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【67】ポンザレと巨大な合魔


空気を切り裂いて迫ったグリンガルの一撃目を小手でしのぎ、

突き込まれた二撃目の爪を、身をよじって避けるまではできたが、

満身創痍、特に足に大きな傷を負ったビリームの動きは、そこで止まった。


好機と見たのか、グリンガルは、ザーグの姿が視界から外れたことを忘れ、

その場で体勢を半回転させると、脚の爪でビリームの左腿を貫いた。

そのまま、力と体重を込めて強引に足を踏み下ろす。

骨が砕け、肉を引きちぎりながら、

大量の鮮血と共に、ビリームの左足が宙を舞った。



「ぐぅおおおおおおっ!!!!」



ビリームは悲鳴を上げながら地面に倒れこむ。

ショックで死んでもおかしくない激痛の中、

それでもビリームは、グリンガルの脚を抑え込んだ。


「グガッ!?」


みなぎる力のメイスによって、強化されたビリームの力で、

足首を抑え込まれたグリンガルの動作が止まった。

そこに倒れたビリームと入れ替わるように、

剣を水平に構えたザーグが飛び込んできて、

黄金の切っ先が、グリンガルの腹へ刺しこまれた。


「はじけ…とべぇっ!!!!」


剣の力が、金色の光と共に爆発し、

グリンガルの体を吹き飛ばした。


濁った爆発音が止み、十歩ほど離れたところに、

グリンガルの下半身と上半身が、別れて落ちる。


「はぁ、はぁ、はぁっ!」


粗い息を数回つくと、ザーグはひざまづいて、

足元のビリームの様子を見る。

膝の少し上から千切られたようなビリームの脚からは、

勢いよく血が噴き出している。

ちぎれんばかりに唇を噛みしめてビリームは耐えているが、

その顔色は紫色に近く、危険な状態であることがわかる。


ザーグは腰に巻いていた革の剣帯をとると、

ビリームの太腿をきつく縛った。


「おい、ビリーム!ビリームッ!」


「だ…大丈夫で…す。…で、ですが、少し、や、休みます。

…後を頼みます。」


ビリームはかすれるように言うと、

ごぶっと血を吐きながら、目を閉じる。


「おい!誰かっ!ビリームを…っ!」



「ぐ、ぐぐっ…や、やるな…まさか、お、俺を倒すとは…」



ザーグが顔を上げると、

上半身だけとなったグリンガルが二人を睨んでいた。

いつのまにか魔物ではなく、人の姿に戻っていたが、

腹からは大量の血と中身が周囲に飛び出しており、腕も片方ない。

どうみても死んでいなければおかしい状態だが、

グリンガルの目には、まだ強い光があった。


「…まだ生きていやがったのか!」


「俺は、これから生まれ変わる。し、しかし、

この状態で意識があったのは、さ、幸いだった。さらばだ、愚かな人間よ。

お前の死ぬ姿を、この目で見れないのは残念だが…

あぁ、大いなる方にせめてもう一度、お会いしたかった…。」


「生まれ変わる…だと!?」


グリンガルは、その手にいつのまにか、鉛色の短剣を持っていた。

一見何の変哲もない短剣だが、目を離せなくなるその雰囲気は

〔魔器〕であることは間違いがない。


「ご、合魔の短剣よっ!お、俺の命を糧として…

い、忌々しき人間どもに裁きをっ!」


心臓に短剣が突き立てられると同時に、

見えない衝撃波のようなものが、空気を震わせながら、

周囲に広がり、消えていった。


「何をしやがった!?」


既にこと切れ、目の光もなくなったグリンガルからの返事はない。



「くそっ…だが、今はまずビリームを…」


よろりと立ち上がったザーグの耳に、

細かい地響きが聞こえてくる。



「ザ、ザーグさん!そ、外の魔物が!

すごい勢いでっ!ほ、堀にもどんどん埋まっていって、

その上から、乗り越えてきてますっ!」


青い顔をして報告をする城壁の上の衛兵に、

ザーグが反射的に叫ぶ。


「城壁から降りろ!皆、ここから引くぞっ!

だ、誰か!ビリームを頼む!」


激しい勢いで、城壁を乗り越えてきた数多くの魔物は、

次々とグリンガルの体に群がっていった。

地面に散らばったグリンガルだったものを、

大小さまざまな魔物が、口に入れ奪い合うが、

争い合う互いの体は溶け合っていく。


二体が一体になり、その一体が別の一体とあわさって、

また一体になり…、魔物はみるみる間に大きく膨れ上がっていった。

正門前の広場から距離をとって引いたザーグ達の目の前で、

最後の一体が吸収されると…、そこには巨大な魔物がいた。



幾百が溶け合いひとつになった表面は、

様々な魔物の顔や脚、毛や鱗などが、でたらめについている。

顔や口のようなものはなく、頭部のない猿のような形で

長い手と短い脚をだらりと伸ばして座っていた。


んぼぉおおおーーーーーーー!


巨大な魔物は、声ともいえない鳴き声で大気を揺らしながら、

ゆっくりと立ちあがった。その体は、街の建物を遥かに越え、

城壁の高さも越えている。そして、おもむろに、長い腕を振りかぶると、

街の建物を手当たり次第に破壊し始めた。

建物が崩れるたび、その表面についた細かい魔物の部分が潰れて、

血を吹き散らすが、何を気にするでもなく、巨大な魔物は街を壊し続ける。



「ザ、ザーグさんっ!大丈夫ですかっ!?」


「…ザーグ、あれは何っ!?」


中央通りを走ってきたポンザレとミラが駆けつける。


「ポンザレ!ビ、ビリームが危ない、助けてくれ!」


「え、えっ!!?ビ、ビリームさんっ…」


ポンザレは少し離れたところで寝かされているビリームのもとへ

駆け寄るが、その片脚が失われているのを見て絶句する。


「こ、こ、ここだと危ないので、ギ、ギルドにいきますっ!」


「あぁ…頼む!」


「え、ザーグさんは…?」


全身傷だらけで、止血もまだできていないザーグを、

ポンザレが不安げに見つめる。


「俺は…大丈夫だ。まだ、終わってない。」


「…ザーグ、どうするの?」


「俺は、少し、あれを斬りにいってみる。でかすぎる気もするが、

試してダメだったら、あきらめる。ダメだったら、他の門を開けて、

皆、避難だ。街を捨てるしかねえ…」


「あ、危ないですーっ!踏みつぶされてしまいますーっ!」


「ダメだったら、すぐ戻る、心配すんな。」


ポンザレは、数回ほど瞬きと、口をもぐもぐさせると、

何かを閃いたかのように目を見開いた。


「ザーグさん、爆裂剣を貸してください。魔力をいれます。

たぶん、いつもの剣のままだと、な、なんとなく無理な気がするんです。」


「なら細かく刻むだけだ、お前の魔力はビリームの治療にとって…」


答えるザーグの言葉は途中で止まった。

ポンザレの瞳には、何か言う通りにしなければならないような、

静かな迫力が込められていたからだ。


「…わかった。今はお前の言うこときく。…頼む。」


ポンザレは、ザーグの剣を地面に置くと、手を当てて魔力を込め始める。

ポンザレの体から、淡く緑の光が立ち上り、その光が

金色に光る剣の刀身へと吸い込まれていく。

たっぷり三十を数えるほどの時間、魔力を込めると、

ポンザレは黄金爆裂剣をザーグに渡した。


「お願いします。ザーグさん。」


柄を握った瞬間、今にも爆発しそうな、

力が溢れる寸前でかろうじて保たれているような、

そんな感触を、ザーグは感じとる。


「これは…。…ポンザレ、ビリームを頼む。」


「はい、先に冒険者ギルドに行っています。」


ポンザレは立ち上がりながら、そばにいた冒険者達に声をかけた。


「すみません!誰か、ビリームさんを一緒に運んでくださいっ!

ギルドまで、おいら達は下がりますっ!」





黄金爆裂剣を肩に担いで、血だらけのザーグが城壁の上に立っていた。

目の前には、街を壊し続ける二本足の巨大な魔物がいる。

既に正門広場一帯はほとんど潰されて瓦礫の山と化していた。


小さな魔物が溶け合ったその姿は、悪夢としか言いようがないほど、

おぞましく、ザーグは、すぐにでも目の前から消し去りたかった。


「好き放題しやがって。…いくぞっ!」


ザーグは、城壁の上を助走をつけて、思いきりジャンプすると

巨大な魔物に飛び掛かった。ついた勢いのまま、剣を巨大な魔物の、

腰の上あたりに突き込んで、間髪入れず気を込める。


「おぉおおおおおおっーーーーっ!」


剣からほとばしる爆発の衝撃波が、

巨大な魔物の上半身を壊しながら、吹き上がっていく。

魔力を込められたためか、通常時は一回きりの爆発のところを、

連続して幾つもの爆発が重なっていき、その威力を増していく。


ボバババババババァァンッ!!!!


幾つもの小爆発していた光が、

魔物の上半身を覆い、辺りを金色に染めると

凄まじい轟音と共に巨大な魔物は爆散した。


化け物の体液や欠片が降り注いで、

崩れた街の屋根や路地を濡らしていく。


視界が晴れ、残っていた巨大な魔物の下半身が、

地面に倒れると、固唾をのんで見守っていた冒険者や住民が、

歓声をあげた。



響く歓声の中、ザーグは、おぼつかない足取りで、

ギルドに向かって歩き出した。





それから十日が過ぎた。


ゲトブリバの街は、いまだ、ひどいありさまだった。

巨大な魔物の死体は切り刻まれて、

何でも食べてしまう肉竜の飼育場へと運ばれたが、

いたるところに散らばった、血や肉片などの一部は、

掃除しきれていない。


崩れた建物の間を、魔物の残骸の生臭さと、

家族を失った人達の悲しみの声をのせた風が抜けていく。

街全体に、重く薄暗い空気が漂っていた。


それでも生きているものは、生きていくしかない。

街の各所で炊き出しが行われ、隣街のニアレイからの救援物資も

届きはじめると、のろのろとではあるが、冒険者達を中心に

ゆっくりと復興の準備は進み始めていた。





巨大な魔物が倒された後、ポンザレ達は、

すぐにビリームを自宅へと運び治療を続けた。


ずたずたに裂かれたビリームの脚はひどい状態で、

縫えるような状態でなかった。傷を溶かして治す薬と、

山盛りの痛み止めペースト、消炎の葉っぱなどを患部に盛り付けて、

ポンザレは魔力を流し続けた。


それでも、薬を押しのけて、あふれ出してくる血を

布でぬぐいながら、ビリームの妻のリーシャが、元気づける、


「あんたぁ、子供達に戦い方を教えるんだろう?

まだまだ教えることがいっぱいあるって言ってたじゃないか。

しっかりおしよ!ほらポンザレさんも、こんなにやってくれてんだ、

すぐ、よくなるからさぁ…」


「うぅ…。」


額に脂汗を浮かべながら、眉をしかめるビリームだが

半日経っても、まだ意識は戻らない。


部屋の前では、肩と脇腹に包帯をまいたマルトーがうつむいて座り、

ミラが、ビリームの二人の子供の手を握って座っていた。

少し離れた二階の階段の踊り場では、全身に包帯を巻いたザーグが、

抜き身で黄金爆裂剣を持ったまま、警戒をしている。


長時間、手をかざして魔力を込め続けるポンザレだったが、

その目の下にはひどい隈ができ、そのふっくらとしていた頬も

げっそりとこけていた。

それでも、ビリームの状態はまだ危うく、止めることはできなかった。

頭ががくんと落ちて、意識を失いかけたその瞬間、

ポンザレの脳裏を雷がはしった。


「あぁ!」


何事かと顔を上げた他のメンバーに、ドア越しにポンザレの声がかかる。


「すみませんー!だ、誰か入ってきて、ビリームさんにメイスと小手を

つけて欲しいんですー。おいら、手を離せないですー。」


「…私がやる。」


ミラが部屋に入り、ビリームに小手をつけさせ、

その手に無理やり重たいメイスを握らせる。

力の入っていない指を、むりやり折り曲げて、その上から

ミラが握りこんで、メイスを持っている状態にする。


「ビリームさん、ビリームさん…大丈夫です、

おいら、がんばります、だから、良くなってくださいー…。」


ぶつぶつと呟きながら魔力をそそぐポンザレの体が、

薄く緑色に光り始める。するとビリームの全身がわずかに膨らみ、

流れ続けていた血が、ピタリと止まった。

ビリームの顔に赤みが差して、粗かった息が緩やかになる。

誰が見ても、危険な状態を脱したことは明らかだった。


「あ、あんたぁ…」


「よ、よかったですー…」


ポンザレは消え入るような声で呟くと、床に倒れた。

全身の緑の光も、いつのまにか消えていた。



片足を一本失うようなケガをすれば、その先に待っているのは死だ。

鋭利な刃物で切られたのであれば、まだ傷口を縫い込んで、

運を天をにまかせることもできるが、ビリームの傷は、

爪で引きちぎられた、ひどいものだった。


だが、助かった。それは本当に奇跡だった。





傷を受けてから三日後にビリームの意識は戻った。

全身も顔つきも、弱ってはいたが、その目には活力が戻っていた。


「ポンザレ少年、本当に助かりました。本当に…ありがとう。」


ベッドの上で、深々とビリームが頭を下げる。


ポンザレは、ビリームの下半身にかけられた

片側が凹んだ毛布を見ながら、少しうなだれて答えた。


「できることを…やりましたー。でもビリームさんの足が…」


「それはしょうがありません。命があれば、なんとでもやっていけます。

本当に、いくら感謝してもしたりません。あんな強敵相手に、

脚一本で済んだのです。それ以上は欲張りすぎでしょう。」


「はい…。」


「ポンザレ少年も、鉄腕猿二体を倒したと聞きました。

本当に…よく頑張りましたね。あなたは強くなりました。」


思いがけないビリームの一言に、ポンザレが涙ぐむ。


「はい…ありがとうございます。」





さらに数日後、ビリームのベッドの前に全員が集まると、

ザーグがいつになく真剣な様子で、皆に語りかけた。


「少し大事な話をしたい。まずは俺の話を聞いてくれ。」




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