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【60】ポンザレと化け物退治


バガンッ!


バギンッ!


大きなくさびで、岩を打ちつけるような音が、

動きを止めた化け物の足元から響く。


「ふぬぅぅ!」


ビリームは一心不乱に、みなぎる力のメイスで、

化け物の爪を、根元から砕き割っていた。

その足元には人の太ももの太さの真黒な爪が、

破片とともに四本も転がっている。



ボジョォォンッ!


ビジャアッ!



化け物の紫色の返り血を、全身から浴びたザーグが、

鬼のような顔で、剣を刺しこんでは爆発させる動作を

繰り返していた。


「!!くっそかてえ!爆発の力が通らねえ!」


化け物の首は、数回は爆発させているにもかかわらず、

半分以上つながっていた。



「ザーグ!もう少しで、麻痺も解けてしまうでしょう。

一回離れましょうっ!」



「くそっ!せめて首を落としてえっ!うらぁあっ!」



ザーグとビリームの顔には焦りが浮かんでいる。

麻痺が続くうちに、この恐ろしい化け物の、

息の根を完全に止めておきたかった。





マルトーとポンザレは、化け物の動きが止まると、

サソリ針を抜いて、すぐにミラのもとへと向かった。


化け物の尻尾に弾き飛ばされて、森の木に、

強く打ちつけられたミラは、気を失って、

ぐったりと木の根元に横たわっていた。


だが胸はわずかに上下しており、

手足が折れている様子もみられない。


「あんた達は下がってな。鎧をとって体を調べるから。」


同じタイミングで心配して近寄ってきたパスカルや

『霧の弓』のメンバーとポンザレは、少し離れたところで、

マルトーからの指示を待つ。


数十歩先では、ザーグとビリームが武器を振るい、

動きを止めた化け物をどうにかしようと悪戦苦闘を続けている。


「ポンザレ!あんただけ、おいで。打ち身の薬もだ。」


「はいーっ。」


「…本当は、あの化け物がしっかり片付いてから、

手当をするべきなんだろうけどね。化け物はあの二人にまかせた。

これでどうにかできなかったら、あたしがあの二人に矢を刺してやるよ。」


そう言うと、マルトーはポンザレに場所を譲る。

そこには、鎧をとって上半身の背中がむきだしになったミラが

うつ伏せで横たわっていた。

ポンザレは真っ白なミラの背中に一瞬ドキリとするが、

そこに斜めに走る濃い紫色の打撲傷を見て、慌てて打ち身の薬を

背負い袋から取り出した。


「山オロの鎧はすごいね、あの勢いで叩きつけられていたら

普通なら間違いなく背骨が折れていたに違いない。

でも、打ち身だけですんでいるよ。…はぁ。…安心したよ、本当に。」


ボソボソと小さくしゃべるマルトーの声は、

少し気が抜けたのか、わずかに震えていた。





「一回距離をとるっ!全員、もっと離れろ!」



ザーグは大声で指示を出すと、

爆裂剣を収めもせずに、ポンザレのところに駆け込んできた。


「ミ、ミラはっ!ミラは、大丈夫なのか!?」


紫の返り血で、全身を濡らしたザーグの目は血走っており、

その勢いに『霧の弓』『赤神の斧』のメンバー達は、言葉を発せなかった。

マルトーが、あえてゆっくりとした様子でザーグに応えた。


「いま、ポンザレが手当をしているよ。どこも折れていないし、

たぶん大丈夫だと思うよ。まだ気を失っているけどね。」


「そ…そうか。ふ、ふぅ…。」


剣を地面に突き刺して、ザーグはドサリと座り込んだ。

いつのまにか横にきていたビリームも、ふぅと息を吐き出しながら

汗をぬぐう。



青い顔をしたボドゥルが、落ち着きを取り戻したザーグに問いかける。


「ザ、ザーグ、あ、あれは、あの化け物は、ど、どどうなるんだ?」


「あぁ、そのうち麻痺が解ける。首を半分までしか斬れなかったから、

たぶん暴れるだろうな。逃げるか、この場で死んでいくか…だな。

まさか、あの状態で、俺らを襲ってきやしねえだろうが、

もし、襲ってきたら皆で森の中をバラバラに逃げよう。」


「…。」


「二本、足をつぶしましたから、逃げるよりかは、

この場で死んでいく可能性が高いでしょうね。」


「そ、そうか…なんというか、こ、言葉が出ねえ…だ、だが、助かった。

あ、ありがとよ。」


「「「あ、ありがとうございますっ!!」」」


ボドゥルが、素直な感謝をの気持ちを口にすると、

他のメンバーたちも口を揃えて礼を言った。


少しして、パスカルが神妙な顔つきで前に出て、謝罪をした。


「ザーグさん、化け物の動きを変えてしまった矢は、僕が放ちました。

申し訳ありませんでした。どのような責も負います。」


「…その件は、とりあえず片付いてからだ。」


「わかりました。」





グゴロゴガロォォォォォオオッ!!!!




その時、大気を切り裂いて、轟雷のような叫び声が大気を震わせた。


化け物は、半分まで斬られた首の根元から、

噴水のような勢いで、紫の血を撒き散らしながら暴れ始めた。

左右の翼は出たらめに地面をうちつけ、尻尾は不規則に空を切る。

首を上げては上げきれずに頭を地面に打ち付け、

その度に地面を紫に染めていく。


足先をつぶされているため、歩くことも、

飛ぶために体を立てようとすることもできず、

ひたすらもがいては、叫び声を上げる。


そのうちバヂンッとはじけるような音がして、

化け物の首がちぎれ飛んだ。

弧を描いてザーグ達の目の前に飛んできた化け物の首と、

首なしの胴体は、のたうち、跳ね回った後、

長い時間をかけて、その動きを止めた。


皆は森の中から、固唾を飲んで化け物の様子を見守り続け、

動きが止まって、ようやく胸をなでおろした。


いつの間にか随分と時間が過ぎ、

太陽は既に中天を越えていた。


「…ザーグ、どうしましょうか?」


「うーん、今から出発しても、たいした距離も進めねえ。

何よりミラの意識も戻ってねえ。気乗りはしねえが、

ここでもう一晩、野営するしかねえな…。」


「あれはどうしますか?」


ビリームが親指でくいと化け物を指さす。


「うーん、倒した証というか、少しでも持ち帰れるものがあれば

今のうちに採っておくか。」


「おぅ」「うぁぁ縁起でもねえ」「か、帰りたい…」などと、

皆が口々につぶやくが、正面きって反対するものはいなかった。





翌朝になってミラに意識が戻った。


「…ここは。…あぁ、私は跳ね飛ばされて意識を…」


「ミラさん!気づいたんですね!よかったですー!」


「…ポンザレ。…化け物は?」


「はい、ザーグさんが倒しました!あ、ザーグさん!サーグさん!

ミラさんが!ミラさんが、気づきましたー!」


「おぉ…ミラ…だ、大丈夫…か?」


「…大丈夫。…でも体が…、まだ痛む。」


「い、いいから、寝てろ、や、休んでろ。」


上半身を起こそうとして顔をゆがめたミラの体を、

ザーグが慌てて優しく押し戻した。


「ミラ、お前のおかげで助かった、あ、ありがとうな。」


「…ザーグ。」


「なんだ、なんでも言ってくれ。」


「…私は後悔していない。…私は皆と一緒に戦える。」


「…、その話は、また帰ってからきちんとしよう。と、とりあえず、今は

休んでてくれ。」



若干渋い顔をしてザーグは、ミラの頭を撫でた。





翌朝になり、ザーグ達一行は、ニアレイの街に戻るべく出発した。

ミラは即席の担架で寝たままの移動である。

ポンザレを始めとした何人かのメンバーは、

化け物の死骸から剥ぎとった大きな荷物を担いでいる。


二日かけてニアレイの街に無事にたどり着いたザーグ達は、

冒険者ギルドに事のあらましだけを報告すると、

ミラの看病と、化け物との戦いの疲労を理由に、

宿屋に二日引きこもった。


ポンザレの魔力を込めた薬はよく効き、三日目の朝には

ミラは激しい動きはできないものの、立って歩くまでには

回復していた。


全員が揃って、領主への報告を行って

冒険者ギルドに戻ってくると、ギルドのホールには

大テーブルが並べられ、ニアレイの街の名物を初めとした、

多数の料理が並べられていた。


「ザーグ、あんた達には本当に世話になった。

返しきれないほどの借りがある。こんなことで返せるわけではないが、

せめて依頼が終わったことを共に喜ぶ場をもたせてくれ。

死んだ仲間や、あの植物の化け物にやられた冒険者達の

弔いも兼ねてだ。」



ボドゥルが、蜂蜜酒で満たされた木の杯をザーグに手渡す。


「…この街の冒険者じゃねえから、多少遠慮はしてたんだがな。

そこまで言われちゃ断れないな。俺達は食うぞ。なぁポンザレ?」


「はい、最初は、全部の料理を一口ずつ、食べるんですー!」


「はははっ!遠慮なんかしねえでくれ、美味かったもんがあったら、

言ってくれ。すぐ追加を作らせる。さぁ、ザーグ、乾杯の声を上げてくれっ!」


ザーグは鼻の頭を掻くと、立ち上がって杯を掲げた。


「死んだ者に、生きて帰った者に、ニアレイの街の冒険者に!乾杯!」



「「「「「乾杯っ!!!!!」」」」」



宴が始まって少し経った頃、

固い顔をしたパスカルが、ザーグの前に立った。



「ザーグさん、化け物の動きを変えてしまった、例の矢に関してです。

僕はどのように償えばいいでしょうか。」



命を失いかねないミスを誰かが犯した時に、

冒険者がどうするかは特に決まったルールはない。

悪意があれば、その代償を命で払うこともある。

そうでない場合は、例えば利き腕を折る、賠償金を払わせる、

街を追放される…など、そのミスの重さや、パーティによっても変わる。


今回、ザーグの指示に全て従うことを条件に依頼を受け、

戦闘には手を出すなと言われていたにも関わらず、

矢を放ってしまい、結果、ミラに怪我を負わせた。


怪我で済んだからまだ良かったものの、ミラに障害が残ったり

最悪死んでいれば、それなりの責を負うことになる。

ミラの怪我が奇跡的に、ひどい打撲傷程度で済んだのは確かだが、

それは結果論でしかなく、しでかしたことの重さは変わらない。

ゆえに、どんな責でも負う、そうパスカルは決めていた。


「うーん、と、言われてもな。ミラ、どうする?」


「…ザーグに任せる。」


「わかった。」


ザーグはパスカルの前に立ち、目を見ながら聞いた。


「パスカル、お前でいいんだな?」


「…はい、僕です。」


ザーグには、矢を放ったのはパスカルでないと分かっていた。

『霧の弓』は、情報収集と、その情報を持ち帰る事に

特化したパーティであるとパスカルは最初に自己紹介をした。

その後、一緒に行動をする中でも、パスカルの慎重な姿勢は、

それが事実であると告げていた。

その慎重なパスカルが、指示があったにも関わらず、

そして効かないことが十分に予想されるにも関わらず、弓を放った。


どう考えても、あり得なかった。

だが、パスカルは、「リーダーである自分が責を負う」とは言わずに、

「自分が矢を放ったから責を負う」と言った。


かばう理由があるのだろうと思ったが、

それはもうザーグ達が踏み入るところではない。


「ふむ…。」


いつの間にか、周囲は静まり返って、

皆がザーグが何を言うのか、その口元に注目している。


「そうだな…幸い、ミラは無事だった。2~3日動けなかったがな。

だからお前にも、似たような目にあってもらう。」


「…どうすればいいでしょうか?」


「歯を食いしばれ。俺が一発殴る。それで終いだ。」


パスカルは目を見開いてザーグの瞳を見返す。


「…お願いします。」


「ふんっ!」


ザーグは、しっかりと力を込めて、パスカルの顔を殴り、

そのまま拳を振りぬいた。半回転しながら吹っ飛んだパスカルは、

後ろにいた仲間に抱きとめられる。

頬を押さえたパスカルは、ふらふらと立ち上がるとザーグに礼を言った。


「…あ、ありがとうございます。」


「染みるが飲め。消毒だ。」



そう言って、差し出された木の杯で、二人が小さく乾杯をすると、

周囲から歓声があがった。


その後、宴は最高潮の盛り上がりをみせた。

ギルドの食堂には、ひっきりなしに冒険者達が訪れ、

飲み食いしては、噂の人物であるザーグ達を見て盛り上がり、

いつまでも、帰らない。しまいには表の通りにまで冒険者が

溢れかえり、酒樽が置かれる始末となった。


ザーグ達はいいかげん疲れ果て、

途中で宿へと引き上げたが、宴は夜が明けるまで続いた。





ニアレイから二日ほどの距離の細い街道の脇。

ザーグ達の倒した化け物の亡骸を前に、

一人の大男が、膝をつき、むせび泣いていた。


「うぉおおお…友よっ!なぜこんな姿にっ…!

誰がっ…誰が、お前をこのような姿にしたのだっ!」


両目は抉られ、牙や角は折られ、砕かれた足の爪の破片が

散乱している。翼の膜は切り取られ、

身体の鱗も何ヵ所も剥がされて、尻尾も先がない。

男の持つ大きな松明に照らされて、その姿は、

いかに化け物といえど、無惨の一言に尽きた。


「うぉお…あぁ…うう…」


大男は、長い赤毛を振り回し、天を仰いで慟哭する。

風がその声を蒼闇の空へと流していく。

しばらく経って、前を向いた男が、濁った声でつぶやいた。


「友よ、お前をこんな目にあわせた奴を、俺は許さない。

大いなる方よりいただいた、このむちで、君の仇を取ろう。

君がやられたことを、そのまま、そいつにしてやろう。」


大男は、ふらふらと立ち上がると、後ろに控えていた

翼の生えた小型の竜のような生物にまたがると、

そのまま空の彼方へと飛び去っていった。





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