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【5】ポンザレと盗賊の所業


翌朝、ポンザレが乗せてもらっている竜車隊は、

朝日が昇るとすぐに出発した。

夜暗くなったら休み、朝明るくなったら動く…生活の基本であり、

それは旅や地方の村での生活では当たり前のことであった。



街道をあと二日も進めば街へと着く。

ボロボロの竜車の幌からのぞくと、平原が森のどちらかが

道沿いに続く風景で、昨日とあまり変わらなかった。


だがポンザレの胸は期待と希望に膨らんでいく。


(街…!街…!どんなところなんだろう!)


(村ではいつもご飯少なかったけど、街だといっぱい食べれるかなぁ。

もう弟達にこっそりご飯をわけて上げなくてもいいもんな。

あぁ、弟達は元気かなぁ。)


村にいる頃、ポンザレはただでさえ少ないご飯を兄妹に分け与えていた。

美味しいものをお腹がはちきれるくらい食べたい…ポンザレは

物心ついたときから、そう夢みていた。

辺境の貧しい村に生まれた人間にとって、

街は富や御馳走を想像させるものだった。



(きれいなお姉さんもたくさんいるかなぁ。一目惚れとか

されちゃったりするかもー。えへへー。うん、そしたら結婚かぁ。

…やだなぁ、照れるなぁ。)


ポンザレは、村の人気者であるラパンに突然告白をされた。

だが旅立ちの前日に告白をされてもどうしようもなかった。

しかもラパンは翌年には隣村に嫁に行くことが決まっており、

三男坊の自分には婿に立候補するチャンスすらもない。

ポンザレはラパンに感じていた淡い恋心はそのまま村に置いてきた。

だが告白をされたという事実は、思春期のポンザレに少しだけ自信をつけた。


街に行くと素敵なパートナーと出会えるかもしれない。

村では縁がなかったが街でなら…ポンザレの空想はどんどん膨らんでいく。



目を細めニヤニヤしては、口をもぐもぐ、身をもじもじとよじる

ポンザレの様子に同じ竜車に乗りあわせた人たちもドン引きだった。


竜車はポンザレの想いをのせてガタガタと進む。



突然、御者が「ホウ!ホウ!ホウ!」と叫んで竜車を止めた。

後ろに連なった二台の竜車も「ホウ、ホウ、ホウ」と返して急停車する。


何ごとかと降りてきた人々が見たのは、街道に横倒しになった二台の竜車と

散らばった荷物の残骸…そして血を流しあちらこちらに倒れた人達だった。

皆は、何とも言えない顔で目の前の惨状を見つめるしかなかった。


「…盗賊だ、盗賊の仕業だ。」


「どうする?」


「な、なぜ止まったんだ?」


「ひっくり返った竜車をどかさないと通れねえだろうが!」


ざわざわと皆が口々に言いあう中、冒険者達と話し終えた御者が口を開く。


「皆さん、落ち着いて聞いてくれっぺ。とりあえず、おらが今から

割り振るから、竜車を道の脇にどかす役割と、殺されている人の、

あ、まんず息がある人がいるかどうかを確かめてから、死んでいたら

道の脇に並べておくべ。街に着いたらおらが衛兵に報告するだ。」


「血が乾いていない。盗賊が襲ってから時間もたっていないから、

ここに戻ってきたりは…たぶんしないだろうが、最悪これ自体が

盗賊の罠という可能性もある。手早く動いてすぐ出発するぞ。」


冒険者が後を続けた後、御者が適当に人員を割り振っていく。

ポンザレは、死体を並べる係の一人になった。


念のため、生きているかどうかだけ確認をしろと言われて、

倒れ伏した人に順に、震えながら声をかけていく。


「すすす、すみませんー、動いてないですよねー?」


血のついていない体の箇所を突っついたり揺さぶったりしたが、

どれも返事はない。どの人間も完全にこと切れていた。


そしてポンザレは気がついた。

死んでいるのは、昨日ポンザレを乗せるのを断った初めの竜車の人間だった。

もし…初めの竜車に乗せてもらえていたら、今頃は自分もここで同じことに

なっていた…そう考えるとポンザレの顔から血の気がさらに引く。


護衛らしき冒険者風の三人は、あらゆる方向から刺されたらしく

全身刺し傷だらけだった。片腕や脛から下が無くなっている人もいた。

装備ははぎ取られたのだろう、ズタズタになった上下の服以外は

何もつけていない。


御者も少し離れたところに倒れており、

全身に矢傷と思われる小さな穴が開いていた。

苦痛にゆがんだ顔のまま絶命している。


御者のそばには、おそらく商人であろう小太りの男も倒れていたが、

ほとんど丸裸にされている。こちらも身に着けていた服や貴金属など

全て剝がされたのだろう。


街道から一番遠くに倒れていたのも商人風の男だった。

背中には矢傷と大きな刺し傷がぽっかりと空いていた。


生臭い血の匂いがポンザレの鼻腔を満たす。

もぐもぐして唾を飲み込んでも、その唾に血が混じっているかの様な

錯覚を覚え、落ち着かない。死体を前にもぐもぐ口を動かしている姿も

相当まずいものがあるが、そんなことを気にするものはいなかった。



結局息のある人間は一人もいなかった。

しょうがないので、ポンザレは一番奥の死体から街道沿いまで

引きずって移動することにした。扱いが粗く申し訳ないとも思うが、

どうしようもなかった。


靴すらも盗賊に奪われた死体の足首を掴もうと腰をかがめた時、

ポンザレは近くの草むらに何かが落ちているのを見つけた。


手に取ってみると、それは薄い茶色の木の指輪だった。

何の特徴もない、大した価値もなさそうな指輪である。

血もついておらず汚れてもいなかった。


ポンザレはその指輪がなぜかとても気になった。

目をそらしても、どうしても何度も見てしまいたくなるような、

惹きつけられるような指輪だった。


こういう時に何かを拾った場合、

それは遺書や特別な事情でもない限りは拾った人の物となる。

ポンザレはそのルールは知らなかったが、

指輪の持ち主かもしれない人達は既に亡くなっているのもあって、

まぁいいのかな…とポケットに指輪を入れた。


指輪がポケットの中でほんのりと少しだけ温かくなったような…

そんな錯覚をポンザレは覚えた。




盗賊の犠牲者達は街道沿いに並べられ、竜車も撤去された。

竜車を引いていた荷竜はいない。たいていの場合、盗賊は奪った荷物と

一緒に荷竜も持っていき自分達で使うか、つぶして食料とするからだ。

奪える荷物がなくても、荷竜を食べるために襲うこともあるくらいだ。


ポンザレ達が竜車へと乗り込むと、御者は「ホーイ!ホーイ!」と

荷竜にムチをあて、再び出発した。竜車のスピードが

明らかに上がっているのが救いだった。


竜車内では、誰もが下を向き、一言も喋らなかった。

ガタガタと早いリズムで響く車輪の音が、ポンザレの心を埋めていった。





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