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【52】ポンザレと二人組の冒険者



「ポンザレ!遠慮なんかしてないで、しっかり当てなさい!

痛くしないと覚えないでしょ!ほらっ!バリーも構えなおして!

ポンザレから一本取ってみなさい!」」


共同生活が始まって十数日ほど過ぎた、ある日の昼下がり、

元気のいい小さい女の子の声が中庭から響いていた。


「は、はい~。」


「わかったよ、姉ちゃん…。」


それに続く、ポンザレのばつの悪そうな声と、

女の子よりもさらに小さい男の子と思われる子供の声。


屋敷の中庭では、ポンザレと幼い姉弟が木製の武器を使って、

訓練をしていた。それぞれの引越しと、計八人で始まった新生活による

慌ただしさが、ようやく過ぎ去って、ザーグ達は日々を

落ち着いて過ごせるようになっていた。

三日に一度行われる剣術練習会は、始まったその日には、

エリル主導となり、数回もすると、ポンザレはすっかり頭が

上がらないようになっていた。

その様子が、微笑ましくも面白く、午後になって練習会が始まると、

ポンザレ以外の皆が、その様子を窓越しに眺めてお茶をするようになった。


「皆さん、お茶が入りましたよ。」


そういって、お盆にポットとカップを持ってきたのは、

ビリームの妻のリーシャだった。


「あの子たちは、主人からいつもポンザレさんの話を

聞いていたものですから、ここで一緒に住むことになって

本当に嬉しいらしくて。」


「ビリームも、あの子達には、稽古をつけているんだな。」


「ええ、二人とも筋は悪くないですね。特に上の娘が、よく動きます。」


「エリルちゃんだっけ。今いくつだい?」


「今年で六つですね。」


「それで、あれだけ動けるのかい!これは将来相当強くなるね…。」


「…弟のバリーも、わりとよく動いている。」


「でもあの子は、少し大人しい性格なんですよねぇ。

エリルの強気な性格を少し分けてほしいんですけどねぇ。」


そういって、リーシャは注いだお茶を、皆に渡していく。


「ポンザレ!さっきも言ったよね!きちんと当てろって!

もう!いいわ、次は私が相手よっ!」


「は、はいー。」


「あれじゃ、どっちが稽古つけてるんだかわかんねえな。」


様々な角度から繰り出される木剣を、短めの木の槍でさばきながら

あたふたとしているポンザレを見て、皆が笑う。





「…誰か来た。」


眼帯をつけたままのミラがいち早く来客を察知する。

全体が高い塀に囲まれた屋敷の、庭の先にある黒い鉄門の向こうで、

冴えない風体の冒険者風の男が、必死に中をのぞいているのが見えた。


「ゲッ?なんで、あいつがくるんだい!」


誰が来たんだと、窓越しに確認したマルトーが、

眉間にしわを寄せながら、さっとカーテンの陰に隠れる。

門の外に立って、にやつきながら屋敷を覗いているのは、

薄汚れた冒険者の格好をしたマグニアだった。

マグニアは、ザーグの旧友にして、街の犯罪者ギルドの頭である。


「マグニアさん!どうしたんですかー?」


子ども達への稽古から解放される嬉しさも手伝ってか、

ポンザレは嬉しそうに鉄門に走っていく。


「おう、小僧。元気か?実はな、依頼があったから、

ザーグに手紙を届けに来たんだ。入ってもいいか?」


「はい、どうぞですー。」


ポンザレはそのまま、マグニアを連れて屋敷に入ってきた。


「ザーグさん、マグニアさんが来ましたー。」


「おう、こっちだー。」


玄関から入って右の応接間を見ると、

中央に置かれたソファに、ザーグが座り、

その後ろにビリームとミラが、マルトーは壁に据え付けられた本棚に

腕組みをして寄りかかっていた。


「おう、ザーグ!ギルドでお前宛の手紙を届けて欲しいという

依頼があったから俺が持ってきたぞ。ほらよ、これだ。」


「あぁ、すまねえな。受け取ったぜ。まぁ、座ってくれ。」


よっこらせと座りながら、マグニアは後ろのミラやビリームに声をかける。


「ビリームも久しぶりだな。骨はくっついたんだな。もう元気そうじゃねえか。

そうだ!…聞いてるぜ、すごい武器を手に入れたんだって?」


「さぁ、どうでしょう。マグニアさんもお元気そうで何よりです。」


さりげなく聞き出そうとするマグニアの質問を、

軽くかわしながら、ビリームが穏やかに応える。


「ザーグの彼女ちゃんも久しぶりだ!どうした?眼帯巻いて?」


「…ミラ。眼帯は気にしないで。目を少しやられただけ。」


「ふーん、そうなのか。まぁ、深くは詮索しないでおくぜ。」


そして本命とばかりに、マグニアは、

本棚のマルトーに目を細めながら、話しかける。


「マルトー!おぉっ…、久しぶりだー。俺の横は、いつでもお前のために

開けているぜ?どうだ、そろそろよりを戻さないか?」


「うるさいよ!あたしは、できればあんたには会いたくないんだ。

そもそもなんだって、あんたがここに来るんだいっ。」


「しょうがないだろ、手紙を届けて欲しいという依頼があったから

それを受けただけさ。まぁ、マルトーに会えると思えば、

自然と足もはずんだがな。」


「だから!うるさいって言ってるだろう!」


ミラやビリームと比べ、マルトーに話しかけるマグニアの声や

仕草には、会えて嬉しいぜという気持ちが込められており、

それを隠そうともしていなかった。



二人のやりとりに、ザーグが割り込む。


「…で?この手紙は、いったいどういう訳だ?」


ザーグが、右手でひらひらと振る手の中には

何も書かれていない紙があるだけだった。



「せっかく、愛しの女に会ったんだ、もう少しくらい喋らせてくれても

いいだろう…。ケチだなぁ、ザーグ。なぁ、小僧も、そう思うだろう?」



「おいら、よくわかんないですー。」



「まぁ、いいか。…つまり、こうだ。偽の依頼を出させて、

俺がそれを受けて、ここに来た。」


「やっぱり、あんたが自分で仕込んでんじゃないかっ。」


「そりゃマルトーと会うためだからな。」


「馬鹿なことばかり、言うんじゃないよっ。」



「おい、マグニア、先に、その情報を教えてくれ。」


うんざりといった顔で、ザーグが強めに話を促す。



「わかった、わかった。俺が依頼の形を受けて来たことにしたのは、

念のためだ。俺の正体を、お前らは全員知っているが、

当然、他の人間は知らねえからな。この家に訪れた理由が

しっかりとあれば、それだけで余計な探りをいれる奴らを防げる。

なにせ、お前らは有名人だ。」


「あぁ、それはわかってる。で?」


「あぁ。お前の依頼にあった、〔魔器〕の情報だ。

その手紙、火で軽く炙ると文字が出る。そこに、現時点で、

〔魔器〕を持っていると思われる人物を書いておいた。

領主なんかの持っている、例えば濡れ槍のような、有名なものは

省いてある。あと、あくまで思われるってだけで、実際に

持っているかはわからん。読んだら焼いてくれ。」


「どうやって調べた?」


「噂話を集めたんだよ。妙に腕がたったり、身の回りに不思議なできごとが

多い人物、パーティ、そういった噂話を集めて、照らし合わせて、

絞り込んだ。もっとも、最初に集まるのは、ほとんどお前さんらの噂だがな。

で、リストには、所持すると思われる〔魔器〕の種類も、

わかる限りだが書いてある。」


「ふむ、助かるぜ。」


「言わなくてもわかってると思うが、信用しすぎるなよ。

あとな、監視網もできあがった。〔魔器〕絡みの怪しい人間が来たり、

確かな情報が入ったら、すぐに俺に知らせが届く。

ただ、網は隣町までしか、張れねえ。それ以上は、

人も金も早さも維持できねえ。」


「…充分以上だ。さすがだな。」


「俺はお前には死んでほしくねえだけだ。お前の彼女ちゃんやビリーム、

その小僧にもな。そして何よりマルトーにだ。」


フンと、腕組みをしたままそっぽを向くマルトー。

その耳はわずかに赤くなっていた。


「ありがとよ。費用の追加は?」


「いらねえよ。そして最後の情報だ。ニアレイでお前らのことを、

妙に嗅ぎまわっている二人組の冒険者がいたとよ。

特に〔魔器〕についてのことを、いろいろと調べてたらしい。」


「なんだそれは…。そいつらは、リストにある〔魔器〕持ちか?」


「いや、入ってねえ。そのうち、ゲトブリバに来るだろうな。

一応用心しとけよ。」


「わかった。」


「おう。じゃあ、俺は帰るぜ。また偽の依頼でも作って寄らせてもらうぜ。」


「もう、こなくていいよっ!」


マルトーがキッとマグニアを睨む。


「でもよ、そんなに反応されると、逆に来たくなるってもんだぜ?なぁ、小僧?」


「お、おいら、もう、よくわかんないですー。」


「ウハハハハ、小僧は初心うぶだな。じゃあな。」


マグニアは笑い声を残して去っていった。





それから数日後、二人の冒険者風の男が、

ザーグ達の屋敷の門を叩いた。


「ゲトロドの街の冒険者で、ベルートさま、ドーランさまと名乗っています。

冒険者として幾つかお話をお伺いしたい。決して敵意はない、

武器や荷物を全て預けてもいいと言っています。」


取り次ぎにでた、ビリームの妻ミーシャが門から戻ってきて

ザーグ達に告げる。


「ゲトロド?ほぼ反対側の街だな。」


ゲトロドは円環状に作られた街道の、

ザーグ達の住むゲトブリバから、ちょうど反対側にある街で、

往復で竜車を使って四ヶ月、八十日はかかる距離にある。

巡回商人や、流れの冒険者でもない限り、普通はそこまで遠くの街まで

足を伸ばすことは滅多にない。


ザーグ達は有名ではあるが、商人や町の名士ではなく、

冒険者である。依頼はギルドでしか行えず、

また冒険者は荒くれもの代名詞でもあることから、

よほどの事態でもない限り、一般の人間がザーグ達の

屋敷に近づいてくることはない。


にも関わらず、流れの冒険者が訪れたというのは、

非常に奇妙な話であった。


「誰かの敵討ちか…。だがゲトロドなんざ、俺がガキの頃に

行ったことがあるかどうかで、、そんな縁はなかったと

思うんだがな。おまけに武器を預けるなんて、普通は絶対言わねえぞ。」


「…見る限りは覚えのない顔。」


「うーん、しょうがねえ。会ってみるか。

おい、ポンザレ、連れてきてくれ。で、玄関まで来たら、

武器はもちろん、お前から見て怪しいと思う物や、

〔魔器〕を持っていたら預かっとけ。」


「わかりましたー。」


ポンザレはそう言って部屋を出ていった。





応接間ではザーグがソファに座り、二人組を出迎えた。

マグニアを出迎えた時と同じような配置だが、

ビリームはすぐ横にメイスを置き、マルトーは短弓を持っている。


その様子に、部屋に入った二人はぎょっとしつつも、

案内されたまま、ザーグの対面のソファに座り、

きょろきょろと目を動かして周囲を観察していた。


二十歳前後に見える二人の冒険者は

薄汚れてはいるが、よく見ると厚手の仕立てのいい服を着ており、

その目線や表情に緊張はみてとれるものの、

警戒心はなさそうだった。


(ずいぶん、若いな。それに…、冒険者の風体だが、

目線や動きが全くできていない。だが、腕は多少立つようだな。)


ザーグは目線を動かすことなく、二人を見ておおよその見当をつける。



「俺がザーグだ。よろしくな。」


「私はゲトロドの街の冒険者でベルート、

こちらはドーランと言う。突然の来訪にも関わらず、

会っていただき、まずは礼を言わせていただく。」


話が始まると、ポンザレは、口をもぐもぐさせながら、

二人の座るソファの後ろにそっと立った。

これは、何かあった時に、二人の行動を邪魔するためで、

事前にそうするようにザーグ達に言い含められている。


「いや、別に礼は要らねえ。それと、少しばかり

居心地が悪く感じるかもしれねえが、許してくれ。

ちょっと前に暗殺されかかってな。用心をしてるんだ。」


ポンザレの立ち位置を少し気にする様子を見せた二人に、

ザーグが説明をする。


「あぁ…、だ、だいじょうぶだ。」


「では、話を聞かせてもらおうか?」


「実は…。」





「つまり、二人は、ゲトロドの街の領主の縁戚で、領主の館から

盗まれた〔魔器〕を探していると。ゲトロドの犯罪者ギルドでも

見つからず、それを取り戻す旅に出ていると。」


「あぁ、そうだ。」


「で、俺のところにきた理由が、俺達が〔魔器〕を

複数所持しているから…、だと。」


「その通りだ。私達は、領主からこの件に関して

全権を預かっている。もし、あなたが扇の〔魔器〕を持っていたら、

しかる値で正式に、買取をさせてほしい。」


「盗まれたものは家宝か何かか?いずれにせよ、相当

大事なものなんだな。〔魔器〕だとしても、普通はそこまではしねえ。」


「あまり、深くは語れないが、我が一族に代々伝わる、

その〔魔器〕は…、かつて多くの人々の命を奪った…、

正直に言うと、我が一族の恥であり、かつて犯した罪を、

忘れないようにする戒めの象徴なのだ。

…ゆえになんとしてでも取り戻したい。あぁ…、これは、

他言無用でお願いしたい。」


「あぁ、わかった。だが、結論から言うと、俺達はその扇の〔魔器〕は

持ってねえ。もし、見かけることがあったら連絡しよう。

それでいいか?」


持っていないのはわかっていたのだろう、

それほど落胆する様子もなく、二人は頷いた。


「もし、見つかってそれを我らに教えてくれれば、

情報に対しての報酬もきちんとお支払いさせていただきたい。」


「あぁ、わかった。それと…、あんたらは、ニアレイの街で、

俺達のことを、いろいろな人間に聞きまわっていたか?」


「あぁ、水竜を二匹も、しかも四人で退治したと聞いて、

しかもどうやって倒したか分からないという話だったものだから。」


「そうか。あるいは、あんたらが追っている〔魔器〕を

持っているのかもと思ったわけだな。」


「あぁ、違うことはもうわかった。」


「あんたらは、まだ、しばらくはこの街にいるのか?」


「あぁ、十日ほどこの街にいて情報を集めようと思っている。」


「もし、あんた達がいる間に何か分かったら知らせよう。

宿屋はどこだ?」


「ギルド向かいの『かがり火亭』だ。」


「わかった、それと、老婆心ながら…、忠告をしていいか?」


「なんだろうか?」


「あんた達の身のこなしはどう見ても、冒険者のそれじゃない。

視線もわかりやすすぎる。喋りも冒険者風にしているが、

品が良すぎる。」


「う、うむ。」


「あとな、絶対に武器を預けてもいいなんて、言うな。

武器だけは自分の身から離さないほうがいい。」


「ち、忠告、痛みいる。」


二人は、耳を赤く染めながらも、忠告を聞き入れた。

それではよろしく頼むと玄関を出ていく二人を

ザーグ達は玄関で見送った。



その数日後、二人の遺体が川に浮いた。



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