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【58】ポンザレと焼けた遺跡



ピィィィーーーーッ!



ピィィィーーーーッ!



遠くから指笛の音が鳴り、口に指をあてたパスカルが

同じように指笛を返す。



「さぁ、いきましょう!」


火のついた矢を、パスカルが入り口の中の暗がりに向かって放つ。

矢は、ブボボッと奇妙な音を立てながら飛び、蠢いていた根や、

犠牲となった冒険者に突き刺さると同時に、

特製の油を周囲に散らして、あっという間に炎を広げていった。

養分を吸い取られ、水分の少ない冒険者や獣達の体は、

炎の柱となって、燃え上がっていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!



小山が何度も振動し、先程よりも大きな悲鳴のような波が

ポンザレ達に何度も伝わってくる。


みっしりと根が張られた遺跡の内部が、

広がる炎に照らされて見える。

蠢く根が奥まで続くそのおぞましい光景に、

ポンザレはぶるりと震えた。


入り口に積んだ薪にも火が放たれる。

油をたっぷりと振りかけられた薪は、

もうもうとすさまじい煙を上げ始める。



「そろそろ上にもですね!」



パスカルの放った火矢は、空中で放物線を描いて、

小山の上にも炎を広げていった。

遺跡は周囲の入口だけでなく、天井面にも穴が開いていたようで、

小山はまるで、かまどのように黒い煙と大きな炎を吹き始めた。





全ての入り口で、火をかけ終えたザーグ達は、

集合して、遺跡を囲う幅の広い石畳みの端で、

汗を流しながら、燃え上がる小山を見つめていた。


「すごく、暑いですー。」


額に玉のような汗を浮かべたポンザレが、

素直な感想を口にする。


「こんだけの油を使って何かを焼くなんて、普通はないからな。」


応えるザーグを始め、誰の顔にも汗が浮かんでいた。

遺跡からは、皆がいる石畳の端まで、熱が伝わっているためだ。



「しかし、ちょっと不安ではあったが、安心したぜ。

これなら、周りに燃え広がることはなさそうだな。」


「そうですね、もっと森に覆われていたら、

焼くまでの準備も相当大変だったでしょう。

この広い石畳みのおかげで、森と遺跡の距離が

とれているのが幸いでした。」


「遺跡からのギャー!も、もうなくなりましたー。」


「遺跡のギャーって、そんな可愛いもんじゃなかったけどね。

あれは、あの振動は、やっぱり中にいたやつの悲鳴だったんだろうね。」


火をかけた時に、小山全体を震わせた振動は

もうずいぶん前に収まっていた。


「…マルトー!」


その時、ミラが鋭く声を上げ、空を指さした。

ミラの指す先には、炎と煙を噴き上げる小山の中から、

飛び立った大きな鳥がいた。バサバサと大きい翼の音のわりに、

速度もなく、よたよたしており、鳥とは思えないほどの

不格好さだった。


「そらっ!」


マルトーは一呼吸で、腰の矢筒から、矢を抜き、構え、放つ。

胴を射抜かれた鳥は、きりもみしながら石畳の真ん中に、

べしゃりと落ちた。火が広がってから、遅れて飛び立つ鳥など、

怪しい以外の何者でもない。皆が一言も発さずに、その鳥を見つめる。


矢に貫かれながらも、びくびくと全身を奇妙に

動かし続けている鳥の目は白く濁り、

胴体は何かが入ってでもいるかのように、

大きく膨らみ脈動していた。


「…それは、遺跡の中の本体から、別れて飛びあがった。」


「…こいつは種か球根で、逃げ出したってところか…。

うぇ、びくびくして気持ちわりいな。」


「こうやって、生き延びて、またどこかで大きくなるんでしょうか。

…なんとも最悪な生き物ですね。」


「マルトー、矢はいいよな?」


「あぁ、気持ち悪いから、そのまま投げていいよ。」


ザーグは、矢ごと鳥を持つと、そのまま燃え盛る遺跡に

投げ込み、手をパンパンと打ち払った。

炎の向こうでバタバタと暴れるような気配があったが、

やがてそれもなくなる。


「よし、ここで、火が収まるまで何日か野営だ。

中に入れるようになったら手分けして探索するぞ。」






ザーグ達は遺跡の横で丸三日、野営をした。

その間は、定期的に遺跡の周囲を見回ったほか、

ビリームが武術訓練を行ったり、弓矢使いや斥候などの職業ごとの

情報や技術交換などを行って、各メンバーは親睦を深めた。


三日目には火はすっかり消えていたが、

念のため、さらに一日待った。

四日目の朝に、中に入っても問題のないことを確認すると、

ザーグ達は再び四つの班に分けて、四つの入り口から

中へと入っていった。



通路の内壁は妙に凹凸が多く、そこを這っていた根は、

全て焼け落ちて、黒い炭となって通路に積もっている。

根に養分を吸われた冒険者や獣達は、ほとんどが

跡形もなくなっていた。通路のいたるところに、煤けた武器や

原形も留めぬほど焼け焦げた装備が転がっている。



『赤神の斧』『霧の弓』のメンバー達は、

冒険者の遺体らしきものを見つけると、その中から冒険者プレートを

拾って回収していく。ニアレイの街に持ち帰り、死んだことを報告するためだ。

またプレートをギルドに渡すことで、故人の預けていた遺産の一部も

受け取ることができる。ザーグ達にも、その権利はもちろんあるが、

ザーグは、「ニアレイの街の冒険者なら、お前らがプレートを持って帰った

方がいいだろう。そのかわり、その金で死んだ奴らを送り出す宴でも

派手に開いてやってくれ。」と言って、断った。



入り口から続く通路は、数十歩ほど緩く右曲がりになっており、

どの通路も最後は、遺跡の中央に位置する吹き抜けの大部屋に

つながっていた。部屋の中にも、焼けた装備や、人間を含めた

大小様々な生き物の薄汚れて黒くなった骨があちこちに転がっていた。


「あれ?ここで全員合流してしまうんですね。」


「しかもお宝も全くなしとくらぁ。

せめてちったぁ、夢を見せてくれてもいいだろうに。」


『霧の弓』のパスカルが慎重に部屋に入ってくると、

先に部屋に入っていた『赤神の斧』のボドゥルが、

残念そうに返事をする。


パスカルの後から入ってきたポンザレが、

部屋の中央で、何かを見つめるザーグに気がついて、

嬉しそうに近寄っていく。


「ザーグさん!…それは、柱?ですかー?」


「おそらく…これが、本体、だったんだな。」


部屋の中央は、三本の柱が交叉するように、

三角形に組まれており、その柱に支えられるように、

真っ黒に焼け焦げた巨大な球根のような物体があった。

球根から生えていたらしき無数の根は全て焼け落ち、

地面に血管のような模様を作っている。


「…完全に炭になっていますね。」


ビリームがメイスの先で突つくと、

球根は、ざらざらと砂のように崩れ始め、

最後に形も残らず黒い粉の山になった。





「まぁ、何にせよ、これで依頼は達成ってところだね。」


「早くニアレイの街に戻って、皆で美味しいご飯を食べましょう―。」


「あぁ、そうだね。小魚の揚げ物と酒だね。」


マルトーとポンザレが、食べ物の話を始めると、

部屋に漂う薄気味悪さと、焦げた匂いを振り払うかのように、

ボドゥルやパスカル達も、大きく声を張って会話へと入ってくる。


「あぁ、早く帰って…俺はやっぱり肉だな。」


「私は、ニアレイ湖の特産のエビと白身魚のクリーム煮

を強くお勧めします!あれは最高ですよ!」


「エビのクリーム煮…それ、おいら、知らないですー!

…塩ゆでとクリーム煮、どっちが美味しいのでしょうかー。

でも…好きなものは一品ずつしか頼めないので…迷いますー。」


「なんだ、それ?何皿でも何品でも頼めばいいじゃねえか。

盛大に飲んで、食おうじゃねえか!」



わいわいと皆が盛り上がり始めた横で、

ミラが、いまだ床の炭を見つめているザーグに声をかける。


「…帰ろう、ザーグ、」


「あぁ…。そうだな…。早く、この胸糞悪い遺跡から出よう。」





行きは、斥候以外の全員が油や薪などの大荷物を背負っていたが、

帰りはその荷物もないため、皆の足取りは軽かった。


依頼を無事終えられそうなこと、

そして何よりも薄気味の悪い遺跡から離れられる安心感も加わって、

帰りの道では、互いに軽口を叩いたり、鼻歌を唄いながら

森の中を歩く。



ザーグ達は、森を抜けると、

ニアレイへと続く細い道の横で、野営に入った。



食事も終わって、皆が雑談をする中で、

ボドゥルが夜空を仰ぎながら、またしてもぼやく。


「しっかしよぉ、あの遺跡、確かに薄気味悪かったんだが…

もう少しくまなく探してみたら、意外と隠し扉とか

見つかったんじゃねえかって思うんだがなぁ。

ありゃ、やっぱり神殿だったろう?」


「ボドゥルさんも、たいがいしつこいですね。

ぼやきのボドゥルと言われているだけありますね。」


「なぬ、俺はそう呼ばれてるのかっ?…まぁ、いい、だがな、パスカル、

冒険者ってのは、しつこいくらいじゃないと、何も手に入れられねえ…

それが俺の持論だ。」


軽快に返すパスカルにボドゥルが鼻息荒く、冒険者かくあるべきを

語ったところで、ザーグが静かに会話に入った。



「あの遺跡に関しては、どれだけ探しても、何もでなかったと思うぞ。」


「ん?なんでだ?いや、実際なかったのは本当なんだが、

なんで断言できるんだ?床だって、壁だって。

俺達は、全部を調べたわけじゃねえだろ?」


「…あれはな、神殿とか墓とかそういうんじゃねえ。

もっと、たちの悪いもんだ。」


「…意味が分からねえ。」


「どういうことですか?」


マルトーが、ザーグに代わって、皆に説明を始める。


「あれはさ、あの植物…のための建物さ。部屋の中央の、

球根本体を固定する柱、上に開いた穴からは、鳥が飛んだんだろう。

通路の壁が妙に凸凹していたのは、根が這いやすいようにで、

周囲の広い石畳みは獲物が入りやすいように…ってとこだろうね。」


「は?いや?そんな…まさか人を襲わせるためだけに

あんな遺跡を作ったってことか?」


「おそらく、人を襲わせるというより、

あの気持ち悪い生き物を育てるために作ったんだろうな。」


口を閉じることも忘れ、呆然とするボドゥル達とポンザレ。


「…なんのためにそんな危ないものを、作るんでしょうー?」


ポンザレが、恐る恐るといったていで、質問をする。


「そんなの、作った奴にしかわからねえよ。ただ、近づいた人間が

犠牲になることを分かって、いや、それを狙って作った

悪意に満ちた遺跡だってことは間違いねえ。」


「…。」


「焼いてよかったです、焼く前に入らなくてよかったですー。」


「…あぁ、全くだ。」


焚火を見つめながら、ポンザレのつぶやきに全員がただ頷いていた。





「俺はそろそろ休ませてもらうぜ。

俺の見張りの時間になったら起こしてくれ。」


そう言って、ザーグはハーフサイズの毛皮のマントを

体に巻きなおすと、膝をおって、ごろりと横になった。

すぐに、ザーグの浅い寝息が聞こえ始める。


春も半ばではあるが、夜の地面は冷たい。

野外での活動の多い冒険者達は、睡眠や休憩時間に少しでも、

体力を回復できるように様々な工夫をする。


ザーグ達の、子ヤギの毛皮を幾つもつなぎ合わせて作られた

特注のマントもその一つだった。

毛は短く、皮も薄いためゴワゴワしており、継ぎはぎだらけで

見た目は非常に悪く、とても暖かそうには見えないが、

実際は、保温力に優れており、非常に軽くできていた。


さらに毛皮の裏側には、厚手の布を取り外しができるように

付けられており、肌触りもいい。取り外した布は敷いて使ったり、

下半身まで覆ったりできる他、裂いて包帯にも使える。

草原の部族の出身のマルトーの知識をもとに、

ザーグ達が改良を加えて作ったものだ。


野営の最初のころ、ボドゥルやパスカル達は、

そのマントを怪訝な目で見ていたが、実際に着させてもらい、

その快適さを味わうと、目の色を変えてザーグに詰め寄った。


「俺もこれを作りたい!これを味わっちまうと、

今までの毛皮では、もう駄目だ!…なぁ作っても、構わないか!?

金も少し払うからよ。」


「寝食を共にした仲間だ。気にせず作ってくれていいぜ」


ザーグが快く了承したことに、ボドゥル達は感動した。

自分達だけが持つ知識や工夫を、わざわざ人に教える冒険者はいない。

だが毛皮だけでなく、その他の知識や工夫なども、

ザーグ達は気にすることなく教えてくれることが多かった。


ザーグの毛皮を少しうらやましそうな目で見ながら、

ボドゥルがつぶやく。


「俺も、ニアレイの街でそこそこの冒険者だと思っていたが、

この依頼じゃ教わることばっかりだ。」


「そうですね。慎重さ、工夫、判断の速さ、腕っぷし…

正直、どれも僕らには足りていないと思いました。」


「〔魔器〕をもってれば、俺だって…と会う前までは、

少し思っていたんだがな。」


「実は僕も少し思っていました。でも、違いましたね。」


「あぁ、違ったな。」


「さぁ、僕達も休みましょう。」



ボドゥルやパスカル達も毛皮をまとうと横になった。

三パーティによる合同依頼も、あと少しで終わりを迎えようとしていた。



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