【6】ポンザレと街と冒険者ギルド
盗賊に襲われた竜車隊の残骸を片づけて一日半後、
ポンザレの乗った竜車は無事に街へとたどり着いた。
道中、夜は見張りを増やしたりもしたが凄惨な現場を見た後では
眠りも浅くポンザレだけでなく、皆が目の下に濃い隈を作っている。
通常のスピードでは二日かかる道のりを一日と少しで着けたのは
御者と荷竜が相当がんばってくれた結果だった。
夕方少し前、ギリギリ街へと入れる時間に着いたこともあって
疲れ切った皆の顔にようやく笑みが戻ってくる。
竜車を降りるとポンザレは御者にお礼を言った。
「御者さん、乗せてくれて本当にありがとうございました。」
「ああ、今回は大変だったべな。街の役人には、おらが報告するだ。
おめぇは街さ入ってゆっくりするといいだ。」
続いて皆にもお礼を言う。
「皆さん、ありがとうございました。」
「本当に街につけてよかったな。お互い、気をつけような。」
「坊主もこれから大変だろうが、がんばれよ!」
「命があってよかった、今日はゆっくり眠れるな。じゃあな!」
行商人や村人たちはそれぞれの荷物を積んでおり、竜車と一緒に
門から入るため、ポンザレとはここでお別れだった。
背負い袋を担いだポンザレは別れの挨拶を終えると、
一人外門に並ぶ人の列に加わった。
◇
街へは、街道に面した外門からのみ入れるようになっており、
外周は水をたたえた深そうな濠でぐるりと囲まれていた。
濠の内側は固められた土の山に無数の丸太が立てられ、
そびえ立つ城壁となっていた。城壁は大人三人分ほどの高さで
左右にずっと続いている
ポンザレは列に並び、その丸太の城壁を見上ながら口をポカンと開けていた。
村の囲いとは比べ物にならない壁だった。壁の内側からは、
ざわざわと大勢の人々の声が聞こえ、ポンザレが今まで感じたことのない
独特な気配が立ち上っている。
急に自分が小さな存在であるかのような錯覚をおぼえ、手のひらに汗をかいた
ポンザレは、慌てて口をもぐもぐさせて唾を飲み込んで気持ちを落ち着かせる。
列はどんどん消化されていき、やがてポンザレの番になった。
「よし、次。そこのぽっちゃり!お前の番だ。」
槍を持った偉そうな門番がポンザレを呼ぶ。
「は、はい!よろしくお願いします。」
「名前を言って、袖をまくって手首を見せろ。」
「ポ、ポンザレです。」
袖をまくって門番にみせると、門番はそこに何もないのを確認する。
街の入り口では、ごく簡単なチェックしか行っていない。
手首を確認するのは、他の街で罪を犯した者が入れ墨を手首に
入れられるからである。
何の問題もないポンザレだが、そんなことは知らないので
袖をまくっている間は、すごくドキドキしていた。
「よし、通っていいぞ。」
「はいー。…あ、す、すみません。ちょっと聞きたいのですがー」
ポンザレがおそるおそる言うと、門番は顎でくいっと内門を示しながら
「奥に爺さんの門番がいるから、そいつに聞け」とだけ言った。
丸太を並べて組み上げた大きな両開きの門をくぐると、
内門がありそこに髭を生やした初老の門番がいた。
「すみませんー。この街って、なんていう名前ですか?」
「ここはゲトブリバだ。」
「この街の、冒険者組合?ギルド?ってどういけばいいですか?」
「この道をまっすぐだ。大きな広場の右側でかい建物。すぐわかる。
人が大勢いる。」
「ありがとうございます!」
歩きだしたポンザレに、すかさず左右から声がかかった。
「街を案内してあげるよ、一緒に歩こうよ。」
「お兄さん、おっぱいに興味あるでしょ?」
「兄ちゃん、今街着いたんだよね。おなか減ってたら美味しいとこ
教えるよ!」
「どこに行くんだい?ギルドなら案内するよ。そっちじゃないよ、
こっちだよ。」
街に入ったら門番の言うこと以外は信じるな、他の誰とも目をあわさずに
ギルドまで行け…そう冒険者ザーグにアドバイスされていなければ、
ポンザレは確実に引っ掛かっていただろう。
街怖い…街怖い…と呟きながら下を向いて歩き続けて数分後、
広場へと着いたポンザレは目的の建物、冒険者ギルドを見つけた。
◇
ギルドは細長い“コ”の字の形をした大きな建物だった。
“コ”の開いた部分が広場に面しており、天井がない中庭になっている。
中庭はフリースペースのようで、大勢の人々が腰を落とし休んだり、
横になって寝ていたりした。
向かって右側は、柱と屋根がついており、綺麗なお姉さん達が
座ったカウンターがずらりと並んでいる。数カウンター毎に体の大きな
いかつい護衛らしき男が帯剣して立っている。
時間が夕方近くだからかカウンターの八割は空いており、
お姉さんも暇そうに隣同士でお喋りをしている。
向かって左側も同様の柱と屋根がついた上に、壁沿いにテーブルと
イスが並び酒場になっている。冒険者風の男達が騒がしく食事をし、
酒を飲んでいた。
かわいいお姉さんが、テーブルの間をくるくる回りながら料理を出し、
酒を運んでいる。肉を焼いた香ばしい匂い、食材を煮込んだスープの香りが
辺りに漂い、ポンザレのお腹はゴギュギュとすさまじい音を立てた。
ポンザレは口を高速回転もぐもぐさせ、唾をごくりごくりと飲みまくって
無理やり腹の虫を抑え込むとカウンターに向かった。
「すみませんー。」
「はい。なんでしょう?」
にっこりと笑って答えるお姉さん。
田舎者は一発で恋に落ちるであろう悪魔の微笑みである。
ポンザレは耳まで真っ赤にしながらドキマギして、口をもぐもぐさせる。
言葉が出てこない。
(やだ、この子、ハモスみたいでかわいい。ちょっとからかっちゃおうかしら。)
お姉さんは、少し胸元を寄せるようにしてカウンターに身を乗り出す。
ちなみにハモスは貴族や商家の娘が買う愛玩用の小動物のことだ。
「あらん。どうされましたぁ?」
「あ…あ…。おお、おいら、ひひ、日雇いの仕事をお願いしたくて!!」
「うふふ、日雇いのお仕事ですね。でも~…ごめんね。
もう今日は遅いからお仕事はないのよ。明日、朝の鐘がなってから
ここに来てね。」
「あぁ、そうなんですか、わ、わかりました!」
「じゃあ、今のうちに冒険者登録だけしておこうか?」
「はい!わかりまし…え?…あ!!!…い、いえ、冒険者登録はし、
しないから、いいです!登録、しませんっ!」
「…。ふーん、そうなんだ。…お姉さん悲しいわ。まぁ、いいわ。
冒険者登録したくなったら、またここに来てね。」
「は、はい!またきます!」
ポンザレはカチコチとぎこちない動きでカウンターを離れる。
見送るお姉さんの目は、「ちっ、獲物を逃がしたわ」と少し悔しそうだった。
ポンザレは冷や汗をかきながら、
登録をきちんと断れたことに安心していた。
ザーグには、絶対に冒険者になるなと言われていた。
綺麗なお姉さんに舞い上がってしまったが、アドバイスを
ギリギリで思い出せたのは奇跡としか言いようがない。
街に入ってまだ間もないのに建物や人の多さに圧倒され、
お姉さんにはドキドキさせられて…ポンザレは疲れてしまっていた。
◇
ポンザレはお金を持っていない。村では使ったこともないし、
村を出る時に渡されもしなかったからだ。だから街に着いたのはいいが、
宿屋に泊まることもできなければ、ご飯を食べることもできない。
先ほど抑え込んだ腹の虫も、緊張が過ぎ去るとギュルルル…と復活してきた。
ふらふらとギルドの反対側の食堂エリアに歩き出す。
ついと目の前にエプロンのお姉さんが出てきてポンザレに問いかけた。
「お客様は冒険者の方ですか?登録をすませておいでですか?」
「いえ、冒険者登録はしていませんー。」
「では、こちらの食堂はご利用できません。こちらは冒険者専用の食堂に
なっております。あ、もしお休みになられたり、ご自分で用意された
お食事をされるのでしたら、中庭は好きに使っていただいて大丈夫です。
ケンカと火の使用と指定場所以外での排泄行為は禁止されております。
破ると怖いお兄さんに追い出されますので、ご注意くださいね。」
お姉さんは早口で言うと、料理を運びに戻ってしまった。
◇
ポンザレはしょうがなく中庭に入り、空いているスペースに座り込む。
周囲は日雇の人間達である程度埋まっていたが、
余計なエネルギーを使いたくないからなのか、驚くほど静かだった。
聞こえるのは冒険者食堂の賑わいだけである。
ポンザレは背負い袋から残してあった食糧を出す。
水、塩漬け肉の欠片、木の実3個…それが最後の食糧だった。
朝と昼はもちろん食べておらず、昨日も同じくらいの量しか食べていない。
こんな事なら一昨日の晩に、リンベリーの実を皆に配らなければ
よかったかなぁ…とため息がでるが、いくらため息をついても
目の前に戻ってくる訳ではない。
小指の先ほどの大きさの塩漬け肉の欠片を口に放りこむと、
水を口に含みゆっくりと戻しながら執拗に噛み続ける。
塩漬け肉は最初の数噛みは味を出してくれたが、
量が少なすぎて、すぐに味のしない何かの物体になった。
口の中の塩辛い水もぬるくなり、ごくんと飲むと何もなくなった。
木の実を同じように食べて、あっという間に食事は終わる。
食べる前も食べた後も何も体に入っていない…そうとしか
思えないほどの侘しい食事だった。
ふと顔を上げると少し先の食堂では、木のジョッキを持った冒険者が、
何かの骨付き肉に豪快にかぶりついていた。机には湯気を立てた煮込みや、
ソースのかかった蒸し芋らしき料理が並んでいる。
随分と楽しそうな雰囲気だった。
夕焼けのオレンジの光が中庭にも差し込んでくる。
手に持った水筒がオレンジに染まって、たぷりと揺れる。
ポンザレはなんだか無性に悲しくなって涙をポタリとこぼすと、
体を横たえて手足を丸めて眠りにつくのだった。