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【68】ポンザレと旅立ち


「…俺の話を聞いてくれ。」


ザーグの真剣な様子に

皆が、居住まいを正してザーグに向き直る。


「…本題の前に、最初は、これだ。」


そう言ってザーグが、小机の上に鞭と指輪を置いた。

鞭は、こげ茶色の革の中に、光を反射するキラキラした銀糸が

織り込まれており、白金色の指輪は、表面の一部が盛り上って、

なだらかな円錐状の棘が一本突き出たデザインをしている。

いつまでも見つめていたくなる雰囲気で、どちらも〔魔器〕であることを、

皆がすぐに理解する。


「魔物使いが持っていた鞭と、軽口男の持っていた指輪だね。」


「そうだ、魔物を操る鞭と、光の矢みたいなものが飛んで、

何にでも穴をあける指輪だ。」


「これは、どうするんだい?」


「鞭は焼く。前に、砦の遺跡で襲われた時の、あの黄金の腕輪もそうだが、

魔物を操るなんて〔魔器〕、やばすぎる。俺達で持っていても、

そして俺達じゃない誰かが持っていても、だめだ。」


「ポンザレもそれでいいのかい?ばらして、どうにかするとか、

何か思いつくかい?」


「うーん…おいら、何も思いつかないですー。」


「じゃあ、後で庭で焼いておくぞ。で、指輪の方だがな…」


「…皆が良ければ、これは私に持たせてほしい。」


小さく手を上げて、伺いをたてるミラに、誰も異存はなかった。


「ミラ、その指輪…光矢の指輪って言ってたね、

それで体に穴が開いた私だからわかるけど、しっかり急所を狙わないと、

相手の動きは止められないと思うよ。」


「…わかった、練習する。距離や威力も把握する。」


答えながらミラは、指輪を右手の中指にはめる。


「…ポンザレ」


「なんでしょうー?」


「…私の〔魔器〕を作る話は、続けてほしい。…何か思いついたら、

言って。…私も考え続ける。」


「わかりましたー。」


口をもぐもぐさせながら、ポンザレは元気よく答えた。

ビリームを始めとする皆の治療で、一時はお腹と頬以外は、

枯れ木のようになっていたポンザレもすっかり元通り、

元気になっていた。


「そうだ、その指輪のはまっていた軽口男の右手だけどさ、

あれは薄気味悪いし、臭いしで、もう捨てたよ。」


「あぁ、あれか…」


今回、光矢の指輪を手にすることができたのは、

マルトーの放った矢が、偶然にもシュラザッハの右手を

射落とせたからだ。


「…あれは、人間の手じゃなかった。」


「そうだね。なんていうかさ、血の代わりに泥水みたいな

茶色い臭い液体が出ていたね。」


「…あぁ、まるで汚泥の沼の生臭い、あの悪臭のような…、

そう、つまり…、あそこが始まりなんだ。」


話を続けるザーグの顔は、よく見ると頬がこけており、

まるで何日も眠っていないかのような、疲労が浮き出ていた。





ザーグ達が戦い続けている敵は、いまだに全容が見えないが

汚泥の沼の調査依頼で出会ったのが始まりだった。

そこで、ザーグ達は軽口男と泥人形数十体と戦った。


次に泥人形の軍団と、神話に伝わる〔魔器〕みなぎる力の鎧を

着こんだ将軍がゲトブリバに進軍してきたため、これを打ち破った。


その後、温泉の町ミドルランに湯治に行き、帰り道で

ザーグは暗殺されかかるも、一命を取り留める。


ゲトブリバに戻ってからは、毒の扇の〔魔器〕を使う兄と、

風を使う魔法使いの弟という双子と戦った。


極めつけに今回、魔物使いと軽口男がゲトブリバを襲い

多数の犠牲者を出している。



「俺達は、気付けば、ずっとあいつらと戦っている。

あいつら…うーん、あいつらじゃはっきりしねえな、

『汚泥のやから』とでも名付けるか。…まぁ、その『汚泥の輩』は、

もう俺達との縁ができちまっている。例え、俺達がこの先、

徹底的に関わらないようにしたところで、ここまで出来ちまった縁は、

そうそう消えやしねえ。縁てのはそういうもんだ。」


「それは…そうでしょうね。」


「俺達だけならいいが、すでに、多くの人間が巻き込まれている。

何か起こった時は、俺達はいつも後手に回っている。

俺は…、それが何より腹立たしい。」


「「「…。」」」


皆が頷く。その思いは誰もが同じだった。


「…それで、どうするつもりなの?」


「汚泥の沼に行けば、何かあるかもしれねえが…

あんな…だだっ広い所に、いきなり行っても、どうしようもねえだろう。

それで、将軍や軽口みたいなやつが出てきたら、あんな足場のところで

どうにも対応なんかできやしねえ。すぐに詰みだ。だから…」


「だから…?」


「だから、俺はまず『汚泥の輩』を調べるために、

幾つかの街をまわるつもりだ。」


「??」


ザーグ以外の皆が、首を傾げる。

どれだけいるかも、どこにいるかもわからない敵を調べるために

街をまわったとしても、何がわかるのだろうかと。


「双子は、このゲトブリバのほぼ反対側の、ゲトロドの街で領主から

毒の扇と指輪を盗んでいた。鞭にしても、光矢の指輪にしても、

奴らはどこかからか〔魔器〕を調達している。」


「なるほど、確かにそうですね。〔魔器〕を盗まれた、奪われた

…そういう話には、絡んでいる可能性が高いですね。」


「あぁ、で、俺達が最初に、砦の遺跡で鉄腕猿に襲われた時のことを

覚えているか?あの黄金の腕輪、それを持っていた男だ。」


「あぁ、パシャラのパーティにいた裏切り者だろ?」


「あいつは、あの魔物を操る黄金の腕輪は、

街で女に渡されたものだと言っていた。そこから考えるとな…、

『汚泥の輩』は、〔魔器〕を集めるだけじゃなく、人に与えて、

騒動を起こす…そういう活動もしている可能性がある。」


「『大いなる方は人間の不安や絶望や恐怖が好き』…、

双子がそう言っていたのを、覚えているよ。」


「あぁ、だから〔魔器〕以外にも、不穏な事件が起きている所には、

何か『汚泥の輩』の痕跡がある…と俺は見ている。

俺は、まず、それを追って、敵の正体を見極めてえ。」



「そういうことなんだね。話はわかったよ。

で?今日は、その段取りをたてようってことだね?」


「いや、その前にだ。まず、俺達は解散する。」


「はぁ!?」「…!?」「ど、どういうことでしょうか?」「ザ、ザーグさん!?」





「ちょっと、きちんと説明おしよ。」


マルトーが苛立つのを隠そうともせず、荒い声を上げる。


「もちろんだ。まず、これは依頼じゃねえ。

例え、『汚泥の輩』の正体が掴めたとしても、その先で、

ぶっつぶせるのかどうかもわからねえ。…つまり先が全く見えねえ。」


「…。」


「俺は行く。だが、一緒に行くかどうかは、皆が

それぞれで考えて決めてくれ。」


「それだけなら、なんで解散なんて話になるんだい!?」


ここでザーグは一度うつむき、しばらくして顔を上げると

ビリームの目を正面から見つめながら、静かに言った



「ビリーム、パーティは解散だ。そして、お前とは、もう組めない。」



「…!!」




怒り、諦め、悲しみ、嘆き…ビリームの瞳に様々な感情の色が浮かんでは消える。

空気は重く、五つの息遣いだけが、不揃いに響いた。



「…ザーグ、脚も義足を作って、少し鍛錬すれば、なに、

今まで以上に動けるようになります。私もすぐに後を追いますよ。」


声をわずかに震わせながら、

ビリームは引きつるように笑みを浮かべる。

その顔が痛々しく、ポンザレは思わず目を伏せた。

ザーグはビリームの目を見据えたまま、逸らさない。


「だめだ。ビリーム。…お前も、わかっているんだろう?」


「ザーグ!!あなたはっ!!何年も一緒にやって、今までだって!

うまくやってきました!そう、これから…だって……っ!!」


額に青すじを浮かべ、シーツを千切れんばかりに強く握りしめながら

ビリームが大声を上げるが、最後まで言い切る前に、その声は小さくなる。



「ザ、ザーグさ…」


「ポンザレ、何も言うな。」


ビリームの渦巻く想いに、反射的に声を上げかけたポンザレだったが、

自分が何を言おうとしたのか、ポンザレ自身にもわからなかった。

ポンザレも、片足を失ったビリームが、今まで以上の敵と戦えないことは

わかっている。わかっているが、体の奥から湧き上がる重い何かが、

胸を突き破りそうだった。ポンザレは目を閉じて、固く歯を合わせた。



「…。」



ふぅふぅ…と、ビリームの粗い息が収まっていき、

再び部屋は静まりかえる。



「俺からの話は終わりだ。三日ほど、それぞれで考えてくれ。

ビリーム、お前は奥さんと子供達とも…話し合ってくれ。」



「…。」





三日後、ザーグが若干強張った顔をして、

集まったメンバー達に、順に問いかけた。


「…で、どうする?ミラ」


「…私は一緒に行く。斥候がいないと苦労するだろうし、

私であれば見つけられるものも…あると思うから。」


「…わかった。…礼は言わねえ。マルトーは?」


「ふん、あたしも行くよ。軽口男を殺しきれていないんだ。」


「わかった。ポンザレ、お前はどうする?」


「おいらは…行きます。ザーグさんは『汚泥の輩』と、

縁ができたと言いましたー。…おいらはザーグさん達と、

そして、この指輪と出会いました。それも縁ですー。

ザーグさんと指輪の縁があって、だから『汚泥の輩』の縁ができたのなら、

うまく言えないですけど、敵は強くて死ぬかもしれなくて、怖いですけど…

それも、おいらにとって必要な縁だと思いましたー。」


ポンザレは、そう答えると、

頬をもぐりもぐりとゆっくり動かした。


「フッ…わかった。」


ザーグは軽く息を吐いて微笑むと、

続いてビリームに身体を向ける。


「ビリーム…、わかってくれるな。」


「はい、妻のリーシャとも話しました。足を治し、義足を作って

もう一度鍛錬をし直します。そして、私はここで武器屋でもやろうと

思っています。売るのと同時に、その使い方や戦い方も教えるまでを

セットにするつもりです。」


そう答える顔には、負の陰はなく、朗らかで頼りがいのある、

いつものビリームの明るさがあった。


「それは、いいね!ははっ、ビリーム、あんたが店先で、

冒険者に武器を教える姿が目に浮かぶよ!」


「…ふふっ、エプロンとか似合いそう。」


「お、おいらも、ビリームさんのところで買い物をしますー。」


「…バンゴの爺さんが、ぶんむくれそうだな。っていうか、

ビリーム、最初はあの爺さんのところで始めればいいんじゃねえか?」


「あぁ、確かに、そうですね。別に私が、武器を作る訳ではありませんしね。

初めは、バンゴさんのところで雇ってもらえるか交渉してみます。」


久しぶりに皆の顔に笑みが戻る。


「ビリーム、パーティで貯めておいた一時金は、全てにお前に渡す。

もともとメンバーが金が必要になったとき用に貯めておいたものだ。

遠慮せずに受け取ってくれ。」


「ありがとうございます。遠慮なくいただきますよ。

ザーグ達が、事を終えてこのゲトブリバに帰ってきたときに…

皆が戻れる場所を作っておきましょう。」


「あぁ…頼んだぞ。」


「…まかせて、ください。」


ビリームは、活力のこもった瞳で、ザーグを、皆を見返した。





さらに数日後の早朝。


旅支度を終えたザーグ達と、松葉杖をついたビリームが、

屋敷の玄関に集合していた。

皆が身に着けていた蒼闇色の革鎧は、上から別の薄皮や

粗布をあてており、目立たないように改造されている。


「ザーグ、そういえば、領主様には話は通せたのかい?」


「あぁ、さすがに今回の件で、考えざるをえなかったようだ。

俺達がいることで、また街が襲われる可能性があるからな。

街を出る理由は話したんだが、追い出すように感じるのか、

俺達が何度か借りた、あの頑丈では足の早い荷竜を、竜車ごとくれた。」


「だから荷竜車の手配は任せろなんて言ってたのかい。

なんというか、ちょっとだけ領主様に同情するよ。」


「別に無理な交渉はしてねえぞ。まぁ、ボンゴールさんも、

『汚泥の輩』そのものをどうにかしねえと、不安がなくならないのは、

わかっているから、他にも、人手や、金が必要な時は連絡をくれと

言ってくれたぞ。」


「まぁ、人手も金も、まずは街が復興されてからだね。」


「そうだな。」


「…おいら達、本当にゲトブリバを離れるんですね。

なんだか、しゅんとしてきましたー…。」


そういうポンザレの目が少し潤んでいる。


「ん?なんだ、ポンザレ。お前、残るか?」


「い、いえ!行きます!」


ポンザレは寂しさを振り切れるかのように、

頬をぷるると震わせた。



「あ…!!そうだ、そういえば、おいら、今朝起きて、思いついたんです!

ビリームさん、ビリームさんの義足ですが、みなぎる力の鎧の脚の部分、

あれをなんとかして、使えたらって思うんです。普段は少し重いかもですが、

ビリームさんに、すごくなじむと思いますー。」



「出ましたね。ポンザレ少年の寝覚めの思いつき。

しかし、それは確かに素敵な提案に思えます。わかりました、

ぜひ、そうしましょう。」



「…じゃあ、ビリーム、俺達は行くぜ。」



「ええ、気をつけて。帰りを待っていますよ。」



ビリームは笑って、そして大きくうなずいた。





夜明けともいえない紺色の空の下、

ザーグ達は門に向かって中央通りを歩いていく。


通りを歩く住民はなく、きんとした冷たさを含んだ空気が

ポンザレの肌を撫でる。


正門に近づくにつれて、建物はまばらになっていく。

巨大な魔物に崩された建物は瓦礫は片づけられていたが、

まだ再建された建物はなかった。



広場に入ったところで、

建設用に置かれた石材の上に腰かけていた男が、

ザーグ達に近づいてきた。


「よう、ザーグ、ザーグの彼女ちゃん、ポンザレ。

そして…愛しのマルトーよ!」



煙草の香りを漂わせながら現れたのは、

ゲトブリバの犯罪者ギルドの頭、マグニアだった。



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