表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/104

【51】ポンザレと犯罪者ギルド


その屋敷は、領主の館の近くの高級住宅が建ち並ぶ一画にあった。

通りの一番奥で、黒塗りの鉄柵状の門が威厳をはなっている。


高い塀の中には、大きな庭と、しっかりとした石積みの

二階建ての屋敷があった。大きな玄関を開けて中に入ると、

小さなホールがあり、目の前に二階に続く階段が見える。

ホールの右側は大きな応接間になっており、左側は食堂ホール、

階段の奥は大きな厨房があった。


「ふわぁ~なんだか、すごいお屋敷ですー。」


間の抜けた感想をもらすポンザレに苦笑しながらも、

ザーグ達も想像していた以上の豪勢さに目を疑った。


「うーん、この応接間は良いですね。普段はここでくつろげますし、

壁の本棚、これが何よりいいですね。本で埋めていきましょう。」


「ホールも食事をするには最高じゃないか。テーブルをどかせば、

雨の日でも中で鍛錬ができそうだよ。」


さらに屋敷の二階は左右合わせて、十の大きな部屋があり、

四人家族のビリームに、ザーグ達の四人、計八人で住むには、

充分以上の住居だった。


皆めずらしくワイワイと、はしゃぎながら

屋敷内をまわる。部屋のドアをひとつ開けるたびに、

誰がしかの声が上がった。


「なんだい、あたしらの住んでいた共同住宅より、よっぽど広いってのは

どういうことだろうねぇ。」


「…おいらも!ついに一人部屋ですー。」


感無量といった表情でポンザレが言う。

現在ポンザレはマルトーの家に住まわせてもらっているが、

からっきし掃除・片付けができないマルトーに代わって、

家全体の家事をやらざるを得ない状況が、ずっと続いていた。

ある程度稼げるようになってからは何度も家を出ようとしていたが、

その度にマルトーに阻止されていたのだった。



屋敷を気に入ったザーグ達は、翌日になると早速、

掃除と引越しに取り掛かることに決めた。

ザーグ達が、自分達を慕ってくれる冒険者達に、

掃除と引っ越しの手伝いを頼もうと、冒険者ギルドを訪れると、

あっという間に噂が広まって、誰もが手伝わせてくれと手を上げた。

選ばれた十数名の冒険者は、「姐さん、姐さん」「先生、先生」と

嬉しそうによく働き、ザーグは報酬代わりに、

たらふくの食事と酒を奢った。





二日が経ち、その後の引っ越しなど屋敷に関わる作業は、

マルトー、ミラ、ビリームに任せたサーグは

ポンザレを伴って、スラム街に来ていた。


スラム街は、街の五分の一ほどを占める区画で、城壁の内側にあり、

犯罪者はもちろんのこと、日々の食事もままならない、

貧困にあえぐ人間が主に住んでいる。

さらには、身体を壊して稼げなくなった人や家族、

ゲトブリバに流れて日雇仕事で暮らす人など…、

それぞれの事情を抱えた、多種多様な人間が存在していた。


当然、治安は最悪である。

歩いているとひっきりなしに、小さな子供から、

筋骨隆々の男や、痩せぎすな女性、しまいには腰の曲がった老人までもが、

ぶつかろうとしてくる。

スリをはじめ、いちゃもんをつけての強請り、強盗などが目的で、

誰もの目が、常に何かを狙っているかのようだった。


ポンザレはその体型には似つかわぬ身軽さで、

ひょいひょいと躱しながら、どうしてザーグさんには、

誰もぶつかりに行かないんだろう…と、不思議に思いながら

後をついて行った。



ゴミが散乱する狭い道の両端に座り込み、

無遠慮に視線を投げてくる人間の間をかいくぐって、

ザーグは今にも崩れそうな、薄汚い掘っ立て小屋の前に来た。


扉の前には、小剣を抜き身で持った目つきの悪い屈強な男が、

二人立っている。


「わりぃな。マグニアに用があるんだ。通すか、取り次ぐかしてくれ。」


むすっと押し黙ったまま、男の一人が中に入っていき、

しばらくすると扉を開け、顎をくいっと横に動かして、

中に入れと合図をする。


掘っ立て小屋の中に入ると、部屋の奥に石積みの短い廊下があり、

その先には、間取りの広い豪勢な部屋があった。

部屋の中には大きな机があり、その上には街の地図らしきものや、

用途のわからない小物や羽ペンなどが置かれている。


二人が部屋に入ると、中背で筋肉質の人懐っこい笑顔を浮かべた

中年の男が椅子からゆっくりと立ち上がった。



「おう、ザーグ!お前、殺されかけたんだって?ピンピンしてんじゃねえか。

相変わらず悪運つええな。」


男は、ザーグの肩をバンバンと遠慮なく叩きながら、ポンザレを見た。


「お、こっちはポンザレか。よろしくな、俺はマグニアだ。」


「はい、おいら、ポンザレですー。おいらのこと知ってるんですかー?」


「あぁ、知ってるぜー。まぁ座れ。今お茶でも用意させる。

おい、誰かー茶もってこい、二番目に高いやつだ。」


「嘘でもいいから、一番上等なの持ってこいとか言えよ…。」


「ウハハ。一番は俺専用だ。」



高級なカップに注がれた、香り高いお茶が出てくる。

ほっとする香りとほのかに甘い味を楽しみながら、ポンザレは改めて部屋を見回した。

調度品や小物は、そういったものに疎いポンザレでもわかるほどに高級品で、

スラムの真ん中ではなくて、領主の館にいるかのようだった



「さて、ポンザレ、お前は緑に光った小僧だな。お前のおかげでザーグは

助かったようだな。礼を言うぜ。ありがとよ。」


「マグニアさんは、どういう人ですかー?」


「どういう人か?ウハハハハ!どういう人かって聞かれたのは

初めてだな。ザーグ、お前、俺のこと何にも教えてないのかよ。」


「あぁ、その方が、おもしろいと思ってな。」


「…うーん、じゃあ、きちんと説明してやらねえとな。

小僧、俺はこのゲトブリバの街の犯罪者ギルドの頭だ。」


「犯罪者ギルド…、マグニアさんは悪い人ですか?」


「ウハハハハ、小僧はおもしれえなぁ。犯罪者達の頭なんだから、

そりゃ悪いに決まってんだろ。」


「ポンザレ、この街は裏側をマグニアが仕切っているから、

うまくまわってるんだ。」


「なんだか、よくわかりませんー。」


「ウハハ、よし、教えてやろう。小僧、お前、例えば、その指輪が

誰かに盗まれたらどうする?」


ポンザレは困惑と、少しの不快感を隠そうともせず、

左手薬指の指輪を右手の指でさすりながら答える。

その口は、不安でもぐもぐと動いていた。


「必死に探しますー。」


「だが、それでも小僧にはどこにいってしまったのか、わからない。

そこでだ。どうしても、取り戻したいときは、俺に頼めばいい。高くはつくが、

売ってやろう。街の中で盗まれたものなら一度、犯罪者ギルドに集まるからな。」


「ポンザレ、どうだ?世の中の、いや、この街の仕組みのひとつだ。

金持ちは、大事なものを無事に取り返せる、犯罪者ギルドは稼げる。

問題ないだろう?」


そもそも誰が悪いのかという部分は、どうやら関係ないらしい。

まだまだ納得できません、といった面持ちのポンザレを見て、

ザーグが続ける。


「ほかにもな…、こないだ泥人形の戦いの時、街では犯罪が驚くほど少なかった。

どうしてだと思う、ポンザレ?」


「自分達の街が大変なのに、悪いことをする人はいないと思いますー。」


「甘いなぁ小僧、甘々だな。犯罪者ってのは、そんな殊勝な奴らじゃねえよ。」


「余計な犯罪を起こさないように、こいつが止めてたんだ。

さらにな、ポンザレ、スラムは犯罪者だけが住んでいる訳じゃねえ。

体壊して稼げなかったり、病気の家族がいるが収入がないような人間、

貧乏な人間もたくさん住んでいる。そういう人間が、ギリギリ、死なねえ程度に

世話してやってるのもこいつだ。」


「マグニアさんは、いい人なんですねー。」


「ウワッハッハッハ!小僧、お前…騙されやすいだろう?

あぁ、本当におもしろいなぁ。ザーグ、小僧に飽きたら、俺によこせ。」


「やらねえよ。こいつはウチのもんだ。」





「十年以上昔の話だが…、俺は何度かザーグに命を助けられた。

逆に、ザーグの命を助けたこともある。冒険者仲間だったんだ。

まぁ、その後、紆余曲折あってな。パーティは解散しちまったが、

その後、俺は犯罪者ギルドの頭をやっていて、

ザーグは今でも冒険者ってわけだ。」


ポンザレがザーグとマグニアの関係を聞いた時に、

マグニアから帰ってきた返答だ。


「マグニアさんの顔、街で見たことある気がしますー。」


「おお、そりゃそうだろ。冒険者のフリして、街で聞き耳たてたり

してるからな。何をするにしても、情報は大事だろ?」



「さて、マグニア、そろそろ本題に入っていいか?」


「おう、なんだ?まずは聞いてやろう。」


「情報が欲しい、定期的にだ。」


「うん?ザーグ、お前なら、わざわざここに来なくても、

それなりに情報なんか集めてるだろう。巡回商人とか幾つか

情報屋いたじゃねえか?」



「あぁ、だがな…、欲しいのは〔魔器〕と、それを使う奴、持っている奴。

表もだが裏社会で使う奴のことも知りてえ。」


「…定期的にか。…ってことは、今持っているネタを

伝えればいいってだけじゃねえな。」


「あぁ、情報を取りに行ってほしい。」


「ザーグ、お前簡単に言うけどな、それ相当やばいぞ。

俺は部下に、危険な橋を渡らせることになる。」


「あぁ、金は払う。」


「うーん…、ダメだな、仮に受けるとしても、毎月最低1万シルだ。」


話を聞いていたポンザレは、目を剥いてマグニアを見た。

1万シルは、一年以上は普通に暮らせる金額だ。それを毎月!


「ザーグ…、少し整理させろ。」


マグニアは、懐から煙管を出すと、火をつけてふぅと煙を吐き出す。

部屋に広がる嗅ぎなれない煙草の香りに、

ポンザレは小さくくしゃみをした。


「ザーグ、お前たちのパーティ、〔魔器〕を幾つか持ってるな。

噂話で持ち切りだ。お前の爆発する剣、小僧の持ってる痺れ針と、かすみ槍、

その腰の鳥の鈴、あぁ、その光る指輪もか。」


「あぁ、そうだ。」


「さらに怪しいのは…、お前の彼女の眼帯と、ビリームが新しく手に入れた

メイスあたりもだな。」


その正確な情報と、さらには、まだばれていないはずの〔魔器〕を見抜いた

マグニアの言葉に、ポンザレは口を高速でもぐもぐさせてしまう。


「小僧、こういう話してる時にそういう態度をとると、俺が言っていることが

事実ですって言ってるのと同じだぞ。」


「あう…。」


「まぁ、そういうのも全部わかった上で、ザーグは小僧を連れてきてるだろうから

気にはすんな、ウハハ。」


「それで?続けてくれ。」


「あぁ、お前らは〔魔器〕を複数所持している。そして〔魔器〕の

情報を欲しがっている。だが、お前は何かを集めて喜ぶような人間じゃねえ。

そんな人間だったら冒険者なんざとっくに引退してるはずだ。

…ってことはだ。察するところ、お前らは〔魔器〕を持ってる奴と戦っている…、

いや、たぶん戦わざるを得ない状況になっているってとこか。しかも情報を、

定期的にってことは、どんな奴が、いつまで襲ってくるのかが

わからねえ…、そうだろ?」


「ふぅ…、相変わらずだな。その通りだ。」


マグニアは目を閉じると、何度か煙草を吸って、吐いた。

そして目を開けると、静かに言った。


「俺達の利がすくねえ。なにか用意しろ。」


「うーん、襲ってきた相手の〔魔器〕が、俺達の使わないものであれば、

渡すってのはどうだ?正直、犯罪者ギルドに〔魔器〕が渡るってのも

どうかとは思うんだがな。」


「お前達が絶対に勝つ保証もないだろうよ。」


「だが、お前の情報でその確率は高まるだろう?」


「うーん…、もう一品くらい、ちゃんとしたもんつけろ。」


「さすがに、これ以上は…。あぁ!…うーん…まぁ、いいか。

俺達がこないだ山オロ狩ったのは知ってるだろ?」


「あぁ、くれるのか?」


「全部はダメだ。幸い狩ったのは、相当でかいやつだ。

俺達が鎧を作った残りだ。使える部分は少ないかもしれないが、

一応頭付きだ。それでどうだ?」


「ほほう…、山オロの頭付きの革か…、かなりの金になりそうだ。

よし、それならいいだろう。」


「今はまだ、職人が塩漬けから、なめして革にしている最中だ。

革にし終えて、俺達の分を採り終えたところで、どこに保管されているかを

調べて連絡する。後はうまく盗んでくれ。だが、他のもんには手出すなよ。

山オロだけだ。」


「おう、わかった。」


「よし、交渉成立だ。」


ポカンと口を上げて、話の流れを追うので精一杯だったポンザレは、

いつの間にか二人の間で取り交わされた盗みの密約に、

目を白黒させるばかりだった。


「小僧、ここは犯罪者ギルドで、仕事の話がされた。それだけだ。」


「え、でも、革はザーグさんが渡してあげればいいと思うんですー。

どうして盗むことになるのかわかりませんー。」


「ポンザレ、それだと、俺がこいつと関係があるって、

世間にばれるじゃねえか。」


「あー。で、…でも、盗まれたところの人はかわいそうですー。」


「小僧は優しいな。ウハハ、心配するな、その辺はうまく処理しとくさ。

表向きはどこで盗まれたかわからないようにして、お咎めがないように

しておいてやる。」


ニヤリと笑いながら、マグニアは親指をたてた。


「よし、じゃあ、マグニア。俺は帰るぜ。ポンザレいくぞ。」


「は、はいー。」



二人は席を立ち、扉へと向かう。

ザーグが扉に手をかけたところで、その背中にマグニアの声がかかった。


「ザーグ、金は6千でいい。俺の取り分は減らしてやる。また連絡する。」


「ありがとよ。じゃあな。」


「あぁ、またな。」


二人は目も合わせずに、別れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ