【66】ポンザレとそれぞれの戦い2
街の中央大通りを、二体の鉄腕猿がのし歩いていた。
逃げようとする住民を見つけては、その大きな腕で
壁へと弾き飛ばし、地面へと叩き潰している。
避難の途中に親とはぐれたであろう、小さな女の子が、
「マーマーッ!!ママーーーッ!」と、通りの真ん中で鳴いている。
それに目を付けた鉄腕猿が、ズシズシと地を揺らしながら近づいていく。
「わぁああああ~~~っ!」
鉄腕猿と女の子の距離が、三十歩ほどに詰まった時、
その真ん中に、ポンザレが両手を上げて立ちふさがった。
「わぁああああ~~~っ!」
「わぁああああ~~~っ!」
ゴロロロロ…
獲物の前に立ちはだかったポンザレを、
邪魔な存在と認識した鉄腕猿が、不気味な唸り声をあげながら睨む。
ポンザレもまた、背骨からくる震えを感じながらも、
腹に力を込めて、目前の鉄腕猿を睨む。
(ま、負けないですー。こ、怖いけど、負けないですー。)
サソリ槍を軽くかかげて、女の子から離れるように、
そろりそろりと、ポンザレは動いていく。
時折、はずれそうになる猿達の視線を、
声を上げて自分に戻しながら、ゆっくりと歩いていく。
(何があっても冷静、自分の中にもう一人自分がいる感じですー。
飲まれたら負け、死ぬ瞬間までも冷静にです。)
ポンザレは、最初にザーグ達に教え込まれた、
戦闘の心得を、頭の中で唱えながら、この後の自分の動きを、
必死にイメージしていた。鉄腕猿二体が、直線状に揃う位置取り、
そこから、どう動けばいいか、どう誘導すればいいか、
考えた通りにいかないときは、どうするか…
それぞれが光の明滅のように頭に浮かび、流れ、つながっていく。
女の子から充分な距離をとると、ポンザレは移動しながら拾っておいた、
握り拳ほどの石を構えた。息をひとつ、すぅと吐くと、軽く振りかぶって、
その石を手前の鉄腕猿の顔面に向かって投げると同時に、走り出した。
「顔に向かって飛んでくる、ある程度以上の大きさの飛来物を、
何もせずに受ける生き物なんて、滅多にいないよ。だいたいは、
避けるか、顔を背けるか、何か反応をしちゃうもんなんだよ」
それは以前にマルトーに聞いた知識だった。
目前に飛んできた石を、鉄腕猿はわずらわしそうに、
顔を少しそむけて、額の上あたりで、ゴンと受けた。
露ほどのダメージも入っていないが、石に一瞬注意が向かっただけで、
ポンザレには充分だった。
その一瞬の隙に、ポンザレは動き出していた。
先に動いたポンザレに対して、鉄腕猿は対応する状態になっている。
それだけでも、動きは予想しやすくなり、戦いの確度があがる。
グガッ!
足元に入ってこようとするポンザレを捕まえようと、
鉄腕猿が手を振りかぶる。
(一撃も!もらえないですっ!)
以前の鉄腕猿との戦いにおいては、
サソリ針で動きを止めることに成功はしたものの、
ポンザレは一撃を受けて、ふっとばされ腕の骨を折っている。
「!!」
慣性のついた自分の体を無理やり地面へと倒しこんで、
両手で地面をつかむように動きを止めるポンザレの目の前を鉄腕猿の
腕がバブンと空気を抉って、通り過ぎる。
立ち上がりながら、通り過ぎた腕に、サソリ槍を刺して麻痺させると、
ポンザレは、そのまま止まることなく、強く地面を蹴って、
一体目の股下をすべりこんで、抜けた。
前の鉄腕猿が邪魔になって、何が起きたかわからない
二体目の鉄腕猿は、突然一体目の股下から出てきたポンザレに
ぎょっとした。
そのわずかな隙にかけて、ポンザレはサソリ槍を投げた。
十歩ほどの距離を真っ直ぐに飛んだサソリ槍は、
鉄腕猿のくるぶしにあたり、その体を麻痺させることに成功する。
「よ、よよ、よかったーーーっ!このタイミングで、や、槍を投げるなんて、
ビリームさんには怒られちゃいそうですけど…
はぁ、成功してよかったです…!」
全身から汗を吹き出しながら、ポンザレはぶはぁと息を吐き出す。
呼吸二つの間だけポンザレは動きを止めていたが、
すぐに槍を手に取って穂鞘を外すと、鉄腕猿の膝を何度も刺しはじめた。
「皆さん!猿を縄で引き倒して、目と口、耳をつぶして下さいーっ!」
固まっていた冒険者達は、その指示で我に返り、
言われた通りに、二体の鉄腕猿に縄をかけて皆で引っ張り倒した。
続いて剣や槍で、目や耳をめった刺しにして、つぶしていく。
鉄腕猿の筋肉や剛毛は硬く、通常の刃物を通しづらいため、
そうしないと退治ができない。
冒険者たちが、目や耳を刺す中、ポンザレは念入りに、
二体の肘、膝を槍で破壊して、最後に喉を大きく切り裂いた。
「ふぅ、ふぅ…これで、たぶん大丈夫だと思いますー。
麻痺が解けたら、暴れるとは思いますが、何もできないと思いますー。
でも、死ぬまで時間がかかるかもしれないので、皆さんは、
他の人が近寄らないようにして下さいー。」
「おう、わ、わかったぜ。」
「じゃあ、お、おいらは、行くですー。」
「え、お、おい、どこにいくんだ」
「正門広場です。ザーグさん達が困ってる気がするんですー。」
「…。」
冒険者達は、正門広場へと走り去るポンザレの背中を
ただ黙って見送った。
◇
「ねぇーーーーっ!もうさぁー、正面からやりあおうよー!
僕、飽きてきたんだよねー。」
その声を聞きながら、マルトーが民家の影から狙い撃つが、
シュラザッハは、こともなげに空中を二歩踏んで、ひょいと避ける。
「ちっ、当たんないね…。やっぱり、もうちょっと距離を詰めて、
正面から思い切り射るしかないか。」
マルトーは独り言ちて、民家の中に入った。
「ねぇーマルトー!なんかさー、向こうの方に、石をぶんぶん、
振り回している、きれいな魔法使いのお姉ちゃんもいるんだよー。
僕、おもしろそうだから、そっちも見に行きたいんだよねー。
早く終わらせようよー。」
「…シュラザッハだったね。いいよ、お望み通り、
正面からやりあおうじゃないか。」
弓を構えたマルトーが、連なる民家の屋根の上、煙突の影から姿を現した。
「いいねー。マルトー、やる気だねー。いいよ、やろうー!」
二人の距離はおよそ五十歩。
一人は屋根の上に。一人は空中に。
シュラザッハの右手の中指にはまった〔魔器〕の指輪は、
拳を突き出すだけで、ほとんど目に見えない光の矢を撃ち出す。
矢筒から矢を取り出して、弓につがえ、引きしぼって射る…
という一連の弓の動作では、指輪の動作には勝てない。
(あたしの得意、三本の早撃ちでいく。…一回、いや二回は、
あの指輪の攻撃をくらうね。致命傷にさえならなければ…
やってみるしかないね…。)
マルトーは舌で唇をなめた。
「いくよっ」
マルトーが、半歩横に動きながら、最初の矢を放つと同時に、
シュラザッハが正拳突きで指輪を光らせる。
胸の中央を狙ったマルトーの矢は、あっさりと避けられ、
指輪の光は、マルトーの腕をかすめるように走って、
皮膚をわずかに焦がして赤い線をつけた。
「まだだよっ!」
マルトーは、流れるように矢筒から二本目の矢を取り出し、放った。
それはまさに神速ともいえる、瞬き一つほどのわずかな時間で
行われた動作だったが、それでもシュラザッハの正拳突きの
動作の方が速かった。
ヂュンッ
焼けた鍋に落ちた水がはじけるような音がして、
マルトーの左の脇腹に鋭い痛みが走る。
そして、二本目の矢も、シュラザッハは体を捻って避けている。
脇腹の痛みを無視して、歯を食いしばりながら、
マルトーは三本目の矢をつがえたが、
その瞬間、弓を構えた左の肩にも痛みが走り、
三本目の矢は斜め上、空のあらぬ方向へと飛んでいった。
シュラザッハが、満面の笑みを浮かべ、拳を構える。
「おわりだよっ!」
「まが…れぇっ!」
二人の声が重なった時、あらぬ方向に飛んでいったはずの三本目の矢が、
空中を大きく曲がり、シュラザッハのすぐ傍まで、迫っていた。
矢を避けようとしたシュラザッハの顔に、瞬間、戸惑いの色が浮かぶ。
「あ、ぐぁっ!」
ドズッと鈍い音と共に、シュラザッハの首に深々と、
水色の矢が突き立った。
マルトーの矢筒には、五つの色の矢が入っている。
一番多いのは、普通の色の矢で、白木を染めた薄い茶色のもの。
残り四色は、環境にあわせた保護色になっている。
手練れの相手が避けようとした時に、少しでも距離感がくるって
当てられればと、マルトーが工夫したものだ。
黒は闇夜で、緑は森や草原、濃い目の茶色は地面の上、
水色は空、それぞれの環境で、背景に溶け込むことを想定している。
矢じりになっている悪竜の牙や、矢羽の部分まで塗られている手の込みようだ。
「あぁ…三本目の矢、何か色がおかしいなって思ったんだよなぁ…
こういうことかぁ…」
マルトーはこれまでのシュラザッハとの戦いにおいて、
全て普通の矢を使っていたが、最後の三本目だけ水色を使った。
大きく曲がった水色の矢は、マルトーの目論見通り、
空の青に溶けこんで、シュラザッハの距離感を狂わせ、
ついにその矢を突き立てることに成功したのだった。
◇
矢を突き立てたマルトーの顔は晴れていなかった。
その瞳は憎々し気に、いまだ空中に浮かぶシュラザッハを見ている。
首筋から入った矢は、その長さの半分以上が刺さっており、
間違いなく肺や、他の臓器までも刺さって傷つけている。
だが、その傷口は血も全く流れていない。
「…な、なんでだい…」
シュラザッハは、ぎくしゃくと、ぎこちない動きで空を踏みながら
マルトーを見下ろした。
「マ、マルトーさぁ、君、やっぱりすごいよ…。
まさか、矢をくらうなんて思わなかったよ…。
なんか、身体がうまく動かなくなっちゃったし、僕、もう帰るよ…」
「ま、待ちなっ!くっ!」
痛む体で、マルトーが矢を放つが、その攻撃に精彩はない。
逃げようと距離を取りながら避けるシュラザッハの動きも遅く、たよりない。
「あっ…」
マルトーが三本目に放った矢が、シュラザッハの右腕にあたり、
その手首から先を飛ばした。痛む腕で狙い損ねた矢を、
シュラザッハが避け損ねた、偶然の結果だった。
手首は民家の路地裏へと落ちていった。
「あぁー…指輪が…。…ダメだぁー、取りにはいけないやー
いいや、もう、あれ、あげるよー…じゃあ、またね。」
その後も、ぎくしゃくと空中を逃げていくシュラザッハに
マルトーは矢を放ったが、体の痛みも増し、
ついに弓を置いて、屋根の上に腰を下ろした。
「痛ててっ。あぁーー、ようやく、あいつに矢を刺せたって言うのに、
まったく、すっきりしないったら、ありゃしないよ。なんだい…
死なないとか、でたらめもいいとこじゃないか…。」
マルトーは空を見上げて、大きくため息を吐き出した。
◇
大きな赤い影が走り、その爪が、ビリームのメイスと交叉する。
硬い物がぶつかりあう、ガチリという音の後、
赤い影の後ろ脚がひるがえり、ビリームの左足から血が噴き出す。
「ぐぅっ!」
「ビリームッ!!」
「だ…だ、大丈夫ですっ!」
ザーグとビリームは、すでに満身創痍だった。
その全身のいたるところが抉られ、周囲は血で染まっている。
ザーグ達の周囲の石畳は、深く刻まれた無数の爪跡や、
戦いの衝撃でぼろぼろになっていた。
相対しているのは、魔物を引き連れてきた
赤髪の大男グリンガル。
だが、ザーグ達の正面で、ゴフゴフと息を吐いているグリンガルは、
既に人間ではなかった。人型ではあったが、全身が赤く膨れ上がり、
手足は大きく肥大化し、黒く鋭い爪が伸びている。
それは一体の赤い魔物だった。
グリンガルは、人の目に反応しきれないほどの、
恐るべき速さで、あらゆる方向からザーグ達を襲った。
速さを活かした直線的な動きだけかと思いきや、老獪な獣のように、
フェイントや、石畳に足の爪をたてての強引な方向転換も行う。
武器の間合い、二人の連携なども理解しており、
ザーグ達からの攻撃もうまく避けていた。
「魔物の力と速さ、そして人間のずる賢さを持ってやがる…
俺の剣も、お前のメイスもうまく避けやがる。」
「おまけに、決して無理をして踏み込んできません…
浅い傷でも数を負わせて、血を流させることを知っています。」
「あぁ、このままではジリ貧だ。…ビリーム、俺がやつの動きを
何としてでも止めてみせる。お前はそこで叩いてくれ。」
「…いえ、ザーグ、それは私がやります。さっきの攻撃で、
ふくらはぎを大きく抉られました。足が、よく動きません。
それに…、潰すよりも突きを狙う方がいいでしょう、
私の陰から、やってください。」
「…わかった。…だが命はかけない前提だぞ。もう少し粘れば、
マルトーやミラ、それにポンザレがきて、状況をうまく
変えていけるかもしれないからな。」
「わかっていますよ。無茶はしません。妻も子供いますから。」
「よし。終わったら、死ぬほど寝て、食って、飲むぞ。」
「えぇ。では…、うぉおおおおおおっーーーっ!!!」
決死の雄叫びを受けたグリンガルは、少し首を傾げた後、
ゴルルと喉を一回鳴らして、真っ赤な目をビリームにあわせて動き出した。
地面すれすれに、飛び込んでくるグリンガルに対して、
ビリームは真正面からメイスを叩き落す。
だがその先端は、地面に深く爪を立てて急停止したグリンガルに届かず、
石畳を粉砕する。
今までの連携では、ザーグが一歩、グリンガルの視界に入るように、
踏みだすことで、ビリームへの追撃をさせないようにしていたが、
ここでザーグはあえてビリームの後ろに下がった。
振り切ったメイスの上から、横なぎに振るわれるグリンガルの爪を、
ビリームは小手で受ける。小手は、みなぎる力のメイスと同じ材質で、
非常に硬く、その爪を受けても少しばかりの傷がつくだけで、
持ち主をしっかりと守った。
「ぐぅ!まだです!」
脇腹を突こうと伸びてくるグリンガルのもう片方の手を、
ビリームはすんでのところで、体をよじって回避した。
だがビリームが動けたのはここまでだった。
そして。
大量の鮮血と共に、ビリームの左足が宙を舞った。
メリークリスマスです。
m(__)m
これで年内は最期の更新となります。
ポンザレにお付き合いいただき、ありがとうございます。
更新ペース、少し遅めですが、なにとぞご了承くださいませ。
年末年始と調子を崩さぬよう、皆さまご自愛くださいませ。
また来年もひきつづきポンザレの花をお読みいただければ
嬉しい限りです。
それでは、よろしくお願いいたします。
m(__)m




