【45】ポンザレ、冒険者として街道をゆく
荷竜の御者台に座り、手綱を握ったポンザレは、
灰色の雲を見つめて、ブルッと震えると、マントの襟をたてた。
頬に当たる風は、だいぶ冷たい。
街道を北東に向けて進んでいくポンザレは、
自分が村から放り出された時に通った道を、
さかのぼっていることになる。
街道から生まれた村へと続く小道も、さきほど通り過ぎた。
ポンザレが村を出たのは早春だった。
それから二百数十日が経ち、今、季節は冬を迎えようとしている。
まだ一年も経っていないが、その日々はポンザレが想像だにしなかった
濃いものだった。
遥か先に見える青色の大山脈を見て、
ポンザレは村にいた頃の記憶を思い出そうとしたが、
霞がかかったかのように、はっきりせず、気がつけば両親の顔も
よく思い出せなかった。
「おいら、気がついたら…、ずいぶんと進んでいますー。」
ポンザレの呟きを、風がさらっていく。
◇
「ポンザレ、そろそろ交代だ、竜車の中に入れ。」
「はいー。お願いしますー。」
ザーグが竜車の中から御者台に上がってくる。
ポンザレ達は斥候役のミラを除き、一定時間ごとに御者を交代していた。
ミラがするりと中から出てきて、御者台の上に立ちあがり、遠くを見て言う。
「…ザーグ、竜車を止めて。」
「はぁ、またか。」
「ホウ!ホウ!ホウ!」と叫びながら、ザーグが手綱を引いて竜車を止めた。
中に入ったザーグと入れ替わりに、マルトーが御者台に上がってくる。
「ミラ、また盗賊かい?」
首から下げていた白い眼帯を目にあてながら、ミラは周囲を見回している。
〔魔器〕である眼帯は、煙のような映像で、その生き物の生命力を、
所有者に見せる。ミラは自身の能力に加えて、その眼帯を使うことで、
その索敵能力の精度を上げていた。
「…ええ。全部で六人。前の右の木の脇に一人、それが足止め役。
その斜め前の草原の中に二人潜んでいる。街道を挟んだ反対側にも一人、
後は…、竜車の真横、山側に二人。」
「真横の奴らは、通り過ぎたら後ろから襲う役割だね。
あたしらが急に止まったから緊張してるんだね。可愛いもんだ。
気配が漏れてきてるよ。」
「…普通は、足止め役が出てきて竜車を止めるから。」
「じゃあ、真横の一人と、足止め役の合わせて二人でいいね。
ポンザレ、弓をよこしな。」
竜車の中からポンザレが弓を差し出すと、マルトーは腰の矢筒から、
矢を二本抜き出すなり、一本ずつ自分が言った目標にむけて射った。
遠くで悲鳴が上がると、必死な様子で盗賊達が逃げ去っていく
様子が見れた。
「しっかし、多いねぇ…。四日間の間に三回目だよ、これ。」
「冬目前だからな、盗賊も必死なんだろう。」
冬になると、街を行き交う竜車は極端に減る。
この時期に、数を稼いでおかないと盗賊たちも冬を越せないのだ。
おまけに、ザーグ達は竜車一台のみで、竜車隊を組まずに移動しているので、
盗賊たちにとって好都合な得物に見えていた。
度重なる盗賊との遭遇に辟易しながらも、
それらを適度にやり過ごしながら、予定どおり、
ひとつ目の街アバサイドに到着した。
◇
レンガを積み上げて作った城壁に囲まれたアバサイドは、
ゲトブリバと比べると二回り以上小さく、住民も少なそうな街だった。
城門で簡単な身元チェックを受けた後は、
衛兵に門脇の厩舎に強制的に連れていかれた。
話を聞くと、竜車はここで預けねばならないということだった。
しかも餌代を遥かに上回る管理費を取ると言う。
おまけに隊商などの竜車で、運び込む荷物がある場合は、
一度それを降ろして人力による荷車で運び、
その運賃も徴収すると説明があった。
ザーグ達は幸い自分達で持ち運びできる量の荷物だったため、
竜車の管理費以外は支払わずに済んだ。
街の通りを歩きながら、ビリームが愚痴る。
「この街は、全くダメですね。街に来る人間に金を落としてもらいたいなら、
もっと他でやるべきです。入るなり反感を買うような真似は慎むべきです。」
「領主がケチくさいんだろう。もっとも、そのケチくさいのに、
これから会いに行くわけだが。」
ザーグ達は、門の近くにある食堂を兼ねた宿屋に入って、
男女で分かれて二部屋頼み、一休みした。
宿屋の食堂で軽くつまみを頼んで、簡単に打ち合わせをした後、
街の中央に建つ石組みの館へと、ザーグ達は向かった。
◇
「おっふ、おっふ。そちたちがザーグか。ゲトブリバで高名な冒険者だとか。」
でっぷりと太った体に、ぬめっとなでつけた髪、
色の悪い薄い唇に細い目…、人間よりも魔物にカテゴライズした方が
しっくりくるのではないかと思われる醜い生き物が、アバサイドの領主だった。
名前はなにか言っていたが、聞き取れなかったので、
ザーグは、毒ガエルと、心の中で呼ぶことに決めた。
「して…、ボンゴールより親書と贈り物とな。よきかな、おっふっふ。」
「それでは、領主様、俺達はこれで失礼するぜ。」
ザーグがそう告げて足早に退出しようとすると、毒ガエルが引き留めた。
「おっふっふ!待つが良い。せっかくの有名な冒険者の来訪だ。
いま、わしの家族も呼ぶから、冒険譚の一つでも語ってくれぬか?おっふ。」
こればかりはしょうがないとザーグは諦めた。
ある程度の名前の売れた冒険者は、他の街に行くと、相手が誰であれ、
こういった冒険話が求められる。
しかもゲトブリバの領主からの親書を持ってきている立場上、断れなかった。
「…宿は既に取ってあるし、ちょっと用事もある。時間はそれほどないが、
それでも構わなければ、だが…、いいかい領主様?」
「おふう、構わんよ。いま、軽食を用意させよう。」
しばらくして目の前に勢ぞろいした毒ガエルと子ガエル達を見て、
ザーグは一刻も早く帰りたくなった。
その雰囲気を察し、そして皆も同じ思いであったため、
冒険の話も、あまり盛り上げず、つまらなさそうに話す。
「…ということで、あたしたちは鉄腕猿を倒したのさ。」
マルトーが、あからさまに平坦な口調で鉄腕猿を倒したエピソードを話すと、
毒ガエル達は、不完全燃焼だと言わんばかりの表情で、「ほー」とか、
「ふーん」と口々につぶやいた。
かすみ槍も見たいと懇願され、ポンザレは穂のカバーを取った。
穂が霞み、キラキラと輝くのを見て、毒ガエル一家は、
ここで初めて、心から「ほぉ」「わぁ」「綺麗!」と、感嘆の声をもらした。
かすみ槍に心を奪われたらしい毒ガエルが、
「手にしてよいか」と尋ねてきたので、ポンザレは断った。
だがそのままでは申し訳ないので、何度も角度を変えて見せる。
毒ガエルは、今度は何度もしつこく「売ってくれ」と言ってきたが、
ポンザレはそれもしっかりと断った。
かすみ槍の穂を見る毒ガエルの目は、異様にぎらついており、
ポンザレは一刻も早くしまいたかったが、我慢をした。
「すまなかったな、領主様、俺達はあまり喋りがうまくないんだ。
では、これで失礼させてもらうぜ。」
「おっふっふ、ザーグよ。礼を言おう、無理を言ってすまなかった。
帰りもまた、このアバサイドに寄ってくれ。ボンゴール殿への
親書の返礼もしたい。おふ。」
「あぁ、寄らせてもらうぜ。じゃ、失礼するぜ。」
◇
ザーグ達は宿屋の食堂で、食事を終えて談笑していた。
「ぐはー。疲れたぜ。」
「しかし、皆、同じ顔をしていましたね。」
「あぁ、全部カエルだったな。」
「はぁ、ああいうのの相手もしないといけないのは、めんどくさいねえ。」
「…でも私達だから、あの程度で済んでいる。」
「どういうことですかー?」
「ポンザレ少年、私達は実質ゲトブリバで一番と言ってもいいパーティです。
そして、街の実力者パーティの名前は、どこの領主もだいたい知っています。」
「なぜですかー?」
「自分の街に住んでくれと勧誘するからですよ。実力者のパーティが
街にいてくれると、トラブルが起きても解決できるようになりますし、
何より街の箔がつきます。ですから、各街の領主は、高位の冒険者が
街に訪れた時には、冒険の話を聞く以外でも、手厚くもてなそうとするものです。
先ほどザーグが早々に失礼すると領主に言った時に、
向こうが引き留めてこなかったのは、私たちに機嫌を損ねてほしくないと
思ったのでしょう。」
「でも、領主のカエルさんは、勧誘してきませんでしたー。」
「帰りにでも何かアクションしてくるだろうな。」
「ザーグさん、まさか移りませんよねー?」
「移るわけねえだろう、ポンザレ、お前この街に住みたいか?」
ぷるぷるぷるとポンザレは即座に、頬をゆらしながら顔を左右に振る。
その様子を見て皆が笑った。
◇
ザーグ達がくつろいでいると、宿屋の扉を開けて、
こざっぱりとした身なりの良い青年が息を荒げながら入ってきた。
「親父さん、すみません、ここにゲトブリバのザーグさん達が
泊っていると聞いたのですが…。」
店主はカウンター越しにそっと視線をザーグ達に向ける。
青年はその方向にザーグ達を見つけると、足早に近寄っていった。
ザーグ達は既にイスをひき、すぐに動ける体勢を取ったうえで、
数歩の距離まで近づいた青年に声をかけた。
「止まれ。お前は誰だ?」
ザーグ達の雰囲気を察し、青年は青い顔になって足を止める。
周囲もシンと静まって、ザーグ達を見ないようにしながらも、
その動向に注目していた。
「す、すみません、ザーグさんでいいでしょうか?お、俺は、この街の
織物屋でパルコと言います。ザーグさん、あ、ありがとうございました!」
「なんで、お前が俺に礼を言う?」
青年は胸の前で服を掴み、少し苦しそうに続けた。
「俺は、『透明の強盗団』に襲われた織物屋の息子です。
親父は強盗団にやられました。か、敵を取ってくれてありがとうございました。」
「…そうか。それは…気の毒だったな。だが俺達は、依頼をこなしただけだ。」
「それでも…それでもありがとうございましたっ!武器屋のおかみさんは、
心労でふせってますが、会うことがあったら一緒にお礼を伝えてほしいと
言われています!」
以前、街を流れて強盗を働いていた『透明の強盗団』を、
ゲトブリバでザーグ達が退治をした経緯がある。
頭目は〔魔器〕である眼帯を利用して、襲撃するタイミングを計っていたが、
その眼帯は現在ミラが所有している。
「それでは…ありがとうございました!」
しんみりとした空気を払うように、青年が少し大きめの声を上げて
立ち去ろうとしたところに、マルトーが声をかけた。
「待ちなよ。一杯くらいはつきあえるだろう?あんたの親父さんに、
乾杯くらいさせておくれよ。」
「マスター、この青年に酒と、私達にもお代わりをお願いします。」
ビリームがマルトーに続ける。
店主は無言で、用意を始める。
すると、他の席にいた冒険者や商人と思われる人間達が
続々と声を上げる。
「すみません、それなら私達も参加させてください!
うちの街にも犠牲になった店があるんです。」
「あの有名なゲトブリバのザーグさんと一緒の席だ、
これほど嬉しいことはない!どうか払いは俺達にさせてくれ!」
「俺達は、この街の冒険者だが、『透明の強盗団』には、
護衛についていた仲間もやられている。俺達も乾杯に参加させてくれ。
そしてザーグさん、改めてあんたにも、お礼を言わせてくれ。」
「マスター!ここにいる他の客、全員だ!カップを持ってきてくれ!
お代は誰かが払う!」
「お前が払うんじゃねえのかよ!」
ひょうきんものの誰かの一言で場がなごみ、
食堂は一気に騒がしくなってくる。
酒が注がれたカップが全員の手にいきわたると、
マルトーにせかされ、ザーグがしぶしぶ立ち上がった。
「お前の親父さんと、亡くなった人達に…、乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
青年は泣きながら、何度もお礼を言って杯をあけた。
その晩、ザーグや店にいた人間達は遅くまで、飲み、騒いだ。
お約束のごとくここでも冒険の話を求められ、
ザーグ達は強盗団退治の他にも、鉄腕猿や水竜の話も披露した。
周囲は、「うぉぉ!」「そ、それで、それで!?」
「くあぁー、そんな手が!」「無理だ、俺にはそんなことする度胸はねえ!」
などと口々に漏らしながら、興奮し、聞き入った。
ザーグは、酒で少しだけ目を赤らめながら、
「こういう楽しい席で今日が終わるなら、ま、悪くはねえか。」と、
仲間達を見て、目尻を緩ませ、自然な笑顔で笑った。
ほどよく酒がまわって、一段落したところでザーグ達は部屋に下がる。
ポンザレは酒を飲んではいないが、雰囲気に酔っていた。
少し頬を赤らめながら、ポンザレはベッドの中で、口をもぐもぐさせると
小さくつぶやいた。
「やっぱりザーグさん達はすごいですー。…おいら、ザーグさん達と
一緒に進んでこれてよかったですー。」
ポンザレはザーグ達が誇らしかった。
そして、そこに自分を加えてもらえたことに、改めて喜びを感じていた。
遠くから聞こえる騒ぎ声を子守唄に、ポンザレは幸せな気分で
眠りについた。




