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【65】ポンザレとそれぞれの戦い


ゴドン


鈍く重い音をあげて、

丸太を組み合わせて作られた、大きな城門が閉じた。


正門前の広場には、冒険者や衛兵達が何人も倒れ、

その数十倍の数の大小様々な魔物の死体が転がっていた。


ぜぇぜぇと息をあげるザーグの額を、汗が落ちる。

全身は魔物返り血で真っ赤に染まっているが、

本人は傷一つ負っていない。

隣にいたビリームも息を整えながら、ザーグに話しかける。


「さて…ひとまず魔物が入ってくるのは防げましたが、

ここからどうしましょうか?」


「そうだな…城門の上に登って、大声で出てこいと叫んでみるか。」


「む・・・?」


上からバサバサと音がして、広場に影が差す。

ザーグ達が見上げると、背中には真っ赤な長髪の男を乗せた、

黒い翼の竜が羽ばたいていた。


竜は、他の魔物の死体を踏み砕きながら、

広場の真ん中に降り立った。と同時に、長髪の男が、

その背中から、ずんと地面に飛び降りて、ぐるりと周囲を見回わす。


「本当に…貴様ら、人間には…はらわたが煮えくり返る。」


その視線がザーグとビリームで止まる。


「お前が、お前達が、『悪竜殺し』だな?」


「…自分でそう名乗ったことはないがな。…そう呼ばれている。」


「そうか…そうか!お前らかっ!」


男は赤い長髪をかきむしり、吠えた。


「俺の兄弟をっ!殺したのは!お前らかっ!!ぐぅう、許さん!

絶対に許さんぞっっ!」


男の怒りをあえて受けながし、

ザーグはわざと、ゆっくりと受け答えをする。


「なぁ…、俺はお前のことを知らないんだが?

お前のような赤い髪の男や、お前と似たようなやつと戦ったこともない。

…人違いじゃないのか?」


「ふざけるな!俺の兄弟を殺したのは確かに貴様らだ!

ニアレイの郊外で貴様らがっ!俺の兄弟を確かに殺したのだ。」

兄弟がされたように…目を抉ってやる!手足をつぶしてやる!

歯を砕いてやる!」


「ザーグ、ニアレイ近郊で、私達が倒したと言うと…」


「あぁ、あの竜みたいな化け物だが…。」


「違う!化け物ではない!燃えるような赤く巨大な身体を持ち、

美しい牙と爪を持った、俺の!俺と一緒に育った、俺の兄弟だっ!」


滅多にあることではないが、森や平野に住む獣が、

人間の子供を育てたという話は、ザーグ達も聞いたことはあった。

吟遊話士の語る昔の物語では、そうやって育てられた少年が、

人間社会に戻ってから、まさに獣の如き強さと、統率力をもって

国を興した…等というものまであった。


だが、それが魔物となるとどうなのか、ザーグにはわからなかった。

そして、話の真偽はどちらでもよかった。

目の前の男が、命を狙ってきた。それも自分だけであればまだしも、

街を、多くの人間を巻き込んでいる。正直、男が何に怒っていようが、

知ったことではなかった。ザーグもまた怒っていた。


「その化け物を確かに倒したがな。言っとくがな、そもそも、

あの竜は俺らを襲ってきたから、返り討ちにしただけだぞ。

その時に俺の仲間だって、やられているんだ。ふざけんなよ、お前。」


「…目を抉られ、翼を斬られ、牙も爪も失った兄弟のむくろを見た時の、

俺の…俺の絶望がわかるか?貴様らも含めて、ゴミのような人間など、

せめて数でも積まねば、兄弟への手向けにもならんのだ!」


「…お前も人間じゃねえのかよ。」


「俺は、違う!母と兄弟を竜に持ち、大いなる方に家族として

迎えられた俺は…断じて!貴様らのような卑劣で薄汚い存在ではない!」


「ちっ、全く話が通じねえな。で?俺達を許せねえ、

赤髪の何とかさんは、どうするんだ?」


男は、腰につけた鞭を取り出した。

地面にだらりと垂れたその鞭は、長身のその男と同じくらいの長さで、

古ぼけたこげ茶色の革で編まれていた。革の中には、

銀色の糸が織り込まれているようで、キラキラと、

光を細かく反射している。そして、つい目が離せず、

何度もみてしまいたくなる、その雰囲気は、

鞭が〔魔器〕であることを伝えていた。


「…来いっ!」


男が鞭を振ると、ヒュンと、鋭い笛のような音が鳴り響き、

少しして、丸太を並べた城壁を越えて、大きな影が広場へと飛び込んできた。


ゴルガァァァアアアアッ!!


地響きをあげてザーグ達の目の前に、

四つの影が駆け込んでくる。


それは、大人二人ほどの高さの巨大な猿の魔物だった。

赤く濁った目を、ギョロギョロと左右異なる方向にまわし、

長く鋭い牙の生えた口を開いて、オロロロ…と唸り声を上げている。

筋肉をごてごてと盛り付けたような身体は、赤黒い剛毛に覆われ、

長く伸びた両腕の肘から先は、鈍色のかさぶたのような組織が重なった、

錆びついた巨大なハンマーのようになっていた。


手練れの冒険者が二十人がかりで戦い、

そのうちの半数は、死ぬか引退必須の怪我を負うと言われる、

恐るべき魔物、鉄腕猿だ。

以前ザーグ達が戦った時は、ポンザレのサソリ針によって、

ようやく討伐できたが、それがなければ全滅の危険すらあった。


その鉄腕猿が四体、ザーグ達の前に立っていた。





長髪の男が、並んだ四体の鉄腕猿に満足げに見やり、

次にその先のザーグ達に目を向けた時、

そこにザーグ達の姿はなかった。


「ぬぅ!?」


男が慌てて視線を鉄腕猿に戻すと、低く潜り込むような姿勢で、

鉄腕猿の胴へと剣を突きいれたザーグと、

メイスを鉄腕猿の足先へと振り落すビリームの姿があった。


濁った爆発音と、重いものを叩きつけた衝撃音が同時に響いた。

血と肉片の噴水を上げながら、上半身のない鉄腕猿の体が、

地面に落ち、その横では、片足を失って地面をもがく鉄腕猿の頭を、

ビリームが叩き潰してとどめをさしている。


「以前の俺達なら、苦戦していただろうがな。すぐに残りの二匹も、

つぶしてやるぞ。なぁ、どうする?お前が来るか?」


ザーグが剣の切っ先を男に向けて睨む。


「それなりに手間をかけた仕込んだ猿を、一撃で屠るか…

さすがに俺の兄弟を倒した力はあるということか…

いいだろう、俺が相手をしてやろう。」


男が、キラキラと光を散らしながら鞭を振る。

それを見て、立ちすくんで動かなかった残りの鉄腕猿が、

慌てたように男のそばへと戻る。

再び振られた鞭が、びしりびしりと、その赤黒い体に打ち当たると、

鉄腕猿は、はじかれたように、ザーグ達を大きく迂回して、

街の中へと走って行った。


「!?何をしやがった!」


「お前らの相手は俺だ。だから、あいつらには、街を適当に襲うように

指示を与えた。それだけだ。」


「お前を殺せば、あの猿共も、城壁の外の魔物どもも止まるのか?」


「俺は、大いなる方よりいただいた、この愛魔の鞭を使って、

魔物を従わせている。だが、魔物は、それだけでは、ここまで言うことは

聞かん。魔物は強い魔物に従う。だから、俺が鞭を使うのは、

むしろ逃げださないようにするためだ。」


「イラつくな。質問に答える気はねえってか。」


「俺の名はグリンガル。この後は、まともにしゃべれなくなるので、

名前くらいは教えておいてやる。…ではいくぞ。…ふぐっ!」


突然、グリンガルの体が二割ほど膨れ上がり、体に赤みが差していく。

さらに両腕と両足も肥大化して、その先の爪も黒く硬く尖っていった。

まるで竜や凶悪な魔物の手足だけを、人間に付けたような異様な姿だった。


「ザーグ、これはかなり手ごわそうですね…。」


「あぁ。ビリーム、お互いにフォローに入れる距離を維持しながら、

少し離れよう。狙いがどっちにあるか明確に分かった方が、

立ちまわりやすい。」


「了解です。」


グガガッ!


もはや言葉にもならない、湿ったうめき声を上げて、

グリンガルが、大地を蹴った。

赤く光る目の光が軌跡となって、ザーグ達に迫る。





マルトーは、突然首筋に、ちりっと刺さるような嫌な感触を感じた。

すかさず腰を落として警戒態勢をとった瞬間に、目の前の丸太の城壁に

焼け焦げた穴が開く。


(なんだい?これは!?)


自分が危険にさらされていることを理解しているマルトーの体は、

頭が考えるのを続けるより、先に自動的に動いた。

マルトーは城壁の狭い通路の上で、器用に前転を一回すると、

弓を構えて、後ろに広がる街の屋根を警戒する。


「誰だい!?隠れてないで出てきなっ!あたしを狙っただろう!?」


出てこなくても、問いかけた声に襲撃者が気配の少しでも反応すれば、

それでマルトーにはわかる。弓を構えたまま、油断なく警戒をしていると、

少しの間があって、民家の煙突の影から、

その辺りを散歩でもするかのように、ひょいと自然に出てくる影があった。


「いや~、やっぱりダメだったか~っ。すごいねー!よく避けたねーっ!」


空中をそのまま歩いて、マルトーの五十歩ほど先に立ったのは

シュラザッハだった。


「お前は…!軽口男!」


「僕の名前はシュラザッハだよ~。まぁ、軽口でもいいけどね。

君はマルトーだね。沼であった時は、皆、僕に名前を

教えてくれなかったからさ。自分で調べたんだ~。」


「今のは、あんたがやったのかい?」


「そうだよ、これは光矢の指輪って言ってさ、

なかなか便利な〔魔器〕なんだ。こうやって…」


シュラザッハが右手に指輪を着けたまま、拳を握って正拳突きの動作をする。

その動作を見た瞬間、無意識に、マルトーが右に一歩避けると、

後ろの丸太に、先ほどと同じような焼け焦げた穴が開く。


「ふわぁ!すごいな~、やっぱり避けたよ!

僕、これけっこう得意だったんだけどなぁ。あ、あれ、どこ行くの?」


「じょ、冗談じゃないよっ!そんな、恐ろしい〔魔器〕、相手にできるかいっ!」


マルトーは、城壁の内側の簡易で組まれた階段を、

跳ねるように駆け下りていく。


「え、ちょ、ちょっとーっ!僕の相手をっ、あぶなっ!」


地面についた瞬間に、身体をひねって、ためらうことなく

打ち出されたマルトーの矢を、空中を踏んでステップをしながら

シュラザッハが避ける。

その間にマルトーは、民家の路地へと走りこんでいた。


(あの光る指輪は、光の矢みたいなものだね。あの軽口男の、

突き出した拳の真っ直ぐ先に穴が開いた。)


マルトーは音もたてずに路地を走る。


(拳の動きを見て、ギリギリ避けられる…けど、少しでも気を抜くと

やばいね。まともには撃ちあえない。弓よりも動作が早すぎるよ。)


入り組んだ先の路地の角まで来て、マルトーは様子を伺う。

城壁近くの空中では、シュラザッハがきょろきょろと辺りを見回しながら、

「マルトーでてきてよー」などと間の抜けた声を上げている。


マルトーは素早く弓を引き絞ると、

シュラザッハに狙いをつけて矢を放った。

その矢の先を見届けることなく、次の瞬間には、

再び路地へと入り別の道を走る。


「おぉ!やっぱり、狙って来たよー。いいね!いいね!次はどこから

射ってくるのかなー!ちょっと面倒くさいけど、僕は付き合うよ~。

あははっ!」


シュラザッハは苦も無く避けると、心底嬉しそうに笑う。


(ちっ。待ってな、今のその良く回る口を射止めてあげるからね)


マルトーは愛弓ナシートリーフを握る手に、力を込めた。




その頃、ポンザレ一団は、街中を移動しながら、

強力な魔物を倒しまわっていた。


サソリ槍を持ったポンザレが最初に麻痺をあたえ、

その後ろに控えた十名の冒険者達が交代でとどめを刺してまわる。

既に数十体を越える凶悪な魔物を退治してきたことで、

冒険者達もすっかりポンザレの強さを認め、疲れこそ見えるものの、

一団の指揮は高かった。


突然、先を行くポンザレが、街の中央大通りへと

出たところで立ち止まる。


「おい、どうした、ポン…」


そこまで言いかけた先頭の冒険者は、

言葉を続けることができなかった。

中央通りでは、二匹の巨大な鉄腕猿が、

逃げる住民を追いかけていた。


「み、み、皆さんは、少し下がっていてくださいー…。

お、お、おいらが何とかしますー。」


「お、おい、どうするんだ?あ、あれはダメだぞ、

あ、あんなのは無理だっ!」


「い、いきます!…わ、わぁぁあああっっ!!!」


ポンザレは、大きく息を吸い込むと、

雄叫びを上げて、鉄腕猿へと突っ込んでいった。


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