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【57】ポンザレと樹木の魔物


「これが、その遺跡か。」



森の中にの藪に身を潜めたザーグ達と、

『赤神の斧』『霧の弓』のメンバーの二十歩ほど先には、

生い茂る木々を乗せた小山があった。


長い年月誰も手入れをしていないであろう、

凸凹だらけの、やけに幅の広い石畳みが、

その小山を囲むように敷かれている。


明らかに人の手で削られたと思われる小山の側面は、

きれいに垂直になっており、そこに大人一人半ほどの高さの、

入り口がぽっかりと空いている。

長い年月で擦り切れた、入り口の周囲に彫り込まれた装飾が、

わずかに厳かな雰囲気を滲ませている。



ビリームが、しきりにうなずきながら、ザーグの呟きに返す。


「なかなか見事な遺跡ですね。神殿、あるいは、

昔の偉い人の墓のような感じもしますね。これは、なかなかです。」



現在、この地に暮らす人々は、墓を作ることはない。

遺品を家に保管して、時折故人を偲ぶだけである。

だが、以前に栄えた国の、神官や権力者の中には

自分の墓標を作る人間がいるのは知られていた。

そして、そういう遺跡は、たいがいお宝が期待できる。


「神殿!墓!うおぉ、もしそうなら、お宝の可能性は限りなく上がるぞ!

うう、なんとしても、お宝を拝みてえ。おうおう、震えがくるぜ!」


『赤神の斧』のリーダー、ボドゥルがブルブルと大げさに身を震わせる。

それを横目にしながら、ザーグは『霧の弓』のパスカルに声をかける。


「パスカル、以前に来た時に、中には入れなかったんだな?」


「ええ、こんな状態です。」


パスカルはそう答えると、手短にあった石ころを、

入口に向かって投げ入れた。

投げ込まれた石が、暗がりの中にカラコロと転がっていって、

しばらく経つと、もそもそと中から人型のものが出てくる。





「なんだ…ありゃあ…」


額の汗をぬぐいながら、ボドゥルが漏らす。

声を出さないものの、ザーグ達も目の前で動いているものが、

俄に信じられず、同じ思いだった。


首から、植物のつるのようなものが生えた、

ひどく鈍い動きの冒険者が、おぼつかない足取りで

入口近くをうろうろしている。

その目は白く濁り、だらりと飛び出した舌は乾いて割れていた。

皮膚は土色に変色しており、一部は樹皮のようになっている。


体についている蔓は、穴の中へと続いており、

ゆらゆらと揺れて、まるで、できの悪い操り人形のようだった。


「あれは…四つの入口全部にいるのか?」


「はい、最初に調査依頼で訪れたパーティ『湖の守り手』以外にも

ニアレイの街のかどうかはわかりませんが、まだ冒険者みたいなのが

何人か同じようになっています。あとは、猿や猪、大型のネズミなどの

生き物も、蔓で捕まっています。」


「ふむ…。」


しばらく黙って見ていたザーグだったが、

冒険者を指さして、ミラに話を振る。


「ミラ。あれ、いつものように見えるか?」


「…見えない。神殿の奥に大きな球根の形をした塊が見えるだけ。」


「そうか…。」


ザーグは、ミラの眼帯で、蔓に操られている冒険者が、

どのように見えるかを確認した。

〔魔器〕であるミラの眼帯は、黒い空間に生き物を煙のような形で

映し出す効果がある。そのミラの眼帯で、人の形が見えないということは、

冒険者達は動いてはいるが、既に亡くなっている可能性が高い

ということでもある。


「念のため…一人、確保してみるか。ビリーム、ボドゥル。」


ザーグは、二人と軽く打ち合わせると、すっと立ちあがって、

蔓に支えられてゆらゆらと揺れている冒険者に近づいていった。


十歩の位置まで近づくと、冒険者がザーグに気づいたようで、

「ぅぅ…ぁぁ…」と声にもならない音を出しながら、揺れだした。


五歩の位置までくると、手を前に出してザーグに襲い掛かってきた。

その動きはひどく遅い。ザーグは危なげなく、ひょいひょいと避けながら、

冒険者の様子を観察していく。


「ザーグ!」


マルトーの鋭い声に、ザーグが入口を見ると、

冒険者や四足の獣などが新たに数体出てくるところだった。

そのいずれにも、体のどこかに蔓がついている。

さらにその後ろには、先端に何の生き物も着いていない、

ただの蔓がゆっくりとうねうね蠢いていた。


「よし、ビリーム、ボドゥル、斬るぞ。抱えて、下がれ。」


ザーグが、斜め上に鞘から抜いた黄金爆裂剣を走らせる。

金色の光の線は、音もなく冒険者の首筋についている蔓を断ち切った。

途端に、冒険者は、バタリと倒れてピクリとも動かなくなり、

斬られた蔓は濁った液をポタポタと散らして、バサリとその場に落ちた。



ーーーーーーーーーーッ!!


少しの間があいて、まるで悲鳴をあげるかのように

細かい振動が、小山全体に走り、周囲の樹々から

鳥たちがバサバサと飛び立っていく。

入口付近では蔓についた冒険者や、獣がガクガクと

奇妙な動きで揺れていたが、少しすると入口の中に

入ってしまい出てこなくなった。





ザーグ達は、改めて、犠牲になった冒険者を見るが、

白く濁った眼球にひび割れた舌、かさついた皺 (しわ)だらけの皮膚には、

生きている反応は何も見られない。


「やっぱり、どう見ても、この蔓が原因だよな。…どれ。」


そう言いながら、ザーグは、蔓に触れないように

細いロープを何回か巻くと、ぐいっ力を込めて引っ張った。

だが、四つに開いた蔓の先端は、それがもとから冒険者の

体の一部であるかのようにがっちりと喰い付いて、

はがれない。



「むっ!?これは、全くとれねえぞっ…うぉ!」



ザーグがさらに力を込めた所で、

突然、バリッと冒険者の肉ごと蔓が取れて

ザーグは尻もちをつきそうになる。

蔓のついていた冒険者の首には大きな穴が開き、

皆が思わずザーグの顔を見た。


「いや、まさか、肉ごと取れると思わなかったんだ…」


ザーグが申し訳なさそうに頭をかきながら弁解する中、

傷口をじっと見つめていたミラが呟く。


「…血がほとんど出ていない。」


冒険者の首筋の穴は、確かにほとんど血がでておらず、

濁った汁のようなものがついているだけだった。


「ちょっと、バラしてみるかね。ポンザレ、あんたのナイフも貸しておくれ。」


マルトーが自分の腰からもナイフを取り出し、

二本のナイフで器用に蔓を丁寧に解剖し始める。

皆がその手元を見つめる中、

しばらく経って顔を上げたマルトーが険しい顔をして言った。


「この蔓は、返しのついた小さい銛 (もり)状の突起が、びっしりと

無数に生えているね。少しでも刺さると、すぐに次々と刺さっていって、

全体がぴったりとくっついて、絶対に取れないようになっているんだね。」


「だから、少し引っ張ったくらいじゃ取れなかったのか。」


「そして、この突起には、すごく小さい、細い穴が通っているね。」


「ということは…?」


「あぁ。皆も薄々感じてるとは思うけどね。この蔓は…実は根っこだ。

根っこの先に動く生き物がいたら、くっ付いて養分を吸い取るんだよ。

そして、その本体は、あの遺跡の中にいるんだろうね。」


「じゃあ、この冒険者は、もう…」


「あぁ、死んでいる…だろうね。」


「どうして…死んでいる冒険者や獣が動くのでしょうか?」


「そりゃ、簡単さ。次の養分を捕まえるために動かしているんだよ。」



マルトーの言葉に、誰かのごくりと唾を飲む音が応えた。





「さて、ザーグ、どうしましょうか?」


しばらくして、ビリームが話をふると、顎に手を当てて、

無精ひげをジョリジョリといじっていたザーグが、顔を上げて答えた。


「あぁ、焼こう。」


「ぬ?む?いきなり焼くのか!?」


ボドゥルが慌てる。


「あぁ。ボドゥル、お前、あの中に入りたいか?」


「い、いや、入りたくはねえよっ。」


「じゃあ、しょうがねえだろ。」


「だが、それにしても!すげえお宝が出てくるかもしれねえんだ!

そ、それを見逃す手は…」


「なら、お前らだけ、入ってもいいぜ。俺は嫌だ。そして、お前が

あの根っこに取りつかれても助けねえ。」


「おい!いや、だが!…そうだ、先頭の奴が火を持って、

根っこを払いながら進んだらどうだ?それに、もし、根っこに

少し触られても、すぐに他の奴が切って対応すれば、

わりと何とかなるんじゃねえかと思うんだよ!」


「根っこに触られた瞬間に、麻痺毒か何か注入されていたりしたら、

もう終わりだね。」


「ぐぬ…。」


「ニアレイの冒険者達が捕まってしまったのも、その辺りの理由も

ありそうですね。仲間が動けなくなって、助けようとしたところで、

他の根っこに触れられたりなど、したかもしれません。」


「そういうことだ。ボドゥル、リーダーは俺だ。今は俺に従え。」


「うぅむ…。…わ、わかったぜ。」






ザーグ達は、あらかじめ大量の油とまき

火矢の準備をしており、それを斥候以外のほぼ全員が荷物として

背負って持ち運んできていた。


依頼を受けるかどうか、受けるとしたらどうするかを、

いつものようにザーグ達は念入りに擦り合わせた。

その際に、遺跡の中に入ることができない状況もありえる、と

意見が出たので、遺跡に入らずに問題を解決する方法、

つまり焼き払うことも作戦の一つに加えた。



皆の意見を合わせて、充分に吟味した結果、

今回の依頼では、焼き払う可能性も非常に高くある、

と踏んだザーグは、出発前に、念入りに準備をしていたのだ。

ちなみに、何事もなく依頼を終えられた時は、荷物は遺跡に

放置していけばいいと考えていた。



はじめに、それらの荷物を背負わされた時、

『赤神の斧』のメンバー達は、ザーグは、相当な慎重派、

さらに言えば心配性が過ぎる…と思っていた。

事前に遺跡の様子を確認していた『霧の弓』のメンバー達でさえ、

あくまで備えの為であり、何かいい探索方法を示してくれると考えていた。


誰もが、いとも簡単に、遺跡を焼き払うことになるとは思っていなかった。

だがリーダーはザーグで、今回の依頼では従うしかない。

理由と責任の押し付け先があることで、ニアレイの街の冒険者達は

割り切った様子でザーグの指示に従った。


総勢十五名を、四つのチームに分けて、

四ヵ所ある入り口に配置し、薪を積み上げ、

油を振りかけて準備を行う


不思議なことに、最初の根を斬った時から、

操り人形となった冒険者や獣は入り口の奥に引っ込んでしまっていた。

暗がりからは、なんとなくこちらを伺うような雰囲気が漏れているため、

遺跡の中の本体は、危機が過ぎ去るまで様子をみているのだと

思われた。



「うぅ、確かによ…これだけの量の薪と油を

背負うことになった時から、遺跡を焼くかもと思ってはいたがよ…

まさか、本当にやることになるとは…。」


「愚痴る男はモテないよ。」


ボドゥルにマルトーがつれなく返す。


「あぁ、わかってるよ、俺も冒険者だ、一度やると決めたら

報酬分はきっちりと働く。うぅ…しかし…お宝…。」


「なんだい、男だろ。しっかりおし、終わったら酒飲みながら、

愚痴の一つも聞いてやるら、今はキビキビ動きな。」


「あぁ、ああ…うむ、よし、がんばるか…」


ボドゥルは気を取り直して作業を進めていく。





ポンザレも別の入り口で、同じく薪を積み上げながら、

中の様子をうかがった。日の届かない暗がりの先には、

もそもそ動く根っこと、全く動かずにいる冒険者や獣が見える。

物音ひとつ立てないその様子が、ことさらに不気味で、

薪を積み上げるポンザレの顔は青く、腰は引け気味だった。


薪を積み終えて、油をたっぷりと降りかけると、

ポンザレ達は森の際まで下がって、火矢の準備を行う。

先が二つに割れた専用の矢じりに布を一回巻いては、

ドロリとした特別に調合した油を塗り、また巻いていく。


鼻の穴を広げて、不器用な様子ながらも、

一生懸命、丁寧に作っていくポンザレに

『霧の弓』のパスカルが小声で話しかけた。


「ポンザレは、ザーグさんのパーティは長いのですか?」


「え?おいらですか?おいらは一年と少しくらい前に

入れてもらいましたー。」


「…そうなんですか!ザーグさんのところが初めてのパーティですか?」


「はい、そうですー。」


「それなのに、強いんですね。いや、素直に凄いですね…。」


「おいら、そんなに強くないですー。」


「でも、ポンザレの話も吟遊話士によって語られていますよ。」


「そうなんですかー?」


「えぇ、鬼のように強い、荒くれ者の冒険者に目をつけられて、

短槍一本で、四人同時に相手に突いて払っての大奮闘、

おまけに四人のうち、三人を再起不能にしたと語られていました。」


「それ、おいらじゃないですー!

おいら、一人ずつしか闘ってないですし、必死で、本当に必死で!

余裕なんかなかったですー。」


ポンザレが口をもぐもぐさせながら、必死に抗議する。

その様子が、また何ともおかしくて、パスカルは笑いながら答えた。


「アハハ、やはり、少し盛られた話なんですね。

でも…話のもととなることがあって、それが膨らんだのあれば、

やっぱり強いんですよ。」


「ザーグさん達が強いんですー。」


「そうですね、それもよくわかります。少し憧れますね。」


「はいー。ザーグさん達はすごいんですー。」


火矢作りを再開するポンザレの真剣な横顔を見て、

パスカルは、その素直な言動に好感を覚えた。

と同時に、その素直さにザーグ達が目をかけ、その期待に応える形で

ポンザレが強くなったのだということも、理解できた。


「さぁ、もうすぐ合図もなるでしょう。それまでにもう少し作っておきましょう。」


「はいー。」


ポンザレ達は、合図が聞こえてくるのを待った。



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