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【48】ポンザレと決闘


「ふわぁぁ~温泉は本当に最高でした~。」


ポンザレが、もぐもぐと口を動かしながら、緩んだ顔でつぶやくと、

ザーグがそれを受けた。


「あぁ…最高だった。」


「山オロも獲れたしね。いい経験させてもらったよ。」


「…食事もなかなか美味しかった。」


「えぇ、ミドルラン名物のヤギ料理、なかでもハーブたっぷりの

塩釜焼きは、あの独特の臭みと合わさって最高でした。」


「あぁ、あれはたしかに美味かった。酒が止まらなかったな。」


「後は…、帰るだけだな。はぁ…、ゲトブリバにも温泉が湧けば

最高なんだがなぁ。」



ザーグ達はゲドブリバに帰るべく、

再度、毒ガエル領主の街アバサイドへと向かっていた。

日も暮れかけてきたので、竜車を街道の岩場の陰に寄せ、野営の準備に入る。

火を囲んで、皆が話題にするのは、ミドルランの話ばかりだった。



食事を終え、会話も落ち着くと、ポンザレは、かすみ槍を持って

少し離れたところに行き、黙々と振り始めた。

ポンザレは、怪我など体を動かせない場合をのぞき、

毎日かかさず練習を行う。依頼を受けない日は、半日以上、振る時もあった。

「毎日、武器を肌身離さず、振って考えるのです。そうすれば強くなりますよ」

と、ビリームに言われたことを、ずっと守り続けている。


短槍の風を裂く音は、時にリズミカルに、時に不規則に夜の闇に溶ける。

ザーグ達は、練習中のポンザレに声をかけることはせず、

静かに談笑している。


ふいに、ビリームが立ち上がり、ポンザレに声を掛けた。


「ポンザレ少年、足運びがおかしいですね。

何か、考えあぐねているような、そんな感じですが、どうしましたか?」


「え…?あ、はい、そうなんですー!」


「お前、わかったか?」


「いや、全然わかんないよ。」


「…私は少しわかった。普段と音が違って、動作と呼吸がずれていた。」


「さて、何を考えているのでしょう?」


「ミドルランのワシオさんと稽古した時に、以前に戦った冒険者とは

全然違う感じがしました。なんかもう、おいらのやることが、全部もう

ばれちゃってるような感じでしたー。」


「あぁ…、あの人はまた別格ですからねぇ。」


「だから、おいらも、もっと色々考えて、できるようにならないと…、

って思ったんですー。」


「それは、素晴らしい心がけですね。ふむ…。」


ビリームは腕組みをして、少し考える。


「では、かすみ槍を貸してもらえますか?

今から私がする動きの中に、ポンザレ少年のイメージした動きが

あるかもしれません。」


ビリームはかすみ槍を受け取ると、幾つかの足運びと動作を、

左右を変えて行った。


「正解はありましたか?」


「ビリームさん、最後の動きです!すごいですー!」


ビリームは再び動作を繰り返して、ポンザレに見せる。


「ふむ…。ポンザレ少年、この動きは連続してはできませんよ。

それと動きの前には目線を下に向けてはいけません。何を狙っているか、

相手にばれます。目の端で、距離感を正確につかむようにするんです。」


「わかりましたー!ありがとうございますー!」


その後、ポンザレは、寝るまで、頭の中のビリームの動きを

追うかのように、かすみ槍を必死に振り続けた。





アバサイドの街に着くと、ザーグ達は門脇で竜車を預けて、

往路の際にも泊まった宿屋に入った。

部屋を借りて旅の汚れを落とすと、食堂に行き、温かいお茶を飲む。


そこに、以前泊まった時に知り合った織物屋の息子パルコが、

息を切らしながら飛び込んできた。


「はぁはぁ…!ザーグさん、あ、いた!よかった、まだ会ってなかった!」


「パルコだったか?どうした、そんなに慌てて。」


「えっと、ザーグさん、できれば今日はこのまま領主の館に泊めて

もらうか何かして、明朝、早くに出発してもらえませんか?」


「突然どうした?」


「えっと、長身の腕の長い、人相の悪いやつが、

…ポ、ポンザレさんに恨みがあるらしくて決闘を。」


「え?おいらですか?」


そこまで言ったところで、再び扉がバンと開き、

外の冷気と共に長身の男が入ってきた。

男はツカツカと迷いなく、ポンザレの前まで来て、

静かに口を開いた。


「ポンザレ…、俺の顔を覚えているか?」


どこかで会ったことのある男だと、ポンザレは思っていた。

ただ、どこで会ったのかが思い出せない。

ポンザレの思い出そうとする時間が長引くほどに、

苛立っているのか、男の長い手足がゆらゆらと揺れる。


その動きを見て、ポンザレは唐突に思い出した。


「あ…!『死神の剣』の人です!ナイフの人ですー!」


『死神の剣』は、数か月以上前にゲトブリバの街で、

好き放題に暴れていた流れの冒険者パーティだ。

ポンザレに絡んできたが、全員、稽古試合の形で返り討ちにあっている。

目の前の男は、その時に戦ったナイフ使いで、

ポンザレは苦労した記憶があった。


「そうだ、よく思い出したな。俺はヤショイだ。ただのヤショイだ。

『死神の剣』はもう解散したからな。」


「…そうなんですか?」


「はっ!そうなんだよっ!てめぇのせい…、だな。確かに俺達にも、

思い上がっていたところは、そりゃあ少しはあったがな。

リーダーのルドン、お前が槍で肩を突いたやつだ。あいつは腕が上がらなくて

冒険者は引退した。どこで何をしてるかは知らねえ。」


「はい…。」


「ルフォスとメイズ、名前言ってもわかんねえだろうな、

槍使いと棍棒使いは、そこの女に玉をつぶされて、

一人は傷が膿んで死んだ。もう一人はどっかへ消えた。」


「…それで?あんたは泣き言でも言いに来たのかい?」


マルトーがぎろりと睨むが、ヤショイはそちらに目線を送ることもなく、

自分に言い聞かせるかのように、声を落としてつぶやき始めた。

その目は充血して赤みが差し、何かの衝動が身の内に巡っているかのように、

体は細かく震えている。


「…俺は、最後の一人だ。俺は…、怒りじゃねえ、情けなさでもねえ、

俺の中にある…、この何かをどうにかしねえと、俺が崩れちまう…。

それでも俺達は、パーティだったんだ…、あぁ…、パーティだったんだ。

そうだ…。だから、俺は、ポンザレ、てめぇに決闘を申し込む。

受けないなら、俺はどっかのその辺の奴でも、腹いせに殺すかもしれねえ。」


「…脅迫かい?あたしらがそんな真似を許すとでも?あんたも、玉を。」


ザーグがマルトーに向けて手のひらを上げて、発言を止めさせると、

驚くほど静かな声で尋ねた。


「…決闘すれば、お前は納得するのか?」


「あぁ、勝とうが負けようが関係ねえ。だが…、俺は崩れねえ。」


ポンザレはザーグとヤショイのやり取りを黙って聞いている。


「…ポンザレ、どうする?本人を目の前にして、

言うのもなんだが、お前は受けてやる義理なんかねえ。

俺達じゃねえ誰かに、危害を加えるって言うなら、その前に俺達、

いや俺が処理してもいい。」


「私もザーグと一緒に動きますよ。」


ビリームが静かに口を添える。


マルトーは、額に青筋を浮かべながら、ザーグとビリームを睨み、

ミラは無表情に、だがどこか不安げにポンザレを見ていた。



「お、おいらは…。」



ヤショイの心を蝕んでいる「何か」。

その「何か」を解消するのに、手を貸す義理はない。

だが、ポンザレは耳を傾けているうちに、

ヤショイの想いを理解できてしまった。


もし、明日、誰かにザーグさん達が殺されてしまったりしたら…、

そんなことは想像すらしたくないが、でも、例えばそんなことが

起きたとしたら、自分は自分でいられるのだろうか、

自分の心の中にも、ヤショイのように「何か」が

生まれてしまうかもしれない…。ポンザレは、そう考えた。


戦い以外の方法があるのであれば、それが一番だ。

だが、ヤショイは戦いしか知らない哀しい冒険者で、

ポンザレも別の方法など思いつかなかった。


身勝手で、理不尽な申し出だということも、

自分にも危険が及ぶことも、もちろんわかっている。

それをマルトーが案じてくれているが故に、

ポンザレに答えを委ねたザーグの発言に怒ったことも、わかった。


それでも、すべて承知の上で、ポンザレは、

ヤショイに応えたかった。


そして、覚悟というものがどういうものかを、

この時初めて、ポンザレは知ったのだった。



「マルトーさん…、おいらを想ってくれてありがとうございます。」


「…あんた、もしかして。」


「ヤショイさん、おいら決闘を受けます。」


「…バカだよっ!皆、バカだよっ!…はんっ!

ならもう…、好きにすればいいさ!」


マルトーは、ドカドカと荒々しく足音を立てて、

二階の自分の部屋へと戻った。





「外にいるぜ。準備が出来たら来な。」


ヤショイが扉をあけて出ていく。


『透明の強盗団』の頭に襲われて、覚悟のなさゆえに殺されかけた。

次に人と真剣に戦うことになった時、覚悟がないなら逃げろと言われた。

仮に今回ポンザレが、ヤショイから逃げても、ザーグは何も言わないだろう。


だが…、ポンザレは覚悟を持った。

相手を殺すのではない、自分の命をかける覚悟だ。

ポンザレは、ザーグの目を正面から見ながら、力を込めて伝えた。


「ザーグさん、おいら、針を使います。」


ザーグはポンザレの目を見返すと、一言だけ返した。


「…わかった。勝てよ。」



ポンザレは、かすみ槍を取り出すと、その石突きに手をつけた。

中ほどのところを捻ると、石突きの上側がはずれ、半球状の穴が出てくる。

腰のベルトからサソリ針を出して、その穴に取り付ると、

再び上側を被せて固定させる。

穂のカバーは付けたままで、ポンザレは数回かすみ槍を振ると、

扉へと向かった。





宿の外には、既に人垣ができていた。

部屋に戻ったはずのマルトーも、手に弓を持って、

いつのまにか、その中にいた。


ポンザレは人垣の真ん中に進み、ヤショイと対峙する。

腰の小鳥の鈴が、心配するかのように一回だけ小さな声でピヨ!と鳴き、

ポンザレは鳥の鈴に優しく手を触れた。


「これから、ヤショイとポンザレの決闘を行う。いずれかの死か、

互いの納得がいったところで、決闘は終了だ。」


ザーグが抑揚のない声で、静かに告げた。


「お前が持つのは…、〔魔器〕の槍だったな。だが穂は使わずに、

その針みたいなので戦うと言うのか?…本気なんだな?」


「はい、本気です。」


「わかった、構わねよ。というか、知ったこっちゃねえ。

俺は俺でやらせてもらうぜ。」


ヤショイは腰から二振りの小剣を抜いた。

右手に持ったのは赤い剣で、その長さは肘から、中指の先まであった。

左手に持ったのは黒い剣で、肘から手首までの長さだった。

つばと刀身の一部には、両剣とも、複雑な文様が彫り込まれている。

そして、つい何度も見たくなってしまう不思議な雰囲気を持っていた。


どうみても〔魔器〕だった。

すぐさま、それを理解したポンザレと、

見守るザーグ達の顔に緊張が走る。


その時、ポンザレの脳裏を、閃光のようにミドルランの領主ワシオの

言葉がよぎった。『相手の武器をみて、想像をするんだ。』


ポンザレは相手の武器を改めて見て、不思議に思った。

どうして左右の長さが違うんだろうと。

だが、その答えを見つける時間は与えられなかった。



逆手に持たれた右の赤い剣が、ななめ下から斬り上げてくる。

間を置かず左の黒い剣が、真っ直ぐに胴を突いてくる。

ポンザレの顔の横で、持ち手を順手に切り替えた赤い剣が、

顔を斬り裂くべく水平に走る。

左の黒い剣が、今度は首を狙って再び真っ直ぐに突かれる。


一呼吸の間に繰り出された四連撃は、ヤショイが前回相対した時よりも

修練を積み、より強くなったと充分にわかるものだった。


ポンザレは体さばきと槍の突きで、その連撃を防いだ。

そのまま攻撃が続いてくると身構えていたが、なぜかヤショイは、

数歩下がって距離をとると、ふはぁと息を吐いた。


なぜ…、短いのはわかっているのに、黒い方の剣で突いてくるのだろう。

なぜ…、以前にナイフを使っていた時は、ぴったりと自分に貼りつくように

戦っていたのに、今回は四連撃で止めて、距離をとるんだろう。


少しの間があいて、息を吸い込んだヤショイが再び迫る。

順番は変わったが、左右からの攻撃と二回の突きが混じった四連撃。

今度は赤い剣と黒い剣、一回ずつ突きだった。


なぜ…、ヤショイさんはこんなにわかりやすい攻撃をしてくるんだろう?

…わかりやすい?…わかりやすくしている?


さらに間を置かず、三度目の連撃が襲ってきた。


左の黒い剣が、ポンザレの顔を狙って振り下ろされるが、

ポンザレは体を斜めに少し引いて避けた。


右の赤い剣が胴を狙って振られる。

ポンザレは大きく体を引いて、それを躱す。


踏み込まれた足と同時に、左の黒い剣が、

ポンザレの首を突こうとするが、これは届かない。


右の赤い剣が斜め下に、ポンザレの太腿を狙って落ちるのを、

ポンザレは槍先で軌道を逸らす。


そして。


五連撃目。


“左”の“赤い剣”が、ポンザレの腹に向かって真っすぐに突き出された。





「「ポンザレッ!!」」


ザーグとマルトーの叫びが重なる。


ポンザレの膨らんだお腹には、赤い剣が刺さっていた。


「お、おいら…。」


ポンザレは戸惑った目で自分の腹に刺さった剣を見る。

そして、ヤショイは、突いた姿勢のまま剣の切っ先を見つめている。

その表情は勝ち誇ったものから、驚愕に変わっていた。



剣は、切っ先から小指の先ほどの深さしか、入っていなかった。


ポンザレは無意識的に、ヤショイの持つ剣の、

〔魔器〕の効果を理解していた。


ヤショイの持つ〔魔器〕の能力、それは両手の剣を

自在に入れ替えるものだった。


だからこそ、五連撃目が繰り出された時に、

咄嗟に短槍の柄を突き込まれた剣の前に立てることができた。

結果、かすみ槍の柄は半分ほど斬られたが、

突きの勢いは抑えられ、ポンザレは半歩、身体を引くことに成功した。


一拍の間をおいて、我に返ったヤショイが、

剣を抜いて構えなおそうとする、その動作にあわせて

ポンザレが一歩踏み込んだ。


目線を真っ直ぐに、ヤショイの胸辺りにあわせたポンザレは、

かすみ槍を突き出す。


ヤショイがその攻撃を防ぐべく、両手の剣を胸の前に出したところで、

ポンザレは突きを寸前で止めると、ぶんっと、かすみ槍を半回転させ、

ヤショイの足を払った。


ドウッと尻もちを着いたヤショイの腿に、

槍の石突に付けられたサソリ針が刺さった。





ポンザレはかすみ槍のカバーを取ると、尻餅をついた姿勢のまま

固まったヤショイの眉間に穂先を突き付けた。


腹に血の染みを広げたポンザレは、

その痛みからか眉にしわをよせ、額に汗を浮かべている。

それでも、ヤショイの目をしっかりと見つめながら、

かすみ槍の穂先で、ヤショイの全身の急所を、血も出ないほど

やさしく突いていく。


眉間、鼻の下、喉…、ポンザレは目を通してヤショイに語りかける。

ヤショイさん、おいら、覚悟があります。何度でもこうします。


心臓、鳩尾…、ヤショイさん、もう何回も死んでいます。


股間、太腿…、どうか、これでわかってください。


急所を一通り突き終えたところで、サソリ針の効果が切れた。



「!!っはぁーーーっはっはっはっ…。」



激しく息を吐きながら、滝のような汗が一気に噴き出し

ヤショイの服を、石畳を濡らしていく。


「…はっ…、お…、俺の負けだ…。」


頬はこけ、目の下は落ち込み、生気をごっそりと失ったヤショイは、

負けを認めた。だが、不思議とその顔は、憑き物が落ちたかのように

どこかスッキリとしていた。



「「「「うぉぉぉおおおおおっ!」」」」



周囲で固唾を飲んで見守っていた観客が、いっきに盛り上がり、空気が震えた。




ドシャッ。



その時、ポンザレの背後で、何かが倒れる音がした。


振り返ったポンザレの目に入ってきたのは、

血を吐きながら地面に横たわるザーグの姿だった。



「ザーグ!!」


ミラが叫び、ビリームやマルトーが駆け寄る。


ザーグの背中は真っ赤に染まり、

赤黒い血がドクドクと石畳に広がっていった。



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