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【47】ポンザレと狩り



山から吹きすさぶ冷たい風の中、曇り空越しに日が差していた。


所々むきだしの地面と、申し訳程度の草むらがあたり一面に広がり、

奇妙な形をした岩が塔のようにポツポツと立ち並ぶ様子は、

灰色の曇り空とあわせて、なんとも寒々しく見える。


ザーグ達は、街から斜面沿いに一日かけて歩いた岩場で

野営をし、朝を迎えていた。


「マルトー、どうする?」


狩りになると、知識と技術に長けるマルトーが、

自然と指示を出すことになっている。


「そうだねぇ。昨日の地元の猟師の話だと…、よっぽどの運がないと、

山オロを射止めることは難しいらしいね。」


今回のターゲットである山オロは、濃い灰色の毛皮に、

短くがっしりとした脚、太く長い尻尾、長い耳に鋭い牙を持った、

大型の四足の獣だ。


体高は、大人一人と半分ほど、と大きく、敏捷性も高い。

普段は人も入れない断崖で山羊などを狩って生きているが、

ごくまれに街からそう遠くない、この岩場にも降りてくることがあるという。


この山オロの毛皮を鞣して作られる鎧は、硬く、しなやかで、

刃も通さず、およそ存在する全ての革鎧の中で最高峰ものとの

呼び声が高い。

また、その革は、滑らかで艶のある風合いをした、

黒に見えるほどの濃い藍色で、蒼闇色と言われ、その希少価値ゆえ、

冒険者はもとより、喉から手がでるほど欲しがる領主や金持ちもいた。


だが山オロは警戒心が強く、人前に現れることは滅多にない。

仮に出てきたとしても、毛皮に弾かれて矢は刺さらない。

もし何らかの理由で、運よく矢を刺せたとしても、致命傷を与えられなければ、

すぐに断崖へと逃げ去ってしまい、人間の足では追跡不可能になる。

地元の猟師の話では、十年に一頭手に入るかどうかの奇跡の生き物で、

その猟師も、どうやって獲ったかは秘中の秘で、絶対に喋ってくれなかった。


「じゃあ、打合せ通り、あたしとポンザレだけで山オロは行くことにするよ。

人数が多いとどうしても気配も漏れやすいからね。あとは…、

この子らで、釣れてくれればいいんだけどね。」


そう言って、マルトーは手に持った縄を引っ張った。

紐の先につながれた二頭の子ヤギが、メェと鳴く。


「じゃあザーグ達は、千甲虫の方を頼んだよ。

まぁ出てくるかどうかはわかんないけどね。お互いダメ元くらいの気分で

いた方がよさそうだね。」


「あぁ、そうだな。ポンザレ、サソリ針を借りておいていいか?」


「はい、どうぞですー。」


こうしてザーグ達は二手に分かれて狩りへと向かった。





二頭の子ヤギは、少し窪んだ土地の真ん中に縄でつながれた。

うち片方は、腿をナイフで斬りつけて、血が流れるようにした。

メェェェ、メェェェと悲し気に鳴く子ヤギの声が、ポンザレの心を締め付ける。


続いて二人は、そこから二百歩ほど離れた少し高台の、

子ヤギがよく見える位置に移動する。山から下りてくる風を、

避けて、岩の陰に隠れた。


「よし、ポンザレ、これつけな。」


マルトーに渡された革の小袋を開けたポンザレは、

中身の匂いを嗅いで眉をしかめた。


「これは…何ですかー?」


「ヤギの糞を乾燥させたものに土とか混ぜた奴だよ。首筋とか

汗をかく部分に特に念入りにつけな。そのあとはこれで体を覆って、

顔だけ出して待機だ。布が風にはためかないように注意だよ。」


灰色のごわごわとした布を被ると、

ポンザレ達は、隠れている岩に溶け込んだ。


「マルトーさん、この状態で待機なんですねー。山オロは来るでしょうか?」


「どうだろうねぇ。だいたいここまでやれば、普通は来るけど…。

何しろ相手は奇跡の生き物らしいからねぇ。ポンザレ、

あたしが動くなと声をかけたら、あんたはピクリとも動いちゃダメだよ。

喋るのもダメだよ。」


「はい。わかりましたー。あ…、矢に魔力を込めるのは、

今やっておいた方がいいでしょうかー?」


「うーん、そうだね、今のうちにお願いしようかね。六本だ。」


「わかりましたー。」





そこから、二人はとりとめのない会話を続けていたが、

急にマルトーの雰囲気が変わる。


「ポンザレ…、来たみたいだ。向かいの崖の境界線。言った通りにしなよ。」


「…。」


ポンザレは、マルトーの言った遥か先の崖と地面の境界の辺りを、

目を皿にして探してみるが、全く何も見つけられない。

目線だけ横に動かすと、マルトーは断崖の一点だけを見つめたまま、

微動だにしていなかった。


待ち伏せを始め、マルトーが動くなと言ったのは、

午後に入ってすぐの頃だった。

そこから、ジリジリと時間が流れていき、

空一面を覆った厚い雲の色に朱がさして夕方になったが、

まだ動きはなかった。


ポンザレは緊張を通り越して、何がなんだか分からなくなっていた。

個と自然の境がなくなり、自分が岩なのか風なのか、

それとも鳴き声もか細くなった弱った子ヤギなのか…、

何もかもが溶けたような、そんな感覚になっていた。


雲の色が、朱色から濃い灰色へと変わり、

さらに濃さを増して、辺りがかろうじて見えるほどの暗さになった。

ふと気が付くと、隣のマルトーは、

布を被ったまま、いつの間にか弓を持ち、矢をつがえていた。


そして。


うっすらと視認できる白い二頭の子ヤギの一つが、突然消えた。

風にのって、メゲェと子ヤギの断末魔の声が聞こえたと思った瞬間、

マルトーは弓を放っていた。


被った布に、弓の弦が巻きつかないようには注意していたようで、

その矢は、音もたてず風を切り裂いて飛んでいく。

マルトーは、被った布を体から払うと、そのままの姿勢で

三本立て続けに射った。


先の暗闇から、ギャフッと子ヤギとは明らかに違う声が上がり、

バタバタと大きい何かが暴れる気配が伝わってくるが、

最後にドスンと音がして、それも止んだ。


「…はぁ~~~っ…、ポンザレ、火を、つけておくれ。」


ポンザレが松明を取り出して火をつける。

灯りに照らされたマルトーの額には玉のような汗が噴き出ており、

その顔には、濃い疲労の色が見えた。


松明を持って、子ヤギのいる場所へと向かう。

子ヤギのうち一頭は、脚を斬られたまま弱々しくうずくまっており、

近くにいた元気だったほうの一頭は、背骨ごと肉を、

半分以上かじり取られて死んでいた。


そして少し離れたところに、山オロの死体があった。

矢は喉元から胸にかけて一本、後ろ脚の付け根付近に三本が、

深く突き刺さっていた。黄色の目は見開かれたままで、

松明の光を反射している。マルトーはその前に立ち、

山オロのまぶたを下げると、軽く黙祷し、ポンザレもそれに続いた。


山オロから矢を抜いて、その体をロープで何重にも巻いておく。

明日二人がかりで、運ぶためだ。


そこまでを黙々と行うと、二人は岩陰に移動して、静かに腰を落とした。

野営になる可能性を考慮して、持ってきていた最低限の薪を組んで、

ポンザレは松明から火を移した。煙と火花が、漆黒の空へと昇っていく。


「ポンザレ…、携帯食を出しとくれ。あんたもお食べ。」


背負い袋から、ポンザレが携帯食を出す。

パーティ特製ではなく、ミドルランの街で買ったもので、

甘くなく、ボソボソとしていて、全く美味しくない。

それでも、無理やり水で流しこんで腹に入れると、

ようやく張り詰めていた体が緩み始めた。


「はぁ、これはしんどかったよ…。子ヤギの声で様子を見に来たまでは

よかったけど、そこから襲うまで、まさかねぇ…、半日以上かけるとは

思ってもみなかったよ。」


「おいら、全然どこにいるかわかりませんでしたー。」


「ポンザレもよく動かずに我慢できたね。偉いよ。」


「へへ…ありがとうございますー。おいら、途中、何が何だか

わかんなくなってましたー。」


ポンザレは、水と砕いた携帯食料を小鍋に入れ、

そこに塩漬け肉をナイフで細かく削いで入れると、火にかざした。


「いいね。ポンザレ。風も冷たいし、温かいものが欲しかったんだよ。」


「一番はじめに、教わったことのひとつですー。」


二人は木のカップに移した即席のスープを啜りながら、

会話を続ける。


「そういえばマルトーさん、」


「なんだい?」


「子ヤギはどうして二頭だったんですか?」


「うーん、その方が、罠らしさがまぎれるからね。

用心深い相手には、少しだけだけど、こういうのが効くんだ。」


「体につけたヤギの糞とか、岩みたいな色の布も、なんですねー。」


「そうだよ。完全に風下だったけど、それでも安心しちゃいけない。

岩みたいな布もそうだね。もしかしたら、そこまで必要じゃなかったかも

知れないけれど、積み重ねで山オロが来たんだと…、私は思うね。」


「狩りって…大変ですー…。」


しんみりと呟いたポンザレに、微笑みを向けてマルトーは言った。


「さぁ、じゃあポンザレ、あたしは少し休んでいいかい?」


「はいー。交代の時間になったら起こしますー。」


布を被って横になったマルトーから、すぐに寝息が聞こえてくる。





次の日の朝、マルトーとポンザレが縄で山オロを引きずりながら

斜面を下っていると、竜車に乗ったザーグ達が迎えに来た。


「おぉ!マルトー、やったのか!?」


「さすが…、ですね。お疲れさまでした。」


「いやぁ、今回は疲れたよ。」


「…かなり、大きい。」


皆で山オロを竜車に乗せて、ゆっくりと下っていく。


「そういえば、あんた達はどうだったんだい?千甲虫は出てきたかい?」


分かれたザーグ達が向かったのは、

人間の頭ほどの穴がたくさん開いている一帯で、

こちらも運がいいと、その穴の太さ、つまりものすごく大きいサイズの

ムカデのような虫、千甲虫が出てくると言われている。


千甲虫の幾つもに分かれた甲殻は、ちょうど人間の腕や脛ほどの大きさで、

非常に硬く、腕当てや脛当てとして防具になる。

だが、こちらも山オロと同じく滅多に出てくる生き物ではない。


「あぁ、全く出てこなかったし、千甲虫狙いの冒険者が、

街からちょいちょい来るから、なんていうか…、変な寄り合い所みたいに

なっちまってた。たぶん、あの辺には千甲虫なんかいねえだろうな。」


「そうかい、ま、ザーグ達もご苦労様だったね。ま、私は早く戻って

温泉に浸かりたいよ。」


「同じくですー。」


目の下にくまを浮かべたマルトーが答え、ポンザレもその横で

口をもぐもぐさせながら首を何度も縦にふる。



ミドルランの街に戻ったザーグ達は、領主の城の前で二手に分かれた。

マルトーとポンザレは、そのまま城に入り、温泉に浸かると、

改めて休息をとった。





ザーグ達は冒険者ギルドに山オロを持ち込み、

解体のできる職人を探してもらった。しばらく待っていると、

山オロを解体した経験のある人間が現われたので、少なくない金額を

支払って、解体してもらった。皮の内側の肉も丁寧にそぎ落としてもらう。


ザーグ達はさらに人の手を借りて、買い付けた大量の塩を毛皮にまぶし、

すり込んで、皮を塩漬けにした。こうしておけば、ゲトブリバの街まで、

皮を素材として持って帰れる。


冒険者ギルドからは、腕利きの革職人を紹介するから、

この街で革鎧を作ってほしい、安く済むし、いいものができると

何度も説得されたが、ザーグはそれを全て断った。


皮をなめして革にする期間、さらに鎧を作成する期間を足せば、

相当の長い時間を要する。その間、ミドルランに居続けるのは、

温泉があっても嫌だったし、かといって出来上がった頃に、

再び取りにミドルランを訪れることもしたくなかった。

誰もが狙う最高級素材を、何か月以上も自分の目の届かないところに

預ける気などない。


「誰が獲ったんだ!?」


「売ってくれ!小手一つ分くらいのサイズでもいい!言い値を払う!」


「獲り方を、教えてくれ!金なら出す!」


山オロは、ここ十年以上も獲れた人間がいなかったらしく、

噂を聞きつけた商人や職人で、ギルドはごった返した。


ザーグ達は、ギルドの中の作業スペースで、

塩漬けの作業をしながら、その喧騒を聞いていた。


ちなみに塩は貴重で、近くに岩塩鉱山があるミドルランだからこそ

大量に買い付けることが出来たが、ザーグは相当な金額を支払っている。





城の中でも、金持ちや他の冒険者に会うたび、山オロを売ってくれと

頼まれ続け、ザーグは最後のほうには不機嫌さを隠しもせず断っていた。


その後、数日ほど温泉に浸かって、美味しい物を堪能し、

ゲトブリバの領主ボンゴールに頼まれた買い物なども、一通り終わらせた。


領主ワシオから、ボンゴール宛の親書や贈り物を受け取って、

塩漬け皮などと一緒に竜車に積み込むと、

サーグ達は意気揚々としてミドルランの街を発った。



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