【64】ポンザレと襲いくる魔物の群れ
その日、午前も半ばを過ぎた頃、
ザーグ達が家でくつろいでいると、
息をきらした冒険者が、駆け込んできた。
「『悪竜殺し』の皆さんっーーっ!、ま、街が、ま、魔物に襲われてっ!
た、助けてくださいっ!」
「なに?どういうことだ?」
庭に集まったザーグ達が、伝言役の冒険者を問いただすが、
とにかく、冒険者ギルドに来てくれ、指示をくれというばかりで
らちが明かない。
「皆、装備をしてすぐに出るぞ。」
ザーグ達は、鎧を着て武器を手に取ると、
冒険者ギルドに向かった。
◇
ギルドは、大勢の人でごった返していた。
冒険者達の間に、怪我をした街の住人や、泣きわめく子供達もいる。
「おい、通してくれ!」
声をかけると、海を割るかのように道ができ、ザーグ達は、
そのままギルドの中庭の奥まで進んだ。
ザーグ達を取り巻くように、冒険者が口々に「魔物が!」
「住人を襲って!」「城門が!」等と口々に報告をする。
「おい!いっぺんに喋るな。一回黙れっ!」
そう言いながらザーグは、傍らにあったテーブルの上に
ひらりと飛び乗ると、皆を見下ろして言った。
「報告をしたいやつは手を上げろ。俺が指を指した奴が答えろ。
そいつの報告以外に、まだ何かあるなら手を上げ続けろ。
まず、そこのお前。」
「はい!街に魔物がたくさん攻めてきてます!街の外のっ、農場地区の
やつらが逃げ込んできています。み、南の正門からです!」
指された冒険者が、手を下げて報告をする。
「入ってきた魔物の種類はわかるか?」
「はい!小鬼が大勢です!」
「よし次、お前だ。」
ザーグは、手上げ続けている冒険者の中から
次の人間を指差した。
「はい、魔物の中には、毒吐きとかげ、土蛇、八つ目豚の
姿を確認しています!」
その報告でも手を下げなかった冒険者を、さらにザーグが指す。
「空にもなんか飛んでいる魔物がいた!竜みたいなやつだ!
そ、それが、他の魔物を掴んで街に落としているのを俺は見た!」
とても信じられないような報告が次々とされていく。
ザーグは冒険者達から一通り聞き終えて、少しの間だけ目を閉じて考える。
やがて目を開け、大きく息を吸うと、大声で次々に指示を出した。
「弓が使える奴、マルトーとミラに従って、二隊に別れろ。
それぞれこの冒険者ギルドから前後、東と西の城壁に行って、
そこから魔物を射るんだっ!ミラ、マルトー、街の外の状況を確認して
誰か報告によこしてくれ。狙うのは空を飛ぶやつ優先だ。
それ以外は、街の外と中に入った魔物、状況にあわせて狙ってくれ。
ただし、南の正門には近づきすぎるな、そこから入ってきてるようだ。」
「わかったよ!」「…わかった。」
「弓使い以外の奴は、泥人形の時と同じだ!五人一組、
一人がリーダー、二人がメイン、二人がサブで、交代しながらだ!
街の中をまわって、魔物を退治しろ。自信がない奴、あぶれた奴は、
住民を家の中から出さないように声をかけてまわれ。既に通りに出ている
住人は領主の館の方へ非難させろ。怪我人も同じくだっ!」
「「「「「おう!!!!」」」」」
「ポンザレ、お前は二組つれて、サソリ針でやばそうな魔物を麻痺してまわれ。
お前につく二組は魔物のとどめ役だ。」
「わかりました!」
「俺とビリームは南の正門に向かう。十組、ついてこいっ!
それ以外は、街の中を走って片っ端から魔物退治だ!
ただし、決して無理はするな!わかったな!?」
「「「「「「はい!!!!」」」」」
ザーグ達は、冒険者と共に街へと走りだした。
◇
南の街の正門へと向けて、通りを早走りでザーグ達は向かう。
正門の方からは、悲鳴を上げながら、青い顔の住民達が、
必死に逃げてきている。中にはケガをし、手当ても出来ていない者達も、
多く混じっていた。
「…どう思う、ビリーム?」
「自然に発生…では、当然ないでしょうね。」
「くそっ、なんだってんだ、いつもいつも!
…十中八九、魔物を操っているやつがいるな。
隠れてたりするのを探すとかだと、面倒なことになりそうだっ!」
ぎゃばぁっ!
屋根からとびかかってきた小鬼を、ザーグは振り向きもせずに切り捨てる。
「後手に回っているのが癪ですが…今は、
私たちは魔物を倒すしかありませんねっ!」
正面から、高速で襲い掛かってきた、
棘の生えた土色の大きな蛇の頭を、
ビリームが叩き割る。
進むにつれて、襲い掛かってくる魔物が増えていく中、
焦りを覚えながら、ザーグ達は街の正門前の広場に着いた。
広場では、衛兵や住民があちらこちらで倒れていた。
大きな丸太を組んで作られた街の城門は、半分ほど開いており、
そこから魔物が、次々に侵入してきていた。
城門の横では、十数人の衛兵達が必死の形相で槍を構え、
魔物の相手をしているが、押し込まれつつあった。
「お前ら!まずは、門を閉めるぞ!五組は衛兵の援護!
残りは俺に続け!」
◇
マルトーは、その整った鼻筋をしかめ、城壁の外を見ていた。
「なんだってんだいっ!この馬鹿げた景色はっ!」
そこには、黒々とした魔物の森が広がっていた。
大きさも種族も異なる魔物が、南の正門を中心に、
ゲトブリバを取り囲んでいる。
主に人間に対して、特に攻撃的な生物を総称して、魔物という。
その攻撃性の高さから、人間のみならず、互いを攻撃し合うため、
通常は魔物同士は領域を侵さないように、ある程度の棲み分けが
されている。だが、その法則も無視して多種多様な魔物が、
襲い合うことはもちろん、吠えることすらなく、ただ、そこにいた。
自然界では絶対にあり得ない、不気味な光景にマルトーは背筋を
ぞくりと震わせる。
その時、群れの中で、竜のような魔物が翼を広げた。
その魔物は、その辺りにいた小鬼やトカゲなどの
自分よりも小さな魔物を掴むと、ばさりと飛び立ち、
そのままゲトブリバの方へと向かってくる。
「…魔物を運んでいるっていうのは、本当だったのかい…
でも…やらせないよ!」
マルトーの放った矢は、空気を鋭く切り裂き、
顎下から龍の頭部を突き刺した。
即死した竜は、ぐらりと体勢を崩すと、魔物を掴んだまま、
きりもみしながら落下し、街を取り囲む濠の脇に落ちる。
「濠があってよかったね。そうでなかったら、
今頃もっと押し寄せていたかもしれないね。」
そうつぶやきながら、マルトーが魔物の群れを見ると、
さらに何匹もの竜が飛び立とうとしていた。
「半分は飛んでるやつを狙いなっ!どこかに当てさえすればいいから、
慌てないでやるんだよっ!残りの半分は、街の中で
暴れてるやつらを上からだっ!ただし住民には気をつけるんだよ!」
「「「「はいっ!」」」」
マルトーは額に浮いた汗を腕で拭うと、弓を構えた。
◇
ポンザレは、十人の冒険者を引き連れて、街を走っていた。
手には、サソリ針を取り付けた、かすみ槍を握っている。
既に相当な数の魔物が入り込んでいるようで、
大通りのみならず、そこから左右に伸びる通りにまで、
魔物が歩いていた。
走りながらポンザレは状況を確認し、大通りの魔物と、
弱めの魔物は冒険者達にまかせることに決めた。
「すみません、おいらが強そうなやつを、とにかく麻痺させて
いきます!ゆっくり五十数えるくらいは痺れているはずなので、
とどめをお願いします!では…てやぁーっ!」
「おいっ!ま、まてっ!」
ポンザレは、冒険者の制止も聞かず、
正面にいた三匹の毒吐きトカゲへと突っ込んでいく。
毒吐きトカゲは、森の中に生息する、
成人男性ほどの体の長さをもつ魔物だ。
熟練の冒険者でも油断のできない危険度の
高い魔物として知られている。
一切の音を立てることなく、樹木の間を、立体的に、
かつ素早く動き、獲物の近くまで忍び寄ると、首の後ろの毒腺から、
毒を浴びせかける。強力な毒は、口や鼻、目に入ると全身が痺れて、
動けなくなるばかりでなく、皮膚に着いただけでも焼けるような痛みと、
数か月は消えない痣を残す。
その三匹の毒吐きトカゲが、壁にはりついたまま、
するするとポンザレに迫った。
手前の二匹が浴びせる毒を、ポンザレは強く踏み込んで、
地面に飛び込むような勢いで、ごろりと前転して避ける。
きれいに一回転を終え、立ち上がる動作の延長で、
斜めに上げた腕から、サソリ槍がするりと伸びて、
横にいる一匹を刺した。さらに、サソリ槍を引き戻す動作に、
踏み込みを重ねると、流れるような動きで、
そのまま二回槍を振るった。
ポンザレが、ふぅとため息をつくのと同時に、
麻痺した三匹の毒吐きトカゲが、どさどさと地面に落ちる。
「…なんだ、今の動き」
冒険者達が、ぽかんと口を開ける。
ポンザレに付いたのは、対人、対魔物の経験をある程度積んだ、
熟練の冒険者達だったが、その誰もが見たことのない動きを、
ポンザレはしてみせた。
前転して飛び込む思い切りの良さと、間合いの取り方、
動作を重ねた合理的な動き方と、武器の巧みな扱い。
冒険者達はもちろん、そしてポンザレ本人も気づいていなかったが、
これはザーグとビリームの動きをあわせたものだった。
ポンザレは、二人の異なるタイプの師の戦い方を、引き継いでいた。
「すみません、では、とどめをお願いしますー。おいらのかすみ槍は、
サソリ針を石突きに取り付けてしまうと、穂が自分の体側に、
来てしまって危ないので、穂のカバーはつけたままで、
使えないんですー。」
凄まじい動きと、その後の間延びしたような、のんきともいえる声に、
冒険者たちは、なぜか騙されたような気になりつつも、
剣を抜くと、毒吐きトカゲにとどめを刺した。
「では、皆さんいきましょうー!」
ポンザレは口をもぐりとさせると、再び走り始めた。
◇
街の奥にある領主の館の前では、逃げ込んでくる住民のために
門を開け、衛兵たちが数十人、槍を持って構えていた。
既にザーグの指示により、魔物の襲来と、
それに対して冒険者達がどのように動くかは、伝えられている。
魔物はまだ領主の館までは来ていなかったが、
逃げ込んでくる住民の数がどんどんと増えていくにつれ、
衛兵たちの顔も緊張に強張っていた。
「ちょっと、そこどいてくれないかしら?」
館の中から、金色のリング状のイヤリングと、後頭部で結んだ長い茶髪を
揺らしながら、灰色のマントを羽織った女が出てくる。
ゲトブリバの街のお抱え魔法使い、石降りのニーサだ。
「それで?私はどこにいけばいいのかしら?どんな魔物が来ても、
私の石でつぶしてあげるわ。」
そう言うと、ニーサは、自身の周囲に浮かべた、
大人の握り拳ほどの大きさの石を、くるくると回転させた。
「はい!領主さまからのご指示では、ニーサ様は、
この館の少し先で、襲来してくる魔物を退治してほしいとのことですっ!」
この場の指揮をとっている衛兵の隊長が答える。
「ふぅん、街の外まで叩きに行かなくていいのね。」
「はい、冒険者と衛兵が既に正門に向かっているとのことで、
ここは、最後の防衛線にするとのことでした!」
「わかったわ。しょうがないわね。」
通りの先を見つめながら、ニーサは、泥人形との戦いの時に
自分を救ってくれたふくよかな少年の横顔を思い出していた。
「…せっかくポンザレと、一緒に戦えると…思ったのに」
誰にも聞こえないように、ニーサは小さく呟いた。
◇
領主の館は、三階建てで街の中で一番高い。
その三階の屋根の煙突脇に、腰を掛ける細面の青年の姿があった。
青年、シュラザッハは、ぶつぶつと独り言ちていた。
「あ~あ。僕、本当に今回貧乏くじだなぁ。噂に聞いていたけど、
あのおデブちゃんも、なんだかずいぶん強くなってるしー。」
視線を城壁に移し、シュラザッハは続ける。
「金髪美女ちゃん…マルトーだったっけかな、彼女も、
新しい弓持っちゃってるなー。あれもたぶん〔魔器〕だよねー。
すごいなー、〔魔器〕作れちゃうのかなー。」
続いて街の正門のある方向へと目を向ける。
「うーん…グリンガルのやつは、ここからどうやって攻めるんだろうな~。
あまり考えていなさそうだなー。たぶん、正門から攻めるんだろうなー…。
あれ…?グリンガルが持っているのって愛魔の鞭と…後なんだっけ?」
シュラザッハの銀髪を、風が揺らす。
「今回厄介そうなのは…あの弓かなー。グリンガルが、ザーグ達と
戦っている時に、遠間から狙われるのも、きつそうだしなー。
…じゃあ、僕は彼女のお相手かー。うーん、できれば持って帰りたいけど、
今日は無理だなぁ。さて、働くとするかな…。」
シュラザッハは、そう言って空中へと足を踏み出し、
空を歩き始めた。
いつも『ポンザレの花』をお読みいただき
ありがとうございます。
最近、日々の忙しさがマックスな日々を迎えております。
そのため更新が滞り気味になっておりまして…申し訳ありません。
やめるつもりはありませんので、ご安心ください。
しばらく更新ペースが1~2週になるかと思いますので
よろしくお願いいたします。