか、それ、似合…うよ、あははは!」
「まぁ、ポンザレ、しばらく我慢しろ。その、なんだ、
人のいるところでは、俺達に対して、本当に金持ちの
ボンボンのように振舞うんだぞ。ハハハッ」
「…うぅ、恥ずかしいですー。でも…も、もし街で、
もうちょっと、落ち着いた感じの服があったら、
それ買ってもいいですよねー…?」
ポンザレは、頬を必死に膨らまして抗議を続け、
皆がそれを見て笑った。
◇
汚泥の沼の奥にある腐った小島。
闇夜の中で、七つの大きな石杯が白く目立っている。
石杯のうち三つは大きく割れ、残り四つには汚泥が満たされていた。
汚泥に浮かんだ泡が弾け、人の声を発する。
「シュラザッハ、あんたまで行って、やられてきたって、
本当にどういうことだい。」
「う~ん、もうさぁ、なんか、強いんだよー。ザーグ達。全員。
あとで聞いたら、あのおデブの子ですら、鉄腕猿二匹を
軽々倒したって言うしさー。だから、僕は嫌だったんだよー。
っていうかさぁ、サリサだって、前に暗殺に失敗してるじゃん。」
「ちっ…」
「それで?“最も古き信徒”シュラザッハ、君は今どういう状態なんだい?」
「あえて、その名前で呼ぶのかー…ワシオも意地悪だよねー…。」
「あぁ、その辺はわしから説明しようかのう。」
「ラムゼイ爺さん、お願いー。」
「シュラザッハは、わしと一緒におるよ。失った代わりになる、
適当な手首をつないだので、今は矢が壊した胴体の中身を修復中じゃ。
うむ…もうちょっとかかりそうじゃのう。」
「そうか、わかった。」
「…という訳で、僕はここ、王都研究所からは、
とうぶん動けないから、よろしくね~。」
「それでな、ワシオよ、相談があるんじゃ。
シュラザッハに聞いたのだが、なにやらゲトブリバに
石を使う魔法使いがいる様子。それを素材に使うか、
ものがよければ、新しい信徒としたのじゃが…なんとかならんかのう?」
「ふむ…、サリサ、君はまだインフォレにいるのかい?」
「いや、聖泥を井戸に投げ込むのは、もう泥奴隷にまかせてるさ。
あたしは、今はゲトブシーさ。幾つかのギルドの顔役、領主の親族、
適当に殺して盛り上げにかかっているよ。だいぶ、いい感じに
乱れた街になってきたところさ。」
街は、円形の街道に沿うようにあり、ザーグ達の住むゲトブリバから
時計方向にニアレイ、ゲトブシー、グラゾー、インフォレとつながっている。
「ふん、じゃあ近いな。ゲトブリバに行って、その魔法使いを
さらってこれないかい?そのときは、ザーグ達には、
絶対に絡まないようにしてほしい。」
「言われなくてもわかっているよ。たださ、ゲトブシーに噂が流れてきたけど、
ザーグ達は解散して、皆ゲトブリバから離れたって話しだよ。」
「む…?そういう噂が流れているのか…。
ふむ…わからない話でもないが、何か嫌な予感がするな。
名指しで命を狙われ続けながら、そんなあっさりと冒険者をやめて
街から出ていくような人間とは思えないな。ザーグの、あの剣は
もっとねちっこくて、最後まであきらめない、しぶとい戦い方だ。」
「あぁ、あんたはザーグと戦ったことがあるんだったな。」
「領主と冒険者としての模擬戦だがね。
サリサ、とりあえずゲトブリバで、その噂が本当かどうか、
どこから出てきたのか…軽く調べてもらえるかな。」
「あぁ、その石の魔法使いのついでに調べておくさ。」
「シュラザッハ、動けるようになったらミドルランにきてくれ。
こちらで戦争に入る最終上げを行いたい。」
「はーい、わかったよー。」
気怠そうなシュラザッハの声を最後に、石杯は沈黙した。
◇
この世のどこでもない、どこかにある白い空間。
光を反射して緑色に光る銀髪を揺らしながら、
ポンザレの指輪の精、エルノアが浮かんでいる。
エルノアは、その長いまつ毛を閉じて、物思いに耽っていた。
形の良い唇が、わずかに開閉し独り言をつぶやく。
「…ポンザレは言っていました。ポンザレには私との縁があると。
そして…、その縁ゆえに、あの忌まわしい、嫌な波を発する、
『汚泥の輩』との縁もあるのだと。」
エルノアは人の魂の波と感情を感じることができる。
自身の所有者であるポンザレの波は、彼女にとって心地よく響く、
離れがたいものだった。そのため、彼女は魔力の糸を伸ばして、
ポンザレの心臓とつながり、今では互いの一部がつながっている。
ポンザレが戦ってきた『汚泥の輩』の魂の波は、
全身に悪寒がするほどの、醜悪なものだった。
それは、存在自体が許されない、人間をやめたものの持つ波だった。
エルノアは、太古の時代、樹海の種族によって、
“何か”があった時のための、魔力の貯蔵庫として作られた。
だが、その“何か”は訪れることはなかった。
エルノアは人の世を流れながら、“自分は何をするのか?”
を探し続けたが、その答えは見つからなかった。
その日々がポンザレと会って変わった。
ポンザレは、瀕死のザーグを助けるため、
また、サソリ針の効力を高めるため、
今まで誰にも引き出されることのなかった
エルノアの魔力を引き出した。
自分の存在する理由を探し続けてきたエルノアにとって、
ポンザレはその答えを持っているかも知れない人間だった。
そんな人間と出会えた奇跡、縁。
「縁…。そう、縁ですね。」
エルノアは目を開く。
その瞳には力強い光があった。
「…誰にも、ポンザレは殺させません。」