【53】ポンザレと刺客の兄弟
草原に音もなく風が吹いた。
ここは、数か月以上前に、ゲトブリバの防衛隊とともに
ザーグ達が、全身鎧の将軍ギガン率いる泥人形軍団と
死闘を繰り広げた場所だ。
「イヤな…、場所だな。」
周囲には、大人一人分ほどの高さの土の山が、
ここそこに点在していた。
先の戦いの際、打ち砕いた泥人形を積みあげておいたものだが、
その中からは、ちらちらと白い人骨が顔をのぞかせており、
なんとも言い難い不気味さと、土が腐ったような臭気を
まき散らしていた。
草原の中ほどに、ザーグとビリームが立ち、
その少し後ろの小高い場所にマルトーとポンザレ、
だいぶ距離をあけた街道に近い場所に、ミラが立っていた。
「…あのふざけた手紙をよこしたのは、お前らか?」
ザーグが、心底いやそうな顔で、
目の前の冒険者風の二人組を睨みつける。
濃い茶色の髪をおかっぱ状に切りそろえた、
どこにでもいそうな顔つきの若者達だった。
だが、その目つきはひどく冷たく、唇は常に半笑いの形に固定されている。
そして何よりも異様だったのは、二人の顔が全く同じだったことだ。
二人の指には、お揃いのなのか、
大ぶりの黒い石が施された指輪がつけられている。
「いやぁ、本当に来たよ、イルボ兄さん。
自分から殺されに来るなんて、すごいねぇ。」
「そうだな、オルボ。でもまぁ、来なかったら
街の連中を皆殺しにしていたから、
結局死ぬのは変わらないんだけどな!ヒャヒャヒャッ。」
「じゃあ、結局同じだね、キャキャキャ。」
ザーグはため息をつきながら、昨日のことを思い出していた。
◇
「…数日前に来た二人組の冒険者の遺体が、
川に浮いたと言っていた。」
伝言役のスラムの子供から、情報を受け取ったミラが、
屋敷の食堂に戻ってきて皆に報告をした。
「あのゲトロドの街からきた奴らか。」
「…農場地帯を流れる用水路に浮かんでいたそう。外傷はなかった
という話。」
「なぜ、殺されたんだ。」
「多少、世間知らずなところはありましたが、来たばかりのこの街で、
恨みを買うような人間には見えませんでした。」
「手の厚みや、たこを見る限りでは、それなりに戦えるようだったけどねぇ。」
「何にせよ。うちにも来た連中だ。用心に越したことはないな。」
そんな話をしている最中に、再び街の子供が手紙を持って訪れた。
手紙を読んだザーグは、うんざりした様子で大きく息を吐いた。
「なんて書いてあったんだい?」
ザーグは黙ってその手紙を差し出した。
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これは交渉ではないよ。一歩的な通達だ。
僕らは、空飛ぶ男や、〔魔器〕の鎧を着ていた男の仲間だ。
単刀直入に言うと君達が目障りなんだ。
明日、君達が泥人形と戦った草原で、待っているよ。
来なくても構わないけど、その時は
街の人間が大勢死ぬことになるだろうね。
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「なんだい、これは…。」
「また何とも、腹の立つ果たし状ですね。」
「ザーグさん、どうしたらいいんでしょうー。」
ザーグ達は、話しあった。
出向くか、留まるか。
行ったとしても、街が攻撃に合う可能性もある。
行った先で待ち伏せに合う可能性も高い。
予想される敵の数、戦い方、限りある時間の中で
準備できることは何か…、皆で意見を交わし合う。
結局、行かないことで本当に街が襲われる可能性が捨てきれず、
ザーグ達は不愉快な思いで草原に来たのだった。
街を襲うような文言がある以上、領主にも報告をして、
衛兵の一部を何かあった時のために、街と草原の間の街道沿いに
待機させている。
◇
「なぁ、聞かせてもらいたいんだけどよ。
お前らは一体なんなんだ?少しくらい教えてくれてもいいだろ?」
「なんか言ってるよ、イルボ兄さん。」
「あぁ、オルボ。まぁ、少しくらいなら答えてあげよう。
どうせ死ぬんだから。あれだよ、冥途の土産ってやつだよ。」
「イルボ兄さんは、やさしいなぁ。」
「で、僕らが何だって?という質問だったな。そうだな、
僕らは、大いなる存在を信奉している。」
「その大いなる存在ってのはなんだ?」
「誰もが知っている、とだけ答えておくよ。
大いなる存在は、人間が抱く不安や恐怖や絶望…、
そういった美しいものが大変お好きでね、
この世はもっともっと、美しくあるべきだとお考えなんだ。」
イルボに続いてオルボも、大げさに手を広げて、
天を仰ぎながら声をあげる。
大いなる存在を心酔しているであろう二人の瞳は、
狂気ともとれる純粋さと、恍惚感に生々しく輝いていた。
「僕らは、その美しい世界を作るために動いているんだ。
いずれ、そう遠くない未来に、世界はもっともっと素敵になるんだ。
…でもね、君達みたいな、よくわかんないのが、時々邪魔をするんだ。
だから、そういう時は、僕らが、つぶしてまわるんだ。」
「…。…あぁ、お前らの仲間ってのは、あとどれくらいいるんだ?」
「…イルボ兄さん。」
「そうだね、オルボ、もう喋るのはやめよう。
さて。君達なんかすぐに殺せるんだけどさ、
実はちょっと試したいことがあって呼んだんだ。
…こいつと、戦ってもらいたいんだ!」
そう言って、イルボが、片手をパチンと鳴らす。
少し間があって、近くにあった、ひときわ大きな二つの泥人形の山が
バガンと崩れて、何かが飛び出してきた。
◇
「ビリーム、また泥人形だぞ!しかも、でかいぞ!」
「泥人形十体分くらいでしょうか。ずいぶんと不思議な形をしていますね。」
ザーグとビリームが、軽く見上げているのは、
三本足に四本の腕を持った、頭のない奇怪な泥の怪物だった。
二体の怪物は、三本の足を器用にガッシャガッシャと動かし、
その図体からは想像もできない身軽さで、跳ねるように円を描いてまわり始める。
その動きは、蟹が踊っているかのようで、ひどく滑稽なものに見えた。
横幅がある胴体は、下半身の動きに振り回されて、
がくがくと動いている。
「ビリーム、どうする?」
「それぞれ、一体ずついきましょう。やることは変わりません。
泥人形と同じく、砕きつぶすだけです。」
「あぁ、わかった。」
二人は武器を構え、顔を見合わせて頷き合うと、
泥の怪物に向かっていった。
◇
指のない丸まった腕先が、ドシャッと鈍い音をたてて
地面を軽く抉ると、中の人骨が辺りに散らばった。
ザーグは、その攻撃を危うげもなく避けながら、
泥の怪物を冷静に観察する。
(…こいつはバカだな。いくら腕が四本あっても、同じ胴体から
生えている以上、その動きには制限がある。)
振り下ろしたパンチの次に、怪物はぐるんと胴体を一回転させて、
薙ぎ払いを繰り出した。大きく太い重そうな腕は、
一見脅威に見えるが、たいした早さもなく当たらなければいいだけだ。
息をするかのごとく、かわすザーグに、
怪物は、胴体をさらに回転させて、もう一度薙ぎ払いを繰り出したあと、
正面からのパンチを打ち込んできた。
(おぉ!胴体が何回転もするのかっ!おもしれえっ!)
怪物は、薙ぎ払いとパンチのセット攻撃を数回繰り返すと、
崩れた体勢を戻し、再びガシャガシャと周回運動に戻る。
(うーん、泥人形もそうだったが、こいつらには、
自分の考えみたいなものがないな。単純な命令に沿って
攻撃しているだけだ。それがわかっちまうと、つまらないもんだ…。
…よし、動きを止めちまうか。)
「フッ!」
鋭く息を吐きながら、ザーグは黄金爆裂剣で、足の一本を斬り落とした。
熱したナイフでバターでも切るかのように、ほとんど抵抗なく、
丸太程もある泥の足はすっ飛んでいく。
姿勢を崩した泥の怪物は、ダダンッと地面を揺らして、
不格好に倒れ込んだ。その様子を、油断することなく、
冷静に見つめ続けるザーグだったが、
斬られた足からニョキニョキと新しい足が生え、
再び立ちあがるのを見て、小さく舌打ちをし、爆裂剣を構えなおした。
◇
今回ビリームは戦闘に備え、あらかじめ、
みなぎる力のメイスと対である腕当てを装備していた。
相当な重さのメイスの柄頭を、風を切るような速さで振り回しながら、
腕、足、胴、目の前に来た泥の怪物を手当たり次第、
抉り飛ばしていく。
大した時間もかからずに、
地面には、もぞもぞと動く大きな泥の塊ができあがったが、
失われた怪物の手足は再生し、抉った胴の穴も
みるみるうちに埋まっていく。
再び立ち上がる怪物を前に、ビリームはどうしたものかと
眉間に皴を寄せた。
◇
泥の怪物との戦いが始まって、少し経った頃、
マルトーは兄弟の注意が、ザーグ達に向けられているのを感じて、
弓をかまえて矢を二回放った。
わずかな音をたてながら、兄のイルボに向かって飛んだ矢は、
下から急に吹いた突風によって制御を失い、
上空に巻き上げられると、パラパラと兄弟の前に落ちた。
「おぉー、イルボ兄さん、弓使いが射ってきたよ。」
「さすがだね。でも、僕達には矢は効かないな。」
マルトーは体勢を変えながら、続けざまに更に二回弓を引く。
一の矢は、胸ほどの高さを、一拍遅れて放たれた二の矢は、
地を這うほどの低さを走る。
だが、二本の矢は、不自然に上から下に叩きつけられるように
吹いた突風で、兄弟の体には届かなかった。
「怪訝な顔をしているね。そうだよ、僕は風を操る魔法使いだ。」
オルボが片手を軽く上げると、辺りの小石や草を巻き込みながら
風が回転しはじめ、あっという間に竜巻になった。
「ちっ、軽口男といい、こいつらに対して、
どうも、あたしの矢はうまくないね。」
「イルボ兄さん、あの弓使いと横のおデブ、殺してもいいよね?」
「いいよ、オルボ、でも僕から離れないで。」
「わかってるよ。じゃあ、いくよ!風刃!」
オルボが、手を下から前に突きだすように振る。
「ポンザレ!下見て避けな!」
見えない風が、草原を切り裂きながら、飛んでくる。
マルトーの鋭い声を受け、反射的に右に大きく避けたポンザレの腕を、
風の刃がかすめる。
「痛ぁっ!」
「あー。そうか草を見て避けるのか。草原じゃ、僕の風刃は
ばれちゃうなぁ。…でも、いいや。すぐ終わってもつまんないし。
じゃあ、行くよ、全部避けてみてよ。」
オルボはブツブツと呟きながら、左右の手を交互に前に突き出し、
次々と風刃を送り込んでくる。
マルトーとポンザレは、右に左に避けるだけで精一杯だった。
◇
一方、ザーグは、何度斬っても再生を繰り返す泥の怪物に、
嫌気がさしていた。はじめは、腕や足を切り落とすたびに、
怪物の体が少しずつ小さくなっていったので、
ならば、全て斬り落としてやろうと、何度も剣を振ったが、
そのうち泥の怪物は、地面に落ちている自分の手足を再吸収して、
もとの大きさに戻ってしまった。
「だめだ、らちがあかねえっ。」
ザーグは、泥の怪物に向かって一気に走り込むと、
腰を落として、その足の下に滑り込んだ。
立ちあがると同時に、黄金爆裂剣を肩で抱え上げるようにして
怪物の股下から斬り上げていく。
剣が怪物の腹にまで入ったところで、ザーグが気を込めると
怪物の上半身は、濁った衝撃音と同時に爆散し、
粉々になった人骨や泥がバラバラと、辺り一面に降り注いだ。
怪物の下半身はそのまま動きを止め、再生もしていなかった。
「おぉ、どうにかなるかと吹っ飛ばしてみたが、
なんとかなったな。よかった。ホッとしたぜ。」
ザーグがやれやれと腰に手を当てたところで、
ポカンと口を開けて、こちらを見る兄弟と目が合う。
「なんだ、知らなかったのか。俺の黄金爆裂剣。
とっくに、知れ渡っていると思ってたんだがな。
それとも、爆裂剣の威力に驚いているのか。
まぁ、どっちでもいい…、さて、ビリームはっと。」
ザーグが見遣ると、ビリームはメイスで泥の怪物を
抉り飛ばし続けたらしく、地面に転がる胴体の名残だったと
思われる場所に、ズドンとメイスを振り落としたところだった。
「胸のあたりに、ひときわ黄色い頭蓋骨がありました。
それをつぶしたら、動きも再生も止まりましたよ。」
顔を上げたビリームが、爽やかな笑顔でザーグに応えた。
「こ、ここまで、強いとは…。」
「イ、イルボ兄さん、あれ…、あいつらの〔魔器〕、すごい威力だよ…。」
「あぁ…。よし…、オルボ、あれ、手に入れよう。
そうしたら、僕らはさらに強くなるよ。」
「わ、わかったよイルボ兄さん。全員殺しちゃおう。」
「そうだね、ザーグも、メイス使いも、弓使いにおデブも、
全部まとめてやっちゃおう。」
そういってイルボは、腰のベルトにぶら下げた革袋から
棒なようなものを取り出して開いた。
それは、紫色の扇だった。