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【7】ポンザレと仕事


街へとたどり着き、ギルドの中庭で寝た翌朝。

ポンザレはお腹が減って朝早くに目が覚めた。

得意技の口もぐもぐ、唾ごくりを何度も行ってひたすらお腹をごまかす。

だがポンザレにはわかっていた。今日にでも何かましな食べ物をお腹に

入れないともう自分は持ちそうにないと。

おそらく最後の気力みたいなものが切れてしまうだろうと。



ポンザレは冒険者ギルドの閉まったカウンターに並び朝の鐘を待った。

中庭から起きだしてきた連中も同じように別のカウンターに並び始める。

やがて鐘が鳴りカウンターが開くと、昨日とは別の綺麗なお姉さんが

にこやかに「おはようございます」と微笑んだ。


「すみません…。日雇いの仕事がしたいんです…。」


ポンザレの声に力はない。


「冒険者登録はされてないようですね。はい、それではご案内いたします。

半日仕事で昼の鐘がなるまでのものと、一日仕事で夕方の鐘がなるまでの

ものがあります。一日仕事の場合は、昼の休憩が入ります。半日は4シル、

一日は8シルの賃金がもらえます。」


「は、半日でお願いします…。」


一日働くには体がもちそうになかった。ポンザレはお腹をさすりながら

答える。このお腹はぽっちゃりのくせにどれだけ空腹になっても

減ってくれない。


「はい。それでは…力仕事ですか?汚れ仕事ですか?

痛いのが我慢できるようでしたら、そういう内容のものもありますよ?」


「お腹が空いてあまり力が出ません…。痛いのもいやです…。」


ギルドのお姉さんは、少しだけ目を温かなものにして

ポンザレを見ると十数枚の紙をめくって、中から一枚を抜き出して

何やら書き込みを行う。


「では、こちらにしましょうか。見たところ街について間もないようですし。

街の排水溝の掃除、どぶさらいですね。こちらは昼の鐘が鳴るまでの

仕事です。金額はお伝えした通り4シルですが、冒険者登録をされると

6シルになります。冒険者登録されますか?」


「いえ…登録はしないですー。」


ポンザレはギルドの人はどれだけ登録させたいのかとぼんやりと思う。


「冒険者になりましたら賃金と斡旋できる仕事も変わってきますので、

ご検討ください。はい、後はこの木札を持って中庭の入り口で、

木札と同じ図柄の看板を持ってる人から指示を受けてください。

がんばってきてねー。」




その日の午前中、ポンザレはギルド前から外門までのメインストリートの

横に掘られた溝のゴミをかき出しては横に置くという作業を数人で行った。

この溝は街を囲む濠につながっており、雨が降った時に街中に水を

溜めないようする仕組みになっているらしい。

定期的にゴミをかき出す仕事が発生するという話だった。


ゴミはすさまじかった。食べかす、生ごみはもちろんのこと、

糞尿や、動物の死体、中には人の耳などが落ちていた。

かきだしたゴミを回収して肉竜(食肉となる竜。悪食で何でも食べて

大きく育つ)の所まで持っていき、餌として与える仕事なども

あるのだという。


ポンザレは余計なことは考えず、余計な動きはせずがんばった。

目の前が真っ白になってぐらりとする瞬間も数度あったが

倒れて突っ込むのはゴミの中だと思うと、ぎりぎりで倒れずに済んだ。


昼の鐘がなり、ポンザレの街での初仕事が終わった。

指示を出していた現場監督から4枚の鈍色のお金を受け取る。

細長い棒状の小指の先くらいの金属で、数本の溝が彫られている。

ギルドが言っていた通りに4枚あるのを数えると現場監督に木札を返す。


ポンザレが生まれて初めて手に入れたお金である。

だが今のポンザレには、感動はない。

とにかくご飯だ、ご飯を食べねばならないのだ。



ギルドの食堂は冒険者専用だと言われていたので、ポンザレは

表通りの食堂に入ろうとしたが、店の人間が慌てて外に出てきて

烈火のごとくポンザレを怒った。


「あぁぁ!ちょっとやめてくれよ!その恰好でうち入るつもりかい?

あんた、うちをつぶす気かい?あんたが今食べれるのは、

ほらそこの路地入ったところさ!さぁ、早く行っとくれ!」


ポンザレはそう言われて自分の恰好を見て、確かに最もだと思った。

全身ゴミの汁で薄汚れてなんとも言えない臭いもしている。


ポンザレは路地に入ると、自分と同じような人間が集まった

薄汚れた屋台のような店に行き、スープとパンを注文した。


煮崩れた野菜らしきものが入っている薄味にも程がある水のような

スープが山盛りで2シル。酸味のする固いパンが1シル。

半日仕事一回分が、最低限の食事を一回とれる程度である。


それでもポンザレにはありがたかった。もう限界だったのだ。

例え水のような薄い味でも温かいだけでホッとした。

こうしてポンザレはようやく(少しだけ)お腹を満たすことが

できたのだった。


午後はギルドの中庭の水道で汚れた体を拭く。

背負い袋から1セットだけ持っていた予備の服に着替えると、

そのままゴミ掃除で汚れた服を洗う。よく絞った後に中庭の隅でひたすら、

ぶんぶん振り回してある程度乾いたら背負い袋にしまって、

ようやくポンザレは一息つくことができた。


夕方までボーっと中庭で過ごし、賃金の残りの1シルでパンを

もう一つ買って食べると早々に横になる。


ガハガハと聞こえる冒険者のバカ笑いを子守歌に、

昨晩よりは少しだけ満たされた気分でポンザレは眠りに落ちた。




十日が経った。

ポンザレはあれから幾つもの仕事を受けてみた。

ゴミの回収、肉竜の解体補助、荷運び、倉庫の清掃、夜警、石材運び、

雑草狩り、仕分け、荷物配達…様々な仕事があった。


一番嫌だったのは金持ちのわがままな子供の剣術の相手役だった。

誰でも簡単に!短時間で稼げます!という触れ込みで受けてみたら

反撃・避けるの禁止で剣術も知らないポンザレはひたすら打ち込まれ、

全身痣だらけになった。


そしてようやくポンザレにも仕組みがわかってきた。

冒険者ギルドは巨大な仕事の斡旋所で、一言でいうなら何でも屋だった。


鍛冶、服飾、精肉、医薬、飲食、建築…組合ギルドは

それぞれの業種にあるが、その中でも一番大きなものが冒険者ギルドだ。

なぜなら街で発生する雑用や分類不明の仕事は全て冒険者ギルドに

割り振られるからである。


冒険者ギルドは街に来た風来坊や食い詰めた人達を、日雇いの

労働力として雇い、屋根もない中庭だが寝る場所だけは提供する。

日雇いの賃金は最低ラインで、一日食いつなげるのが基本くらいの金額だ。


冒険者になると、冒険者ギルドは賃金をアップし美味しい食事を安く

提供する。他ギルドと連携し、武器や賃貸部屋の割引などの特典もある。

更には銀行としての役割も持っていた。つまり多くを持つほどに

襲われる危険性が高まる“お金”を貯めておいてくれ、

自由に引き出せるのだ。

これは不在がちの冒険者の心を確実に捉えた機能だった。

さらに細かい所では遺言書の保存と実行なども行っていたので、

依頼の最中に死んだとしても遺族にお金が届くようにもなっている。


これだけ優遇されると冒険者はもう他の街には行けなくなる。

街に居ついた冒険者は街のために力を尽くしてくれるようになり、

そして借金回収、集金、警ら、犯罪者の追跡や捕縛、魔物討伐、

遺跡調査…などのより難度の高い案件を実力に応じて受けることになる。

そうこうする内に冒険者には家族ができて街に根付く。


こうやって冒険者ギルドは単純な労働力のみならず、

柔軟性が高く優秀な人材を確保し続け、人とお金の流れも管理する。

街を維持し発展していくための中枢器官、それが冒険者ギルドだった。




今日も日が暮れた。

ポンザレはギルド中庭の固い地面に身を横たえ、

手足を折り曲げて眠りにつく。

今日一日を生きれたことでいっぱいで、明日を想う余裕はまだない。

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